Campus91

茉莉 佳

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20 Lucky Lips

Lucky Lips 12

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「…帰ろうか?」

名残惜しそうに、いつまでも空を見上げていたわたしの肩をポンと叩き、川島君は言った。
真っ青な空から、透明な冷気が降りてきて、うなじをかすめる。
「…うん」
首をすくめてわたしは答えた。
わたしの肩に軽く腕をまわして、川島君は歩きはじめる。
何度か振り返って、飛行機の消えた空を仰ぎながら、わたしたちは空港の送迎デッキをあとにした。


 賑やかな空港ビルを抜けて、連絡バスが行き交う通りを渡り、空港専用の広い駐車場に出る。
駐車場の隅には、川島君の赤い『フェスティバ』が止まっていた。なんだか久し振りに見る気がする。
わたしに寄り添いながらクルマの方に歩いていた川島君の唇から、なにげないメロディーがこぼれてくる。
それは、とっても綺麗なバラード。
聞いているだけで淋しくなるような、それでいてひどく懐かしい、悲しみをたたえた、終わりのイメージ。

「その曲…」
「うん。ショパン。『別れの曲』」
「なんか、今の気分にぴったり」
「そうだな。つい、口に出た」
川島君の口ずさむ『別れの曲』を聞きながら、ふと、憶い出した。
そういえば、いつか三人で行ったペンションの白いグランドピアノで、みっこがこの曲を弾いたんだっけ。
懐かしいって感じたのは、そのときの記憶が揺り起こされたから。
まだ、三人が平和だった、最後の記憶…



「あれ?」

クルマのキーを出しながら、川島君は訝しげに、自分の赤い『フェスティバ』を見る。
川島君の言葉にはっとして、わたしも彼の視線の先を追った。

あ…?

『フェスティバ』のフロントガラスに、なにか赤いものがついている。
わたしたちはそばに寄って、確かめた。


   『好き』


フロントガラスのはしには、そう書かれていた。
冴えたロゼカラーの文字。
みっこのつけていた口紅の色。
『PERKY JEAN』の口紅の文字は、かなり力を込めて、急いで書かれたらしく、太い走り書きと、地面に転がった、折れたルージュ。

「みっこ…」

そのふたつの文字を、じっと見つめる。
わたしたちを見届けたあと、飛行機に搭乗するまでのわずかな時間に、川島君の『フェスティバ』を探し出し、書いたんだろうか。
それは、みっこが最後に残した、わたしたちへのお別れの言葉。
目が潤んで、じんわりと歪んでいく。

「みっこは本当に、川島君のことが好きだったんだね」

わたしはそう、つぶやいた。

「みっこはさつきちゃんが、好きだったんだよ」

川島君はそう、つぶやいた。



森田美湖が最後に残していったメッセージを消さないまま、わたしたちは、クルマを走らせた。

つづく
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