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新作
なかよし兄弟
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※弟視点
兄さんは割りと嫉妬深い。独占欲も強いほうだと思う。
それを、自分は兄だから、という理由でこらえているのもわかってる。まあバレバレなんだけど。
僕もかなり嫉妬深くて、独占欲は強いほう。というより、依存かな……。自覚はあるけど、僕はかなり兄さんに依存してる。
子供の頃からあれだけ甘やかされて、両親よりも遥かに重い愛情を受けて育ったら、まあ、そうなっても仕方ないとは思う。
でも、兄さんはそれに気づいてない。自分は嫉妬するくせに、僕が嫉妬するってことに関しては頭に入っていないんだ。
かなりあからさまに、嫉妬してるんだよってアピールして、やっと気づく感じ。
嬉しそうにしてるとこ悪いけど、その前にどんなことをしたら僕が妬くのかとか、気づいてよね!
僕だって……ラブレター貰って帰ってこないようにしたりとか、クラスメイトの女子の番号を携帯に登録しないとか、いろいろ努力してるんだ。クラスの男子と出かける時だって、一対一は避けてるっていうのに!
「同僚がお兄さんへの誕生日プレゼントを選ぶのを付きあってほしいっていうから、明日は出掛けてくるよ」
どうしてそんなことをにこやかに言えるんだ!
「それって、女性の同僚?」
「男だけど?」
明らかに兄さん狙いじゃないか……。だって弟が兄にって言ったら、プレゼントくらい自分で考えるだろ!
女性社員が、男の人に何あげていいかわからなくて……とか、言うならまだわかる。でも男が男に普通そういうことは言わないって……なんで気づかないんだよ、兄さん……。
「それ、兄さん狙いだから断って」
「え? 俺狙いって……男の同僚だぞ?」
本当に気づいてないの……? 可愛らしく首を傾げてる場合じゃないよ、ねえ。
「だから……普通、男の同僚が男へのプレゼント選ぶの付き合えとか、言わないってば……」
「男へのプレゼントじゃないだろ。兄へのだろ」
貴方の中で男と兄は別の生き物なんですか? 自分の性別をよく確認してよっ、もう。
「律、もしかして妬いてる?」
「もしかしてじゃなくても、妬いてるよ……」
僕がそう言って唇を尖らせると、兄さんは宥めるようにぎゅうっと抱きしめてきた。
「か、可愛い……。律、可愛い……」
「……」
単にハァハァしているだけっぽい。
「僕を可愛いって思うならさ」
「うん、やめる」
「えっ……」
「え?」
続きを言う前に結論を言われて、一瞬何か聞き間違えたかと僕は思わず妙な声を上げてしまった。
兄さんも不思議そうに聞き返しながら、可愛く首を傾げている。
「行くのを?」
「だからやめるって。相手方にはあとでメールしておくな」
僕が言ったその一言で、簡単にやめちゃうんだ……。
嬉しいんだけど、それってなんか……。
兄さんの最優先が僕だっていうのはわかってる。僕といる時間を作るために、あまり出掛けたりしないのも。
今回のは本当に、絶対に兄さん狙いだろうから、行かないでくれるのは素直に嬉しいけど。
でも、あまりにもあっさりとした撤回に、僕は焦りの色を隠せなかった。そんな僕の様子に気づいたんだろう、兄さんが不安気に僕を見る。
「……行ったほうがいい?」
「どうしてそうなるんだよ」
「俺の気持ち、重いかなーって……ハハ」
茶化すように言ったその言葉は真実で、兄さんはきっと、いつもそう思いながら僕に接している。
僕の想いだって兄さんに負けないくらい重いのに、貴方はそれに気づいてはいないんだね。
「嬉しいよ、凄く。でも、できたら……僕が妬くだろうって思ったことは、やめてほしいかな」
「でも、今回のは、単にプレゼント選ぶの付きあうってだけだったから……」
「……」
根本的なところで鈍いから、仕方ないな……。
「わかった。選ぶのは付きあってあげるといいよ。ただ、僕も一緒に行く」
「え……ええ!? だって、会社の人だぞ」
「途中で何食わぬ顔して、偶然会った振りをする」
「どうしてそんな……」
「兄さんの会社の人なら、チェックしておきたい。もしかして、あの高山って人?」
「いや、春川って後輩だけど」
なんてことだ。あの高山という男以外にも、兄さんを狙ってる奴がいるだって。
ホモが多すぎじゃないか、兄さんの会社。
……まあ、僕の愛しい兄さんがもてないはずはないんだけど。
「夏休み行った旅行に、その人来てた?」
「風邪引いたらしくて、来てなかったな」
やっぱり……。兄さんに馴れ馴れしい新人、なんていなかったもんな。
「実は、高山にも……やめとけよって言われたんだ」
「そうなんだ……。で、兄さんはなんて言ったの?」
「え? 誕生日プレゼント選ぶくらい、普通だろ。考えすぎだって言った」
つまり、高山に言われてもやめるつもりはなかったってこと。でも、僕が言ったら、あっさり行くのをやめようとする兄さん。
優越感に、胸が疼く。兄さんの一番が僕だなんて、わかりきってることだけど、それでも。
「とにかく……。誕生日プレゼント、選んであげなよ。急に断るのも角が立つだろうし。それが目的なんだから、それが終わったら僕と帰ろう」
「うん。久し振りだな。律と外でデートするの」
兄さん、嬉しそう。
最近いろいろ忙しくって出掛けていなかったし、休日は家の中でいちゃつくことが多かったもんな。
僕は兄さんと二人きりでいられるのが幸せだし、兄さんもそうだろうからそれでも構わないけど、やっぱり一緒にいろんなものを見て話したりするのは、新鮮でとても楽しい。
「お昼はどうするの?」
「外で食べる予定だったけど」
「わかった。じゃあ12時に、駅前で偶然会うことにしよう。あの辺りなら、大きめのショッピングモールもグルメ街もあるから、ちょうどいいよ」
「了解。偶然な」
兄さんが悪戯っぽく笑った。僕も、なんか楽しくなってきた。
いいな、こういう。二人だけの秘密みたいな。騙してしまう、春川って人には悪いけど。
兄さんに惚れた自分を恨みなよ。兄さんは絶対に、僕以外の人間を好きになんてならないんだから。
