お隣の王子様

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本編

甘い嫉妬とチョコレート

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 いつもの夕食会を終えた後で、東吾さんが突然甘いものが食べたいと言い出した。

「一緒にコンビニへ行こう」
「そうですね……」

 僕はデザートなんていう繊細なものは、あまり作らない。せいぜいがパンケーキくらいだ。料理だって必要にかられるからしているだけで、そう大得意でも趣味ってわけでもない。東吾さんは美味しいと褒めてくれるけど、大体は大雑把な男の料理なのだ。
 甘いものが食べたいとか言われると、作ってあげたくはなる。残念ながらそのスキルは持ち合わせていないので、東吾さんの提案に頷くしかない。夜のお出かけなんてバイト以外でほとんどしないから、これはこれで新鮮。

「じゃあ、行きましょうか」

 東吾さんの肩に軽く触れる。
 あの鍋の日以来、僕らの間にはスキンシップが増えた。
 東吾さんから触れてくることはあまりないけど、僕が触れることを嬉しく思っている節はある。それを見ると嬉しくなって、また触れたくなる。そんな循環。
 ……大きな犬を見るともふりたくなるような、あんな感覚だと思っている。少なくとも友人に、こんな気持ちを抱いたことはない。友人自体元々少ないから、親しくなればこう思うのが普通なのかもしれないけれど、よくわからない。

「二人でコンビニ行くの、あれ以来ですね。東吾さんはよく行ってそうですけど」
「そ、そんなに頻繁というわけでは」

 東吾さんは否定したあと、少し照れたような顔で笑った。

「でも君と一緒に行った記憶が残っているからかな……。一人でコンビニへ行くと、君が隣にいないことが寂しく感じるんだ」
「っ、ちょっと、東吾さん! そのオーラしまって!」
「オーラ?」

 あまりにキラキラが激しくてつい意味不明なことを口走ってしまった。

「……行きましょうか」
「ん? うん」

 東吾さんはまだきょとんとしていたけど、おとなしく僕のあとについてきた。
 相変わらずモデル顔負けの綺麗な姿勢と歩き方。
 部屋を出れば、今夜は雪でも降りそうなくらいに寒い。白い息がはあっと出て、夜空にとけた。
 二人で玄関の外にいると、扉の前に東吾さんが落ちていたことを思い出す。

「せーた」

 少し歩いたところで、東吾さんが僕の名前を呼んだ。
 振り向くと、ぎゅっと手を握られた。彼からのスキンシップは久しぶり。

「手、冷たいな」
「今日寒いですから……」

 ど、どうしたんだ、急に。前にコンビニへ行った時も手を繋いだけど、確か手を伸ばしたのは僕のほうから。でも誘ったのは東吾さんだったと記憶している。凄く繋ぎたそうにしていたから、触れてみたんだっけ。
 あの日も、今日みたいに嬉しそうな顔をしてた。
 そして……東吾さんの手のひらは。

「でも東吾さんの手は、無茶苦茶あったかいですね」
「だろう?」

 発熱しているみたいに暖かかった。というか熱いの域。

「あ、もしかして」
「そう。ホッカイロ!」

 ドヤ顔してる。可愛い。なんか……わからないけど、嬉しいんだろうな。
 僕も嬉しい。貴方から手を繋いでくれたことが。

「暖かいですね」
「ああ」
「ありがとうございます。僕が東吾さんの体温、奪っちゃうなあ」
「実はもうひとつあるんだ。こちらは君が使うといい」

 差し出されたホッカイロに、短くお礼を言う。
 僕はこれより貴方の手の方が良かったんですけどね。なんて、返せるはずもなくて。
 貰ったホッカイロはぬくぬくしていたけど、離れてしまった指先が少し寂しかった。




 コンビニのスイーツ売り場で目を輝かせながら、どれにしようかなって選ぶその姿はかなり目立つ。たまにくすくすと笑う声も聞こえてくる。好意的な感じではあるけど。

「どれにするんですか?」
「全種類」
「え!? 賞味期限切れますよ!?」
「1日5個くらい食べるから大丈夫」

 どんだけだよ……。5個って。甘いものがそんなには好きじゃない僕からしたら、たくさん食べたいという気持ちが想像つかない。
 脳が欲しているのかたまーに食べたくはなるけど、せいぜい月に1回か2回程度だ。

