甘すぎるのも悪くない

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とけたそのあとで

甘い文化祭2

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 文化祭準備も追い込みで、昼休みくらいしか顔をあわせる時間がない。せめてもとお弁当を作ってきて、一緒に食べている。
 デザートにみんなで作ったお菓子渡すと先輩は超ごきげん。
 もうちょっと甘い物を嬉しそうに食べる以外の何かがあってもいいと思う。
 
「気にならないんですか?」
「何が」
「おれが告白されたかも~とか」
「されたのか?」
「いや、別に……」
 
 先輩がおれの頭をぽんぽんと撫でる。
 
「今に始まったことじゃないし、俺の後輩くんが、女にもてない訳はない」
 
 妬くと言うより、むしろ自慢気。これはこれで、なんというか、嬉しい気もするけど。
 俺のとか言ってくれちゃってるし。先輩は本当によく、心得てる。タラシすぎる。
 
「それに、俺がちゃんと妬くってことくらい、後輩くんだってもう判ってるだろ」
「もうちょっと見せてほしいなって」
「どんな風に」
「ぎゅっとするとか、ちゅっとするとか」
「ん」
 
 先輩がちゅっとしてくれた。甘いお菓子の味が口に広がる。
 確かにちゅっではあるけど、なんか違う。
 
「それにどんな可愛い女の子に告白されても、後輩くんが俺にメロメロだってことくらい、判ってるからなぁ」
「そうですよ。大好きです。愛してます」
 
 じっと先輩を見つめながら言うと、さすがに照れてくれたので満足した。……言ってて自分でも照れたけど。
 
「あ、そういえば。おれと先輩がデキてるんじゃないかなんて言われました」
「あはは、俺もよく言われる。学年違うのにべったりだからなあ。普通に軽く流すけどな。真実は俺とお前が知っていればいいし」
「おれは……。公言しちゃってもいいくらいですけど」
 
 先輩はおれの唇に、そっと人差し指をあてた。
 
「やめておけよ。正直者が得をするとは限らない世の中だぜ。わざわざ波風立てる必要はない。お前に何かあっても嫌だしな」
 
 実際そんな噂が立って、困るのはおれより先輩だろう。でも、怖い目にあうのは先輩よりおれのような気がする。
 もし何かあった時に、体格がいいとは言えないおれじゃ、先輩に心配かける。
 
「言ってませんよ。そこまで馬鹿じゃありません」
「そうか」
 
 先輩が安心したように息を吐く。そんな風に安心されると、ちょっと面白くない。
 
「あ、でも文化祭当日の俺だったら、恋人繋ぎで歩いてもいいぜー」
「オカマ姿で回ろうとするのはやめてくださいね! 絶対です!」
「ちぇっ。つれないの」
 
 そんな軽口を叩きあって、この話は結局ここで終了してしまった。
 先輩が女だったらとか、おれが女だったらとか思わない訳じゃないけど、オカマ姿で来られるのはさすがにちょっと抵抗があります……。 
 
 
 
 
 そしてついに、文化祭当日。あんなことを言ったけど、オカマみたいでもなんでも、先輩のいつもと違う姿はちょっと見てみたいと思ってしまう。
 暫くは厨房役で外へ出られず、昼に交代してもらってようやく先輩のクラスを訪ねることができた。
 想像通り、かなり女の子で賑わってる。ちらりと中を覗くと、すぐに先輩の姿が目に入った。
 
「よお、後輩くん」
 
 化粧って怖い。ちょっと凛々しすぎるけど、確かに女性に見えなくもない。それでも美人というよりは美形だし、何より……。
 
「ゴツイですね、やっぱり」
「背の高いモデルさんの借りてきたんだ。肩幅も考慮して、肩空きの服をな」
「胸板まではどうにもならなかったんですね」
「後ろは紐になってるからなんとか閉じられたってとこだ。トップバストの位置もちょっとずれるしな」
 
