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29日目 会社
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そんな疑問を持ちはじめた朝、俺はテレビのチャンネルを変えながら、どこかでこの異常な現象を説明している番組はないか、探してみた。
だけど、相変わらずどの番組も、くだらない政治の駆け引きと、どうでもいい様な芸能人のゴシップ。長引く不況と泥仕合の外交ニュースしかやっていない。
仕方なく俺は、いつもの様に朝の支度を終わらせ、焼け死んでしまいそうなくらい、強い日射しの降り注ぐ大通りへ出た。
「あの入道雲、なんだか変だと思いませんか?」
バス停に着いた俺は、巨大な化け物の様に恐ろしく膨れ上がった入道雲を見上げながら、いつもの様にそこに並んでいた4人のうちの、すだれ頭のオヤジに、思い切って話しかけてみた。
しかし彼は、チラリと俺を一瞥しただけですぐに視線を逸らし、俺なんか存在してないかの様に無視して、ひとことも答えない。
感じ悪いヤツだなぁ。
こいつ、会社じゃ絶対みんなに嫌われてて、窓際で暇つぶししてるタイプだな。
バス停では、だれも喋らなかった。
いつも顔を合わせているメンバーなのに、彼等の事を俺はなにひとつ知らない。
すだれオヤジにシカトされた後は、俺も無言のまま、やって来たバスに乗り込んだ。
「おはよう。今日も暑いなぁ~」
「おはようございます、葛西さん。暑いですね」
「そう言えば… 篠崎さん、俺達いつもこの会話してない?」
会社に着き、受付嬢の篠崎陽菜といつもの挨拶を交わした後、俺は思い切って彼女に訊いてみた。
訝しげな目で、篠崎陽菜は俺を見て答えた。
「いつもですか? 確かに、そうですけど」
「ずっと同じ会話だよ。なにかおかしくない?」
「別に… 夏だから、暑いのは当たりまえだと思いますけど?」
「そういう意味じゃなくて…」
自分で訊いておきながら、俺は混乱していた。
この現象をどう説明したらいいのか、自分でもわからないのだ。
「今日はいったい、何日だ?」
「8月7日です」
「8月7日だって? それはもう、1ヶ月前に過ぎたんじゃないのか?」
「?」
篠崎陽菜は眉をひそめ、いよいよ不審そうな目を俺に向けた。
美しい彼女から拒絶される様に睨まれると、なんだか自分の方が間違ってるみたいな気がしてくる。
「ごめん。いいよいいよ。今のは気にしないで。じゃあ」
『この人、わたしと話す口実作ってるんじゃないの?』
と、篠崎陽菜に誤解されそうで、俺は慌ててそう言うと、彼女の返事も待たずにエレベーターに乗り込んだ。
こうなったら村井に訊いてみるしかない。
俺は8階まで上がると、早足で自分のオフィスへ向かった。
「よう葛西。おまえ来週からの盆休みはどうする?」
部屋のドアを開けると村井が目ざとく俺を見つけ、訊いてきた。
質問には答えず、俺は村井に詰め寄る。
「村井。俺達ずっとこの話、してないか?」
「え? なに言ってるんだ? おまえ」
「この数週間、おまえずっと盆休みの事話してるぞ」
「そんなバカな…」
「盆休みに嫁が、『どこか連れてけ』ってうるさいんだろ?」
「あ? ああ…」
「だから、俺の田舎でぶどう狩りしたいって、頼もうと思ってるんだろ?」
「そ、そのつもりだったけど…」
「おまえはずっと、そう言ってたぞ。俺達はどうして、その事に疑問感じてなかったんだ? 俺達はもう1ヶ月くらい前から、盆休みの事を話し合ってる。とっくに盆休みなんて終わってるはずなのに」
「葛西、おまえおかしいぞ。今日はまだ7日じゃないか。盆休みは来週からだぞ」
怪訝そうに言いながら、村井は壁にかかっている時計を指さす。その電波時計の日付は、確かに8月7日になっていた。
「だからおかしいんだよ。8月7日なんて、とっくの昔に過ぎてるんだ! おまえはなにも感じないのか?」
「いや。別に…」
「どうしてこう毎日毎日、うだる様に暑いんだ! それにあの入道雲! 絶対なにかがおかしいぞ! おまえはそう思わないのか? え?!」
「…」
村井はなにも答えず、喚き散らしている俺の側から、気味悪そうに黙って引いていき、何ごともなかったかの様に自分のデスクについて、仕事をはじめた。
俺も、自分がおかしいと感じている。
この暑さに、頭がやられちまったのかもしれない。
俺は思考を止め、とりあえず目の前にある、すぐに片づけなきゃならない仕事に、没頭する事にした。
