廃スペックブラザー

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本編

現実、仮想、夢の中

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 それから結局、兄貴の強烈な希望で各々の部屋でネトゲログインすることになった。

 いつもと同じ俺の部屋。パソコン。変わらない……はずなのに。
 な、なんか緊張すんな。両想いになってからは初の顔合わせになるわけだし……うん。
 パソコンの電源を入れる指が震える。兄貴も少しはドキドキしてんのかな。くっそ見てえ。やっぱり同じ部屋でやりたかったぜ。

 サチは俺に、どんなふうに話しかけてくるだろう。俺はどう振る舞えばいい? 彼氏っぽく? 彼女っぽく? 弟として振舞うほうがいいか?
 いろいろな想いを胸にログインすると。

【アズちゃん、こんばんにゃー!】

 いつもと寸分たがわぬテンションで、サチがフレンドチャットを送ってきた。
 え、ええー……。なんなのこれ。いや、ちょっ……ちょっと待って。なんか思考がついていかない。
 さっきまで、あんな……散々、布団の中におこもりするレベルで恥ずかしがってたろーが!

【兄貴、なんでそんな、いつも通りなん?】
【ここでそう呼ぶのはマナー違反にゃ! アズちゃんもいつも通り!】

 つっても、もう中身バレてんだぞ。恥ずかしくてあんな言葉遣いできるかよ。
 えっと、でもまあ……。マナー違反だと、言い張るなら。

【えーと、サッちゃん?】
【なーに、アズちゃん】
【は、恥ずかしく、ない……?】
【素が出そうになること言わないでほしいにゃ。恥ずかしいに決まってるにゃ。でもこの姿で素を出すのも恥ずかしいにゃ。猫耳だし、女の子だし。だからアズちゃんもいつものアズちゃんでいてほしいのにゃ。そうしたら少し、恥ずかしくなくなるにゃ。だ……ダメ?】

 可愛い。そして相変わらずの高速タイピングだ。
 確かに、他の奴もいるこの世界。あんだけにゃんにゃん言ってた兄貴が今さら素に戻るのは難しいかもしれない。フレンドチャットやパーティチャットなら他の奴に聞かれないとはいえ、操作ミスでオープンチャットをしてしまうことも、ないとは言えない。兄貴なら可能性は低いだろうが、焦ったりしたらわからない。

【わかったよ、サッちゃん。いつも通り、ね】
【あ、ありがとにゃあ! ……愛してる、にゃ】

 っ……それ、現実でも言ってくれませんかねえ。

 それにしても、恋人なんだと思うと画面上のサチがもう可愛くて愛しくてしょうがない。好きだと思った時から輝いて見えたけど、今日はもう段違い。
 なんだこれ。ただのデータでしかないのにな。 
 兄貴も同じように思っててくれたらいいなあ。いや、兄貴は俺よりアズキが好きだったみたいだし、むしろちょっと妬けるか。 

【今日は薔薇のブローチ取りに行くにゃ。炎抵抗30%減だからプチメタが楽になるにゃよ】 
【それをボスが落とすの?】
【……ボス時間は、もう終わったにゃ……】
【ご、ごめんなさい】

 俺が兄貴を恥ずかしがらせたせいで、ログインのタイミングを逃してしまったもんな……。

【まあ、どのみちボスは私のレベルじゃちょっと厳しいかなと思ってたけど、そのブローチ出す敵も強いんでしょ?】 
【大丈夫! アズちゃんはサチが守るにゃ!】 
【また流れ矢に当たって死亡はやだからね】 
【だ、大丈夫にゃ】 
【落とす敵はなんていうの?】 
【そう言いながら攻略サイトを見るんにゃね。教えてあげにゃい】 

 喋り方こそ前とそう変わらないが、内容にはどこかしら存在していた遠慮がなくなった。むしろリアルのがまだ、兄貴は俺に気を遣っている気がする。こういうのもネトゲの醍醐味だな。お互いが画面外の顔を知っていると、楽しみ方が少し変わる。 
 壁を挟んだ隣の部屋で兄貴が俺を意識しながらゲームをしているというのは想像以上に悪くない。思わず壁を見つめながらにやけてしまう。はたから見たら間違いなく変態そのものだ。 
 でもやっぱ直に会いたいし、ゲームやるなら同じ部屋でチャットじゃなく声で会話しながらプレイしたい。