 先輩はそう言いながら偽乳をゆさゆさと揺すった。
 偽だって判ってるのに、なんか妙な気分になる。大体、化粧してるって言っても先輩の顔に乳がついてるっていうのが。しかも、やっぱりごついし。
 肩あきの服を選んだところまではいいけど、二の腕とか逞しいし、先輩。あれだけ甘い物ばかり食べているのにこの身体とは反則すぎる。
 でも、薄い空色のドレスは先輩に似合っていると、まあ言えなくもないというか……。やっぱり複雑だ。
 
「おーい、白瀬、あっちのテーブルでお前呼んでるぞ」
「おう。今行く~。ワリ、後輩くん。あと20分くらい待っててくれ」
 
 先輩はクラスメイトに声をかけられて、おれにウィンクをしてから去っていった。
 呼ばれていったテーブルからは、きゃー、瑞貴せんぱーい、という女の子の黄色い声が聞こえてきた。
 おれは案内されたテーブルに肩肘をついて、先輩を眺める。先輩は所狭しと楽しそうに動き回っている。
 相変わらず何でも器用にこなす人だなぁ……。
 モデルのバイトしてなかったら、ウェイターとかも似合いそうだ。
 おれ、別に男が好きって訳じゃないけど、先輩ならウェイター服を着ている方がドレス姿よりグッとくると思う。
 ある意味正常かな。男のドレス姿にときめく方が変態だろう。
 休憩は一応1時間もらってきてるから、20分くらい待つのは問題ない。働く先輩見ていられるのも楽しい。
 でも女の子に声をかけられているのを見るとイラッとしてしまう。
 判ってるんだけどさ。先輩がこの喫茶店の目玉だってのは。明らかに呼ばれる率が高いし、写メ撮られたりしてる。
 それから先輩は奥に引っ込んで、制服に着替えておれのテーブルに来てくれた。
 なんかおれまで注目浴びてるけど、気にしないことにしよう。
 化粧も落として、いつも通りの先輩だ。
 うん。やっぱり、おれはこっちの先輩の方が好き。
 
「待たせたな、後輩くん」
「いいえ。じゃあ、どこか回って食べに行きましょうか」
 
 そう言っておれは教室を出た。先輩も後ろからついてきてくれる。
 
「ああ。最後はお前の店のデザートでシメだな。俺の方が休憩終わるの遅いから、今度は逆に俺が後輩くんの働きっぷりを見てやろう」 
「働きっぷりって……。おれ厨房で外には出ませんよ? 入ってくるつもりですか?」
「もちろん。見学させてもらう」
「えーっ……」
 
 冗談だろうけど、この人なら平気でやりかねない。
 そんな会話をしながら、屋台の並ぶ中庭の辺りに足を向けていたその時。
 
「あのー、すいません」
 
 後ろから声がかかった。結構可愛い女の子二人組。他校の制服だけどあまり見覚えがないから、この辺りの子じゃないのかもしれない。
 また先輩のファンとかかな。嫌だな。この人はおれのものだからって言ってやりたくなる。
 
「二人ともかっこいいですね。この学校結構広いから迷っちゃって……。案内してくれないですか?」
 
 先輩のことに触れない。知ってて声をかけてきた訳じゃないのか。二対二だし、もしかしてこれって逆ナンパってやつ?
 可愛い可愛いばっかり言われるから、かっこいいって言われるのはなんか新鮮だな。
 どのみち先輩と二人で回るのを、邪魔される訳にはいかないけど。
 
「困ってる女性を見捨てる訳にはいかないな、後輩くん」
 
 なのにこの人は! このタラシがっ! そんな営業用のキラッキラスマイル。惚れさせるつもりですか?
 おれが嫉妬深いって判ってるくせに……。
 
「え、じゃあ……」
「いいよ。おいで」
 
 先輩は笑って、一番近くの教室へ足を踏み入れた。
 本当に一緒に行動する気?
 一人の女の子は先輩についていって、片方はおれの所へきた。
 
「貴方も行きましょ? ねえ、名前……教えてくれない?」
 
 媚びを売るような視線にイラッとする。おれが大げさに捉えてるだけだって判ってはいるさ。嫉妬しまくりだから、今。
 思わずつっけんどんな答えを返しそうになった時、先輩が入っていった教室から顔を覗かせた。
 
