ENDLESS SUMMER

茉莉 佳

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30日目 ありさ

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          30日目

 気がつくと俺はいつの間にか、天神地下街のインフォメーション前にいた。
目の前の仕掛け時計を見ると、8月8日、日曜日の10時と表示されている。仁科ありさは時間どおりにやって来て、俺の前に微笑んで立っていた。

「わたし、今日は買い物に行きたいな。式の準備とか新居の準備とか、いろいろあるでしょ。今から少しずつ見ておきたいし」

ありさはニコリと微笑み、少し首をかしげながら言った。
俺は彼女に訊いた。

「先週も先々週も、その前も、ありさは『買い物に行きたい』って言ってたよな?」
「え? そうだった?」
「ああ。俺達、いつも同じ様なデートしてないか?」
「稜哉さん、わたしと買い物に行くの、イヤなの?」

そう言って、ありさは悲しそうな瞳で俺を見つめた。

「いや… そ、そういう意味じゃなくって… あ、あの…」

こんなありさを目の前にすると、焦って吃ってしまう。
あらさはなにも疑問を感じていないのか。
だとすると、やっぱり俺の方がおかしいのかもしれない。
実際、目の前の時計は8月8日なんだし、ずっと同じ会話をしてるってのは、ただの俺の勘違いか、夢の様な気もしてくる。
『ありさの買い物に付き合うのは面倒だ』なんて感じてるから、いつもいつも買い物してる気になるんだろうか?

「なんでもないよ。ごめん。さあ、行こう」

気を取り直して、俺はありさの背中に手をやって歩きはじめた。やっぱりありさといると楽しい。
彼女といっしょにいると、幸せで夢中になって、俺のくだらない疑問なんか、どうでもいい事に思えてしまう。

 天神付近のありさのお気に入りショップを回った後、俺達は地下鉄で博多駅へ移動し、駅ビルのレストラン街に入っているイタリアンレストランで昼食をとった。
店は混雑していたが、俺達は運よく、窓ぎわの一番見晴らしのいい席に座る事ができた。

「ほんと、美味しい! さすが稜哉さんの選んだお店ね」

スマホで料理を撮った後、ありさは美味しそうに食べはじめた。
そんな彼女の向こう側には、例の巨大な入道雲が覆いかぶさっている。その頂きは押し潰された様に平たくなり、成層圏にまで達している。
やっぱり変だ。

そう言えば…

以前もこんな景色を、見た事なかったか?
ハッと我に返り、彼女に訊いた。

「ありさ。この店に来るのは、はじめて?」
「そうよ。今日稜哉さんが案内してくれたんじゃない?」
「俺達は先週もこの店に来た」
「え?」
「その時ありさは、今と同じ事を言ったんだ」
「それって… デジャビュとか?」
「デジャビュ?」
「既視感。今まで体験した事がないのに、もう知ってるかの様に感じる事よ。はじめて来た場所なのに、以前来た覚えがあるとか、はじめて見るものなのに、昔見た記憶があるとか」
「デジャビュか…」
「きっとそうよ。今日は変よ、稜哉さん」
「そうか…」

ありさの説明を聞いて、俺は納得しそうになった。
この入道雲も、きっとデジャビュなんだろうな。
そうか…

そう思いながら、俺は窓の外を眺める。
だが、市街全部を押しつぶす様に立ちこめる巨大な入道雲を見ていると、不安な気持ちになってきて、俺は胸を掻きむしられる様に苦しくなってきた。

「ありさ。あの入道雲、やっぱりおかしいと思わないか? 朝から晩までずっと、あそこにある」
「ねえねえ、稜哉さん。食事が終わったらハンズに寄って、キッチン用品を見てみない? わたし、キッチンをトータルコーディネイトするのって、ずっと夢だったのよ」

入道雲なんて存在しないかの様に、ありさは別の話題を振ってきた。
やっぱりおかしい。
そう言えば、以前もこんな事があった様な気がする。
好奇心旺盛な彼女が、こんな珍しい雲に興味を示さないなんて、おかしいと思ったはずだ。それもデジャビュだって言うのか?

つづく
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