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4章
新たなる旅立ち
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用意した石は使わずに済んだので、それを見せて『思わぬ威力の爆発をした』というのが、僕らのついた主な嘘。誘拐犯たちが爆発物を隠し持っていた可能性もあり、割とあっさり信じてもらえた。
顔の怪我に関しては子どもの脚力でも、まああれくらいにはなるだろうから問題はない。むしろあんな時でも無意識に手加減してたんだろうなと今は思う。
子どもの頃に人を殺さないよう何度も言い含めたから、それが心の底にあるんだろう。
そうでもなければ、あの悪党頭もげてたもんな、絶対……。
エリスちゃんも秘密にしてくれたので、誘拐事件は何事もなく幕を閉じた。
……ように、思われたけど。
「すみません、助けていただいたのに、こんな追い出すような形で……」
エリスちゃんがあまりにリゼルを怖がるので、僕らは屋敷を出なくてはならなくなった。
元々厚意で泊めていただいていただけだ。シトレさんが気を遣う必要はないのに、招待した手前申し訳ないと、こちらが申し訳なくなるほど頭を下げられた。
その上、身代金を払わなくて済んだお礼として、たくさんのお金をもらってしまった。
「いえ……。むしろ、こんなにいただけません」
「孫娘が無事に帰ってきたのですから、これでも足りないくらいです。身代金を渡したところで、どうなるかはわからなかったでしょう。子を失い、あの子が唯一の家族なのです。本当に感謝しております」
確かに僕も、リゼルが誘拐されて誰かが助けてくれたなら、同じようなことをするかもしれない。お金はないけど、できることならなんでもしたいと思うだろう。
頷いて、気持ちを受け取ることにした。
さすがのリゼルも空気を読んだのか、本当にへこんでいるのか、僕の後ろで大人しくしている。
足も結局治してあげられなかった上に、エリスちゃんに新たなトラウマまで植え付けてしまったようなものだから無理もない。
「そういえば、シアンさんは家を探しておられるとか。港町に済む大工に腕のいいのがおりまして、紹介状を書いておきましたので行くことがあればお訪ねください」
「何から何までありがとうございます」
「いいえ……。こちらこそ、本当にありがとうございました」
シトレさんは深々と頭を下げた。僕もあわせてお辞儀をする。リゼルもきちんと倣っていた。
あとでたくさん、イイコイイコしてあげよう……。
「あ、そうだ。これ……。十年に一度の、じゃないですけど……」
「これは……カモミールですね」
「はい。よかったらエリスちゃんにあげてください」
「ありがとうございます。また、そのうち……訪ねてきてください。これも効果があるかもしれません」
「あるように祈ります」
僕らは屋敷を出て、とりあえずその日は街の宿に泊まることにした。
リゼルは何度も屋敷を振り返っていた。
エリスちゃんが怖がっているのは間違いなくリゼルなんだけど、それを『誘拐された時のことを思い出すから』ということにしてくれている。怖いだけで、嫌ったわけではないのだと思う。たくさん謝ってもくれた。
どうしてここまで怖いのかわからないとも言っていた。
……まあ、あれは子どもでなくとも、中々に衝撃的だったと思う。
「あ……エリスだ」
「えっ?」
見ればエリスちゃんが窓から顔を出している。
「ごめんね。次に会うときは平気になってるから! 本当にごめんね!」
涙をボロボロ零しながらそれだけ言うと、すぐに中へ引っ込んでしまった。
今ので精一杯という感じだった。でも、気持ちは伝わった。
「次って言ってた……」
「うん。いつかまた来ようね」
「その時は足、治っているといいな。シアンのお茶、効くといいな」
「うん。そうだね」
寄り添いながら、二人で歩く。今度は振り返らなかった。
街の宿屋にて。
ベッドの上で大の字になってグテーッとしているリゼル。
「広いのもいいけど、狭いのは狭いので、なんか落ち着く」
野生としてあるまじき姿と台詞だ……。
長年僕の狭い家で暮らしてきたから慣れてしまったんだな。
なんだか少し、申し訳ない気持ちになる。
「お疲れ様、リゼル」
頭を撫でてやると、気持ち良さそうに目を細めた。
僕よりもまだ小さくて、こうして見ればただの子どもなのに、信じられないほど強い。
銀色の魔物は人の姿であっても、みんなこんなに強いものなのかな?
