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13 Rainy Resort
Rainy Resort 7
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「上手ですねぇ」
「もしかして、音大の方ですか?」
「これだけ暗譜してるなんて、すごいなぁ」
みっこの演奏を口々に褒めながら、オーナーさんをはじめとした、ペンションのスタッフの人たちが、それぞれヴァイオリンやヴィオラ、チェロ、コントラバスを抱えて、リビングルームへやってきた。
「いつも9時からここで、『白いピアノ弦楽四重奏団』のアンサンブルを聴いてもらっているんですよ」
オーナーさんがわたしたちに説明する。
「じゃあ、あたしは…」
みっこはそう言って、ピアノを空けようとしたが、オーナーさんがそれを遮った。
「せっかくなので、お客さんもぜひ、いっしょにいかがです?」
「え? でも… あたし、アンサンブルはほとんどしたことがないから…」
「シューベルトの『ます』をやろうと思うんです。わたしたちがピアノに合わせますから、あなたのペースで弾いてみてください」
「でも…」
「曲は知ってますか?」
「ええ… だいたいは。有名な曲ですから」
躊躇っているみっこに、川島君が言う。
「いいじゃないか。森田さんの『ます』、聴いてみたいよ」
「…ん。じゃあみなさん。よろしくお願いします」
川島君のエールに勇気づけられたのか、みっこは『白いピアノ弦楽四重奏団』のスタッフにお辞儀をし、わたしたちや他のリスナーにもペコリと頭を下げると、ピアノの前に座りなおした。
「お客さん、お名前を伺ってもいいですか?」
ヴァイオリンを肩に当てて調弦をしながら、オーナーさんがみっこに訊く。
「森田美湖です」
「ありがとう」
お礼を言うと、オーナーさんはわたしたちに向き直った。
「はじめまして。『森田美湖さんプラス、白いピアノ弦楽四重奏団』です。それでははじめます。曲はシューベルトのピアノ五重奏曲、『ます』」
そう言ってオーナーが一礼すると、リビングルームのお客さんから、パラパラと拍手がおこった。
“ジャーン ジャンジャン♪…”
ピアノと弦楽器が、一斉に曲を奏でる。
みっこは緊張した面持ちで、楽譜を追っていた。
だけど、第一楽章が終わる頃には要領を掴んだのか、彼女の表情もやわらぎ、弦楽器との呼吸もなめらかになって、リズムも軽やかになってきた感じ。
流れるようなピアノの旋律と、ヴァイオリンの弦の歌うような響きが、快いせせらぎを元気よく泳ぎ、あるときはゆったりと澱みに沈み、水面にきらきらと銀色の鱗を反射させながら跳ねまわる、ますの姿を思い浮かばせる。
『白いピアノ弦楽四重奏団』の演奏もまろやかで、見事なハーモニー。みっこのピアノを引き立てていき、みっこは気持ちよさそうな表情で、鍵盤の上の『ます』を泳がせていった。
「みっこ、とってもよかったわよ! コンサート聴いたみたいで、感動しちゃった」
「ありがとう。ピアニストになるには全然練習不足だけどね」
「まったく。森田さんはいろんな特技を披露してくれるなぁ」
「そんな… 恥ずかしいわ」
「いや。ほんとすごいよ、森田さんは」
「もう。川島君ったら… 『みっこ』でいいわよ」
部屋に戻ったわたしたちは、しばらく音楽の話で盛り上がった。
「そろそろお風呂に入ろうか」
「そうね」
夜も更けてきて、会話もひと段落ついた頃、みっこはそう言って、皮の鞄からお風呂セットを取り出した。わたしも自分の鞄を引っ張り寄せながら、相づちを打つ。
「じゃあ、ぼくはそろそろ自分の部屋に戻るよ。明日は朝食のあと、みんなでテニスしよう。8時に食堂で待ってるから、おやすみ」
わたしたちがお風呂の準備をはじめたのを見て、川島君は明日の予定を決めて立ち上がると、おやすみの挨拶をしてドアを出る。軽く手を挙げたわたしは、なにげなく川島君を目で追った。
