廃スペックブラザー

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その後の話

七夕祭り

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「今度の土曜夜から日曜の夜まで、予定は空いてるか?」

 その日は……七夕だ。2つ離れた駅の神社で、毎年小さなお祭りが開かれている。夜には花火も打ち上げられ、恋人同士のイベントとしてはまずまずだ。
 でも、兄貴がクリスマスや誕生日みたいなテンプレート以外のイベントに誘ってくるなんて思わなかったから驚いた。

「空いてるけど。ってか、用事が入ってても絶対兄貴を優先するし!」
「そうか。よかった。ここのところ忙しくてあまりログインできず、七夕イベントのアイテムがあまり集まってないからな。徹夜で集めるぞ! デロイにも声をかけてある!」
「あ、ハイ」

 お祭りまったく関係なかった……。
 相変わらずぶれない兄貴と懲りない俺。長い1日になりそうだぜ。
 テンプレート外のイベントは……そう。仮想世界でなら度々誘ってくる。




 兄貴と付き合い始めて丸一年が過ぎたわけだが、兄貴は割りと恋人同士の時間を大切にしてくれるタイプだ。
 ネトゲをしていても、俺がイチャイチャしたいと思えば俺を優先。恋も仕事も趣味も手を抜かない。要領や効率がとてもいい。さすがのハイスペック様。

 ただ、今回は……最近ネトゲにログインできておらず、七夕イベントの収集アイテムが集まっていない、とのことで。
 ……実は俺のほうがボチボチやってて、順調に目標数を伸ばしていたりする。
 いや、まー。俺だって兄貴に付き合って毎回季節イベント装備はコンプリートしてるし? せっかく揃ってるのに、ここで取り逃したくないと思う程度の収集欲はある。俺でさえそうなんだから、兄貴は尚更だろう。
 せっかくなので約束以降は俺もログインを控え、一緒にギリギリプレイを楽しむことにした。

 ヘブンズアースオンライン初のイベントを思い出すな。今度は俺が、待つ側だが。
 あの時、兄貴もこんな気持ちだったんだろうか。




 で、いざ当日。ポテチやジュースを揃え、徹夜準備完了。
 友達にこの話をしたら、大学生にもなって寝ずゲーかよと笑われた。
 大学生になっても何も、寝ないでゲームするなんて初めてだよ、俺は。
 ちなみにアルコールは眠くなるといけないってことで、今夜はオアズケだ。
 夕飯を食べてる間すら惜しいと言っていたから、片手で食べられるようにおにぎりを作っておいた。俺ってなんてできる恋人。
 追いつめられ感があるのに、なんだか凄く楽しい。小学生の頃、遠足前になるとこんな感じだったかも。

「ただいま」

 兄貴の声に、俺はいそいそと玄関まで出迎える。

「おかえり。土曜出勤お疲れ様。アズキとデートする? ネトゲにする? イベントボス倒しに行く?」
「全部だ」

 歪みない答えが帰ってきた。
 まあ今日はデロイとかが一緒だから、デートって感じでもないんだけどな。
 ピシリとスーツを着込んで少しの疲れも感じさせない兄貴がネクタイを緩める瞬間は、いつ見てもたまらない。
 こういうの、男の色気っていうのかな。女共が見たらキャアキャア騒ぎそうだ。
 まあ、騒いだところで、残念ながらこれはもう、俺のモノだけど。
 さすがの兄貴もスーツのままプレイするつもりはないらしく、ハンガーに上着をかける。

「よし、やるぞ」

 ズボンとシャツはそのままなのかよ……。

「それ、スーツシワにならねえ?」
「アイロンをかければ済む話だ。そもそも僕はきちんとデスクにかけてプレイする。寝転がるお前と違ってな」

 そうでした。でもよー、寝そべりながらって楽なんだぞ。
 長いとちょっと肩こるけど、座ってると腰やら尻まで痛くなるしさ。
 俺はデスクワーク系な職種にはつけそうにないな。

 それ以上の無駄話は無用とばかりに兄貴が寝室へ向かう。
 ……しかし、やるぞって言われて向かうのが寝室なのに、その内訳はネトゲ100%っていう。二十代の恋人同士にあるまじき。

 ま、それじゃあ俺も行きますかね。おにぎりの乗った皿を忘れずに持って。




 俺のサプライズな夕食を兄貴は大層喜んでくれた。買ってきたポテチやジュースも同様だ。
 兄貴は当然のごとく、何も買ってきていなかった。

 本当に飲まず食わずで寝ずゲーするつもりだったのかよ。
 まあ冷蔵庫には麦茶くらいは入ってるけど。

「凄いな、お前が握ったのか」
「凄いって。ホント、ラップ包んでギュッとしたくらいだぜ。兄貴の作るメシとは雲泥の差だよ」
「雲泥なんて言葉知ってるんだな」
「ちょ、ひでえ!」

 兄貴の中で俺はいつまで小さい子供なんだ。付き合い始めた頃ならいざ知らず、この一年で兄貴を避けていた間の空白はだいぶ埋まったと思ったのに。
 結局、どこまでいっても俺は弟ってことなんだろうなあ。
 ……いやこれ、ただ馬鹿にされただけか?