「シアン、傷、ないか? 治してやる」
ベッドへ押し倒されて、傷がついてないところも綺麗にするように舌で舐められる。
「回復魔法使うの、別に舐めなくてもいいのに……また、そうやって」
「このほうが効くんだぞ」
くすぐったい。甘えられているような気もする。
「リゼル、頑張ったね。強くてビックリした」
「多分あれは、シアンの魔力喰ったからだな」
「やっぱりさっきの、本当だったんだ」
「ウン。身体の中に魔力が溜まったみたいになってて……。昨日はそれで、フラフラしたし……」
僕の場合は発情したみたいになるんだけど……。感覚としてはそれに近いのかな。
「大元の魔力量が変わるから、コントロールも難しい。まあ、それは慣れたら平気になるかもだし、シアンのおかげで相当強くなれるのは確かだ」
人の姿のままでもリゼルが強くなれることがわかったのは、かなりの収穫だった。
今はまだリゼルが子どもだからアンバランスな感じがするけど、大人になったら違和感も薄れる。
それこそ『銀色の魔物の肉を食べたことがある』と言えば、強さに説明もつけられる。
未来を見据えて喜ぶ僕と裏腹に、リゼルの表情はひたすら暗い。
僕は慰めるように、たくさん頭を撫でてやった。
「シアンはオレが怖くなかった?」
「僕らを守ってくれたのに? カッコよかったよ。でも、自分の手を傷つけたのはいただけない」
「そ、それは……。心配かけて、ごめん」
「よろしい」
リゼルが僕の胸に顔を埋める。甘えるように、ギューッとしがみついている。その表情は暗かった。
まあ……気にしてないわけないよね、エリスちゃんのこと。
「子どもは鋭いからさ、オレが銀色の魔物だってこと、無意識に気づいてんだ。だから、あそこまで怯えた」
「思い出しちゃうって言ってたもんね。でもそれって、エリスちゃんが大きくなって、感覚が鈍くなったら平気になるんじゃない?」
僕がそう言うと、リゼルはぽかんと口を開けた。
「そんなの、考えたこともなかった」
時間が解決してくれることは、往々にしてある。
そこはまあ、僕も君の3倍は生きているので。
子どもの数年は長いから、先のことはあまり考えられないんだろう。
「もちろん、リゼルの正体が本当にバレてるならどうだかわからないけど、そういうことじゃないだろうし」
「そっか。そうだよな」
よかった。少し、元気が出た。
僕だって今でこそリゼルが愛しくてしかたないけど、会ったばかりの頃は怖かった。
まあ僕は……リゼルがイイコで可愛くって、懐いてくれてたから……割合、すぐデレちゃったけど。
「ホッとしたら腹が空いてきた」
「お金も貰ったし、今日は奮発しちゃおうか」
「ホントか? 肉食べたい!」
「じゃあ、たかーい肉にしよう」
「ヤッター!」
うん。いっぱい食べて、いっぱい動いて、いっぱい寝て、悲しいことは全部忘れて、僕の好きな笑顔を見せてね。
しかしリゼルの中で、いっぱい動く、の部分はいつの間にか別のものになっていた。
確かにこれも運動だけど、昨日も……たくさんしたのに。
「ん……。リゼル、今日は挿れるのはナシにしてほしい」
「えー!? なんでだよ」
僕の肌を甘噛みしながら、リゼルが頬を膨らませる。
「昨日はシアンだってしたいって言ってくれたのに」
「そうなんだけど。なんか……毎日っていうのは、その、ただれてる気もして。依存しそうだし」
「それっていけないことか? 身体に悪いわけでもないのに」
「いや、君、魔力酔いみたいになってフラフラしてたよね? 宿屋の中じゃ発散もできないしさ」
そう、一番の問題はここだ。
内の中に魔力が溜まりこんでぐるぐるして、外に出せずに苦しくなる……。そんな状態を体験している僕としては、リゼルにもあまり無理をしてほしくない。
本人はクセになるって言ってたけど、そうなるのがイイコトなのかどうかあまり判断がつかないから、できれば毎日は控えたい。
昨日だって、結局二回目が終わったあと、リゼルだけフラフラになってしまった。
そして魔力の調節が上手くいかずに、あの爆炎……。今回は幸い無事だったけど、一歩間違えば僕たちだって危なかった。
「でもシアンの中に、いっぱい出したい」
「う、うう……。そういうことを、あまりあけすけに言わないで……」
「恥ずかしがるの可愛い」
顔中にキスが落ちてくる。
