40 / 46
August 4
しおりを挟む
そこには彼女…
萩野あさみさんが立っていたからだ!
驚きのあまり、ベンチからガタガタッと立ち上がり、思わず彼女を見つめた。
あさみさんも同じく、ビックリした様に目を見開いて、ぼくを見つめている。
ふたり、モロに、目と目が合っている!
彼女は今、目の前にいて、ぼくの存在をはっきりと認識している。
あれだけ『会いたい』と思って、このバス停に通ったのに、会えなかったのが、彼女の事を諦めると心に決めたこのタイミングで、会えてしまうなんて…
運命のいたずらとしかいえない。
いったい、どうすればいいんだ!
涼しげなラベンダー色の花柄が入った、白のキャミソールワンピを着たあさみさんは、薄いピンクのサマーカーディガンを羽織っていて、ヒラヒラとしたワンピースの裾から伸びる素足が、ことさら眩しい。
明らかに『お出かけ』といったオシャレな私服姿は、いつも見ていた制服とのギャップがありすぎて、鮮やかで強烈だった。
制服姿じゃわからなかったけど、襟の開いたワンピースの胸元は、ふっくらとした曲線を描いて盛り上がり、夏の日射しに照らされて余計に艶かしい・・・
って、どこ見てんだ自分!
不審そうな顔をして、彼女はぼくに訊いてきた。
「どうして… わたしの名前を知っているんですか?」
「あ…」
言葉に詰まる。
夢にまで見たあさみさんとの会話だというのに、あまりに突然過ぎて心の準備もできてなくて、頭の中がパニクってる。
「とっ… 友達が、いつもそう呼んでたから… あさみさん、って…」
やっとの思いで、もっともらしい理由を言う事ができたが、次の彼女のアクションに、ぼくは戦慄していた。
ただでさえ、ぼくは彼女から嫌われてる。
なのに、友達との会話にまでこっそり聞き耳を立てていたと知れたら、もっと嫌われるだろう。
まして、まさるが裏で彼女の事を嗅ぎ回っていたと知られたら、これはストーカー認定間違いなしだ。
露骨に嫌悪の表情を浮かべ、避ける様に顔を外らす彼女…
まさるが言った、毛虫でも踏んづけた様な、『イヤなものを見てしまった』という顔。
次の瞬間に見せる、そんな表情のあさみさんを、ぼくは想像した。
もうダメだ。
この場からダッシュで逃げ出したい。
でもそれは、あまりに惨めすぎる。
なんとか踏みとどまっていられる様、ぼくは必死に堪えていた。
ところが、萩野さんはぼくの答えを聞くと、恥ずかしがる様に微笑んだ。
「やだ。わたしたちの会話、まる聞こえだったんですね。どうしよう…」
そう言って彼女はうつむき、なにか言いたそうな様子でもじもじしていたが、ようやく口を開いた。
「あの… 5月頃から、朝、このバス停にいましたよね」
「えっ? ええ、まあ…」
「今日はマスク、してないんですね」
「あ。はい」
「お加減でも悪かったんですか?」
「…」
なぜ?
どうして彼女は、そんな事を訊くんだろう?
「あ… ごめんなさい。わたし、余計な事訊いちゃったかも」
ぼくが戸惑っているのを見て、彼女は軽く口もとに手を当てて、すまなそうに言った。
そのしぐさが可憐で可愛らしくって、ぼくを見る眼差しも、なんだかなごやかで…
それに、なんて綺麗で優しげな声なんだ。
とてもぼくを嫌っている様には思えない。
「い… いや、いいんです。あの、病気で。ずっとこの近くの病院に入院してて… マスクはずせなくて。伝染るといけないから。あっ。でも、もう大丈夫です。今日退院なんで」
ぼくの答えもなんか支離滅裂。雲の上を歩いてるみたいに、フワフワしてる。
初恋の萩野さんと会話してる、って現実感が、まるでない。
「え? そうなんですね。おめでとうございます」
「あ、ありがとう…」
「…」
「…」
なにを話していいかわからない。
あさみさんも次の言葉が見つからない様で、黙り込んでしまった。
そもそも、どうしてここで彼女と話しをしてるのかさえ、わからない。
気まずい沈黙が流れる。
『ジージー』と、セミの鳴く声だけがうるさく響いているのに、今さらながら気がついた。
彼女とこうしている間は、他の事がいっさい入ってこなかった。
そう言えば、なんだかとってもいい香りが漂っている。
そうか。
あさみさん、コロンかなにかつけてるんだ。
それはとっても清楚で清々しい香りで、あさみさんによく似合ってる。
「あの…」
意を決したかの様に、萩野さんは口を開いた。
つづく
萩野あさみさんが立っていたからだ!