「戦闘中は無理だが、移動中なら食べられそうだ」

 さすが、コンマ一秒のタイミングを大事にする兄貴。
 俺なんか戦闘中でも普通に食うけどな……。
 一度兄貴の前で戦闘中にお菓子を食べたら怒涛の勢いで罵られたし。
 あれはヤバかった。何がヤバイって、癖になりそうで。
 俺、少しM気質あるかもって初めて思った。

 まあ、そのあと我にかえって恥ずかしそうに謝る兄貴が可愛かったから直ぐ様安全な町へ帰還して、ベッドへ押し倒させてもらったんだけど。

 とかなんとか色々思い出してたら、いつの間にか兄貴が既にログインしている。素早い。
 さて、そんじゃあ俺もログインっと。

 アズキは今、ピンク色の可愛いフリフリなクレリック専用服を着ている。
 能力は低いが、MP回復速度がアップする特殊パッシブスキルがついていて、滅多にソロをしない俺にはもってこいの装備だ。
 ただ、弓の敵に狙われるとちょっとつらい。

 ログインすると、すぐ目の前にサチがいた。
 俺のサチ。可愛い。最初は中身が兄貴ってだけで異星人のような気がして不気味に見えてたのに、恋ってやべえよな。
 これが、人呼んで『俺の嫁フィルター』というものだ。

 そしてサチの装備は、どう見ても廃人スペックの頂点。
 歩くたびにキラキラ光ってさえ見える。廃人装備ってのは知ってたが、ゲームを始めてかなり経つ今では、それがいかにえげつないものがわかっちまう。

「アズちゃん、今からデロイとマリーちゃん、そのハニーさんのミカちゃんがお手伝いに来てくれるにゃあ」

 マリーの……ハニーだと。

 実はマリーとはソコソコ仲良くさせていただいてる。
 いつもウサコ目当てで飛び回るデロイより、狩りに行く機会が多いくらいだ。マリーはフレンドにクレリックが少ないらしく、よく声をかけてくれる。その時は他のフレンドさんを引きつれてくることも少なくない。俺のネトゲライフは兄貴についで、マリーが楽しくしてくれてると言っても過言じゃない。
 すでにフレンドにもなっていて、兄貴に羨ましがられたのはかなり前の話。

 ……なのに、そのハニーとやらを連れてきたことはない。ということは。

「もしかしてそのミカちゃんって、クレリックだったりする? 会ったことないから……」
「攻撃スキル寄りのビショップらしいにゃ。クレリック入れずにペアで狩ることが多いから、アズちゃんと一緒になることがなかったんじゃないかにゃ?」

 なるほど、それでか。
 今日は5人のフルパーティになるし、回復サポートが一人いれば俺がだいぶ楽できる。

「サチは今日こそ、マリーちゃんにフレンドを申し込むのにゃ……」
「まだだったの……。それ言い始めて一年過ぎてるけど」
「長い戦いだったにゃ」

 自分との戦いですか。てか長すぎだろ。

「向こうは既にパーティー組んでるみたいだから、このまま待つにゃ」
「らじゃ」

 待ち合わせはここ、アニマルパーク。だいたいいつも同じ。
 しかし、フルパーティは久々だなー。
 基本的に俺とサチは閉鎖的であまり新しい人脈を築かない。だから、横の繋がりで新しい人が来るとなんだかワクワクしてしまう。ロールプレイの熱さから他人に壁を作られてしまう兄貴は、かなり緊張するみたいだが。
 フレンドをコッソリ外されてたり、フェードアウトされたりしたことがトラウマになっているらしい。それでもロールプレイは貫き通す。ある意味漢だ。

 ゲーム内ではサチとして普通に振る舞っていても、現実では緊張気味なのがわかる。
 背中、いつも以上に伸びてるし。可愛い。

 こういう姿が見られるのも、隣り合ってゲームをやる醍醐味だよなぁ。
 ……でも、ゲーム中は戦闘時以外で声をかけると怒られるんだぜ。
 混乱してチャット欄に現実の話題を入力したり、逆に現実でニャをつけたら嫌だとか言って。

 俺? もちろん声をかけるさ。頻繁にやると嫌われそうだから、たまにだけどな。
 だってそんな兄貴、超見たいもん。

「兄貴、今のうちにおにぎり食おうぜ」
「む……そうだな」

 ま、早々『ニャ』をつけて喋ったりはしてくんないけどね。

 おにぎりの具はおかかと鮭と昆布。
 ちょっと塩をきかせすぎた気もするが、まあまあ美味しい。

「美味しい。ホッとする味だ」
「おにぎりなんて誰が握ったって、そう変わらないだろ」
「可愛い弟が……いや、恋人が作ってくれただけで、特別な味がする」
「兄貴……」
「それに、握る力加減によって味は結構変わる。米と米の間が離れ、空気がきちんと入ることで、食感、口の中でのほどけ方などが……」
「……あ、兄貴……」