【まあ、その敵が強いのは確かだしサチの防御は紙だから、二人じゃキツイにゃ。デロイとマリーちゃんを呼んでもいいにゃ?】 
【うん……】

 あ。そういや俺、さっき……。ロイと会話の途中で落ちてしまったんだった。

【どうかしたにゃ?】
【いや、実は……私、さっき、ロイにサチが寝落ちしてるかどうか訊いて……それで、そのまま落ちてしまって】
【むむ……。まあ、デロイのことだから、あまり気にしてないんじゃないかにゃ】
【だといいけど】

 様子的に、兄貴はきちんと会話を終わらせてから俺にチャットを送ったみたいだな。しっかりしてやがる。テンパってたのは俺だけかよ。

【オッケイ。二人とも来るって。前と同じ、預かり所の前で待ち合わせにゃ】

 それから……預かり所の前に並んで二人が来るのを待つ間、俺たちはぽつりぽつりと会話をしていた。
 ゲームの中の話だ。俺はいちゃいちゃな感じの話をしたいけど、兄貴が巧みにゲーム内の話へと誘導する。やっぱりリアルを持ち込みたくないタイプなんだな。ネカマやってるなら当然と言えば当然か。

 ロイとマリーは連れ添って現れた。たまにオープンチャットで、声をかけられたりしながら歩いてくる。周囲にプレイヤーがどっと増えた気がするのは多分気のせいではあるまい。目立つ二人組みだ。……いや、サチも目立つんだろうな、普通に。

『アズキちゃん、さっきは酷いぜ。そんで、結局仲直りできたの?』
『別に喧嘩してませんけど』
『じゃあどーしてあのあと、オレのほうに返事なかったんだよォ。しかもログアウトもしちゃってさ。二人して久々のログインだしー』

 うう、どう答えるべきか。

『リアルで何かあったのかもって期待……いや、心配してたんだぜ!』 

 鋭い! ……いや、相方同士が同時に現れなくなったら誰でもすぐに思いつくか、さすがに。
 つうか期待ってなんだよ、期待って。チャットなんだからわざと打ったんだろうが、何を期待されてるのか、こっちが気になるわ。

『ロイの奴、フレンドチャットでめちゃくちゃウザかったよ。サチもアズキちゃんも来ねーってグチグチグチグチ』 
『にゃ……デロイ、そんなことマリーちゃんに話してたのにゃ!?』 
『いやあ。オレ様、男のフレで仲いいのコイツだけだし? 他のウサコちゃんに話したらジェラシーストームされるしぃ?』 
『そういうことじゃないにゃ!』 

 むしろ、それを本人たちの前で暴露するマリーちゃんのほうがイイ性格してると思うぞ。 
 よく狩りに行ってる二人が同時に来なくなったら、他人にそれをちょっと話題として出すくらいはするだろうよ。ロイが話していたのは世間話より、下世話な推測だとは思うが。 

『で、実際のとこ何かあったの? 喧嘩とか? お付き合い始めちゃったとか~? ムフフ!』 

 ロイからの質問に照れる兄貴を想像する。また布団かぶったりしてんのかな……。

『サチは仕事が始まるからそのせいだにゃ。これからは今までみたいには来られなくなるにゃよ』 

 しかし兄貴はすんなりと淀みなく答えていた。なんか拍子抜けというか、残念というか。さすがっつうか。 
 息を吐くように嘘をつく兄貴の姿なんて見たくなかった……。
 まあ本当のことを言っていないだけで、完全に嘘ってわけでもない。ここ連日サチが入っていなかったのは、俺が兄貴を悩ませていたせいだけども。

『そうそう、私も忙しくて、仕事が』 

 そして俺の場合は完全に嘘です。そもそもまだ大学生だしな。

『ふーん……なんだあ』 

 ロイがそう言いつつニヤニヤしているのが伝わってくるようだ。向こうの表情なんてわからんし、字だけなんだが、なんとなくそんな気がする。

『二人のログインが少なくなったら、またロイがうるさくなるなあ。いや逆に静かになるかな』 
『マリゴ、誤解を招くようなこと言うなって!』 
『ロイは口を開けばウサコ萌え話とパンチラへのロマンと二人のことばっかりだからねえ』 
『だーかーらー』 

 それはドン引きだな。マリーが暴露したくなる気持ちもわかる。 
 でも、俺たちの何をそんなにたくさん話してるんだ? 

