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「どうでもいいことで悩んでいたように感じます」

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冷蔵庫から出されたチーズや生ハムやフルーツを、わたしはお皿に並べた。
みっこさんはキッチンの隅にあるワインセラーを開け、ワインを選んでいる。

「今夜は特別。これにしましょ」

濃緑のボトルを取り出し、みっこさんはフランス語で書かれたラベルをわたしに見せて言った。

「1991年のブルゴーニュの赤。とっておきのやつよ」
「すごいです! 23年ものですか?!」
「あたしが大学生だった年に仕込まれたワインね。なんだか奇遇」
「運命って感じですね」

 夜が更けるまで、わたしたちはワイングラス片手に、恋話に花を咲かせた。
1991年のヴィンテージワインは、花のような素晴らしい香りを漂わせてくる。
ひとくち含むと、濃厚で複雑な余韻がまったりとたなびき、すうっとからだの奥に消えていく。
とっても魅惑的な風味。

「すごく美味しいです。まるでみっこさんの人生みたいに熟成されて、まろやかで濃厚な香りがあって」
「あは。凛子ちゃんも語るわね。じゃああなたは、とれたてのボジョレーヌーボーってとこかな。フレッシュで爽やかで」
「ボジョレーは長期保存しても、美味しくならないそうですよ」
「あら。よく知ってるのね」
「父がよく言ってます。こんなフルーティーで軽いワインなんて、お酒じゃないって」
「さすが鹿児島県人。さ、乾杯! 今夜は楽しも!!」

そう言ってみっこさんは、空になったグラスにワインを注いでくれる。
わたしたちは何度も乾杯を重ねた。

楽しい。

こんな気持ちになったのは、いつ以来だろ。
こうしてみっこさんと、暖炉の側でワインを飲みながらいろいろなことをしゃべってると、ヨシキさんのことも、桃李さんのことも、どうでもいいことで悩んでいたように感じる。
優雅なワインの香りといっしょに、ふたりに対する執着が、さらさらと解けて、消えていく。
ヨシキさんにはいろいろムカついてきたけど、今ならそれも流せそう。

“ピコン”

そのとき、みっこさんのスマホが鳴った。

「ちょっと待って、お仕事メール」

そう言ってみっこさんはスマホの画面を見ていたが、パッと瞳を輝かせた。

「おめでとう! 凛子ちゃん」
「え?」
「やったわ! あなた、今年のアルディア化粧品の、夏キャンモデルに選ばれたわよ!」
「え? ほんとですか?!」
「プロデューサーさんが知らせてくれたわ。これから忙しくなるわよ。夏キャンでブレイクするモデルさんも多いしね。ロケ場所はまだ決まってないけど… あたしがやったときはモルディブだったわ」
「えっ? みっこさんもアルディア化粧品のサマーキャンペーンモデルを、されたことがあるんですか?」
「20年以上前の、それこそ大学生だったときだけどね。アルバムにもあったでしょ。モルディブで撮った写真」
「あの、海のとっても綺麗な写真!」
「そう。さつきと川島くんにはスタッフに入ってもらって、いっしょにモルディブに行ったのよ。
ぶっちゃけ、そこがあたしたちのターニングポイントになったんだけどね」
「詳しく聞いてみたいです。そのときのこと」
「ふふ。いいわよ。でも、ちょっと待ってね」

そう言いながらスマホを手に取ったみっこさんは、どこかに電話をかけた。
数コールのあと、相手が電話に出る気配がする。

「あ。川島くん? いい知らせよ。凛子ちゃんが例のオーディション受かったの。
そう… アルディアの夏キャン。
でしょ? あたしも絶対いけると思ってたんだ。それでね、多分カメラマンは川島くんにお願いすることになるから、よろしくね。え? 今から? そうね…」

わたしをチラリと見た彼女は、電話の向こうの川島さんに言った。

つづく
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