仕事が終われば、明日は日曜日。ありさとのデートだ。
ありさなら俺の話しを、真剣に聞いてくれるだろう。
つづく
だけど、相変わらずどの番組も、くだらない政治の駆け引きと、どうでもいい様な芸能人のゴシップ。長引く不況と泥仕合の外交ニュースしかやっていない。
仕方なく俺は、いつもの様に朝の支度を終わらせ、焼け死んでしまいそうなくらい、強い日射しの降り注ぐ大通りへ出た。
「あの入道雲、なんだか変だと思いませんか?」
バス停に着いた俺は、巨大な化け物の様に恐ろしく膨れ上がった入道雲を見上げながら、いつもの様にそこに並んでいた4人のうちの、すだれ頭のオヤジに、思い切って話しかけてみた。
しかし彼は、チラリと俺を一瞥しただけですぐに視線を逸らし、俺なんか存在してないかの様に無視して、ひとことも答えない。
感じ悪いヤツだなぁ。
こいつ、会社じゃ絶対みんなに嫌われてて、窓際で暇つぶししてるタイプだな。
バス停では、だれも喋らなかった。
いつも顔を合わせているメンバーなのに、彼等の事を俺はなにひとつ知らない。
すだれオヤジにシカトされた後は、俺も無言のまま、やって来たバスに乗り込んだ。
「おはよう。今日も暑いなぁ~」
「おはようございます、葛西さん。暑いですね」
「そう言えば… 篠崎さん、俺達いつもこの会話してない?」
会社に着き、受付嬢の篠崎陽菜といつもの挨拶を交わした後、俺は思い切って彼女に訊いてみた。
訝しげな目で、篠崎陽菜は俺を見て答えた。
「いつもですか? 確かに、そうですけど」
「ずっと同じ会話だよ。なにかおかしくない?」
「別に… 夏だから、暑いのは当たりまえだと思いますけど?」
「そういう意味じゃなくて…」
自分で訊いておきながら、俺は混乱していた。
この現象をどう説明したらいいのか、自分でもわからないのだ。
「今日はいったい、何日だ?」
「8月7日です」
「8月7日だって? それはもう、1ヶ月前に過ぎたんじゃないのか?」
「?」
篠崎陽菜は眉をひそめ、いよいよ不審そうな目を俺に向けた。
美しい彼女から拒絶される様に睨まれると、なんだか自分の方が間違ってるみたいな気がしてくる。
「ごめん。いいよいいよ。今のは気にしないで。じゃあ」
『この人、わたしと話す口実作ってるんじゃないの?』
と、篠崎陽菜に誤解されそうで、俺は慌ててそう言うと、彼女の返事も待たずにエレベーターに乗り込んだ。
こうなったら村井に訊いてみるしかない。
俺は8階まで上がると、早足で自分のオフィスへ向かった。
「よう葛西。おまえ来週からの盆休みはどうする?」
部屋のドアを開けると村井が目ざとく俺を見つけ、訊いてきた。
質問には答えず、俺は村井に詰め寄る。
「村井。俺達ずっとこの話、してないか?」
「え? なに言ってるんだ? おまえ」
「この数週間、おまえずっと盆休みの事話してるぞ」
「そんなバカな…」
「盆休みに嫁が、『どこか連れてけ』ってうるさいんだろ?」
「あ? ああ…」
「だから、俺の田舎でぶどう狩りしたいって、頼もうと思ってるんだろ?」
「そ、そのつもりだったけど…」
「おまえはずっと、そう言ってたぞ。俺達はどうして、その事に疑問感じてなかったんだ? 俺達はもう1ヶ月くらい前から、盆休みの事を話し合ってる。とっくに盆休みなんて終わってるはずなのに」
「葛西、おまえおかしいぞ。今日はまだ7日じゃないか。盆休みは来週からだぞ」
怪訝そうに言いながら、村井は壁にかかっている時計を指さす。その電波時計の日付は、確かに8月7日になっていた。
「だからおかしいんだよ。8月7日なんて、とっくの昔に過ぎてるんだ! おまえはなにも感じないのか?」
「いや。別に…」
「どうしてこう毎日毎日、うだる様に暑いんだ! それにあの入道雲! 絶対なにかがおかしいぞ! おまえはそう思わないのか? え?!」
「…」
村井はなにも答えず、喚き散らしている俺の側から、気味悪そうに黙って引いていき、何ごともなかったかの様に自分のデスクについて、仕事をはじめた。
俺も、自分がおかしいと感じている。
この暑さに、頭がやられちまったのかもしれない。
俺は思考を止め、とりあえず目の前にある、すぐに片づけなきゃならない仕事に、没頭する事にした。
仕事が終われば、明日は日曜日。ありさとのデートだ。
ありさなら俺の話しを、真剣に聞いてくれるだろう。
つづく
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