「こういうの、ワクワクする。同僚の前で、こ……恋人と、デートとか。後ろめたいこと、してるみたいで」
「……いっそのこと、レストランのトイレで、同僚を待たせて……しちゃう?」
「な、なっ……何言ってるんだ。そんな……」
「普通に用を足すって意味だけどな?」
「り、律~!」
まあ、僕は本当に……してしまいたいよ。牽制のため、今夜はくっきりと、首筋にキスマークつけとこう。
そんな訳で次の日、僕と兄さんは『偶然』駅前で顔をあわせた。
昨晩はつい、腰が立たないんじゃないかと思うほど激しくしてしまったんだけど、つらそうな様子は欠片も見せない。
「兄さん」
こうして後ろから何気なさを装って声をかけても、キリッと立っている。
きっと先輩としての意地とか、後輩にみっともないところは見せたくないとか、そんなところだろう。
朝に関しては、僕に心配かけたくないってところか。……激しくされた理由は、わかりきってるから、少し嬉しそうだったし。だから余計にとまらなかったんだけど、僕も。
……それとも、慣れすぎてあの程度の激しさじゃ実はなんともないのか? ……なんて、さすがにそんなことはないか。
後ろからぽんと腰を叩いてみたら、少しだけ表情が引きつった。
「律、どうしたんだ。買物か?」
棒読みになるんじゃないかと思ったけど、かなり自然な感じだ。
長年培った外面スキルは案外レベルが高いらしい。手先は不器用なのに。
「うん。兄さんは……友達と一緒?」
僕はそう言って、兄さんの後輩を見やった。
春川とかいうこの男、かなりチャライ感じで若く見える。詳しい話は聞いてないけど、高卒ってことはないよな……兄さんの会社は、一流企業だし。
「友達じゃなくて、会社の後輩なんだ。春川、これは弟の律だ」
「ああ……。あの……伊佐木先輩が溺愛してるっていう。一度会ってみたいと思ってたんだ」
やっぱり、そんな反応なんだ。この前連れていってもらった社員旅行で、兄さんのブラコンは間違いなく同僚の中で確固たるものになったろうしな。
「春川さんは、この前の旅行では会いませんでしたね。初めまして、弟の律といいます」
「風邪引いて行けなかったんだ。凄く行きたかったんだけどね」
こいつ……チャラっぽい外見してるくせに、凄くいい人オーラで話しかけてくる。高山は凄くわかりやすかったのに。
でも兄のプレゼントを選んでほしいとかいう男が、兄さん狙いじゃないなんてこと、あるはずがない! しっかり監視しておかないと……!
「君のお兄さんには、いつも凄くお世話になってるんだ。本当にいい先輩でね……」
「おい、やめてくれよ、弟の前で……。気恥ずかしいだろ」
……弟の前で褒められて恥ずかしがる兄さん、可愛い。
「君のお兄さんと今から食事に行くところだったんだけど、弟さんも一人なら、一緒にどうかな」
「えっ……」
まさかの提案をされて、僕のほうが動揺してしまった。
元々そういう手はずだったとはいえ……この男、どういうつもりだ?
本当に兄さんをそういう対象には見ていないとか……? それはないと思うんだけどな……。
この予想外の事態に、兄さんはどんな反応をするんだろうと、ちらりと見ると。
「そうしよう。な、律!」
なんだか普通に喜んでいた。和む。
「でも、こんな可愛い弟さんなら伊佐木先輩がブラコンなのもわかるなぁ」
「だろう?」
兄さん、多分そこ、嬉しそうにするところじゃないと思う。ブラコンって言われてるのに。
まあ、ともかく。兄さんと春川さんは2人で出かけようとしていたんだし、僕が途中から割って入るのも空気を読まないって感じがするから、誘ってもらえてよかったかな。
「ちょうどお腹が空いていたので、助かります。もちろん、兄さんの奢りでしょ?」
「もちろん! さあ、律、何が食べたい?」
……兄さんは本当にフリーダムだな……。
「どこか行く予定の店とかあったんじゃないですか?」
一応顔を立てるつもりで、春川さんにそう訊いてみた。
「あー、うん。美味しいオープンカフェがあるから、そこで軽く済ませようかなと思っていたんだ」
「そうなのか。律、そこでも構わないか?」
僕が嫌だって言ったら違うところにするつもりなのか……。
「うん」
「よかった。それじゃあ伊佐木先輩、行きましょう」
春川さんは特に兄さんの隣を死守しようとする様子もなく、グルメ街へと足を向けた。
それより僕にぴったりと寄り添ってくる兄さんが……。ああ、もう、可愛いなぁ。あまり可愛い行動取られると、同僚の前なのにぎゅっと抱きしめてキスをしてしまいそうだ。牽制にもなるし。
さすがにそれは、まずいよな。この人には兄弟だってばれてるんだから。ゲイだってばれるのとは、破壊力が違う。
この歳で、挨拶のキスは日常なんですよという苦しい言い訳をするのもどうかと思うし。
「フフ、偶然兄さんと会えてラッキーだったなぁ」
できるのはせいぜいそう行って、甘えるように腕を絡ませることくらいだ。
「兄弟仲がよくて羨ましいですね」
嫉妬をする様子もなし……と。むしろ微笑ましい視線が向けられている。
でもそれは僕をあくまで、普通の弟として見てるってことかもしれないし、油断は禁物だ。
ついたカフェは、デートスポットと言えないこともない、オープンカフェテラスだった。日曜で人はそこそこ入っていたけど、僕たちが住んでいる駅はそう人が多いほうでもないので、普通に入ることができた。
席に座って、適当にサンドイッチを注文した後、春川さんが僕と兄さんを見てふふっと笑った。
「でも、2人ともよく似てますね。本当に兄弟って感じがするな」
「そうか? 俺と律はそんなに、似てるって言われないよな」
「僕は似てるって言われたこと何回かあるよ」
「顔より、なんていうのかな。所作が似てます」
あ……それは、そうかも。僕は兄さんを見て育っているから、ちょっとした仕種とか癖とか、真似したというよりはうつっているところがあると思う。
「そういえば、春川のお兄さんはどんな感じなんだ? やっぱり似てるのか?」
「あ、ああ……」
少し戸惑うように揺れる視線に、違和感を覚えた。
もしかして、兄がいるって事実から嘘なんじゃないか?
