208 / 300
16 Double Game
Double Game 13
しおりを挟む
わたし…
川島祐二や森田美湖に、もう会えない。
会いたくない。
ふたりに対して、こんなにも気持ちがすさんでいる。
ふたりの顔を見ると、わたし、なにを言い出すかわからない。
わたしはなんとかして、自分の気持ちを切り替えたかった。
だけど、そんな理性とはうらはらに、感情は暴走して、次から次によくないこと、悲観的なことばかり考えていく。
『なんとかしてよ!』
わたしは心の中で叫んだ。
いったいどうすれば、わたしの心は安らぐんだろう?
今までだったら、川島君の側にいれば、わたしはほんとうに幸せな気持ちになれて、安心できた。
みっこの側にいれば、気持ちがはずんで勇気がもらえ、自分の夢はみんな叶うような気になった。
だけど…
今だけは、そのふたりに頼ること、できない。
わたしはいつの間にか、『川島祐二』と『森田美湖』というふたりの人間が、自分の心のなかの大きな部分を占めていたことに、今さらながら気がついた。
今のわたし…
このふたりを抜きにしては、ふつうの自分でいられないようになってる。
そして、それに気がついたときは、そのふたりのこと、失おうとしているときなの?
どうしてそんなに残酷なの?
地下街を行くあてもなく、やみくもに歩いていたわたしは、思いついたように立ち止まり、近くのブティックに飛び込む。
試着もせずに、ワンピースを買った。
続いて本屋に入ると、目についた本をあれこれ、衝動のままに買っていく。
ふらりと寄った喫茶店では、たいして食べたいとも思わないケーキセットを注文して、一気に食べてしまった。
だけど、どんなことをしても、もう気持ちを切り替えることなんて、できない。
「川島君に、みっこに、いてほしいのに…」
人ごみを避けた地下街の、薄暗い階段の陰で、わたしは買ったばかりのワンピースの紙袋を抱きしめて、そうつぶやき、うつむいた。
涙がぼろぼろとこぼれて、紙の包みにしみをつくった。
“カーン カーン カーン”
いったいどのくらい、そうしていたんだろう。
時計の鐘の音で、わたしはハッと我に返った。
ふと目を上げると、向こうに見えるインフォメーションの仕掛け時計の針が、8時を差していて、可愛らしい人形たちが、『皇帝円舞曲』を踊っている。
涙が溜まった目に、人形のダンスはぼやけて映って、まるで夢のなかで誘う、小人みたい。
人形の踊りに釣られるように、わたしはフラフラと、仕掛け時計の方に歩いていった。
『ここは…』
そう。
それは去年の秋、みっこといっしょに眺めた、仕掛け時計だった。
あのときわたしは、川島君との別れを覚悟して、みっこにここまで来てもらったんだっけ。
ふと、隣にみっこがいるような錯覚がよぎる。
わたしを元気づけてくれた、森田美湖が…
わたしは無意識のうちに、近くの電話ボックスの扉を開ける。
この電話ボックスも…
去年、川島君に電話をかけた場所だ。
わたしは、過去の幻影に背中を押されるかのように、公衆電話の受話器を上げて、テレフォンカードを差し込み、プッシュホンのダイヤルを押していた。
もうすっかり、指が覚えてしまった、川島祐二の家のナンバー。
RRRRR… RRRRR… RRRRR… RRRRR… RRR…
5回目のコールで、受話器を上げる音がして、電話がつながった。
「はい、川島です」
少し低い、すっかり耳に馴染んだ愛しい声が、受話器を通して、くぐもった電気音で響いてくる。
少しの沈黙のあと、わたしはため息のように口を開いた。
「…川島君?」
「さつきちゃん?」
「ごめんね。こんな夜に電話して」
「こんなって。まだ8時だよ」
「…そっか。なんだか一日が、とても長かったから」
「どうしたんだい? なにかあったのか?」
「ん… ちょっと…」
「言ってみてよ」
「なんでもない」
「そんなこと、ないだろ?」
「大丈夫」
「ぼくに言えないこと?」
「…」
「もしもし?」
「…」
「さつきちゃん?」
「…」
「どうしたんだ?」
「…」
「さつきちゃん?! なにか言ってくれよ」
「…川島君」
「なに?」
「…みっこと、長崎に… 行った?」
「…」
少しの沈黙のあと、川島祐二はひとこと、答えた。
「行ったよ」
END
25th Jul.2011
15th May 2020
川島祐二や森田美湖に、もう会えない。
会いたくない。
ふたりに対して、こんなにも気持ちがすさんでいる。
ふたりの顔を見ると、わたし、なにを言い出すかわからない。
わたしはなんとかして、自分の気持ちを切り替えたかった。
だけど、そんな理性とはうらはらに、感情は暴走して、次から次によくないこと、悲観的なことばかり考えていく。
『なんとかしてよ!』
わたしは心の中で叫んだ。
いったいどうすれば、わたしの心は安らぐんだろう?
今までだったら、川島君の側にいれば、わたしはほんとうに幸せな気持ちになれて、安心できた。
みっこの側にいれば、気持ちがはずんで勇気がもらえ、自分の夢はみんな叶うような気になった。
だけど…
今だけは、そのふたりに頼ること、できない。
わたしはいつの間にか、『川島祐二』と『森田美湖』というふたりの人間が、自分の心のなかの大きな部分を占めていたことに、今さらながら気がついた。
今のわたし…
このふたりを抜きにしては、ふつうの自分でいられないようになってる。
そして、それに気がついたときは、そのふたりのこと、失おうとしているときなの?
