銀色の噛み痕

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3章

思わぬ再会

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 宿への帰り道、二人仲良く並んで歩いていると、物凄いスピードでリゼルの身体に小さい物体が激突した。
 襲撃か、魔法かと焦っていると……。

「オマエラ、ドウシタンダ、コンナトコデ」
「さ、サクラ!?」

 あの家を離れてしまって、もう会うことはないかもしれないと思っていた。

「サクラこそ、なんでここに?」
「モトモト、コノアタリニイル」
「そうなんだ!? シアン、知ってたか?」
「ううん。村の周りに巣を作ってると思い込んでたし……。こんなに遠くから来てたんだね」

 巣立ってからもサクラは気まぐれに、僕の元を訪れた。その頻度は決して高くない。巣が遠くにあったという理由なら、それも頷ける。

「オレたちさ、村を出てきたんだよ。二度と会えないかと思ってたから嬉しい。この街にくれば、また会えるのか?」
「タブンナ」

 友達に会えて嬉しそうなリゼルと、相変わらずどこか素っ気ないサクラ。二人……、二匹が仲良くしてる姿をまた見られるなんて。
 サクラは僕の肩にとまると、小さな頭を頬に擦り寄せてきた。

「シアンニアエレバ、ソレデイイ」
「サクラ、冷たいぞ! オレたちトモダチなのに!」
「ツーン」

 相変わらずだ。サクラは挨拶のように、リゼルの頭をつつき始めた。つつかれているのに、リゼルは嬉しそうにしている。
 僕にはそうは見えないけど、本当に愛情表現なんだろうか、これは……。

「ヨメガマッテルカライク。マタナ!」
「え!」

 そして爆弾発言を残して去っていった。

「サクラ、ツガイがいたんだ……。どこ住んでるかなんて、気にしたことなかった。まあ、トモダチよりツガイが優先なのはしかたないな」

 リゼルがそう言いながら、僕をチラッチラッと見てくる。

「そうだね。僕もリゼルが一番大事だし」

 満足そうにニコーッと笑った。可愛すぎるったら。

 サクラは雛の時に助けて巣立ちを見守ったから、気づいたら息子が結婚してたみたいな寂しさがある。
 これがリゼルだったら、僕は人目も憚らず号泣していたかもしれない。

「今度お嫁さんも、見てみたいね」
「きっと可愛いぞ。オレのシアンほどじゃないけどな」
「何を言ってるんだ、君は……」

 呆れながらも、どこか満更でもない気になってしまうし、確かにリゼルのほうが可愛いだろうけど。と、同じようなことを考えてしまった。

「ふふっ。頭、もしゃもしゃさせながらじゃ、決まらないね」
「これは、サクラの愛情表現が激しすぎるから」

 リゼルは恥ずかしそうに、せっせと髪を整え始めた。それを手伝うふりをしながら、頭を撫でてあげる。
 人型の時でもいい毛並みをしている……。サラサラ……。

「……シアン、部屋、早く……戻るぞ」
「どうかした?」

 暗い中、リゼルの瞳が金色に光る。それはゆらりと揺れて、僕を求めているように見えた。
 外ではダメって言ったから、ちゃんと我慢してくれてるんだ。早く部屋に戻りたい理由は、つまりはそういうことで。
 そんなリゼルを見て、僕のほうがたまらなくなる。

「手、繋いで帰ろうか」
「いいのか?」
「暗いからそんなにわからないよ」

 周りからは普通に親子や兄弟のように見えるだろうし。
 まあ、リゼルの年齢を考えると、ちょっとおかしくはあるけど。

 繋いだ手はとても暖かくて、この手を離さなくてもよくなったことに感謝した。
 サクラと違って君は巣立っていかない。これからも僕の傍に、いてくれるのだから。




 宿へ戻った僕らは、そのまま激しくベッドへなだれ込み……などということはなく、ただお互いを充電するように抱きしめたり、頬へキスをしたり。
 僕は性欲が薄いほうだし、リゼルもそこまで深い接触をしようとはしてこない。さっきは僕にあてられてたけど、まだそういう欲求が薄いんだろう。
 つまりさっきのは本当に、まだ幼いリゼルを誑かしてしまったみたいな……。思い出すと死にそうになる。
 僕らにはまだこういう、柔らかいスキンシップが似合ってる。

 それなら家族と同じでは? となるかもしれないけど、唇へのキスだけはしっかり加わった。

 リゼルはキスが大好きだ。最初こそ、どこかぎちこちない感じがしたけど、今はもう唇の周りから口の中まで舐めたり柔らかく噛んだり、飽きることなく繰り返してくる。
 これだけは、スキンシップというには、些か濃すぎる。
 ただ……。

「これ、凄い……食べてる気分になって、幸せ……」

 どうにも、根底にあるのもが、性欲ではなく食欲なので。

「嬉しいけど、あまりされると唇が腫れそう」
「舐めてれば大丈夫」

 息を次ぐ間もなくて苦しい。でも、気持ちがいい。
 本当に全部食べられそうだなぁと思うとゾクゾクしてくる。

 銀色の魔物は、好きな相手を食べたくなるのだという。
 その相手はそれに応えるよう、自ら食べられたいと望むようになるものなのかもしれない。

「ちょっと気になったんだけど……。同族でも、好きになったら食べちゃうの?」
「どうなんだろ。同族に会ったの、セアラが初めてだしな。オレの父さんは多分人間だったと思うし」