今日は兄のプレゼントを選んでもらうために、兄さんを付きあわせてるっていうのに。
平和そうな態度に多少毒気を抜かれてたけど、やっぱり油断はできないな。
僕は……僕以外を、兄さんに触れさせたくない。兄さんが僕以外目に入らないのはわかっているし、僕以外を絶対に好きになんてならないってわかってはいるけど、それでも……ダメだ。兄さんは頭のてっぺんから爪先まで、全部僕のものなんだから。
僕をこんなふうに育てたのは、それこそ兄さんだから、文句は言わせない。それに、そんな僕に文句を言うどころか喜ぶだけだろうし。
「そんなに、似てはいないですかね。だから趣味もあまりわからなくて、伊佐木先輩に頼ったんです」
「なるほど」
なるほどじゃないよ! だったら尚更、兄さんに春川さんの兄の趣味なんて、わかるわけないじゃないか!
「あ……。実は今日は、俺の兄へのプレゼントを、一緒に選んでもらう予定だったんです。伊佐木先輩は、兄だから。俺は……弟から貰って嬉しいものといえばという視点で見てもらえないかと」
……そっか。そういう考え方もあるかぁ。嫉妬で目が曇りすぎてたな。反省しなくちゃ。
「そうだったのか。なら、俺はなんの役にも立てないと思う」
「何故です?」
「何を貰っても嬉しいから」
臆面なく言う兄さんに、僕は思わず頬が熱くなった。
そうなんだろうけどさ……うん。なんというか、もうちょっとこう……。
「あはは、本当に仲がいい……っていうか、こんな伊佐木先輩見るの初めてです。律くん凄いなあ」
馴れ馴れしい奴め。いくら好青年スマイルしたところで、僕は油断なんかしてやらないからなっ。
春川さんは僕を見て更ににこーっと微笑んだ。そして凄くさりげなく、兄さんの口元を拭った。
「食べかすついてますよ」
「え、ああ。ありがとう」
絶対嘘だ! 兄さんも何お礼なんか言っちゃってんの!
なに、なんなの。慣れてるの。いつものことなの? 僕そんなの少しも聞いてない。
「伊佐木先輩、仕事はできるのにこういうの不器用ですよね。サンドイッチとか後ろから具がはみ出しておちますし」
「う、うるさい。食べ終わってから片付ければいいんだから、律の前でそういうこといちいち言うな」
恥ずかしいって顔でこっちをちらちら見ないで、兄さん。そんな顔しなくても、兄さんがそういうふうに不器用だってことは僕もよくわかってます。今更だし。
むしろそんなこと言われたら嫉妬するって、なんでわからないのかなこの人。本当に。本当に鈍いんだから……!
「さあ、食べたら行きましょう。アドバイスお願いしますね。二人とも」
この人のほうは……鈍いのか、わかってやってるのかどっちだ。食えない男だ。あの高山って男よりずっとタチが悪い。
春川はさん食べる間も兄さんを愛しげにニコニコ見つめていて、僕は嫉妬でどうにかなってしまうかと思った。
兄さん自身にそんな気がないし、別に触ってるわけでもない。見ているだけなんだからもうちょっと落ち着けと自分に言い聞かせるけど、兄さんのことを好きな相手がすぐ傍にいて、兄さんがそれに対して無警戒だと思うとたまらなかった。
高山のように好意をあらわにしていれば兄さんでも避けることはできるけど、搦めるように遠回りにされたら絶対気づかないでベタベタ触らせるに決まってるんだ。
さっき……口元を拭ってあげたみたいに。
もう早く帰りたかった。倒れそうだった。食べたものの味がわからない。
恋は盲目なんてよくいうけど、こういう時も盲目になるんじゃないかな。前が見えない気がする。目の前の光景が霞むんだ。
涙でも出ているんじゃないかって不安になって目を擦ってみたけど、嘘みたいに乾いてた。
「律……? あまり食事進んでないけど、大丈夫か?」
心配そうな兄さんの声に、色が戻る。僕は本当に……兄さんしか見えてないんだなって、再確認した。
僕は笑って、大丈夫だよ、と告げて残りを食べ始めた。
……そうだ。帰りたいなら、さっさと用事を済ませればいいだけだ。その後は家に帰って、また兄さんと二人きり。
早く肌に触れたい。奥底まで犯したい。
もしかしたら本当に、ただの同僚なだけかもしれない、確証もないのに、こんなふうになってしまうなんて……重症だ。
急いで食べたチーズサンドは、やっぱりなんの味もしなかった。
なんの案も出ないまま、ショッピングモールへきてただフラフラとずっとデートのようになってしまうのはいただけない。
それこそが春川の狙いなのかもしれないけど、僕がいる以上さっと決めてさっと帰らないと。
「無難なところで、マフラーとかどうですか?」
「うーん、さすがにすぐ表に出るファッションは難しいかな。兄の好み何も知らないし」
「じゃあ靴下は?」
「せめてもうちょっと値のはるものが……」
兄さんは後ろでにこにこと笑っている。
きっと僕から貰うシーンを想像して幸せに浸っているに違いない。
「兄さんも一緒に考えてよ。僕ばかり頑張っても仕方ないし」
「あ、ああ。そういえば春川、今まではどうしてたんだ?」
「あげるのは数年ぶりなんです。俺ね、来年結婚するんですよ。結婚。その相手っていうのが、兄の元恋人でしてね。知らず寝取った形になっていたらしくて。いやはや……。ご機嫌取りみたいな感じなんですけど」
ここへきて、ものすごい爆弾発言がきた。
じゃあ兄さん狙いっていうのは、僕の邪推? あんなに挑発的な視線を送っているように見えたのに……! 単に僕が穿った視線で見ているから、そういうふうに映っただけか。
「やっぱり血の繋がった兄ですから、祝福はしてほしいんですよねー」
「そうだったのか。ならプレゼントは、毎日仕事を頑張っている春川の姿を映したフォトアルバムとかはどうだろう!」
兄さん! そんなので喜ぶのは兄さんだけだよ!
