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イエロー
オオカミ
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秘密基地とやらに帰りながら、色々話を聞いた。それがすべて本当のことだとしたら、ついに僕が願ってやまなかったオカルトな世界に足を踏み入れることができる。戦隊ヒーローも子ども騙しと思わず、卒業せず見続けていればよかった。
途中でシロさんがスーパーへ寄って、大量にバナナを買い込んでいた。食わせる気満々だ。あとでコッソリ袋を見ると、レトルトカレーも買い込まれていた。これも食わせる気だ……。
そして秘密基地はラブホテル。これは確かに、すぐには連れてこられない。元よりAVかなんかかもって疑ってかかってたし、いきなりだったら絶対に逃げてた。
従業員とかは洗脳されてて、普通のホテルとして使えるという話に大興奮だ。
赤城さんは仲間のオーラが見えるとか、桃くんはチャームや浄化ができるとか、ブルーである青山さんはシールドと応援が使えるとか……。応援はちょっとしょぼいなって思ったけど、スピリチュアル的なものであるならたまらない。この身に受けてみたい。
「はい、イエロー。これがヒーロースーツですよ」
「こ、これが……!」
身体にあわせただけで装着されるなんて、そんなのもう魔法だ。震える手でそれを受け取って、ドキドキしながらの初、変身!
「……変わらないんですけど」
「変ですね。レッド、この子、本当にイエローであってますか?」
「黄色いオーラは見えてるのは間違いないぞ」
「単に好みだからナンパしてきたんじゃないの?」
桃くんが光って、あっという間に変身した。
「こうなるはずなんだけど」
「す、凄い! なんで僕は……なれないんだろう」
「これは……イエローの心が足りてないのかもな」
「……赤城サン、何、イエローの心って」
「あるんだよ、そういうのが」
そんなことを言われても具体的にどうしていいかわからない。
イエローの心とは……。
「バナナをくわえてみればいいんじゃねーか?」
「いえ、カレーを食べてみるべきですね」
そういう……。いや、でも変身できなかったのは事実だ。桃くんはきちんとできてるんだから、嘘ではないはず。
「俺はほら、レッド的な熱さとか、ピンクは……ピンク的な可愛らしさとか? があるからな……。ブルーはまあ、凄いブルーそうな顔をしてる」
「それでいいなら僕だって、髪が黄色い!」
「いや、ブロンドでしょ、それ。黄色なんて言ったら可哀想だよ」
桃くん優しい……。でもカレーを食べるくらいなら、自分の髪は黄色なのだと言い張りたかった。
「それと、ボクの可愛らしさだけ疑問系なの失礼すぎじゃない?」
「あー、ハイハイ。カワイイカワイイ」
「ムカツク!」
仲いいなあ。赤城さんも棒ながら、桃くんを可愛いと思ってるのがわかる感じ。
ブルーそうな顔をしてるブルーというのも気になるけど、今僕が何より気になるのは、シロさんが電子レンジでレトルトカレーを温め始めたことかな。……ラブホテルって電子レンジあるんだ。
「とりあえずバナナを食べてみろ! さあ!」
「バナナなら好きだから、いいですけど……」
渡されたバナナの皮を剝いて口に頬張る。甘くて美味しい。
でも、本当にこんなことで変身できるようになる? 僕、すっごいマヌケなことしてないか?
赤城さんもニヤニヤしながら僕を見てるし、騙されてるようにしか思えない。
「やはりカレーでないとダメなようですね」
「さっきはバナナでもありな気がしてきたって……」
「変身できないのですから、話は別です」
それを言われると確かに弱い。僕はなんとしてでも、仲間になりたい。
辛いのを少し我慢するくらい、どうってことない。どうってこと……。
レンジがチンと無情な音を立てた。
と同時、部屋に男の人が入ってきた。スラリとして、背も高くって、かなり綺麗な顔をしてる。確かにこれは、顔で選ばれた感じがする。ただスーツを着ていて、普通のサラリーマンというか……このメンツの中だと常識人に見えた。そして特にブルーそうな顔をしてるわけでもない。
「ただいま……。あれ、新しい人?」
「黄原サン危ない!」
何故か桃くんが僕を庇った。まさかブルーではなく、敵……!?