「なあ……。どうしても、ダメか?」
こてん、と首を傾げられた。僕が絶対に拒まないってわかってるから狡い。
そして僕は、拒みきれない。だって僕も……したいし。
自分の中にリゼルが入ってくる気持ちよさを知ってしまった。まるで食べられてるみたいだと思う。リゼルもきっと、そんな感じなんじゃないだろうか。
「また背中に痕、つけちゃうかも」
「あれ嬉しかったから、もっとしてくれ」
肌をねっとりと舌が這う。細かい傷があるのか、たまにチリリと痛む。
傷口から唾液が入って……いつもよりも……身体が熱くなる。
こうなると我慢できないのは、僕のほう。
何度も何度も、リゼルの望むだけ、全部、与えてしまった。
結局最後までしてしまったのだけど、リゼルが魔力酔いをすることもなく、僕らは退出時間にあわせ宿を出た。
リゼルは、消費しすぎたからそれが補充される感じになったのかも、と言っていた。
「しばらくはこの街に腰を落ち着けるって言ってたのになぁ……」
「ごめんね。慌ただしくて」
「いや、むしろオレのせいだし」
エリスちゃんとシトレさんのことは気がかりだけど、結果的にいえば……とても助かった。主に懐的な話で。
いつもなら空気を読まず、金が稼げて良かったな! くらい言ってくるリゼルは、思うところあるのかおとなしい。
「馬車の出発まではまだあるし、それまで朝ごはん食べよう」
「甘いものがいい……」
「えっ、肉じゃなくていいの?」
リゼルがジッと僕の顔を見てくる。
「ン……。今、甘い気分だから、シアンを想いながら甘いモノ食べたくて」
僕を食べたって甘くないからと懲りずに突っ込みたいのを我慢して頷いた。
甘いモノひとつで鬱々とした気分が吹っ飛んでくれるなら安いものだ。と、お金をいただいた今なら堂々と言える。
それにまあ、リゼルじゃなくても、ケーキやチョコレートは人を笑顔にするものだしね。
「わかった。ちょうどそこにカフェがあるから、入ってこ」
「やった! オレ、ミートパイ食べる!」
「それ、甘くないからね……」
「肉は別腹なんだよ」
普通は逆じゃないかと思ったけど、可愛いから黙ってた。
店内は馬車待ちらしき人が数人、食事をしていた。
どうしてわかるのかというと、旅装束だから。むしろ僕らみたいな親子連れは珍しいほうだ。
最初に注文して出てきた品物を自分たちでテーブルへ運ぶ。ケーキやドーナツがドッサリだ。
お金があるってわかってるから、中々に容赦がない。
「次は、なんて街に行くんだ?」
「リークレー。ここトゥボルからかなり離れたところにある。港町で、民家はそんなになくて、貿易する人がたくさんいる。交易品が並ぶ露店も多いよ。海も近くにあってね、僕は一度だけ行ったことがある」
「海! 見たことない!」
リゼルのことは、隣町くらいしか連れて行かなかったしな。こんなに嬉しそうにするなら、もっと連れ出してあげれはよかったかも。
……どこ行きたいとか、本当にワガママ言わなかったから。僕はそれに甘えすぎていた。行動範囲が狭すぎたことを、今更ながら反省する。
「あ……。でも、そういう街は、悪いやつ多そうだな。シアン、めちゃくちゃ目をつけられそう」
「う。き、気をつけるよ。人通りか少ないところを歩かなければ、問題ないし」
「絶対にオレから離れるなよ」
「離れないよ……」
僕だってリゼルのことが、心配だし。
でも……今だともう、見た目でもリゼルのほうが僕より強そうかもなってちょっと思う。どう見ても僕は、弱そうだし。
リゼルは少年ながら、実年齢より上に見えるし、筋肉とかもしっかりついてるから。
「そうだ、あと槍を買ってもらわないと」
「確かに素手で戦ってあれだけ強いと目立ちすぎるしね」
警備兵にももっと根掘り葉掘り訊かれると思ったけど、わかりやすい悪がそこにあって、被害者であるシトレさんが僕らのことを説明してくれたおかげで騒がれずに済んだ。過剰防衛気味ではあったけど、こちらは被害者だ。加減をしていたら殺される可能性もあったと思えば、情状酌量の余地はある。
「あと……住むとこか」
「そうだねえ。リークレーの街の傍にはいくつかの村と、森の中に小屋が建ってるんだ。流通がしっかりしてるから、暮らしやすいんだろう」
「できるなら、村より小屋とかのほうがいいな。シアンと2人っきり……静かに暮らしたい」