ただでさえ気まずい春川兄弟の仲が、間違いなく修復不可能になるから!!
「や、やだなあ、兄さん。そんな冗談。ほら、春川さん引いちゃうよお」
「え?」
不思議そうに返した兄さんを無視して、僕は視線を変えた。
「高級毛布とかはどうですか? 早々買い換えるものじゃないですし、寒くなる季節、触り心地がいい毛布での就寝は最高に幸せで、お兄さんの気分も少し落ち着くんじゃないでしょうか」
「……そうだな。それ、いいな……」
想像以上にアッサリ決まった。そのまま一緒に、寝具ショップに行って毛布の手触りを確かめてお買い上げ。
なんか……こんな簡単に終わっていいのか? 拍子抜け。
本当に、兄さんが兄だからってだけで、休日わざわざお誘いした?
やっぱりどう考えてもおかしいとは思うんだけど、現段階では確信がもてないし、特に長引かせるでもなく普通に解散の流れになった。
「春川、それじゃあまた会社でな」
考え込んでいる僕とは裏腹に、当然引き留める様子もなく、さくっと二人きりになれそうなのを無邪気に喜ぶ兄さん。
「はい。今日は二人の仲がいい姿が見られて、よかったです。おかげでプレゼントを渡す勇気が出ましたから」
「それならよかった」
兄さんは普通にそう返したけど、僕はその言葉に妙なひっかかりを感じた。違和感というか……。
多分顔に出てしまったのか、春川さんがくすりと笑った。
「ちょっとおかしな誘い方をしたら、弟さんが心配してついてくるだろうなと思ってたんです。二人を見たくて、先輩を誘ったんですよ」
「え、そうだったのか?」
「高山先輩が酔って社員旅行でのグチを言いながら、征を誘ったら絶対弟がついてくる、あいつブラコンだから! って言ってまして」
「あ、あいつめ……」
兄さんが喉の奥で唸る。僕はといえば、引っかかりが一気にとれてようやくすっきりした。
僕が考えすぎだったわけじゃなかった。そう勘違いさせるための誘い方だったんだから、騙されても仕方ない。しゃくには障るけど。
だって、そう言えば僕もついてくるって思われてて、まんまと現れてしまうって!
さすがに恋人関係にあるとかはバレてないだろうけど、相当なブラコンだとは思われてるだろうな……。
「今日は本当にありがとうございました。結婚話、他の同僚にはまだ内緒にしておいてくださいね」
そう言って、ぺこりと頭を下げて携帯電話を手に去っていった。
メールの送信先は、お兄さんか恋人か、どっちかな。
……僕は、どっちに連絡しても、相手は同じだけど。
「やっぱり、律の考えすぎだったな」
「ど、どこがー! 明らかに僕を嫉妬させて誘い出す作戦だったでしょ!?」
「そうだったか?」
「そうだったよ!」
「じゃあ、律、今日はずっと……嫉妬しててくれたんだ」
「う……してたよ」
そんな、嬉しそうな顔で言わないでよ。可愛いなあ。
僕はもう、本当にずっと、嫉妬しっぱなしなのに。今こうして歩いていて、兄さんを他人に見られるのだって嫌なくらい。部屋に鎖で繋いで閉じこめてしまいたいよ。
それを言ったら、喜ぶと同時に、俺が小さい頃律にあんなことをしたせいだとか、また思い悩むかもしれないから言わないでおくけどさ。
でも、これから家に帰って、お仕置きくらいはしてもいいよね?
「だから、もう帰ろう」
「え、デートは? これからせっかく2人きりなのに」
「……2人きりじゃないよ。たくさん人が歩いてる。それとも兄さんは、こんな場所で押し倒されたいの?」
「そ、それは俺が捕まっちゃうから……」
兄さんは何か口の中でもごもごとした後、軽く俯いた。
「俺は律が求めてくれるなら嬉しいけど、たまには高校生らしい休日を送ってもらいたいとも思うんだ。デートの相手が、兄っていうのは……あれだけど」
「兄だけど、恋人……でしょ」
「ん」
ブラコンだって言われても、構うもんか。
僕は兄さんの手をぎゅっと握りしめて、ショッピングモールを歩きだした。
もちろん、男同士手を繋いでいるわけだから他人にちらちらと見られる。
「り、律……っ!」
「僕は別に、周りにどう見られても気にしないし。学校のみんなにブラコンだって馬鹿にされても、気にならない」
「ま、まあ俺はとっくにばれてるけど……」
「……だろうね」
休日、兄さんと手を繋ぎながらゆっくりお買い物。
何か足りない物があるかどうか訊くと、そういえばコンドームが切れてたなとのお言葉。
弟と一緒にそれを買うところを知り合いに見られたら、さすがにもう言い訳はきかないかもしれないよ、兄さん……。
兄さんは割りと嫉妬深い。独占欲も強いほうだと思う。
それを、自分は兄だから、という理由でこらえているのもわかってる。まあバレバレなんだけど。
僕もかなり嫉妬深くて、独占欲は強いほう。というより、依存かな……。自覚はあるけど、僕はかなり兄さんに依存してる。
子供の頃からあれだけ甘やかされて、両親よりも遥かに重い愛情を受けて育ったら、まあ、そうなっても仕方ないとは思う。
でも、兄さんはそれに気づいてない。自分は嫉妬するくせに、僕が嫉妬するってことに関しては頭に入っていないんだ。
かなりあからさまに、嫉妬してるんだよってアピールして、やっと気づく感じ。
嬉しそうにしてるとこ悪いけど、その前にどんなことをしたら僕が妬くのかとか、気づいてよね!