【これ、やっぱりネカマだってことバレてるのかにゃ】 

 実は不安だったらしい兄貴がフレンドチャットを送ってきたので思わず噴いた。その口調はかえってネカマ丸出しなんだよ。可愛いのになんでかにゃーとか思ってそうな兄貴には突っ込みにくいが。 

【そこは暗黙の了解ってヤツだよ、サッちゃん】 
【むむむ……】 

 まあ、俺のほうはばれてるかばれてないか微妙だが、兄貴のほうは完全にネカマだと思われてんだろうな、実際。

『でもロイさんとマリーさん、お二人も、とても仲がいいじゃないですか』 
『腐れ縁だよ。オレはウサ子以外は目に入ってねーの!』 
『僕が美しすぎる天使で、ウサギちゃんたちにモテモテだからやっかんでるんだよ、ロイは』 
『うおお、人間戦士の何が悪いんだあああ!』 
『名前だろ』 
『名前じゃにゃい?』 
『名前でしょ』 

 俺たち三人に同時に言われて、ロイはどんよりしたモーションを背負う。 

『まあ、ロイのウサコ萌話はどうでもいっか。さあ、狩りに行こー!』
『賛成にゃ!』
『おー!』
『……オレ、馬鹿にされ損じゃね?』

 そんな感じで、俺たちはワイワイと狩場へ向かった。




 相変わらずコントみたいな会話のマリーとロイと、楽しく話しながら狩りをする。
 敵はダークエルフで武器が弓矢。前の流れ矢死亡事件を彷彿とさせたが、強い前衛が3人いるので今日は超余裕。

 ……の、はずだった。が、ロイが死んだ。

『スーパーレア引くより出てこない即死の罠にかかるなんて、ある意味運がいいっていうか……』
『ぐぉらー! てめえが解錠ミスったせいだろ、マリゴー!』
『そりゃ、僕はシーフじゃないんだからミスることくらいあるさ』
『まあまあ、二人とも。今、蘇生しますね』

 プリーストが蘇生できるから、笑って済ませられるようなことなんだけどさ。むしろロイが死んでるとか、笑いしか出ない。
 蘇生であればデスペナルティはない。ただ、全滅していたら意味がないし、本人が寝落ちしていれば蘇生したところで結局また死んでしまう。
 ソロしている時にフィールドで死んだ場合は、フレンドさんの助けを待ったりすることもできるが、死んでから五分経つと自動的に街へ戻ってしまい、デスペナもつく。

『五分くらい蘇生かけずに待機してやったら、少しは静かになるかな、コレ』
『そ、それだけは勘弁をー。お慈悲をー』
『あっ、MP尽きてるし回復薬も忘れちゃった!』
『アズキちゃんまでぇぇー!』

 そんな軽いジョークを交えつつ、ロイを生き返らせて狩り再開。今度こそ危うげなく、敵を倒していく。

『ダークエフルちゃんも悪くない……』
『エフルになってるぞ、ロイ……』
『エロフ』

 やっぱり、死んだままにさせておいたほうが良かったかなコイツ。

『あ、宝箱にゃ!』
『怖い! 宝箱怖い!』
『もしもがあった時に、開けるのは盾役でないと。僕の華麗な解錠さばきを見るがいいさ!』
『信じるぞ、マリゴ!』

 石弓の矢が飛んだ。

『あはははは』
『わざと解錠ミスったろ! 許されんぞー!』
『中身は赤リンゴ。こんなの宝箱入れておくなんて、ガッカリですよね』

 楽しいものの、お目当てのスーパーレアは中々に出ず……。

『お。アズキちゃんはそろそろ落ちる時間だよな?』 

 結局は、そんな時間になってしまった。
 それでも今日は、いつもより遅い。 

 兄貴に正体がバレた今、多少は無理をしても問題ない。廃人レベルまで頑張るつもりはないが、レベル制限解放までに少しは近づいておきたいところだ。 
 兄貴はまだ狩るんだろうし、俺ももう少し頑張るかな。

『あ、サチもそろそろ落ちるにゃあ。明日は仕事なので』 

 な、なん……だと。あの兄貴が仕事を理由にして落ちるだと?