つづく
「もしかして、音大の方ですか?」
「これだけ暗譜してるなんて、すごいなぁ」
みっこの演奏を口々に褒めながら、オーナーさんをはじめとした、ペンションのスタッフの人たちが、それぞれヴァイオリンやヴィオラ、チェロ、コントラバスを抱えて、リビングルームへやってきた。
「いつも9時からここで、『白いピアノ弦楽四重奏団』のアンサンブルを聴いてもらっているんですよ」
オーナーさんがわたしたちに説明する。
「じゃあ、あたしは…」
みっこはそう言って、ピアノを空けようとしたが、オーナーさんがそれを遮った。
「せっかくなので、お客さんもぜひ、いっしょにいかがです?」
「え? でも… あたし、アンサンブルはほとんどしたことがないから…」
「シューベルトの『ます』をやろうと思うんです。わたしたちがピアノに合わせますから、あなたのペースで弾いてみてください」
「でも…」
「曲は知ってますか?」
「ええ… だいたいは。有名な曲ですから」
躊躇っているみっこに、川島君が言う。
「いいじゃないか。森田さんの『ます』、聴いてみたいよ」
「…ん。じゃあみなさん。よろしくお願いします」
川島君のエールに勇気づけられたのか、みっこは『白いピアノ弦楽四重奏団』のスタッフにお辞儀をし、わたしたちや他のリスナーにもペコリと頭を下げると、ピアノの前に座りなおした。
「お客さん、お名前を伺ってもいいですか?」
ヴァイオリンを肩に当てて調弦をしながら、オーナーさんがみっこに訊く。
「森田美湖です」
「ありがとう」
お礼を言うと、オーナーさんはわたしたちに向き直った。
「はじめまして。『森田美湖さんプラス、白いピアノ弦楽四重奏団』です。それでははじめます。曲はシューベルトのピアノ五重奏曲、『ます』」
そう言ってオーナーが一礼すると、リビングルームのお客さんから、パラパラと拍手がおこった。
“ジャーン ジャンジャン♪…”
ピアノと弦楽器が、一斉に曲を奏でる。
みっこは緊張した面持ちで、楽譜を追っていた。
だけど、第一楽章が終わる頃には要領を掴んだのか、彼女の表情もやわらぎ、弦楽器との呼吸もなめらかになって、リズムも軽やかになってきた感じ。
流れるようなピアノの旋律と、ヴァイオリンの弦の歌うような響きが、快いせせらぎを元気よく泳ぎ、あるときはゆったりと澱みに沈み、水面にきらきらと銀色の鱗を反射させながら跳ねまわる、ますの姿を思い浮かばせる。
『白いピアノ弦楽四重奏団』の演奏もまろやかで、見事なハーモニー。みっこのピアノを引き立てていき、みっこは気持ちよさそうな表情で、鍵盤の上の『ます』を泳がせていった。
「みっこ、とってもよかったわよ! コンサート聴いたみたいで、感動しちゃった」
「ありがとう。ピアニストになるには全然練習不足だけどね」
「まったく。森田さんはいろんな特技を披露してくれるなぁ」
「そんな… 恥ずかしいわ」
「いや。ほんとすごいよ、森田さんは」
「もう。川島君ったら… 『みっこ』でいいわよ」
部屋に戻ったわたしたちは、しばらく音楽の話で盛り上がった。
「そろそろお風呂に入ろうか」
「そうね」
夜も更けてきて、会話もひと段落ついた頃、みっこはそう言って、皮の鞄からお風呂セットを取り出した。わたしも自分の鞄を引っ張り寄せながら、相づちを打つ。
「じゃあ、ぼくはそろそろ自分の部屋に戻るよ。明日は朝食のあと、みんなでテニスしよう。8時に食堂で待ってるから、おやすみ」
わたしたちがお風呂の準備をはじめたのを見て、川島君は明日の予定を決めて立ち上がると、おやすみの挨拶をしてドアを出る。軽く手を挙げたわたしは、なにげなく川島君を目で追った。
つづく
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