僕だって……ラブレター貰って帰ってこないようにしたりとか、クラスメイトの女子の番号を携帯に登録しないとか、いろいろ努力してるんだ。クラスの男子と出かける時だって、一対一は避けてるっていうのに!
「同僚がお兄さんへの誕生日プレゼントを選ぶのを付きあってほしいっていうから、明日は出掛けてくるよ」
どうしてそんなことをにこやかに言えるんだ!
「それって、女性の同僚?」
「男だけど?」
明らかに兄さん狙いじゃないか……。だって弟が兄にって言ったら、プレゼントくらい自分で考えるだろ!
女性社員が、男の人に何あげていいかわからなくて……とか、言うならまだわかる。でも男が男に普通そういうことは言わないって……なんで気づかないんだよ、兄さん……。
「それ、兄さん狙いだから断って」
「え? 俺狙いって……男の同僚だぞ?」
本当に気づいてないの……? 可愛らしく首を傾げてる場合じゃないよ、ねえ。
「だから……普通、男の同僚が男へのプレゼント選ぶの付き合えとか、言わないってば……」
「男へのプレゼントじゃないだろ。兄へのだろ」
貴方の中で男と兄は別の生き物なんですか? 自分の性別をよく確認してよっ、もう。
「律、もしかして妬いてる?」
「もしかしてじゃなくても、妬いてるよ……」
僕がそう言って唇を尖らせると、兄さんは宥めるようにぎゅうっと抱きしめてきた。
「か、可愛い……。律、可愛い……」
「……」
単にハァハァしているだけっぽい。
「僕を可愛いって思うならさ」
「うん、やめる」
「えっ……」
「え?」
続きを言う前に結論を言われて、一瞬何か聞き間違えたかと僕は思わず妙な声を上げてしまった。
兄さんも不思議そうに聞き返しながら、可愛く首を傾げている。
「行くのを?」
「だからやめるって。相手方にはあとでメールしておくな」
僕が言ったその一言で、簡単にやめちゃうんだ……。
嬉しいんだけど、それってなんか……。
兄さんの最優先が僕だっていうのはわかってる。僕といる時間を作るために、あまり出掛けたりしないのも。
今回のは本当に、絶対に兄さん狙いだろうから、行かないでくれるのは素直に嬉しいけど。
でも、あまりにもあっさりとした撤回に、僕は焦りの色を隠せなかった。そんな僕の様子に気づいたんだろう、兄さんが不安気に僕を見る。
「……行ったほうがいい?」
「どうしてそうなるんだよ」
「俺の気持ち、重いかなーって……ハハ」
茶化すように言ったその言葉は真実で、兄さんはきっと、いつもそう思いながら僕に接している。
僕の想いだって兄さんに負けないくらい重いのに、貴方はそれに気づいてはいないんだね。
「嬉しいよ、凄く。でも、できたら……僕が妬くだろうって思ったことは、やめてほしいかな」
「でも、今回のは、単にプレゼント選ぶの付きあうってだけだったから……」
「……」
根本的なところで鈍いから、仕方ないな……。
「わかった。選ぶのは付きあってあげるといいよ。ただ、僕も一緒に行く」
「え……ええ!? だって、会社の人だぞ」
「途中で何食わぬ顔して、偶然会った振りをする」
「どうしてそんな……」
「兄さんの会社の人なら、チェックしておきたい。もしかして、あの高山って人?」
「いや、春川って後輩だけど」
なんてことだ。あの高山という男以外にも、兄さんを狙ってる奴がいるだって。
ホモが多すぎじゃないか、兄さんの会社。
……まあ、僕の愛しい兄さんがもてないはずはないんだけど。
「夏休み行った旅行に、その人来てた?」
「風邪引いたらしくて、来てなかったな」
やっぱり……。兄さんに馴れ馴れしい新人、なんていなかったもんな。
「実は、高山にも……やめとけよって言われたんだ」
「そうなんだ……。で、兄さんはなんて言ったの?」
「え? 誕生日プレゼント選ぶくらい、普通だろ。考えすぎだって言った」
つまり、高山に言われてもやめるつもりはなかったってこと。でも、僕が言ったら、あっさり行くのをやめようとする兄さん。
優越感に、胸が疼く。兄さんの一番が僕だなんて、わかりきってることだけど、それでも。
「とにかく……。誕生日プレゼント、選んであげなよ。急に断るのも角が立つだろうし。それが目的なんだから、それが終わったら僕と帰ろう」
「うん。久し振りだな。律と外でデートするの」
兄さん、嬉しそう。
最近いろいろ忙しくって出掛けていなかったし、休日は家の中でいちゃつくことが多かったもんな。
僕は兄さんと二人きりでいられるのが幸せだし、兄さんもそうだろうからそれでも構わないけど、やっぱり一緒にいろんなものを見て話したりするのは、新鮮でとても楽しい。
「お昼はどうするの?」
「外で食べる予定だったけど」
「わかった。じゃあ12時に、駅前で偶然会うことにしよう。あの辺りなら、大きめのショッピングモールもグルメ街もあるから、ちょうどいいよ」
「了解。偶然な」
兄さんが悪戯っぽく笑った。僕も、なんか楽しくなってきた。
いいな、こういう。二人だけの秘密みたいな。騙してしまう、春川って人には悪いけど。
兄さんに惚れた自分を恨みなよ。兄さんは絶対に、僕以外の人間を好きになんてならないんだから。
「こういうの、ワクワクする。同僚の前で、こ……恋人と、デートとか。後ろめたいこと、してるみたいで」
「……いっそのこと、レストランのトイレで、同僚を待たせて……しちゃう?」
「な、なっ……何言ってるんだ。そんな……」
「普通に用を足すって意味だけどな?」
「り、律~!」
まあ、僕は本当に……してしまいたいよ。牽制のため、今夜はくっきりと、首筋にキスマークつけとこう。
そんな訳で次の日、僕と兄さんは『偶然』駅前で顔をあわせた。