「おい、二人とも早くしろよー」
「あ、はい」
 
 おれは思わず返事をして、さすがにシカトはないかと、女の子に行こうかと、視線で告げた。
 先輩が入っていった教室は写真部。いろんな写真が展示されている。
 
「あれ。瑞貴じゃーん。女連れ? さすがだな、もうナンパしたのか」
 
 どうやら先輩の知り合いがいるらしい。先輩のこと名前で呼んでる。しかも結構かっこいい。
 嫉妬してるおれに更に追い打ちをかけようっていうんじゃないでしょうね、まさか。
 
「八代。あと、佐々木もいる? お前ら暇だろ。この子たち、校内案内して欲しいらしくてさ。頼めるか?」
 
 先輩はそう言って、女の子二人を仰ぎ見た。
 逆ナンパのつもりだった女の子たちは、当然少し焦ったような表情をする。
 
「ごめんな。後輩くんのクラス、デザートの材料足りないって買い出し行くらしくてさ、俺それ手伝いに行くんだ。だからこいつらに案内してもらってくれるかな?」
 
 先輩だって、口実だって判っているだろうに、有無を言わせない容赦のない笑顔。
 
「じゃあ行こう、後輩くん。八代、佐々木。頼んだぞ」
 
 こんな事態には慣れているのか、八代と佐々木と呼ばれた先輩たちは笑顔で手を振った。
 女の子たちは少し戸惑っていたけど、こちらに脈なしと踏んだのかターゲットを変えたらしい。すぐに笑顔になった。
 先輩に連れられて教室を出る。出たあと、先輩は少し背を屈め、おれの顔を覗き込んでニッと笑った。
 
「妬いちゃった?」
「……判ってるくせに」
「悪い悪い。でも女の子には優しくしてやんないと」
「おれにも優しくしてください」
「優しいだろ。じゅーぶん」
 
 確かに先輩は優しい。優しすぎるくらいだ。
 ワガママ言うのなんて甘い物が絡んだ時くらい。それも、ワガママって言うよりおれにだけ甘えてるって感じでたまらないし、パーフェクトな恋人ってまさにこういうことを言うんだろう。
 そんな人がおれを好きでいてくれるのは、本当に幸福だと思う。
 先輩の前の彼女たちは、先輩が優しすぎて、完璧すぎて物足りなくなったから別れたのかな。愛されてないと思ったから、離れていったのかな。もったいない。おれなら絶対に、別れてなんかやらないけど。
 
「そうですね。先輩は優しいです」
「よせよ馬鹿」
 
 自分で言っておいて照れるとか、可愛すぎる。
 この会話聞かれていたら結構ギリギリだよな。幸い喧噪が包み隠しているし、キワドイだけで軽いジョークともとれる。
 
「よーし。じゃあ早速中庭行こうぜ。もうお腹ぺこぺこ」
「甘い物じゃなくて、焼きそばとかそういうのにしましょうね。デザートはおれの店で食べるんだから」
「判ってるって」
 
 判ってなさそうな表情だ。絶対美味しそうな甘い物が陳列されていたら、食べるなこれは。いくらでも入るから、おれのが食べられなくなるってことはないだろうけど。
 いつもと変わらない、先輩。おれは隣で凄い嫉妬しちゃってるのに。
 実はまだくすぶってるって、判ってます? 先輩ってばあんな風に簡単にあしらって、女の子たちどころか友達とまでイチャイチャして。
 もう本当ならこのままトイレにでも連れ込んで、ヤッちゃいたいくらい。
 でも初めての文化祭、二人で並んで歩きたくて、おれのクラスでスイーツを食べて欲しくて、いっぱい我慢した。
 先輩は終始楽しそうで、おれも楽しかった。楽しいのに、心のどこかではまだ苛ついていて……。文化祭終了一日目。明日も忙しいって判ってるのに、おれは自分の家へと先輩を連れ込んだ。甘い物で釣り上げて。




「後輩くっ……」
 
 玄関先で腰の砕けるようなキスをしたあと、先輩の身体の上に乗り上げて熱くなったそこを擦りつける。
 
「したい。先輩……したい」
「おま、馬鹿。判ってるのか? 今ヤッたら、その……。今日は泊まりになっちまうだろ。それに明日、俺がキツイんだぞ」
 
 文化祭で遅くまで残っていたから、もう七時過ぎ。確かに今から始めたら、先輩の言う通りおれは確実に九時までは止まらない。そして終わって速攻帰れる状態になる訳でもないから、恐らく泊まりは確実だ。
 