『はー……。サチが廃人卒業かー。俺は寂しいぞおぉ!』 
『ウサコがいればいいくせに思ってもないこと言わないでほしいにゃ』 
『そんなことねーって! サチはフレの中で一番…………強いソーサラーなんだ!』
『ありがとにゃ。サチも……デロイのことは、一番信頼できる壁役だと思っているにゃ!』

 あ、なんか二人がどうしてフレなのか、今すっげーよくわかった気がする……。
 でも実は、ロイはひょっとしてサチのことが好きなんじゃないかな、とか。少し思ったりもするわけで。
 いくら仮想キャラとはいえ、恋人に目の前で別の男とイチャイチャされるのは面白くない。 

『それじゃあ、また明日にゃあ』
『私も落ちます。いつもの時間ですから! 今日はありがとうございましたー』

 早々とサチが落ちて、俺も後を追うようにログアウト。
 デスクトップの表示されたモニター前で、深く溜息をつく。 

 ゲームは面白いが同じ姿勢で身体が痛くなる。兄貴はよく平気だよな。何時間も。 
 それに、楽しかった……けど。 やっぱり現実で顔が見たいよなああ。だいたい、ようやく想いが通じ合ってさ、こう部屋でラブラブして、その後すぐ別々の部屋でネトゲって本当にどうかと思うわけだよ。
 恋人同士になったんだから、普通はもうちょっとひっついてたいって思うもんじゃね?

 ……今からでも遅くはないな。よし、兄貴の部屋に行くか。
 おやすみのキスとか、抱きしめたりとかしたいし。
 なんて、色ボケたことを考えていたらノックの音が部屋に響いた。 
 このタイミングだとひょっとして、兄貴? まさかゲームしてたら俺の顔が見たくなって、なんて展開が。
 いやいや、おふくろが喧嘩してた俺たちの様子を聞きたくてノックしてんのかもしれないし、兄貴だとしてもどうせまたスマホについてとかガッカリな話があるだけだろ。期待すんな俺。 

「はーい……」 

 返事をしながら扉を開けると、そこには本当に兄貴が立っていた。

「兄貴、どうしたんだよ、スマホのことでも……」 
「アズキと話をしていたら、現実で和彰の顔が見たくなった」 

 ふふ、と兄貴が嬉しそうに笑う。
 え、むしろこれ、夢なのでは。だって、俺の妄想通りの台詞、兄貴が言っちゃってるんだけど。

「迷惑だったか?」 
「んなわけねーだろ、めちゃくちゃ嬉しいって!」 

 こんな可愛いこと言われて、そのまま帰すなんてできるはずない。 
 俺は兄貴を部屋へ引っ張り込んで、閉めた扉に押しつけて唇を近づけた。残念ながら、手のひらに阻まれて終わる。 

「……なんで?」 
「そんな寂しそうな顔をするな」 

 手のひらに何度かキスをすると、兄貴が困ったように眉を寄せた。 

「キスなんかして、我慢できなくなったら困るだろう」 
「人を野獣みたいに。我慢くらい、いくらだって」 
「お前じゃない。僕がだ。夜中にこうしてわざわざ部屋まで訪ねてしまうし」 

 前言撤回。俺も我慢できなくなりそう。可愛すぎだろ。キスもダメとかキツすぎる。 
 押し倒したい抱きたいがっつきたい。エロい顔が見たい。 
 そんな俺の気も知らず、兄貴は幸せそうに頬へ触れてくる。 

「でも、眠る前に顔が見られて良かった。おやすみ、和彰」 
「う、うん。おやすみ……」 

 きっと今夜は、現実じゃない、ゲームでもない、夢の中で兄貴と会うことになりそうだ。
 
 ……願わくば。夢の中まで寸止めされませんように。
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