昨晩はつい、腰が立たないんじゃないかと思うほど激しくしてしまったんだけど、つらそうな様子は欠片も見せない。
「兄さん」
こうして後ろから何気なさを装って声をかけても、キリッと立っている。
きっと先輩としての意地とか、後輩にみっともないところは見せたくないとか、そんなところだろう。
朝に関しては、僕に心配かけたくないってところか。……激しくされた理由は、わかりきってるから、少し嬉しそうだったし。だから余計にとまらなかったんだけど、僕も。
……それとも、慣れすぎてあの程度の激しさじゃ実はなんともないのか? ……なんて、さすがにそんなことはないか。
後ろからぽんと腰を叩いてみたら、少しだけ表情が引きつった。
「律、どうしたんだ。買物か?」
棒読みになるんじゃないかと思ったけど、かなり自然な感じだ。
長年培った外面スキルは案外レベルが高いらしい。手先は不器用なのに。
「うん。兄さんは……友達と一緒?」
僕はそう言って、兄さんの後輩を見やった。
春川とかいうこの男、かなりチャライ感じで若く見える。詳しい話は聞いてないけど、高卒ってことはないよな……兄さんの会社は、一流企業だし。
「友達じゃなくて、会社の後輩なんだ。春川、これは弟の律だ」
「ああ……。あの……伊佐木先輩が溺愛してるっていう。一度会ってみたいと思ってたんだ」
やっぱり、そんな反応なんだ。この前連れていってもらった社員旅行で、兄さんのブラコンは間違いなく同僚の中で確固たるものになったろうしな。
「春川さんは、この前の旅行では会いませんでしたね。初めまして、弟の律といいます」
「風邪引いて行けなかったんだ。凄く行きたかったんだけどね」
こいつ……チャラっぽい外見してるくせに、凄くいい人オーラで話しかけてくる。高山は凄くわかりやすかったのに。
でも兄のプレゼントを選んでほしいとかいう男が、兄さん狙いじゃないなんてこと、あるはずがない! しっかり監視しておかないと……!
「君のお兄さんには、いつも凄くお世話になってるんだ。本当にいい先輩でね……」
「おい、やめてくれよ、弟の前で……。気恥ずかしいだろ」
……弟の前で褒められて恥ずかしがる兄さん、可愛い。
「君のお兄さんと今から食事に行くところだったんだけど、弟さんも一人なら、一緒にどうかな」
「えっ……」
まさかの提案をされて、僕のほうが動揺してしまった。
元々そういう手はずだったとはいえ……この男、どういうつもりだ?
本当に兄さんをそういう対象には見ていないとか……? それはないと思うんだけどな……。
この予想外の事態に、兄さんはどんな反応をするんだろうと、ちらりと見ると。
「そうしよう。な、律!」
なんだか普通に喜んでいた。和む。
「でも、こんな可愛い弟さんなら伊佐木先輩がブラコンなのもわかるなぁ」
「だろう?」
兄さん、多分そこ、嬉しそうにするところじゃないと思う。ブラコンって言われてるのに。
まあ、ともかく。兄さんと春川さんは2人で出かけようとしていたんだし、僕が途中から割って入るのも空気を読まないって感じがするから、誘ってもらえてよかったかな。
「ちょうどお腹が空いていたので、助かります。もちろん、兄さんの奢りでしょ?」
「もちろん! さあ、律、何が食べたい?」
……兄さんは本当にフリーダムだな……。
「どこか行く予定の店とかあったんじゃないですか?」
一応顔を立てるつもりで、春川さんにそう訊いてみた。
「あー、うん。美味しいオープンカフェがあるから、そこで軽く済ませようかなと思っていたんだ」
「そうなのか。律、そこでも構わないか?」
僕が嫌だって言ったら違うところにするつもりなのか……。
「うん」
「よかった。それじゃあ伊佐木先輩、行きましょう」
春川さんは特に兄さんの隣を死守しようとする様子もなく、グルメ街へと足を向けた。
それより僕にぴったりと寄り添ってくる兄さんが……。ああ、もう、可愛いなぁ。あまり可愛い行動取られると、同僚の前なのにぎゅっと抱きしめてキスをしてしまいそうだ。牽制にもなるし。
さすがにそれは、まずいよな。この人には兄弟だってばれてるんだから。ゲイだってばれるのとは、破壊力が違う。
この歳で、挨拶のキスは日常なんですよという苦しい言い訳をするのもどうかと思うし。
「フフ、偶然兄さんと会えてラッキーだったなぁ」
できるのはせいぜいそう行って、甘えるように腕を絡ませることくらいだ。
「兄弟仲がよくて羨ましいですね」
嫉妬をする様子もなし……と。むしろ微笑ましい視線が向けられている。
でもそれは僕をあくまで、普通の弟として見てるってことかもしれないし、油断は禁物だ。
ついたカフェは、デートスポットと言えないこともない、オープンカフェテラスだった。日曜で人はそこそこ入っていたけど、僕たちが住んでいる駅はそう人が多いほうでもないので、普通に入ることができた。
席に座って、適当にサンドイッチを注文した後、春川さんが僕と兄さんを見てふふっと笑った。
「でも、2人ともよく似てますね。本当に兄弟って感じがするな」
「そうか? 俺と律はそんなに、似てるって言われないよな」
「僕は似てるって言われたこと何回かあるよ」
「顔より、なんていうのかな。所作が似てます」
あ……それは、そうかも。僕は兄さんを見て育っているから、ちょっとした仕種とか癖とか、真似したというよりはうつっているところがあると思う。
「そういえば、春川のお兄さんはどんな感じなんだ? やっぱり似てるのか?」
「あ、ああ……」
少し戸惑うように揺れる視線に、違和感を覚えた。
もしかして、兄がいるって事実から嘘なんじゃないか?
