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茉莉 佳

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03 Sweet Memories

Sweet Memories 3

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 『紅茶貴族』は、飾りは渋いブリティッシュ。
広い店内のボックスシートは人がいっぱいで、わたしたちはカウンターに座った。
「紅茶を入れるのを見るのも、楽しいよな」
メニューを開きながら、彼が言う。

ピカピカに磨かれたメリオール。
『フォートナム&メイスン』の紅茶を、よく暖めたティーカップに注ぎ、タータンチェックのロングスカートをはいたウェイトレスが、席に運んでいる。
紅茶独特のほろ苦みのある渋い香りが、部屋の柱や家具調度に染みつき、重厚な雰囲気を醸している。
注文したアールグレイは、爽やかで香りがとってもよく、まるで川島君との再会を祝福してくれているような、この上なく素晴らしい味。
彼に聞かれるまま、わたしは今日の小説講座の様子を、たどたどしく話した。

「それで弥生さんは、小説家になりたいんだ?」
カウンターに頬杖ついて、川島君はわたしの顔を見ながら訊ねる。
「え、ええ。できればなりたいけど… 川島君はカメラマン目指してる、のよね?」
「そう。絶対なってみせるよ」
「高校の頃は美術部だったのに、どうしてカメラマンになりたいの?」
「高二の時に急に、カメラの面白さと表現に目覚めてね。『自分の道はこれだ』って決めたんだ。3年になって写真部にもかけもちで入って、真剣に写真のことを基礎から勉強したよ。
でも、親にも先生にもかなり反対されてね。『そんな不安定な職業はよくない』んだってさ。
『とりあえず今の希望大学に入って、それから写真のことを学べばいい』とかも言われたけど、そんな回り道はしたくなかったしな。早く仕事の現場に出て経験積みたかったから、二年制の専門学校を選んだんだ」
「ふうん。すごいのね。そんなにしっかり、自分の進路を決めているなんて」
「まあ、ぶっちゃけ、決断するまでは、だいぶ揺れたんだけどな。本当に自分に、カメラマンの才能なんてあるのか、かなり悩んだよ。
友達からもいろいろ言われたな。『カッコいいから頑張れ』なんて、無責任に言うやつもいたけど、とにかく、いろいろ考えて煮詰まるより行動だと、決断したんだ」
「すごいわね。そんなに思いきれるなんて。
そういえば、秋の文化祭のとき、川島君の油絵と写真、両方見たわ」
「え? 見てくれたんだ!」
「わたし、絵とか写真とかはよくわかんないけど、どっちもあったかい感じで、すごくよかった」
そう言いながらわたしは、大きなキャンパスに描かれた、川島君の絵を思い浮かべた。

広々とした海の景色だったな。川島君の絵は。
浜辺で働く人を点景に入れながら、夕暮れの海を力強いタッチだけど、やさしい色調で描いていた。
写真のモチーフも同じような夕焼けの海。空と雲のグラデーションが水面に映えて、とっても綺麗だった。
川島君の心の中には、こんな大きな海が広がっているのかなぁとか想像しながら、長い時間、作品の前に立ち止まっていた、去年の秋の文化祭。
どちらの会場でも川島君とは会えなかったけど、もし鉢合わせていたら、恥ずかしくて、じっくり作品を見られなかった気がする。

「川島君は、ほんとに絵とか写真が好きなのね。そう感じた」
「そうかい? 嬉しいよ」
「それにしても、美術部と写真部をかけもちだなんて、川島君、すごい」
「絵も写真もどちらも同じ『picture』だろ。表現のツールが違うってだけで、ぼくにとって本質は一緒なんだ。
去年の文化祭の作品は、そういう意味を込めて、あえて同じモチーフで取り組んでみたんだ」
「ふうん。だからどちらも夕焼けの海の景色だったんだ」
「小説にしても、そうなんじゃないかな?」
「え?」
「絵も写真も、自分の世界を絵具やレンズを通して、切り取って創造するってことだろ。小説だって自分の世界を文章で創造していくってことじゃないかな? どれも自分を表現するための、手段だろ」
「ええ… そうかも」
「自分の力でなにかを創造するってのは、いいもんだな。
なんていうのかな? 自分の存在が確かめられるっていうか、存在している理由みたいな気がするんだ」
「あ…」
「なに?」
「う、ううん。なんでもない」
繕いながら、わたしはティーカップにあたる唇が、かすかに震えるのを感じた。

『自分が存在している理由』って…
いつかわたしが、みっこに言った台詞と同じ!
この人の考えてること、わたしの心と根っこの方で繋がってるみたい!

つづく
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