 思えばリゼルの口からは、母親のことしか出てこない。多分というなら、物心つくころには父親は亡くなっていたのだろう。
 父親も母親も、こんなに可愛いリゼルの成長を見ることができなくて、無念だろうな……。

「母さんはたまに、食べたくなかったのにって泣いてることがあった。オレは、そうならない。絶対にシアンを食べない。昨日だって平気だった」
「うん、そうだね」

 僕もリゼルを食べないし、村の人もそう。かと思えばリゼルの肉を求めて追いかけ回してくる冒険者もいる。人それぞれだ。
 同じように、人間を食べるのが当たり前だと思っている銀色の魔物もきっといる。喰わなきゃ喰われるというのもあるし、人と違って本能によるものが大きいとは思うけど……。そのあたりは、人と血が混ざれば薄まっていくものなのかな。
 人間は貪欲に銀色の魔物を狩り続けているから、種の保存の法則が働いているのかもしれない。

 ……僕とリゼルじゃ、子孫は残せないけどね。残念ながら。

「あの、リゼル。念のために言っておくけれど、僕とツガイになっても、赤ちゃんはできないよ?」

 ものすごく、呆れた顔をされた。

「あのなー。何年ヒトとして暮らしてると思ってんだよ。それぐらい知ってるぞ」
「でも、だって! まだそういうこと、教えてなかったし……コウノトリが運んでくるとか思ってるかもって……」

 それにさっきのアレだって僕が教えたようなものだし、リゼルは性の知識に関して疎そうだと思った。

「確かに興味はなかったけどな、狩りチームは母親側が見たらひっくり返るような話題をオレの前でも平気でしてたぞ」
「……そうなんだ。知ってたらついていくの、禁止してたよ」
「だから言わなかった」

 リゼルは少し頬を赤らめて、わざとらしく咳払いをした。

「えと、だから。確かに子どもはできないかもだけど、オレはシアンを、ハラ……孕ませ、たい? とは思ってる」
「僕もひっくり返りそう」
「ゴメン、もう言わないから」

 実は少しドキッとしまったなんて、絶対に言えない。




 もう少しこの街でのんびりしていたい気もしたけど、僕らは朝一番の馬車に乗るため、宿を出た。

「あの守衛さん、今日もいるかな?」
「なんだよシアン。会いたいのか?」
「色々教えてもらったし、お礼くらいは言っておこうと思って……」

 リゼルは当然のように不機嫌になったけど、もう子どものように駄々はこねない。
 そうだな、お礼を言うのは人として当然だし……とか、小さな声で己に言い聞かせるようにブツブツ言っている。
 僕は思わずニヤけそうになるのを堪えた。

「あれっ。お二人さん、もう街を出るの?」

 後ろから声をかけられて、少し驚きつつ振り返る。
 そこにはセアラが昨日と変わらぬ軽装で立っていた。
 僕らの荷物を見て、街を出ると判断したのだろう。彼……いや、彼女には事情も話しているし。

「ウン! シアンと二人旅だ」
「セアラ、色々と教えてくれてありがとう」
「いやいや。俺も久々に同族に会えて嬉しかったよ。それより……」

 セアラが僕に鼻を寄せる。近すぎて数歩後ろに引くと、リゼルが僕を守るように間に立った。

「シアン、昨日より魔力が濃くなってるね。リゼルくんを食べた?」
「えっ!? す、少し、血を飲んでしまって……」
「セアラ! 近い! シアンから離れろ!」
「ハイハイ。そっか。今度こそしっかりツガイになったのか」
「まあなー」

 リゼルが得意気な顔をする。
 身体なら正確に言えばまだ……なんだけど。
 でもそんなこと、馬鹿正直に言う必要はない。恥ずかしすぎる。

「そうだ。ちょっと訊きたいんだけど……この街の中とか近くに、セアラの仲間……リゼルの同族っている?」
「いるけど……場所を教えたり、紹介したりはできない。シアンはニンゲンだからね」

 その答えにリゼルはムッとしたようだったけど、僕は仕方ないかなと思った。
 僕だって、行ってみたいから村の場所を教えてくれと言われたら、きっと答えられない。
 でもリゼルはペラペラ話しそうだ。純粋だから。

「それじゃ、僕たちは行くけど……また、会えるかな」
「ああ、きっとまた」

 セアラは僕らの後ろに視線をやって、相好を崩した。

「これからデートだから、俺ももう行くな」

 そう言ってセアラが駆け寄ったのは、例の守衛さんだった。

「昨日、宿屋でシアンたち探してるこの人を見つけて気があってさー。ふふ。キューピットありがとねー」
「あっ。貴方たちは……。もう行かれるのですね。お気をつけて」

 どうやら今日は、守衛の仕事はオヤスミらしい。兜も鎧もオフだけど、高い身長と逞しい肉体はそのまま。僕とはまったくタイプが違うから、セアラの好みが気になるところだ。
 リゼルは目を丸くしていたし、きっと今僕も同じような顔をしてる。

「あ……。はい。宿とか、パン屋とか……美味しい食事処教えてくれてありがとうございました!」

 二人の背を見送る。その背を追いかけるように、どこからか現れたサクラが飛んでいって、守衛さんの頭を激しくつついていた。

「なあ、シアン。まさか、サクラの嫁って……」
「はは、まさか……まさかね?」

 あまりにも予想外な三角関係に、世間は狭いなと思わずにはいられなかった。
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