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1日目 会社
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朝の連続ドラマがはじまると同時に、俺はテレビを消して部屋を飛び出した。
ビルの外に出ると、無意識に空を仰ぐ。
吸い込まれそうなくらい真っ青な夏空は、その爽やかな色とはうらはらに、焦げそうな程の熱線を浴びせてきて、まるで全身を炎で焼かれてるみたいに暑かった。
「ったく、朝からなんだ? この暑さは! 焼け死にそうだ」
そんな愚痴をこぼしながら、俺は大通りのバス停へ急いだ。
くっきりと影を刻んだ炎天下のバス停には、すでにいつもの顔ぶれが並んでいた。
前髪の後退したすだれ頭の初老のオヤジに、メガネをかけて折り目をキチンとつけたスーツを着た、神経質で几帳面そうなアラフォーのサラリーマン。
服装は地味なのに、ブランド物のバッグだけがやたら目立つ中年の女性。
すらりとした美脚を強調するかの様に、いつも挑発的なミニスカートを履いている、若いOL。
バスのなかでもいつもと同じ顔ぶれが、いつもと同じバス停で乗り降りしてくる。
みんな顔見知りではあるが、だれとも一度も話した事はない。
バスで15分程揺られ、ターミナル前の目抜き通りで降り、駅前の一等地にある15階建ての大きなビルに、俺の勤める会社のオフィスがある。
バス停からオフィスビルに入るわずかな時間も、太陽はほとんど真上から照りつけ、さっきよりも日射しは威力を増してきて、スーツに包まれたからだを、ジリジリと焦がす。
顔にあたる日差しが『暑い』というより、『痛い』くらいだ。
「おはよう。今日も暑いなぁ~」
「おはようございます、葛西さん。暑いですね」
受付嬢の篠崎陽菜との短いやりとりが、たいていその日最初の会話だ。
彼女とはお天気の話くらいしか言葉を交わさないが、ありさとラブラブになるまでは、俺は密かに彼女に目をつけていた。オフィスの受付嬢に抜擢されるだけあって、篠崎陽菜は色白小顔でストレートのロングヘアが魅力的で、笑顔の素敵な抜群の美人だった。
篠崎陽菜の顔を見てなごんだあとは、エレベーターで8階まで上がり、自分の課のドアをくぐる。
そこから先は戦闘モードだ。
俺の一挙手一投足が、上司や同僚、OL達の評価を決めているのを、心しておかなくてはならない。
営業スマイルでクライアントと接し、同僚とも上司とも、男女の区別なく愛想よく話す俺だが、それは表面的なつきあいで、お互いのプライバシーには、あまり立ち入らない様に気をつけている。
唯一、同じ大学出身の同僚の村井智夫だけが、俺とありさとの馴れ初めやいきさつを知っていて、ため口で話し合える存在だ。
「よう葛西。おまえ、来週からの盆休みはどうする?」
村井が書類の束を整理しながら、パソコンのモニタ越しに話しかけてきた。
「ああ。まだ考えてないけど… お互いの実家に、挨拶に行かなきゃいけないかもな」
「もうそこまで話が進んでるのか? ありささんとは」
「いや。今度のデートで話すつもりだよ」
「そうか。そう言えばお前の実家は日田近くのぶどう農家だったよな」
「ああ」
「嫁が『どこか連れてけ』ってうるさいんだけど、おまえの所でぶどう狩りとかできるか?」
「いいんじゃないか?
『今年は夏が暑いから、ぶどうの出来がいい』って、お袋も言ってたし、俺から聞いといてやるよ。ついでに近くの温泉で一泊すれば?」
「この真夏のクソ暑い時期に温泉? 俺たちを蒸し焼きにする気か。ははは」
「それもそうだ。はははは」
村井は3年前に『デキ婚』で結婚した。
村井の『嫁』とは、結婚式と子供を見に行った時くらいしか会った事がないが、もちろん俺のありさの方が美人だし、スタイルもいいし、胸もでかい。
「そう言えば昨夜、すごい雷が落ちて、停電しなかったか?」
夜中の事をふと思い出し、俺は村井に聞いてみた。
「雷? いや。気づかなかったな」
「あんなにすごい音だったのにか?」
「きっと疲れてぐっすり寝てたんだろな。全然わからなかったぜ」
「そうか… ニュースでもなにも言ってなかったし、ネットにもそれらしい記事はないし… なにかと勘違いしたのかもな」
そんな世間話をしながら、俺はパソコンの画面をネットから仕事用のソフトに切り替えて、クライアントに提出する資料の作成を始めた。俺の仕事はルート営業だが、午前中はたいていデスクワークで、得意先を回るのは午後からの事が多い。
その日は1時過ぎて、会社を出た。
相変わらず、日差しが突き刺さる様に痛い。
まず、ターミナルビルに寄り、最上階のレストラン街で適当な店を見繕って、そこで遅い昼食をとる。
俺はこまめに、いろいろなレストランを食べ歩くのが好きだ。
ネットで店を検索するのもいいが、最終的に判断するのは自分の舌だ。
美味しい店に出会えると、心が浮き立ってくる俺は、案外女子的なのかもしれない(笑)。
ちなみに、今日入った店のパスタは、にんにくの効いた旨味の濃厚なソースが、生パスタに絡み合って美味。