周りに誰もいない二人だけの生活は、確かに憧れる。薬草を育てて、港町に売りに行ったり、リゼルには魚を獲ってもらったり……。
「ただ、お金がかかるんだよね」
「人間て大変だな。オレ、洞窟とかでも構わないぞ?」
「帰ってすぐ寝転べないし、背中も痛くなるよ? 虫もたくさん出る」
「家って素晴らしいな……」
銀色の魔物としてさまよっていた頃は平気だったろうし、今でも普通の人間よりは耐性があるだろう。
でも一度快適さを体験してしまうと、不便な生活に戻るのは中々に難しいものなのだ。
「なあ、シアン。港町ってことは、海の向こう側にも行けるのか?」
「そうだけど……。普通の人が乗せてもらうのは、凄くお金がかかるんだよ」
「なんでも金がかかるんだな」
「世知辛い世の中だよね……」
海の向こう側。僕も興味がないわけじゃない。
それに、渡ったほうがリゼルも安全だろうし……。
「それで、リークレーまではどれくらいでつくんだ? 遠いなら夜になる?」
早く海を見たいのか、ソワソワしている。
「それが……。残念ながら、今日中にはつかない」
「えっ? そんなにか?」
「途中いくつかの村に立ち寄って、僕らは宿に泊まったりして……一週間くらいだよ」
「長ッ! 冬があける!」
「一週間経ってもまだ冬だよ」
乗り物大好きなリゼルでも、乗りっぱなしはさすがにキツイらしい。
僕と違って、身体を動かしていなきゃダメなタイプだもんな。
「ま、まあ、シアンと2人なら、長旅も悪くないな……」
悪くないって顔してない。しょげながら、ミートパイをモソモソ食べている。
「でも村の宿だとさあ、多分、できないよな?」
「何が?」
「シアンと……」
言葉を濁してくれたことに感謝したい。意味がわかって、頬が熱くなった。
一応リゼルも、壁が薄いとできないとか、そういうの考えてくれるんだ……。
「僕も、我慢するから……。リゼルも、ね?」
「ン……」
朝っぱらから妙な雰囲気になってしまった。
「そ、そろそろ馬車のくる時間だから行こうか。残ったものは持っていこう」
「そうだな。ああ、そういえばもうひとつ、シアンに訊きたいことがあったんだ」
「ん? 何?」
「あの時さ、筆談するのに小さなノートをサッと取り出してたけど、あれってまさか……」
「早くしないと新天地への馬車が来てしまう。ほら、急いで!」
「シアン~!」
新生リゼルノート。あの騒ぎの中、コッソリ回収したことは秘密にしておこう。
いつかきっと、2人で微笑みながら懐かしく眺める日がくるんだから。
顔の怪我に関しては子どもの脚力でも、まああれくらいにはなるだろうから問題はない。むしろあんな時でも無意識に手加減してたんだろうなと今は思う。
子どもの頃に人を殺さないよう何度も言い含めたから、それが心の底にあるんだろう。
そうでもなければ、あの悪党頭もげてたもんな、絶対……。
エリスちゃんも秘密にしてくれたので、誘拐事件は何事もなく幕を閉じた。
……ように、思われたけど。
「すみません、助けていただいたのに、こんな追い出すような形で……」
エリスちゃんがあまりにリゼルを怖がるので、僕らは屋敷を出なくてはならなくなった。
元々厚意で泊めていただいていただけだ。シトレさんが気を遣う必要はないのに、招待した手前申し訳ないと、こちらが申し訳なくなるほど頭を下げられた。
その上、身代金を払わなくて済んだお礼として、たくさんのお金をもらってしまった。
「いえ……。むしろ、こんなにいただけません」
「孫娘が無事に帰ってきたのですから、これでも足りないくらいです。身代金を渡したところで、どうなるかはわからなかったでしょう。子を失い、あの子が唯一の家族なのです。本当に感謝しております」
確かに僕も、リゼルが誘拐されて誰かが助けてくれたなら、同じようなことをするかもしれない。お金はないけど、できることならなんでもしたいと思うだろう。
頷いて、気持ちを受け取ることにした。
さすがのリゼルも空気を読んだのか、本当にへこんでいるのか、僕の後ろで大人しくしている。
足も結局治してあげられなかった上に、エリスちゃんに新たなトラウマまで植え付けてしまったようなものだから無理もない。
「そういえば、シアンさんは家を探しておられるとか。港町に済む大工に腕のいいのがおりまして、紹介状を書いておきましたので行くことがあればお訪ねください」
