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「手に入れられない高嶺の花がお好みでしょ」

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「、、、最後のキスです」
「り、凛子ちゃん、、?!」
「ヨシキさんのこと、ほんとうに好きでした。
心から愛していました。
わたし、ヨシキさんとつきあえて、幸せでした。
女としても、モデルとしても、たくさん喜びを教えてもらえました。
今までありがとうございました。
今度会ったときは、ただの友達として、笑いあいましょ。
『恋なんて儚い』とか『女の人を信じられない』とか、寂しいこと言わないで、ヨシキさんも新しい素敵な恋、つかまえてくださいね」

驚くほど素直な言葉だった。
今までなにかとヨシキさんと意地を張りあい、負けないようにと頑張ってきたのに、この瞬間、全部リセットされたみたいに、新鮮な気持ちで、ヨシキさんに向かい合えたのだ。

「ヨシキさんは本当にいい男でした。さようなら」

なんの未練も、執着もなかった。
踵を返し、軽くステップを踏むように、わたしはヨシキさんの元を離れようとした。

「凛子ちゃん!」

その瞬間、わたしの手をヨシキさんは後ろから掴み、強く引き寄せると、全身の力を込めて抱きしめた。

「君だけが好きだ! 行かないでくれ! 手放したくない!」

切羽詰まったような口調で言いながら、ヨシキさんはその手にいっそう力を込めた。
息ができないくらいに嬉しい。
こうして抱きしめられると、やっぱり心が揺れる。
だけどもう、わたしは決めたんだ。

「ダメ!」

思いっきりその手を振りほどいて突き飛ばすと、わたしはヨシキさんの喉元に、川島さんからお借りした一脚を突きつけた。固まってしまったかのように、ヨシキさんは動けなかった。

「未練がましいです」
「りっ、凛子ちゃん、、、」

ゴクリと息を飲む音が、聞こえてくるようだった。
ヨシキさんは完全に気圧されている。
こんなに狼狽うろたえた彼を見るのは、はじめてだ。
蛇に睨まれたカエルみたいになっているヨシキさんに、わたしは冷たく言い放った。

「手に入れられない高嶺の花が、ヨシキさんのお好みなんでしょ?」
「、、、」
「いいじゃないですか。わたしはヨシキさん好みの女になりたいです」
「、、、」
「だいいち、わたしの完敗ですから」
「かっ、完敗?」
「敵いません。桃李さんには。ヨシキさんも彼女のこと、大切にしてあげてください」
「、、、」

じっとヨシキさんの瞳を見据えながら、わたしはゆっくりと一脚を下げる。
彼は身動きひとつしなかった。
哀れむような眼差しで、わたしを力なく見返してるだけ。

なんだか、ぞくぞくしてくる。
煮えたぎった快感が沸き上がってくる。
このままヨシキさんの腕を掴み、神社の暗がりに連れ込んで、犯してしまいたいような衝動にさえ、かられてしまう。
もしかしてわたしって、結構サディスト?

ムラムラした気持ちをぐっとこらえ、背中を向けたわたしは、ヨシキさんを残して歩きはじめた。
もう、彼は追ってこなかった。

はじめて恋して、はじめてからだまで許した彼と別れるのは、確かに寂しいし、心が引き裂かれるみたい。
だけど、わたしは訣別する。
振り向きたくない。
この別離わかれは、わたしに科せられた試練。
これを乗り越え、苦しみを克服できたとき、きっとわたしは今よりも、ずっといい女になっているはずだ。

やっとわかった。
それこそがヨシキさんのいう、フィフティーフィフティ。
ヨシキさんと別れることで、わたしは彼と対等につきあえるようになるのだ。

つづく
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