「身体に悪いですって。怒られても知りませんからね」
「怒られる? 誰に?」

 あ。しまった。ついうっかり。

「ぼ、僕に……」
「そうか。せーたに怒られるのは嫌だな」
「また買いに来ればいいでしょ」
「また、一緒に来てくれるかい?」

 どうしても僕を連れてきたいのかな。可愛い……。いつでもついてってあげたくなるぞ、これは。

「まあ、気が向いたら」

 つい素直じゃない返事をしたのに、東吾さんは嬉しそうに笑った。

「じゃあ、これとこれとこれにする」

 それでも三つは買うんですね……。

「あと紅茶も買う」
「はいはい」

 他にドリンクを買って、レジでお会計。前に来た時は緊張していたのに、今は堂々としたものだ。
 お店を出ようとすると、東吾さんは相変わらずのエスコート。後ろからちょうど来た女性二人組が通るのも、あわせて待っている。

「どうぞ。美しいお嬢様」

 そんな台詞つきで。
 いくらイケメンだろうと、日本でそんなことをやれば不審者とか変な人だと思われるのがオチだ。
 ……が、東吾さんは見た目が日本人ではないので様になるというか、その国では当たり前の行動なのかなと思わされる。
 見た感じ、会社帰りのOLさんだろうか。女の子たちは疲れていた顔をパアッと輝かせ、頬を染めて二人で嬉しそうにキャーッと叫んでいる。
 二人が出たのを確認して歩みを進めると、入り口から少し離れた辺りで女の子たちが話しかけてきた。

「あの、近くに住んでるんですか?」
「今度どこか遊びに行きませんか?」

 逆ナンパ。こうなるような予感はしてた。きゃあきゃあとかしましい。連れがいるのが見えないのか。僕は無視かよ。
 わかってたけど、やっぱり東吾さんはもてるんだな。ずっと一緒にいるせいか、麻痺してる節はあったかも。天然ぶりを目の当たりにしてるからっていうのもあるか。
 ……というか、やばい。男としてはモテるのが羨ましいだとか、妬ましく思わなきゃならないとこなのに、嫉妬でそれどころじゃない。ドス黒い感情がグルグルしてる。それは僕のなんだから、触ったりするなって思ってしまってる。
 薄々……薄々さ、気づいてきてはいたんだよ。ひょっとして僕は東吾さんを恋愛対象として意識してるんじゃないかってさ。
 その度に、いやでも男同士だし、とか。単なる気のせいとか気の迷いとか、自分を誤魔化してきた。認めたくなかっただけで、正直何を今更って気はしてる。
 今まで他人にこんな気持ちを抱いたことなんてなかったのに……。確かに好きな人はいなかったけど、性的対象は普通に女の子だ。男の身体なんか、ほんの少しも劣情をもよおさない。
 嫉妬にかられながら東吾さんを見ると、それが礼儀だとでも思っているのか紳士的な笑みを浮かべている。満更でもなさそうに見えて、余計に苛々した。

「私ならこの近くの三日月アパートに住んでいるよ」

 って、普通に住んでる場所を答えるなよ。警戒心はないのか、東吾さんっ!

「えっ、あのアパートに……?」
「す、すみませんでした。急に声かけて……。行こっ」

 あの子たち、うちのアパート知ってたんだ。それなら逃げ出す理由もよくわかる。近所じゃ月のように家が欠けてくとか言われてるボロアパートだもんな……。いくら見目麗しい男相手でも、あんな家に連れ込まれたくはないだろう。
 東吾さんは女の子たちが声をかけてきた理由も逃げた理由もわからないみたいで、首を傾げている。なんだこの天使。
 こういう浮世離れした感じが、ますます王子様っぽいんだよな。

「僕たちも行きましょうか、王子様」
「あ、うん。……え、王……何?」
「なんでもない」
「せーた、なんか少し怒ってる?」
「別に。気のせいじゃないですか?」
「私がデザートを3つも買ったからか……」