「何から何までありがとうございます」
「いいえ……。こちらこそ、本当にありがとうございました」
シトレさんは深々と頭を下げた。僕もあわせてお辞儀をする。リゼルもきちんと倣っていた。
あとでたくさん、イイコイイコしてあげよう……。
「あ、そうだ。これ……。十年に一度の、じゃないですけど……」
「これは……カモミールですね」
「はい。よかったらエリスちゃんにあげてください」
「ありがとうございます。また、そのうち……訪ねてきてください。これも効果があるかもしれません」
「あるように祈ります」
僕らは屋敷を出て、とりあえずその日は街の宿に泊まることにした。
リゼルは何度も屋敷を振り返っていた。
エリスちゃんが怖がっているのは間違いなくリゼルなんだけど、それを『誘拐された時のことを思い出すから』ということにしてくれている。怖いだけで、嫌ったわけではないのだと思う。たくさん謝ってもくれた。
どうしてここまで怖いのかわからないとも言っていた。
……まあ、あれは子どもでなくとも、中々に衝撃的だったと思う。
「あ……エリスだ」
「えっ?」
見ればエリスちゃんが窓から顔を出している。
「ごめんね。次に会うときは平気になってるから! 本当にごめんね!」
涙をボロボロ零しながらそれだけ言うと、すぐに中へ引っ込んでしまった。
今ので精一杯という感じだった。でも、気持ちは伝わった。
「次って言ってた……」
「うん。いつかまた来ようね」
「その時は足、治っているといいな。シアンのお茶、効くといいな」
「うん。そうだね」
寄り添いながら、二人で歩く。今度は振り返らなかった。
街の宿屋にて。
ベッドの上で大の字になってグテーッとしているリゼル。
「広いのもいいけど、狭いのは狭いので、なんか落ち着く」
野生としてあるまじき姿と台詞だ……。
長年僕の狭い家で暮らしてきたから慣れてしまったんだな。
なんだか少し、申し訳ない気持ちになる。
「お疲れ様、リゼル」
頭を撫でてやると、気持ち良さそうに目を細めた。
僕よりもまだ小さくて、こうして見ればただの子どもなのに、信じられないほど強い。
銀色の魔物は人の姿であっても、みんなこんなに強いものなのかな?
「シアン、傷、ないか? 治してやる」
ベッドへ押し倒されて、傷がついてないところも綺麗にするように舌で舐められる。
「回復魔法使うの、別に舐めなくてもいいのに……また、そうやって」
「このほうが効くんだぞ」
くすぐったい。甘えられているような気もする。
「リゼル、頑張ったね。強くてビックリした」
「多分あれは、シアンの魔力喰ったからだな」
「やっぱりさっきの、本当だったんだ」
「ウン。身体の中に魔力が溜まったみたいになってて……。昨日はそれで、フラフラしたし……」
僕の場合は発情したみたいになるんだけど……。感覚としてはそれに近いのかな。
「大元の魔力量が変わるから、コントロールも難しい。まあ、それは慣れたら平気になるかもだし、シアンのおかげで相当強くなれるのは確かだ」
人の姿のままでもリゼルが強くなれることがわかったのは、かなりの収穫だった。
今はまだリゼルが子どもだからアンバランスな感じがするけど、大人になったら違和感も薄れる。
それこそ『銀色の魔物の肉を食べたことがある』と言えば、強さに説明もつけられる。
未来を見据えて喜ぶ僕と裏腹に、リゼルの表情はひたすら暗い。
僕は慰めるように、たくさん頭を撫でてやった。
「シアンはオレが怖くなかった?」
「僕らを守ってくれたのに? カッコよかったよ。でも、自分の手を傷つけたのはいただけない」
「そ、それは……。心配かけて、ごめん」
「よろしい」
リゼルが僕の胸に顔を埋める。甘えるように、ギューッとしがみついている。その表情は暗かった。
まあ……気にしてないわけないよね、エリスちゃんのこと。
「子どもは鋭いからさ、オレが銀色の魔物だってこと、無意識に気づいてんだ。だから、あそこまで怯えた」
「思い出しちゃうって言ってたもんね。でもそれって、エリスちゃんが大きくなって、感覚が鈍くなったら平気になるんじゃない?」
僕がそう言うと、リゼルはぽかんと口を開けた。
「そんなの、考えたこともなかった」