驚きのあまり、ベンチからガタガタッと立ち上がり、思わず彼女を見つめた。
あさみさんも同じく、ビックリした様に目を見開いて、ぼくを見つめている。
ふたり、モロに、目と目が合っている!
彼女は今、目の前にいて、ぼくの存在をはっきりと認識している。
あれだけ『会いたい』と思って、このバス停に通ったのに、会えなかったのが、彼女の事を諦めると心に決めたこのタイミングで、会えてしまうなんて…
運命のいたずらとしかいえない。
いったい、どうすればいいんだ!
涼しげなラベンダー色の花柄が入った、白のキャミソールワンピを着たあさみさんは、薄いピンクのサマーカーディガンを羽織っていて、ヒラヒラとしたワンピースの裾から伸びる素足が、ことさら眩しい。
明らかに『お出かけ』といったオシャレな私服姿は、いつも見ていた制服とのギャップがありすぎて、鮮やかで強烈だった。
制服姿じゃわからなかったけど、襟の開いたワンピースの胸元は、ふっくらとした曲線を描いて盛り上がり、夏の日射しに照らされて余計に艶かしい・・・
って、どこ見てんだ自分!
不審そうな顔をして、彼女はぼくに訊いてきた。
「どうして… わたしの名前を知っているんですか?」
「あ…」
言葉に詰まる。
夢にまで見たあさみさんとの会話だというのに、あまりに突然過ぎて心の準備もできてなくて、頭の中がパニクってる。
「とっ… 友達が、いつもそう呼んでたから… あさみさん、って…」
やっとの思いで、もっともらしい理由を言う事ができたが、次の彼女のアクションに、ぼくは戦慄していた。
ただでさえ、ぼくは彼女から嫌われてる。
なのに、友達との会話にまでこっそり聞き耳を立てていたと知れたら、もっと嫌われるだろう。
まして、まさるが裏で彼女の事を嗅ぎ回っていたと知られたら、これはストーカー認定間違いなしだ。
露骨に嫌悪の表情を浮かべ、避ける様に顔を外らす彼女…
まさるが言った、毛虫でも踏んづけた様な、『イヤなものを見てしまった』という顔。
次の瞬間に見せる、そんな表情のあさみさんを、ぼくは想像した。
もうダメだ。
この場からダッシュで逃げ出したい。
でもそれは、あまりに惨めすぎる。
なんとか踏みとどまっていられる様、ぼくは必死に堪えていた。
ところが、萩野さんはぼくの答えを聞くと、恥ずかしがる様に微笑んだ。
「やだ。わたしたちの会話、まる聞こえだったんですね。どうしよう…」
そう言って彼女はうつむき、なにか言いたそうな様子でもじもじしていたが、ようやく口を開いた。
「あの… 5月頃から、朝、このバス停にいましたよね」
「えっ? ええ、まあ…」
「今日はマスク、してないんですね」
「あ。はい」
「お加減でも悪かったんですか?」
「…」
なぜ?
どうして彼女は、そんな事を訊くんだろう?