 やめて、笑わせないで。怒りが持続しない。

「そうですね。デザートはひとつ没収して僕が食べるかな。それで怒りがおさまります」
「ふふっ。元からひとつはせーたのだよ。一緒に食べよう」
「……はい」

 はあ。あー。あああ。くそ。やっぱり好きだなあ。

「東吾さん。住んでるとことか、簡単に教えたらダメなんですからね」
「うん」
「可愛い子に誘われてついて行くのもダメです」
「うん」
「あと……」

 ぽつりぽつりと、独占欲の混じった禁止事項を上げていく。子供みたいにウンウン頷く東吾さんが可愛くて、さっきまで感じていたドス黒い気持ちも浄化された。




 東吾さんと二人、こたつに入りながら、冷たくて甘いデザートを食べる。
 この魔性の暖房器具のおかげで、夕飯以外で一緒にいる時は大体東吾さんの部屋に集まっている。
 こたつの下に布団が敷いてあって、多少いたたまれない気持ちにはなるんだけど。好きだって認めたせいで、それにムズムズやムラムラも加わってしまった……。
 東吾さんが選んだデザートは、ふんわりチョコムースとバナナ杏仁プリン、木苺のフロマージュ。可愛らしくて見てるだけで幸せになる感じ。デ、デザートがだぞ。

「美味しいね」

 ……まあ、こっちもニコニコしてて可愛いけど。
 東吾さんが食べてるのは甘ったるそうなチョコムースで、僕のは木苺。僕の気持ちも、今こんなふうに甘酸っぱい。

「これも、酸味が利いてて美味しいですよ。……味、混ざっちゃいますかね?」

 デザートを少しすくって、スプーンを差し出してみた。
 東吾さんのことだから、なんの躊躇いもなしにパクンッて食べるんだろうなと思ったのに。

「……その、ええと」

 頬を染めて照れた。気持ち悪く思うならまだしも、赤くなるって。
 なんだよ。やっぱり東吾さんって、僕のこと意識してない?
 改めて思えば、僕が触ると恥ずかしそうにしていたりするし、女性には見えない僕をエスコートするのは恋愛対象として意識しているからだったりしないのかな……。後者はもう、希望的観測だけど。

「友達同士なら、これくらい普通ですよ」
「じゃあ、いただきます」

 身を乗り出して、食べてくれた。何気なくされるより、恥ずかしそうにしながらされるほうがグッとくる。

「せーたも、いる?」
「はい」

 本当はチョコ系のデザートはそんなに好きじゃないんだけど、こういうチャンスは逃せない。

「どうぞ」

 キラッて効果音が聞こえてきそう……。なんでスプーンを差し出してるだけなのに、こんなにかっこいいんだ。ボロアパートなのに背景がキラキラして見える。これなんの特殊効果?

「ん。甘……」
「はは……。な、なんか恥ずかしいね」
「そうですか?」
「こういうの、初めてだからさ」

 僕だって初めてですけど!
 あー。可愛すぎるだろ、王子様。かっこいいのに可愛いとか最強すぎる。
 やっぱり、好きだな。うん。かなり……ホントに好き。
 男同士だけど。身分もきっと、凄い違うんだろうけど。本来交わるはずのなかった線が交わって、王子様はオンボロアパートの隣人になった。
 不毛な恋を思えば出会ってしまったことは不幸なのかもしれない。でも、僕は貴方と二人こたつで甘いデザートを食べて、それが幸せだと思える。

「東吾さん。唇の端、チョコレートついてますよ」
「え?」

 どうしようかな。僕の気持ち、伝えてみようか。チョコレートの甘い香りと一緒に。

「そっちじゃなくて、こっち」
「っ、せ、せーた!?」

 舌先で直接、ついたチョコレートを舐め取った。
 んー……。やっぱり、僕には少し甘すぎる。

「えっ、な、今の……ッ」
「これくらいも、普通ですよ。友達なら」
「そ、そう、なのか……」

 もうしばらくは、このどこかズレた友情を楽しむのも悪くはないか。
 チョコレート味の王子様、ごちそうさまでした。
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