どうしてそんなに残酷なの?
地下街を行くあてもなく、やみくもに歩いていたわたしは、思いついたように立ち止まり、近くのブティックに飛び込む。
試着もせずに、ワンピースを買った。
続いて本屋に入ると、目についた本をあれこれ、衝動のままに買っていく。
ふらりと寄った喫茶店では、たいして食べたいとも思わないケーキセットを注文して、一気に食べてしまった。
だけど、どんなことをしても、もう気持ちを切り替えることなんて、できない。
「川島君に、みっこに、いてほしいのに…」
人ごみを避けた地下街の、薄暗い階段の陰で、わたしは買ったばかりのワンピースの紙袋を抱きしめて、そうつぶやき、うつむいた。
涙がぼろぼろとこぼれて、紙の包みにしみをつくった。
“カーン カーン カーン”
いったいどのくらい、そうしていたんだろう。
時計の鐘の音で、わたしはハッと我に返った。
ふと目を上げると、向こうに見えるインフォメーションの仕掛け時計の針が、8時を差していて、可愛らしい人形たちが、『皇帝円舞曲』を踊っている。
涙が溜まった目に、人形のダンスはぼやけて映って、まるで夢のなかで誘う、小人みたい。
人形の踊りに釣られるように、わたしはフラフラと、仕掛け時計の方に歩いていった。
『ここは…』
そう。
それは去年の秋、みっこといっしょに眺めた、仕掛け時計だった。
あのときわたしは、川島君との別れを覚悟して、みっこにここまで来てもらったんだっけ。
ふと、隣にみっこがいるような錯覚がよぎる。
わたしを元気づけてくれた、森田美湖が…
わたしは無意識のうちに、近くの電話ボックスの扉を開ける。
この電話ボックスも…
去年、川島君に電話をかけた場所だ。
わたしは、過去の幻影に背中を押されるかのように、公衆電話の受話器を上げて、テレフォンカードを差し込み、プッシュホンのダイヤルを押していた。
もうすっかり、指が覚えてしまった、川島祐二の家のナンバー。
RRRRR… RRRRR… RRRRR… RRRRR… RRR…
5回目のコールで、受話器を上げる音がして、電話がつながった。
「はい、川島です」
少し低い、すっかり耳に馴染んだ愛しい声が、受話器を通して、くぐもった電気音で響いてくる。
少しの沈黙のあと、わたしはため息のように口を開いた。
「…川島君?」
「さつきちゃん?」
「ごめんね。こんな夜に電話して」
「こんなって。まだ8時だよ」
「…そっか。なんだか一日が、とても長かったから」
「どうしたんだい? なにかあったのか?」
「ん… ちょっと…」
「言ってみてよ」
「なんでもない」
「そんなこと、ないだろ?」
「大丈夫」
「ぼくに言えないこと?」
「…」
「もしもし?」
「…」
「さつきちゃん?」
「…」
「どうしたんだ?」
「…」
「さつきちゃん?! なにか言ってくれよ」
「…川島君」
「なに?」
「…みっこと、長崎に… 行った?」
「…」
少しの沈黙のあと、川島祐二はひとこと、答えた。
「行ったよ」
END
25th Jul.2011
15th May 2020
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
隣の人妻としているいけないこと
ヘロディア
恋愛
主人公は、隣人である人妻と浮気している。単なる隣人に過ぎなかったのが、いつからか惹かれ、見事に関係を築いてしまったのだ。
そして、人妻と付き合うスリル、その妖艶な容姿を自分のものにした優越感を得て、彼が自惚れるには十分だった。
しかし、そんな日々もいつかは終わる。ある日、ホテルで彼女と二人きりで行為を進める中、主人公は彼女の着物にGPSを発見する。
彼女の夫がしかけたものと思われ…
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子
ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。
Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。
【完結】失恋した者同士で傷を舐め合っていただけの筈だったのに…
ハリエニシダ・レン
恋愛
同じ日に失恋した彼と慰めあった。一人じゃ耐えられなかったから。その場限りのことだと思っていたのに、関係は続いてーー
※第一話だけふわふわしてます。
後半は溺愛ラブコメ。
◻︎◼︎◻︎◼︎◻︎
ホット入りしたのが嬉しかったので、オマケに狭山くんの話を追加しました。
【R18】もう一度セックスに溺れて
ちゅー
恋愛
--------------------------------------
「んっ…くっ…♡前よりずっと…ふか、い…」
過分な潤滑液にヌラヌラと光る間口に亀頭が抵抗なく吸い込まれていく。久しぶりに男を受け入れる肉道は最初こそ僅かな狭さを示したものの、愛液にコーティングされ膨張した陰茎を容易く受け入れ、すぐに柔らかな圧力で応えた。
--------------------------------------
結婚して五年目。互いにまだ若い夫婦は、愛情も、情熱も、熱欲も多分に持ち合わせているはずだった。仕事と家事に忙殺され、いつの間にかお互いが生活要員に成り果ててしまった二人の元へ”夫婦性活を豹変させる”と銘打たれた宝石が届く。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる