弟を好きになりました

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キャンプ編

バスの中で

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※兄弟の名字は伊佐木(イサキ)です。



 そして一週間後、僕は兄さんに連れられてバスターミナルへ来ていた。
 どうやら電車ではなくバスで行くらしい。キャンプ地もまさかの関東だし。

 やっぱり、妻と子供を連れて来ている家が多いみたいだ。弟だけを連れてきてるとこなんてない。まあ普通はないよな……。

 とりあえず兄さんの仕事仲間に失礼にならないよう挨拶をする。
 自分で言うのもなんだけど、大人うけは結構いい方だから、かなりちやほやされた。
 これなら伊佐木くんが溺愛しているのも頷けるとかなんとか。
 兄さん普段一体どんなふうに僕のことを話しているんだろう。
 
「ですよね。もう可愛くて!」
 
 ぎゅーっとされた。……なんか大体は判った気がする。
 この辺りは兄弟の特権かも。重度のブラコンで済むし。
 
「そんなベタベタしてたら弟くんも困るだろ」
 
 この声、前に電話で兄さんを呼び捨てにしてた男だ。
 向こうの方は僕と兄さんを間違えてたみたいだったから気付いてないと思うけど。
 やけに親しげだったし、今回の要注意人物だな。
 
「慣れてるから平気です」
 
 僕がそう笑ってみせると、周りにいた会社の同僚もドッと笑った。
 対して兄さんは頬を染める。
 
「何だ、伊佐木くんは慣れるほど家でもそうなのか」
「弟に関する話の時以外はクールなのにな」
 
 ……クール。兄さんがクール。想像つかなすぎる。
 会話を聞くうち、わかったこと。
 どうやら兄さんを下の名前で呼び捨てにしているのはこの高山という男だけらしい。
 狭そうな兄さんの交流関係にホッとしつつも、だからこそこの男の馴れ馴れしさが気になった。
 兄さんも他の同僚と話す時より壁を作っていないのが判る。
 
「それじゃみんな、バスに乗るぞー」
 
 課長と呼ばれていた年配の男性がそう声をかけると、みんなはターミナルへ停まっていたバスに乗り込み始めた。
 
「律は当然俺の隣な」
 
 兄さんがそう言って僕の手を引いた。
 まあ、僕の場合はむしろ兄さんが作る壁の中なんだけどね。 
 同僚に感じる僅かな優越感。これは恋人として当たり前の感情だ。僕と兄さんは普通の兄弟じゃないんだから。
 
「せっかくだし、窓際座る? 景色見えるし」
「ううん。僕は通路側でいいから兄さん座りなよ」
「そうか?」
 
 兄さんがどこか落ち着きなく席に着く。
 僕を窓際へ座らせたい理由でもあった?
 それとも、窓際に座ってもらえばイタズラもしやすいかなという微妙な下心がばれてたりする?
 さすがの兄さんも社員旅行のバスの中では仕掛けてこないだろうから、僕からして少し慌てる顔が見たいなぁなんて。
 
「律、お菓子食べるか?」
「うん」
「あとは、ミカンとかトランプとか……」
 
 まだ出発前だっていうのに兄さんはお菓子を出したりトランプを出したり、はしゃいでいる。
 僕との旅行がそんなに嬉しいのかな。可愛いな。
 
「冷房効き過ぎると寒いから、毛布かけておかない?」
「そうだな。律が風邪引いたら大変だし」
 
 って、普通に鞄の中から毛布を取り出すとか……。
 結構いいバスみたいだから、備え付けのがあるんじゃないかと思って言ったのに。
 毛布をかけて、その下で手をつなぐと兄さんが照れくさそうに笑った。同時にバスが動き出す。
 
「楽しみだね、兄さん」
「ん、うん。本当に」
 
 手の平を握り返される。このままずっとつないでいるのもいい感じだけど、僕としては……。
 
「イタズラしていい?」
 
 耳元でコソッと囁いて、つないでいる手の甲を指先で軽く擦った。
 
「え?」
 
 兄さんは驚いたように僕を見て、頬を染め上げる。
 周りをチラチラ気にしながら俯いた。
 
「さ、さすがにここじゃ……」
「バスの振動音で聞こえないよ。寝たふりしちゃえば」
「だって俺、律に触られたら絶対声我慢できない」
 
 本当は触って欲しいというのがありありとわかって興奮する。
 手をやんわりとほどいて、指先をズボンの前へ滑らせると、びくりと身体を震わせた。
 
「まずいって。俺も律に触りたくなるし、最後までしたくなるから」
「さすがにバスの中で最後までは……」
 
 そこまで想像が及ぶのが兄さんらしいというかなんというか。
 イタズラを仕掛けられて尚、自分がイタズラをしてるような気分になってるんだろうな。
 僕はもう兄さんとほとんど差がない身長で、その手のことはする側の立場なのに。 
 でも、こんなふうにべたべたしてても許されるのは、周りがみんな僕たちを兄弟だと知っているからというのもある。
 広い空間でこれをやってたらさすがにおかしいし、今では手をつないで歩くのも、変に思われる。
 その点では子供の頃の方が良かったな。人前でちゅーしちゃっても、ほほえましい範囲で済んだ。
 もっともあれは、今思い返すと顔から火が出るけど。
 気持ちは判る。今だって凄くキスしたくなるくらい、兄さんは可愛らしい。
 
「軽く握って指先で擦るだけ。サービスエリアまで耐えてね」
「む、無理……。無理」
 
 兄さんがもどかしそうに腰を揺らす。
 喘ぎ声が出ない程度の緩い接触。
 イケないけれど続く快感に、兄さんが熱い吐息を漏らす。
 
「こういうこと、律にしたくても俺は我慢してるのに……」
 
 知ってる。でも僕はたえたりしない。
 兄さんが全部、僕になら全部……許してくれるって知ってるから。
 僕はそれを、確かめているのかもしれない。

 バスの外を流れる景色よりも、頬を染めて目を潤ませている兄さんの姿を見る方がずっと有意義だ。
 
 
 
 
 トイレの個室へ二人揃って入るには、さすがにギャラリーが多すぎる。
 一人で抜いて戻ってきた兄さんは、かなりぐったりしていた。
 僕は自動販売機前で紙コップのアイスカフェオレを堪能中。
 
「すっきりした?」
「ばれたらどうしようって気が気じゃありませんでした!」
「こもるもんねー、匂い」
「まあ、サービスエリアのトイレなんて元から匂いがきっついから平気だとは思うけど……」
 
 個室へ入る人も少ないだろうしな。
 それが当たり前なのに、兄さんには外でしてほしくないとか思ってしまう。
 横から覗き込まれたら見えちゃうし、お前のどれくらいー? とか堂々と見てくる奴もいるし。
 ……でも、社会人になったら、さすがにそんなガキっぽい人はいないのかもしれない。
 
「もうバスの中ではイタズラしないから安心して?」
「え……。あ、うん……」
「してほしいの?」
「やっ、そうじゃなく」
「何?」
「……手は、つないでたいな」
 
 どうして兄さんは、こう、可愛いんだろう。
 こんな歳の離れた兄を可愛いと思うなんて、僕が変なのかな。でも可愛い。
 
「じゃ、バスまで手をつないで戻ろうか」
 
 さすがにこれは冗談で言ったのに、兄さんは笑って僕の手をとった。
 兄さんの中ではまだ僕はどこかで小さな弟なんだろうなと思うと複雑ではあるけど、やっぱり嬉しい。
 でも会社の人たちからは重度のブラコン認定されちゃいそう。

 ……今更なのか。 
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