時間が解決してくれることは、往々にしてある。
そこはまあ、僕も君の3倍は生きているので。
子どもの数年は長いから、先のことはあまり考えられないんだろう。
「もちろん、リゼルの正体が本当にバレてるならどうだかわからないけど、そういうことじゃないだろうし」
「そっか。そうだよな」
よかった。少し、元気が出た。
僕だって今でこそリゼルが愛しくてしかたないけど、会ったばかりの頃は怖かった。
まあ僕は……リゼルがイイコで可愛くって、懐いてくれてたから……割合、すぐデレちゃったけど。
「ホッとしたら腹が空いてきた」
「お金も貰ったし、今日は奮発しちゃおうか」
「ホントか? 肉食べたい!」
「じゃあ、たかーい肉にしよう」
「ヤッター!」
うん。いっぱい食べて、いっぱい動いて、いっぱい寝て、悲しいことは全部忘れて、僕の好きな笑顔を見せてね。
しかしリゼルの中で、いっぱい動く、の部分はいつの間にか別のものになっていた。
確かにこれも運動だけど、昨日も……たくさんしたのに。
「ん……。リゼル、今日は挿れるのはナシにしてほしい」
「えー!? なんでだよ」
僕の肌を甘噛みしながら、リゼルが頬を膨らませる。
「昨日はシアンだってしたいって言ってくれたのに」
「そうなんだけど。なんか……毎日っていうのは、その、ただれてる気もして。依存しそうだし」
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「いや、君、魔力酔いみたいになってフラフラしてたよね? 宿屋の中じゃ発散もできないしさ」
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「でもシアンの中に、いっぱい出したい」
「う、うう……。そういうことを、あまりあけすけに言わないで……」
「恥ずかしがるの可愛い」
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「なあ……。どうしても、ダメか?」
こてん、と首を傾げられた。僕が絶対に拒まないってわかってるから狡い。
そして僕は、拒みきれない。だって僕も……したいし。
自分の中にリゼルが入ってくる気持ちよさを知ってしまった。まるで食べられてるみたいだと思う。リゼルもきっと、そんな感じなんじゃないだろうか。
「また背中に痕、つけちゃうかも」
「あれ嬉しかったから、もっとしてくれ」
肌をねっとりと舌が這う。細かい傷があるのか、たまにチリリと痛む。
傷口から唾液が入って……いつもよりも……身体が熱くなる。
こうなると我慢できないのは、僕のほう。
何度も何度も、リゼルの望むだけ、全部、与えてしまった。
結局最後までしてしまったのだけど、リゼルが魔力酔いをすることもなく、僕らは退出時間にあわせ宿を出た。
リゼルは、消費しすぎたからそれが補充される感じになったのかも、と言っていた。
「しばらくはこの街に腰を落ち着けるって言ってたのになぁ……」
「ごめんね。慌ただしくて」
「いや、むしろオレのせいだし」
エリスちゃんとシトレさんのことは気がかりだけど、結果的にいえば……とても助かった。主に懐的な話で。
いつもなら空気を読まず、金が稼げて良かったな! くらい言ってくるリゼルは、思うところあるのかおとなしい。
「馬車の出発まではまだあるし、それまで朝ごはん食べよう」
「甘いものがいい……」
「えっ、肉じゃなくていいの?」
リゼルがジッと僕の顔を見てくる。
「ン……。今、甘い気分だから、シアンを想いながら甘いモノ食べたくて」
僕を食べたって甘くないからと懲りずに突っ込みたいのを我慢して頷いた。
甘いモノひとつで鬱々とした気分が吹っ飛んでくれるなら安いものだ。と、お金をいただいた今なら堂々と言える。
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「わかった。ちょうどそこにカフェがあるから、入ってこ」
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「それ、甘くないからね……」
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お金があるってわかってるから、中々に容赦がない。