 相変わらず過ぎて何も言えねえ。

 おにぎりを食べながらゲーム内で倉庫整理をしつつ、兄貴のうんちくを聞いていると、デロイが突然目の前に現れた。
 危うく噴き出して、ノートパソコンに飯粒がつくとこだった。危ない危ない。
 俺がいた場所、ちょうど帰還スクロールを使った時の出現位置だったか。

「よお、アズちゃん。なんか久しぶりだなー。ほら、パーティー」
『……ありがとうございます』

 誘われてパーティーに入ると、メンバーリストが確認できるようになる。
 マリーとはすでに組んでる……。サチはまだで、ハニーだというミカちゃんもまだみたいだ。

『あっ。アズキちゃん? こんばんはー。ここのとこ君があまりログインしないから、二人がいないってデロイがうるさくて仕方なかったよ』

 俺のパーティ加入に気づいたのか、マリーがパーティチャットを送ってきた。
 フレンドチャットと同じで、エリア内にいなくても会話をすることができる。この会話はメンバー全員見ることができるので、当然デロイにも見えている。

『余計なこと言うなっての、マリゴ!』

 相変わらず仲のいい二人に、なんだか和む。
 今ではデロイの中身を知っているだけに、マリーの中身も気になるとこなんだが、マナー違反だから聞かないでおいている。
 すぐにサチも俺の近くに寄ってきて、パーティーに加わった。

『今日はよろしくお願いするにゃ』
『サチにゃーん、久しぶり』
『ニャニャ、お久しぶり……にゃ』

 フレンドになろうって、いつ言い出すのかな。
 兄貴内心すげードキドキしてそう。なんか俺までちょっとドキドキする。

『デロイ、今ミカ連れてそっち行くから、パーティーよろしくな』
『おう。はよこい』

 ミカかあ。どんなキャラなんだろう。また濃いタイプかな。
 ネトゲやっててサチとデロイ以上に振りきれた濃いキャラには、未だ出会ったことがないぜ。
 マリーはアサシンの天使っていうキャラメイクが変わってるだけで、本人は割りと普通だしな。
 ビショップなら、適性が合うのは天使か悪魔か。マリーが天使で、そのハニーだから……やっぱり天使なのかな。

『お待たせー。今近くまできてる』
『む。どこだ?』
「こっちこっち」
「初めまして、ミカですー」

 天使。すっげえ天使。
 ミカって、ミカエルかよ。大天使過ぎるだろ。
 だが、種族は悪魔だった。なんかもう間違いなくマリーのハニーって感じ。
 デロイが二人をさくっとパーティーに入れる。

『実はハニーと出会ったのは、デロイの紹介でなんだ』
『そう。オレ様はさすらいのキューピッド。でもウサコのハートは全部オ・レ・の・モ・ノ』
『へー。デロイさん、顔だけは広いですもんね』
『サチがマリーちゃんと出会ったのもデロイ経由なんにゃよー』
『うぉい、スルーかよ!』

 もはや誰もツッコミを入れる気配がない。
 というかマリーの奴、彼女のこと本当にハニーって呼んでるんだな。サッちゃん呼びは気に入ってるけど、少し憧れるかも。
 ん……? この場合、どっちかっつうとアズキがハニーになるか? 現実じゃ夜の役割的には逆だが。
 でも甲斐性的には現実でもネトゲ内でも兄貴がダーリンだな……。

『堕天使ミカエルです。よろしくネ!』

 ミカエルで悪魔だから堕天使。なるほど、そういう設定か。

『カエル、久しぶり!』
『黙れデブ。その名で呼ぶな』
『酷い! ちょっとムチムチしてるだけなのに!』

 デロイもホント変わらねーな。
 ミカのツッコミがマリーと同じことに歴史を感じる。
 意外と毒舌キャラ……と。

 いや、でもカエルはあんまりだろ。なんでわざわざ下からとるんだよ。

【語尾がもしピョンだったら、そのままカエルみたいにゃね】

 飯粒噴いた。兄貴め……。

【デロイ的にはウサコっぽくて言ってほしいのかもしれないにゃ。だからあえてカエルと……】

 失礼な発言ということは理解しているのか、フレンドチャットで飛んできてる。これなら、他の三人には見えない。
 動揺して、俺がうっかり誤爆しそうではあるけど。

『デブはおいてこー。みんな行こー』
『えー!? 待ってぇ! 前衛いなきゃ困るっしょお?』
『そんなのダーリンがいれば充分。ねっ、ダーリン!』
『君の愛とアズキちゃんのヒールがあれば問題ないさ、ハニー』

 あ、ヒールは要るんですね……。

 ひたすらデロイを弄りつつ、俺たちはイベントモンスターがたくさん出るという狩場へ向かうのであった。
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