「妬いてるって言ったでしょ」
「知ってるよ。まー、こうなるのも想定範囲内だったけどさ」
 
 先輩がおれの手をとって、自分の頬に擦りつけた。
 
「文化祭がちゃんと終わったら好きなだけさせてやるから」
 
 甘えるような行動に、男前な笑み。先輩はそんなに強く抵抗している訳じゃない。おれがこのまま無理矢理やったら、流されてくれるだろうとは思う。仕方ないなって笑って。
 おれはそれでいいのかな。よくないよ。でも、ああ。貴方の肌に触れて、そんな風に見上げられて、止まれる筈なんてないでしょう?
 
「……すいません」
「だめかぁ」
「だめです」
 
 先輩がふうと溜息をついて、おれを抱きしめて唇にキスをした。
 
「でも、ここじゃ絶対に嫌だからな。二階へ行く余裕がなければ、せめてソファだ」
 
 おれは……結局先輩に甘えて、その身体を抱いた。




 終わった後、おれは多分泣きそうな顔をしていたんだろう。先輩はおれの目元を何度か舐めて、自分だって辛いのによしよしって頭を撫でてくれた。
 
「あー……。やっぱ腰痛い。明日の接客辛いぞぉ、これ。内股になって本当にカマみたいになりそ」
 
 ソファを占領し、うつ伏せに寝る先輩。床に正座するおれ。
 
「すいません……」
「馬鹿」
 
 先輩がおれの頬を両側から軽く叩いた。
 
「拒まなかったのは俺なんだからな、そんなに申し訳なさそうにするな。まあ、後輩くんはちょっとは反省してもいいと思うけどさ」
 
 言葉を切って、歯切れ悪く目を逸らす。
 
「あー、なんだ。俺もしたくなかったと言えば嘘になるし、でも明日のことを考えると責任感的にってとこだったから」
 
 それは本心? それともおれの心を軽くするため?
 どちらにせよ、気を遣われているのは間違いない。
 
「おれ、妬いちゃって。でも先輩はいつもと同じで妬く素振りなんて見せないし。文化祭の時も、始まる前も」
「俺だって妬くぞ」
「でも先輩は、その前にあの女の子たち優先させたでしょ」
「フェミニストなんでね。そこは当然」
「クラスメイトと仲良かったでしょ。名前で呼ばせてたし」
「つうか、俺の名前はそのままモデルネームだからな。同学年じゃ名字で呼ぶ奴の方が少ないんだよ」
「俺のことだって、そうやって簡単にあしらうし」
「そうとは見せないのが俺のスタイルだからだ。本当はちゃんと、妬いてるさ」
 
 先輩が俺の身体を引き寄せて、ソファに押し倒した。
 
「それに今回はきちっと見せたつもりだったんだけどな。妬いてるってとこ」
「え、いつ……」
 
 黙って、とでも言いたげに、おれの唇を唇で塞いでくる。
 口の中すべてかき混ぜられるような甘いキスに、頭の芯が痺れた。
 
「女の子が遊びに来るって言ってたろう。お菓子を作りに」
「は、はい……」
「嫉妬してたさ。ソファで誘って見せるくらいにはな。女の子たちとここでわいわいお菓子を作りながら、ソファ見て俺のことばかり思い出していればいいと思った」
 
 先輩の言葉を聞いて、身体がありえないくらい熱を上げる。心も身体も、オーバーヒート状態だ。
 ちょっと、ここで……そんな台詞。
 種明かしは文化祭終わってからの方が良かったですよ、きっと。明日はもう、起き上がるのさえ辛い身体にさせちゃうと思いますから。
 さっきのキスをそのまま返して、それより深く重ねたおれ。先輩は、拒まなかった。
 今こうしておれを受け入れてくれるのは、昼間貴方も同じように嫉妬してくれていたからだって、思ってもいいですか?
 答えは、その甘い身体に聞かせてもらいますね。
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