「次は、なんて街に行くんだ?」
「リークレー。ここトゥボルからかなり離れたところにある。港町で、民家はそんなになくて、貿易する人がたくさんいる。交易品が並ぶ露店も多いよ。海も近くにあってね、僕は一度だけ行ったことがある」
「海! 見たことない!」
リゼルのことは、隣町くらいしか連れて行かなかったしな。こんなに嬉しそうにするなら、もっと連れ出してあげれはよかったかも。
……どこ行きたいとか、本当にワガママ言わなかったから。僕はそれに甘えすぎていた。行動範囲が狭すぎたことを、今更ながら反省する。
「あ……。でも、そういう街は、悪いやつ多そうだな。シアン、めちゃくちゃ目をつけられそう」
「う。き、気をつけるよ。人通りか少ないところを歩かなければ、問題ないし」
「絶対にオレから離れるなよ」
「離れないよ……」
僕だってリゼルのことが、心配だし。
でも……今だともう、見た目でもリゼルのほうが僕より強そうかもなってちょっと思う。どう見ても僕は、弱そうだし。
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「確かに素手で戦ってあれだけ強いと目立ちすぎるしね」
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「そうだねえ。リークレーの街の傍にはいくつかの村と、森の中に小屋が建ってるんだ。流通がしっかりしてるから、暮らしやすいんだろう」
「できるなら、村より小屋とかのほうがいいな。シアンと2人っきり……静かに暮らしたい」
周りに誰もいない二人だけの生活は、確かに憧れる。薬草を育てて、港町に売りに行ったり、リゼルには魚を獲ってもらったり……。
「ただ、お金がかかるんだよね」
「人間て大変だな。オレ、洞窟とかでも構わないぞ?」
「帰ってすぐ寝転べないし、背中も痛くなるよ? 虫もたくさん出る」
「家って素晴らしいな……」
銀色の魔物としてさまよっていた頃は平気だったろうし、今でも普通の人間よりは耐性があるだろう。
でも一度快適さを体験してしまうと、不便な生活に戻るのは中々に難しいものなのだ。
「なあ、シアン。港町ってことは、海の向こう側にも行けるのか?」
「そうだけど……。普通の人が乗せてもらうのは、凄くお金がかかるんだよ」
「なんでも金がかかるんだな」
「世知辛い世の中だよね……」
海の向こう側。僕も興味がないわけじゃない。
それに、渡ったほうがリゼルも安全だろうし……。
「それで、リークレーまではどれくらいでつくんだ? 遠いなら夜になる?」
早く海を見たいのか、ソワソワしている。
「それが……。残念ながら、今日中にはつかない」
「えっ? そんなにか?」
「途中いくつかの村に立ち寄って、僕らは宿に泊まったりして……一週間くらいだよ」
「長ッ! 冬があける!」
「一週間経ってもまだ冬だよ」
乗り物大好きなリゼルでも、乗りっぱなしはさすがにキツイらしい。
僕と違って、身体を動かしていなきゃダメなタイプだもんな。
「ま、まあ、シアンと2人なら、長旅も悪くないな……」
悪くないって顔してない。しょげながら、ミートパイをモソモソ食べている。
「でも村の宿だとさあ、多分、できないよな?」
「何が?」
「シアンと……」
言葉を濁してくれたことに感謝したい。意味がわかって、頬が熱くなった。
一応リゼルも、壁が薄いとできないとか、そういうの考えてくれるんだ……。
「僕も、我慢するから……。リゼルも、ね?」
「ン……」
朝っぱらから妙な雰囲気になってしまった。
「そ、そろそろ馬車のくる時間だから行こうか。残ったものは持っていこう」
「そうだな。ああ、そういえばもうひとつ、シアンに訊きたいことがあったんだ」
「ん? 何?」
「あの時さ、筆談するのに小さなノートをサッと取り出してたけど、あれってまさか……」
「早くしないと新天地への馬車が来てしまう。ほら、急いで!」
「シアン~!」
新生リゼルノート。あの騒ぎの中、コッソリ回収したことは秘密にしておこう。
いつかきっと、2人で微笑みながら懐かしく眺める日がくるんだから。
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