今日は兄のプレゼントを選んでもらうために、兄さんを付きあわせてるっていうのに。
平和そうな態度に多少毒気を抜かれてたけど、やっぱり油断はできないな。
僕は……僕以外を、兄さんに触れさせたくない。兄さんが僕以外目に入らないのはわかっているし、僕以外を絶対に好きになんてならないってわかってはいるけど、それでも……ダメだ。兄さんは頭のてっぺんから爪先まで、全部僕のものなんだから。
僕をこんなふうに育てたのは、それこそ兄さんだから、文句は言わせない。それに、そんな僕に文句を言うどころか喜ぶだけだろうし。
「そんなに、似てはいないですかね。だから趣味もあまりわからなくて、伊佐木先輩に頼ったんです」
「なるほど」
なるほどじゃないよ! だったら尚更、兄さんに春川さんの兄の趣味なんて、わかるわけないじゃないか!
「あ……。実は今日は、俺の兄へのプレゼントを、一緒に選んでもらう予定だったんです。伊佐木先輩は、兄だから。俺は……弟から貰って嬉しいものといえばという視点で見てもらえないかと」
……そっか。そういう考え方もあるかぁ。嫉妬で目が曇りすぎてたな。反省しなくちゃ。
「そうだったのか。なら、俺はなんの役にも立てないと思う」
「何故です?」
「何を貰っても嬉しいから」
臆面なく言う兄さんに、僕は思わず頬が熱くなった。
そうなんだろうけどさ……うん。なんというか、もうちょっとこう……。
「あはは、本当に仲がいい……っていうか、こんな伊佐木先輩見るの初めてです。律くん凄いなあ」
馴れ馴れしい奴め。いくら好青年スマイルしたところで、僕は油断なんかしてやらないからなっ。
春川さんは僕を見て更ににこーっと微笑んだ。そして凄くさりげなく、兄さんの口元を拭った。
「食べかすついてますよ」
「え、ああ。ありがとう」
絶対嘘だ! 兄さんも何お礼なんか言っちゃってんの!
なに、なんなの。慣れてるの。いつものことなの? 僕そんなの少しも聞いてない。
「伊佐木先輩、仕事はできるのにこういうの不器用ですよね。サンドイッチとか後ろから具がはみ出しておちますし」
「う、うるさい。食べ終わってから片付ければいいんだから、律の前でそういうこといちいち言うな」
恥ずかしいって顔でこっちをちらちら見ないで、兄さん。そんな顔しなくても、兄さんがそういうふうに不器用だってことは僕もよくわかってます。今更だし。
むしろそんなこと言われたら嫉妬するって、なんでわからないのかなこの人。本当に。本当に鈍いんだから……!
「さあ、食べたら行きましょう。アドバイスお願いしますね。二人とも」
この人のほうは……鈍いのか、わかってやってるのかどっちだ。食えない男だ。あの高山って男よりずっとタチが悪い。
春川はさん食べる間も兄さんを愛しげにニコニコ見つめていて、僕は嫉妬でどうにかなってしまうかと思った。
兄さん自身にそんな気がないし、別に触ってるわけでもない。見ているだけなんだからもうちょっと落ち着けと自分に言い聞かせるけど、兄さんのことを好きな相手がすぐ傍にいて、兄さんがそれに対して無警戒だと思うとたまらなかった。
高山のように好意をあらわにしていれば兄さんでも避けることはできるけど、搦めるように遠回りにされたら絶対気づかないでベタベタ触らせるに決まってるんだ。
さっき……口元を拭ってあげたみたいに。
もう早く帰りたかった。倒れそうだった。食べたものの味がわからない。
恋は盲目なんてよくいうけど、こういう時も盲目になるんじゃないかな。前が見えない気がする。目の前の光景が霞むんだ。
涙でも出ているんじゃないかって不安になって目を擦ってみたけど、嘘みたいに乾いてた。
「律……? あまり食事進んでないけど、大丈夫か?」
心配そうな兄さんの声に、色が戻る。僕は本当に……兄さんしか見えてないんだなって、再確認した。
僕は笑って、大丈夫だよ、と告げて残りを食べ始めた。
……そうだ。帰りたいなら、さっさと用事を済ませればいいだけだ。その後は家に帰って、また兄さんと二人きり。
早く肌に触れたい。奥底まで犯したい。
もしかしたら本当に、ただの同僚なだけかもしれない、確証もないのに、こんなふうになってしまうなんて……重症だ。
急いで食べたチーズサンドは、やっぱりなんの味もしなかった。
なんの案も出ないまま、ショッピングモールへきてただフラフラとずっとデートのようになってしまうのはいただけない。
それこそが春川の狙いなのかもしれないけど、僕がいる以上さっと決めてさっと帰らないと。
「無難なところで、マフラーとかどうですか?」
「うーん、さすがにすぐ表に出るファッションは難しいかな。兄の好み何も知らないし」
「じゃあ靴下は?」
「せめてもうちょっと値のはるものが……」
兄さんは後ろでにこにこと笑っている。
きっと僕から貰うシーンを想像して幸せに浸っているに違いない。
「兄さんも一緒に考えてよ。僕ばかり頑張っても仕方ないし」
「あ、ああ。そういえば春川、今まではどうしてたんだ?」
「あげるのは数年ぶりなんです。俺ね、来年結婚するんですよ。結婚。その相手っていうのが、兄の元恋人でしてね。知らず寝取った形になっていたらしくて。いやはや……。ご機嫌取りみたいな感じなんですけど」
ここへきて、ものすごい爆弾発言がきた。
じゃあ兄さん狙いっていうのは、僕の邪推? あんなに挑発的な視線を送っているように見えたのに……! 単に僕が穿った視線で見ているから、そういうふうに映っただけか。
「やっぱり血の繋がった兄ですから、祝福はしてほしいんですよねー」
「そうだったのか。ならプレゼントは、毎日仕事を頑張っている春川の姿を映したフォトアルバムとかはどうだろう!」
兄さん! そんなので喜ぶのは兄さんだけだよ!