「あ… ごめんなさい。わたし、余計な事訊いちゃったかも」
ぼくが戸惑っているのを見て、彼女は軽く口もとに手を当てて、すまなそうに言った。
そのしぐさが可憐で可愛らしくって、ぼくを見る眼差しも、なんだかなごやかで…
それに、なんて綺麗で優しげな声なんだ。
とてもぼくを嫌っている様には思えない。
「い… いや、いいんです。あの、病気で。ずっとこの近くの病院に入院してて… マスクはずせなくて。伝染るといけないから。あっ。でも、もう大丈夫です。今日退院なんで」
ぼくの答えもなんか支離滅裂。雲の上を歩いてるみたいに、フワフワしてる。
初恋の萩野さんと会話してる、って現実感が、まるでない。
「え? そうなんですね。おめでとうございます」
「あ、ありがとう…」
「…」
「…」
なにを話していいかわからない。
あさみさんも次の言葉が見つからない様で、黙り込んでしまった。
そもそも、どうしてここで彼女と話しをしてるのかさえ、わからない。
気まずい沈黙が流れる。
『ジージー』と、セミの鳴く声だけがうるさく響いているのに、今さらながら気がついた。
彼女とこうしている間は、他の事がいっさい入ってこなかった。
そう言えば、なんだかとってもいい香りが漂っている。
そうか。
あさみさん、コロンかなにかつけてるんだ。
それはとっても清楚で清々しい香りで、あさみさんによく似合ってる。
「あの…」
意を決したかの様に、萩野さんは口を開いた。
つづく
0
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
思い出を売った女
志波 連
ライト文芸
結婚して三年、あれほど愛していると言っていた夫の浮気を知った裕子。
それでもいつかは戻って来ることを信じて耐えることを決意するも、浮気相手からの執拗な嫌がらせに心が折れてしまい、離婚届を置いて姿を消した。
浮気を後悔した孝志は裕子を探すが、痕跡さえ見つけられない。
浮気相手が妊娠し、子供のために再婚したが上手くいくはずもなかった。
全てに疲弊した孝志は故郷に戻る。
ある日、子供を連れて出掛けた海辺の公園でかつての妻に再会する。
あの頃のように明るい笑顔を浮かべる裕子に、孝志は二度目の一目惚れをした。
R15は保険です
他サイトでも公開しています
表紙は写真ACより引用しました
野良インコと元飼主~山で高校生活送ります~
浅葱
ライト文芸
小学生の頃、不注意で逃がしてしまったオカメインコと山の中の高校で再会した少年。
男子高校生たちと生き物たちのわちゃわちゃ青春物語、ここに開幕!
オカメインコはおとなしく臆病だと言われているのに、再会したピー太は目つきも鋭く凶暴になっていた。
学校側に乞われて男子校の治安維持部隊をしているピー太。
ピー太、お前はいったいこの学校で何をやってるわけ?
頭がよすぎるのとサバイバル生活ですっかり強くなったオカメインコと、
なかなか背が伸びなくてちっちゃいとからかわれる高校生男子が織りなす物語です。
周りもなかなか個性的ですが、主人公以外にはBLっぽい内容もありますのでご注意ください。(主人公はBLになりません)
ハッピーエンドです。R15は保険です。
表紙の写真は写真ACさんからお借りしました。
家に帰ると夫が不倫していたので、両家の家族を呼んで大復讐をしたいと思います。
春木ハル
恋愛
私は夫と共働きで生活している人間なのですが、出張から帰ると夫が不倫の痕跡を残したまま寝ていました。
それに腹が立った私は法律で定められている罰なんかじゃ物足りず、自分自身でも復讐をすることにしました。その結果、思っていた通りの修羅場に…。その時のお話を聞いてください。
にちゃんねる風創作小説をお楽しみください。
すれ違う思い、私と貴方の恋の行方…
アズやっこ
恋愛
私には婚約者がいる。
婚約者には役目がある。
例え、私との時間が取れなくても、
例え、一人で夜会に行く事になっても、
例え、貴方が彼女を愛していても、
私は貴方を愛してる。
❈ 作者独自の世界観です。
❈ 女性視点、男性視点があります。
❈ ふんわりとした設定なので温かい目でお願いします。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる