マニアックヒーロー

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年末の話

裏切り

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レッド視点



 寒さに身を竦めながらラブホテルを出る。
 シロが年越し上映会をするとか言い始め、序盤の俺の戦いをみんなに目の前で見られんのかと思うと居たたまれなくて外へ出てきた。タバコでも買って、頃合いを見計らって戻ればいいだろうと。

 ババ抜きで負けたアオが買い出しにスーパーへ向かうことになっていたが、キイも仲良く出ていった。あの様子じゃ無駄にイチャイチャして、想定より時間がかかるかもしれない。そのあたりも計算に入れつつ、コンビニで時間を潰すことにした。

 酒のツマミコーナーをじっくり眺め、それから変わったコンドームが入荷でもされてないかチェックして、雑誌を手にする。
 そして何気なく顔を上げた途端、シロがコンビニに入ってくるのが見えた。

 ゲッ。ワザワザこんなトコまで迎えに来やがった。
 俺抜きでさっさと上映会を始めてくれりゃあいいものを。

 ん……? 素通りした……?

 なんのことはない。シロだと思ったその男は、よく似ているがシロじゃなかった。髪の色も目の色も真っ黒だし、何より雰囲気が違う。服装もビジュアル系で中二病っぽい。
 なら何が似ているかといえば、背格好だ。顔だけ隠したら、シロにしか見えない。

 そういう男に一人、心当たりがあった。
 だが、普通にコンビニなんかに入ってくるか? っていう……。

 まさかな。本当にまさかだ。キリッとした顔でオニギリ選んでるし。有り得ないって。

「おい、アンタ」

 なのに気づけば、俺は声をかけていた。
 違う。これはそう、ナンパだ。ただのナンパ。上映会なんてやめて、どっかにしけこむのもいいなっつう。

 そのつもり、だったのに。
 男は俺を見て明らかに顔色を変えた。

「人違いだ」

 ……まだ何も言ってねーけど、俺。
 どうする。正義の味方として捕まえちゃう? 追求しちゃう?
 下手に刺激したらコンビニ内にいる奴らを危険にさらすことになるかもしれない。

「いや、おにーさんタイプだったから、付き合ってくれねーかなって」
「断る」

 取り付く島もない。まあ、ここでことを起こす気はなさそうでホッとした。
 そもそもコイツがあの仮面の男かどうかもわかんねーしな。
 あの時は俺だってヒーロースーツを着ていて、素顔はバレてないはずだ。単に初めからナンパだと判断し、すげなく扱っただけかもしれない。

 それにしても……。近くで見ると、顔立ちもシロに似てる。ヤツはこんな表情、しないだろうけど。

 声をかけたものの、このあとどうするか考えあぐねていると、コンビニの外、見知った顔が見えた。

 まずい。あいつらは変身してなかったからツラが割れてる。
 ぐだぐだ考える前にとりあえずトイレにでも連れ込んじまおう。

「は? な、離せ……!」

 殴り合いでも始めればさすがに店員が飛んでくるだろうが、周りは基本的に我関せずだ。
 騒ぎを大きくしたくないのか抵抗する力は弱く、アッサリと連れ込めた。

「貴様、なんのつもりだ」
「悪い。追われてるんだ」
「痴情のもつれか? 巻き込むな、一人で逃げてくれ」

 さっきは顔色を変えた気がしたのに、なんだか普通だ。
 少なくともシロよりは、普通の人間に見える。

 正体をバラすか。バレてるのか。それとも他人の空似な一般人か。
 俺、正義のヒーローなんだけど。とか言い出したら、間違いなく頭のおかしなヤツだと思われる。そもそも今の時点で、すでにかなりアウトだ。

「一目惚れした……」

 無難にナンパへ移行してみたが、この顔を口説ける気がしない。
 胡散臭そうな表情で、俺を見ている。痴情のもつれだと思われているのなら、そんな最中に別の相手を口説く最低男というレッテルが貼られてしまう。
 本当に口説いてるわけでもないから、別にいいのだが……。いや、よくない。本当に関係のない男であれば、是非とも落としたい。

「戯言に付き合っている暇はないし、強引にトイレへ連れ込むような男は信用ならない」

 ごもっとも。でもな、数多くの経験上、こうして会話に付き合ってくれている時点で可能性があるんだよ。まったく脈がない場合の基本はシカトだからな。
 少なくとも俺になんらかの関心は抱いてる……はずだ。

「アンタのためなら死ねると思うくらい、真剣だ」
「ほう……。私のためなら死ねると?」

 シロよりも少し、低い声。ゾワゾワくる。骨格が似ているから、声まで似るのか。

「面白いことを言う男だな。もし私が貴様の敵だったら、どうするつもりだ?」

 途端に背筋が凍った。やっぱり、コイツ……。仮面の男か。

「どうするって……」
「待て、騒ぎ立てるな。面倒事は避けたい」

 普段あれだけ騒ぎを起こしているのに、今更周りを気するのも変な話だ。もしかすると俺たちと同じように、フィールドの中でしか力が出せない……のか?

 いや。素の力はともかく、地球より遥かに上の科学力を持った相手だ。油断はできない。

「わかった。アンタも、ここで襲ってくれるなよ」
「……今は、な」

 とりあえず、今すぐ襲ってくる様子はなさそうだ。
 やべえな。俺だけラスボスと対峙してるとか、超アガる。
 俺の言葉ひとつでどうなるかわからない。生きるか死ぬか。緊張もするが、興奮もする。それに顔面がめっちゃタイプという。

「じゃ、今は停戦中ってことでいいんだな?」

 男は形のいい目を閉じ、大きく溜息をついた。

「まあ。これだけ情熱的にくどかれてはな……」

 ええええ。もしかしてナンパ成功したのかよ。マジかよ。
 いや待て。相手は敵だ……。俺の腹をこれでもかってほど踏んづけやがったんだぞ。
 それに、少なくとも今回の事件をコイツが次々起こしていることは間違いない。地球の敵であることに、疑いの余地はないだろう。

 だが。こう、話が通じないタイプではなさそうだ。
 俺の説得で地球侵略を考え直したり、してくれちゃったりなんか……。しねーかな。いわゆる無血の勝利。
 もし成功したら俺メシアじゃん、やべーな。

 しかし対応を間違えれば地球が滅亡する。これは責任重大。
 いきなりホテルへ連れ込んでイッパツキメるとか、そういうのはナシだ。

「ゆっくり話がしたいな。近くの喫茶店に入らないか?」
「よかろう。乗ってやる」

 できれば話より俺の上に乗ってほしい。
 じゃなくて、思ったよりもずっと友好的だ。実はナンパされたの嬉しかったんかな……。クソ可愛い。

 訊きたいことはたくさんある。口先八丁騙しこんで仲間になったフリをし、スパイになるのも悪くない。
 油断させて倒すことも、できるかもしれない。そしてヤれるかもしれない……。いかん、どうしても頭がそっちの方向にいってしまう。

 しかたねーだろ。だってナンパが成功したんだぞ。いつものパターン的に考えて、ヤれる流れだ。もう条件反射みたいなものなんだ。

「どうした? 殺されるかと、今更不安になってきたか?」
「へっ? ああ。その心配はしてなかった」

 地球はともかく、こうして会話をしてくれている以上、俺を殺す気はないんだろうなって。
 けど、俺の返事が面白かったのか、男は楽しそうに笑った。笑うと雰囲気が柔らかくなって、シロにとても似ているなと思った。

 ……血縁の可能性。シロが何かを隠している様子だったのも、そこかもしれない。

 とりあえず連れ添ってコンビニを出る。寒さを紛らわせるように身を擦り寄せ腕を組むと、力いっぱい振りほどかれた。
 これはダメか。割とノリ良さそうだからいけると思ったんだけどな。

「そこまで許すとは言っていない」
「せっかくだから、恋人同士気分を味わいたかったんだ。腕を組みたすぎて死ぬ」
「こんな馬鹿なことで死ぬか」

 そう言いつつ、腕を組んでくれた。チョロかった。
 なんだコイツ大丈夫か。黒幕ではなく幹部とかじゃねーのか。あれか、それとも実は追加戦士とかいうパターンか。

「そういえば、名前は? 俺は……知ってるかもしれないが、赤城英雄だ」
「赤城。あのアホが作った戦隊チームのレッドだったな。私はシャッテ……。いや、エーだ」

 Aか……。途端に雑魚っぽくなったな。
 シャッテは呼びにくそうだし、略しづらいから2文字で済むのは助かるが。

 そして俺は、向かった喫茶店で、コイツからとんでもない話を聞くことになる。




 それが真実ならば、酷いネタバレだ。最終回かよ。レッドが知っていい事実じゃねーだろ。
 色んな感情が頭をよぎる。エーの言葉を鵜呑みにしていいかもわからない。裏切らせるための嘘かもしれない。
 口先八丁騙すつもりが、俺のほうが騙されてる?

「信じられないか?」
「いや……」

 元々シロは、すべてを話していなかった。信憑性もある。
 それに……エーのしてることは正義ではないが、その権利はあると思った。

「お前はどちらを取る? 私か、シロか」
「それは……」

 シロにも仲間にも情がある。敵対はできない。それにモモは間違いなくシロにつく。
 でもエーを捨ててくことも、俺にはできない。これじゃあコウモリだ。

「……私のためなら死ねるのではなかったのか?」

 エーはそう言って、どこか寂しそうに笑った。
 ちょろいなコイツと思っていたが、きっと、俺の言葉が嬉しかったんだ。そして、それが口だけであることも、バレていた。だからこんな寂しそうに笑うんだ。そう思ったら、たまらなかった。