ただでさえ気まずい春川兄弟の仲が、間違いなく修復不可能になるから!!
「や、やだなあ、兄さん。そんな冗談。ほら、春川さん引いちゃうよお」
「え?」
不思議そうに返した兄さんを無視して、僕は視線を変えた。
「高級毛布とかはどうですか? 早々買い換えるものじゃないですし、寒くなる季節、触り心地がいい毛布での就寝は最高に幸せで、お兄さんの気分も少し落ち着くんじゃないでしょうか」
「……そうだな。それ、いいな……」
想像以上にアッサリ決まった。そのまま一緒に、寝具ショップに行って毛布の手触りを確かめてお買い上げ。
なんか……こんな簡単に終わっていいのか? 拍子抜け。
本当に、兄さんが兄だからってだけで、休日わざわざお誘いした?
やっぱりどう考えてもおかしいとは思うんだけど、現段階では確信がもてないし、特に長引かせるでもなく普通に解散の流れになった。
「春川、それじゃあまた会社でな」
考え込んでいる僕とは裏腹に、当然引き留める様子もなく、さくっと二人きりになれそうなのを無邪気に喜ぶ兄さん。
「はい。今日は二人の仲がいい姿が見られて、よかったです。おかげでプレゼントを渡す勇気が出ましたから」
「それならよかった」
兄さんは普通にそう返したけど、僕はその言葉に妙なひっかかりを感じた。違和感というか……。
多分顔に出てしまったのか、春川さんがくすりと笑った。
「ちょっとおかしな誘い方をしたら、弟さんが心配してついてくるだろうなと思ってたんです。二人を見たくて、先輩を誘ったんですよ」
「え、そうだったのか?」
「高山先輩が酔って社員旅行でのグチを言いながら、征を誘ったら絶対弟がついてくる、あいつブラコンだから! って言ってまして」
「あ、あいつめ……」
兄さんが喉の奥で唸る。僕はといえば、引っかかりが一気にとれてようやくすっきりした。
僕が考えすぎだったわけじゃなかった。そう勘違いさせるための誘い方だったんだから、騙されても仕方ない。しゃくには障るけど。
だって、そう言えば僕もついてくるって思われてて、まんまと現れてしまうって!
さすがに恋人関係にあるとかはバレてないだろうけど、相当なブラコンだとは思われてるだろうな……。
「今日は本当にありがとうございました。結婚話、他の同僚にはまだ内緒にしておいてくださいね」
そう言って、ぺこりと頭を下げて携帯電話を手に去っていった。
メールの送信先は、お兄さんか恋人か、どっちかな。
……僕は、どっちに連絡しても、相手は同じだけど。
「やっぱり、律の考えすぎだったな」
「ど、どこがー! 明らかに僕を嫉妬させて誘い出す作戦だったでしょ!?」
「そうだったか?」
「そうだったよ!」
「じゃあ、律、今日はずっと……嫉妬しててくれたんだ」
「う……してたよ」
そんな、嬉しそうな顔で言わないでよ。可愛いなあ。
僕はもう、本当にずっと、嫉妬しっぱなしなのに。今こうして歩いていて、兄さんを他人に見られるのだって嫌なくらい。部屋に鎖で繋いで閉じこめてしまいたいよ。
それを言ったら、喜ぶと同時に、俺が小さい頃律にあんなことをしたせいだとか、また思い悩むかもしれないから言わないでおくけどさ。
でも、これから家に帰って、お仕置きくらいはしてもいいよね?
「だから、もう帰ろう」
「え、デートは? これからせっかく2人きりなのに」
「……2人きりじゃないよ。たくさん人が歩いてる。それとも兄さんは、こんな場所で押し倒されたいの?」
「そ、それは俺が捕まっちゃうから……」
兄さんは何か口の中でもごもごとした後、軽く俯いた。
「俺は律が求めてくれるなら嬉しいけど、たまには高校生らしい休日を送ってもらいたいとも思うんだ。デートの相手が、兄っていうのは……あれだけど」
「兄だけど、恋人……でしょ」
「ん」
ブラコンだって言われても、構うもんか。
僕は兄さんの手をぎゅっと握りしめて、ショッピングモールを歩きだした。
もちろん、男同士手を繋いでいるわけだから他人にちらちらと見られる。
「り、律……っ!」
「僕は別に、周りにどう見られても気にしないし。学校のみんなにブラコンだって馬鹿にされても、気にならない」
「ま、まあ俺はとっくにばれてるけど……」
「……だろうね」
休日、兄さんと手を繋ぎながらゆっくりお買い物。
何か足りない物があるかどうか訊くと、そういえばコンドームが切れてたなとのお言葉。
弟と一緒にそれを買うところを知り合いに見られたら、さすがにもう言い訳はきかないかもしれないよ、兄さん……。
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