久々に、また食べたいと思える店だった。
ありさはイタリアンが大好きだから、今度連れて来よう。
つづく
ビルの外に出ると、無意識に空を仰ぐ。
吸い込まれそうなくらい真っ青な夏空は、その爽やかな色とはうらはらに、焦げそうな程の熱線を浴びせてきて、まるで全身を炎で焼かれてるみたいに暑かった。
「ったく、朝からなんだ? この暑さは! 焼け死にそうだ」
そんな愚痴をこぼしながら、俺は大通りのバス停へ急いだ。
くっきりと影を刻んだ炎天下のバス停には、すでにいつもの顔ぶれが並んでいた。
前髪の後退したすだれ頭の初老のオヤジに、メガネをかけて折り目をキチンとつけたスーツを着た、神経質で几帳面そうなアラフォーのサラリーマン。
服装は地味なのに、ブランド物のバッグだけがやたら目立つ中年の女性。
すらりとした美脚を強調するかの様に、いつも挑発的なミニスカートを履いている、若いOL。
バスのなかでもいつもと同じ顔ぶれが、いつもと同じバス停で乗り降りしてくる。
みんな顔見知りではあるが、だれとも一度も話した事はない。
バスで15分程揺られ、ターミナル前の目抜き通りで降り、駅前の一等地にある15階建ての大きなビルに、俺の勤める会社のオフィスがある。
バス停からオフィスビルに入るわずかな時間も、太陽はほとんど真上から照りつけ、さっきよりも日射しは威力を増してきて、スーツに包まれたからだを、ジリジリと焦がす。
顔にあたる日差しが『暑い』というより、『痛い』くらいだ。
「おはよう。今日も暑いなぁ~」
「おはようございます、葛西さん。暑いですね」
受付嬢の篠崎陽菜との短いやりとりが、たいていその日最初の会話だ。
彼女とはお天気の話くらいしか言葉を交わさないが、ありさとラブラブになるまでは、俺は密かに彼女に目をつけていた。オフィスの受付嬢に抜擢されるだけあって、篠崎陽菜は色白小顔でストレートのロングヘアが魅力的で、笑顔の素敵な抜群の美人だった。
篠崎陽菜の顔を見てなごんだあとは、エレベーターで8階まで上がり、自分の課のドアをくぐる。
そこから先は戦闘モードだ。
俺の一挙手一投足が、上司や同僚、OL達の評価を決めているのを、心しておかなくてはならない。
営業スマイルでクライアントと接し、同僚とも上司とも、男女の区別なく愛想よく話す俺だが、それは表面的なつきあいで、お互いのプライバシーには、あまり立ち入らない様に気をつけている。
唯一、同じ大学出身の同僚の村井智夫だけが、俺とありさとの馴れ初めやいきさつを知っていて、ため口で話し合える存在だ。
「よう葛西。おまえ、来週からの盆休みはどうする?」
村井が書類の束を整理しながら、パソコンのモニタ越しに話しかけてきた。
「ああ。まだ考えてないけど… お互いの実家に、挨拶に行かなきゃいけないかもな」
「もうそこまで話が進んでるのか? ありささんとは」
「いや。今度のデートで話すつもりだよ」
「そうか。そう言えばお前の実家は日田近くのぶどう農家だったよな」
「ああ」
「嫁が『どこか連れてけ』ってうるさいんだけど、おまえの所でぶどう狩りとかできるか?」
「いいんじゃないか?
『今年は夏が暑いから、ぶどうの出来がいい』って、お袋も言ってたし、俺から聞いといてやるよ。ついでに近くの温泉で一泊すれば?」
「この真夏のクソ暑い時期に温泉? 俺たちを蒸し焼きにする気か。ははは」
「それもそうだ。はははは」
村井は3年前に『デキ婚』で結婚した。
村井の『嫁』とは、結婚式と子供を見に行った時くらいしか会った事がないが、もちろん俺のありさの方が美人だし、スタイルもいいし、胸もでかい。
「そう言えば昨夜、すごい雷が落ちて、停電しなかったか?」
夜中の事をふと思い出し、俺は村井に聞いてみた。
「雷? いや。気づかなかったな」
「あんなにすごい音だったのにか?」
「きっと疲れてぐっすり寝てたんだろな。全然わからなかったぜ」
「そうか… ニュースでもなにも言ってなかったし、ネットにもそれらしい記事はないし… なにかと勘違いしたのかもな」
そんな世間話をしながら、俺はパソコンの画面をネットから仕事用のソフトに切り替えて、クライアントに提出する資料の作成を始めた。俺の仕事はルート営業だが、午前中はたいていデスクワークで、得意先を回るのは午後からの事が多い。
その日は1時過ぎて、会社を出た。
相変わらず、日差しが突き刺さる様に痛い。
まず、ターミナルビルに寄り、最上階のレストラン街で適当な店を見繕って、そこで遅い昼食をとる。
俺はこまめに、いろいろなレストランを食べ歩くのが好きだ。
ネットで店を検索するのもいいが、最終的に判断するのは自分の舌だ。
美味しい店に出会えると、心が浮き立ってくる俺は、案外女子的なのかもしれない(笑)。
ちなみに、今日入った店のパスタは、にんにくの効いた旨味の濃厚なソースが、生パスタに絡み合って美味。
久々に、また食べたいと思える店だった。
ありさはイタリアンが大好きだから、今度連れて来よう。
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