「すべてを滅ぼしたい、そう思っていたよ、最初は。でも地球はいいところだな。私はもう少し、ここにいたい。そのためにシロを……。彼だけを、殺したい」
「本当に、殺せばどうにかなることなのか」
「どうにかしてみせるさ」

 俺はこれを、仲間にすべてぶちまけてもいいのか。
 洗脳されてきたと思われるのがオチかもしれない。

 シロもコイツも、洗脳なんてお手のものなんだろ。実際に今、すでにされてるのかも。

「でも、それなら。事件は起こす必要がなかっただろ。サンタに街を襲わせる必要とかさ」
「あれは別に私の趣味ではなく、ヤツが作った装置を使ったまでだ。私のほうが唖然としたぞ」

 食の好みは同じなのか、エーは甘ったるいパンケーキを頼んでいた。凛々しい顔つきには似合わない感じだが、そのギャップは悪くない。

「それに……お前たちがシロを守るなら、殺すことに躊躇いはない」

 甘いメープルシロップがついたフォークの先を、俺の喉元に向けながら物騒なことを言うのも、なんとなく可愛らしく見えてしまう。

 会って1時間にも満たないほど。ほだされるには短い。
 だが、どうしても気にかかる。単純に、顔がタイプだからだというのもある。

「私のためにお前がシロを殺してくれるのが一番手っ取り早いが……」
「殺すとかは、そう、簡単にはだな……。地球では禁忌とされてるんだよ。人の命を奪うことは」
「まあ、だろうな。なんせ私をこの場で殺せば地球が救われるというのに、仕掛けてこようとしない」

 人がたくさんいるところでは無理だという言い訳もあるが、それでも滅亡と秤にかけたら些細なことだろう。エーが言っているのは、そういうことだ。

 正義の味方が殺せるのは、せいぜい人ではないモノくらい。サンタは幻影だとわかっていたからなんとかなった。モモのがまだ思い切りがいい。子ども特有の残酷さもある。大人になるほど、臆病になっていくもんだ。

「直接手をくださなくてもいい。そちらの動向を私に伝えてくれ」
「俺を信じていいのかよ。嘘つくかもしんねーだろ」

 でも動向だけなら……。俺が直接、殺すわけでもないしな……。
 孤独に戦っているコイツに、誰か一人くらい味方をしてやってもいいのでは。

「お前に裏切られて死ぬのなら、それはその時だと思うことにする。だから……。私のほうにつけ。シロを裏切れ。赤城」
「シロだけじゃなく、仲間も裏切ることになる」
「そうだな。だが、レッドが黒幕の手先だというのも、物語としては面白いと思わんか? シロも喜ぶかもしれん。癪だがな」

 それは面白いんじゃなく、破綻してるっていうんだ、エー。
 けど……。うちにはシロがいる。物語でいうなら、彼が主人公だ。このくだらないヒーローごっこの幕を上げたのは、他でもないシロなのだから。
 俺はレッドだけど、脇役。そんな立場としてであれば。

「……見返りは? 今まで組んでいた相手を裏切るんだ、それ相応の報酬があってしかるべきだろ」
「正義の味方が報酬を強請るとはな。地球の平和が報酬ではいかんのか?」
「それは結果としてそうなるだけだし、アンタはその……。また、シロをおびき寄せるために、騒ぎを起こすんだろ?」
「さすがに本拠地へ乗り込むほど馬鹿ではないからな」
「バレるといけないから、俺も戦うだろ。疲れるだろ。精神的にもしんどいんだぞ、スパイってヤツは。だから、そう……。セックスさせてくれんなら、考えてやる」

 近く、誰かにも言った台詞。コイツはなんて返すだろうか。
 趣味が悪いとは思ったが、純粋に興味があった。

「……今からか?」

 そうしたいところだが、これから上映会がある。
 俺の普段の素行的にナンパが成功してサボりだと思ってくれるだろうが、こうなった以上、疑われる要素は少しでも潰しておきたい。

「いや。今日は用事がある。ってか、それはオーケーだと思っていいんだな?」
「ああ。だが……。お前は本当に、正義の味方とは思えない下衆な提案をするな」
「アンタの話に乗った時点で今更だろ」
「それもそうだ」

 何を考えて、こんなにアッサリ俺の条件を飲んだのか。
 焦る様子も焦らす様子もまったくなかった。俺のほうが逆に少し動揺したぞ。ほんの少しな。

「なら下衆だと言われないよう、デートから始める。そういう余分なことは嫌か?」
「悪くない」

 とんでもない約束をしちまったと思う。
 本当に……裏切っていいのか、俺は。どこまでも下衆に、身体だけいただいちまうのもアリなんだぞ。

 そもそも、エーの言葉がどこまで本当なのかもわからない。
 シロを殺したら次は俺たちの番かもしれない。

「ABCのAじゃなかったな……」
「なんだ?」
「なんでもない」

 葛藤はある。ただ、もう少し、こいつを笑わせてやりてーなって。
 動機なんてきっとそんなもんで充分だ。
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