「モモくん、安心してくれ。そんなに心配しなくても、オレのアイドルは君だけだから!」
「そこを心配してるわけじゃないけど! でも、それならよかっ……、よくはないか」
敵ではなかったし、あまり常識人というわけでもなさそうだ。というか、桃くんアイドルだったのか。どうりでカワイイ顔をしてると思った。テレビで見たことはないけど、今はネットアイドルとかもあるしな。
「そもそもアイドルっていうのは、顔だけじゃない。その人の持つ輝きというか煌めきが」
「いいから黙れ」
「ハイ……」
とりあえず、2人の力関係は一目でわかった。そうか、この人は残念イケメンというやつか。確かに今は、ブルーそうな顔もしてる。
「黄原サン、これがブルー……。青山サン」
「初めまして。黄原蜜人です」
「ああ……。よろしく」
歳はかなり離れてる気がする。さっきまで桃くんにしていたデレデレの表情は、僕に対してはカケラも見せない。
「それにしても、カレーの匂いが凄いな」
「あっ。これはイエローに食べてもらおうと思って」
「バナナだろ、バナナ」
「……どんな状況?」
青山さんが僕を見たので、胸に抱いていたヒーロースーツを差し出す。
「これ、身体にあてても変身できなくて。イエローとしての力が足りてないんじゃないかって」
「赤城は君がイエローだと?」
「はい」
「それは間違いないぜ」
「ふむ……」
綺麗な眉を寄せて、青山さんがイエロースーツにさわった。
「見た時から違和感があったが、これ……オレたちが着ているものと微妙に布が違うし、デザインにズレがある」
「さすがドルオタ、衣装にはウルサイよね……」
「シロ、アンタ……」
赤城さんがシロさんを呆れた目で見る。
「う、うう、スミマセンー! これが本物です!」
ええー……。じゃあ僕は喜々として偽物で変身しようと頑張っていたのか。恥ずかしい。というか、なんで偽物を用意してるんだよ。試作品とかか?
新しい衣装を貰って身体にあててみると、まるで魔法みたいに服が変わった。シロさんは科学の力だと言っていたけど、僕の目にはやっぱり魔法のようにしか見えなかった。
現実にこんなことが起こるなんて、信じられない……。
「でも綺麗な顔が隠れちゃうのは、もったいない気もするね」
「そこはまあ、ヒーローの宿命ってやつだな。ってか顔、バレたくねーだろ?」
3人とも深く頷いた。僕も頷く。違う意味でも、僕にとっては容姿なんて隠れていたほうが都合がいい。かといって普段からこんな格好はできないけど、絶対に。
「あ……。そういえば、眼鏡! ないけど、見える……。でも眼鏡は!?」
「ああ、それは変身を解除すれば自然に戻ります」
「そっか、良かった」
なくてもそこまで困らないけど、高かったし、レンズ越しの景色は世界が違って見えるような気がするから。
それから色々な説明を聞いて、一人暮らしならここに住めばいいと言われて……。今日から、ラブホテルで暮らすことになった。情報量が多すぎて環境の変化もあって、頭がついていかない。シロさんやまだ子どもな桃くんはともかく、大人2人はよく馴染んでいられると思う。
ちなみに……すっかり冷めたレトルトカレーは赤城さんが美味しくいただきました。
部屋を一室与えられ、僕は部屋のベッドでひとり溜息をついていた。
欲しいものはルームサービスで頼める、トイレもお風呂もテレビもある。正直僕が住んでいた部屋より、よっぽど立派だ。
でも。でもだよ。ここで暮らすって、どうかと思うんだよ。
言ってしまえば誰かがソウイウコトのために使った部屋なワケで。カラオケついてるーとか言ってのんびり歌う気にはとてもなれない。
健全な男ならむしろ興奮するべきところかもしれないけれど、僕のソコは残念ながらもう一年くらい沈黙を保っている。
原因なら数えきれないくらいある。
僕が気にし過ぎなのかな。他の人は気にならないんだろうか。
……赤城さんや青山さんは、まあ、慣れてる……のかもしれない。桃くんはまだ幼いから意識してないのかも。中1って言ってたけど、それより小さく見えるし。
家賃がタダっていうのは、魅力的なんだけどな。
「セックス……するための部屋で、暮らすのか」
幸いシーツはシミひとつなく、洗いたてのような匂いがする。仰向けに寝転がった視界から見えるのは小型のシャンデリア。電気を消してみると壁がキラキラ光った。下品でない程度の蛍光塗料で星が表現されている。
青山さんも、赤城さんも、桃くんも気の良さそうな人たちだった。シロさんは……とりあえず僕にカレーを食べさせようとするのをやめてほしい。それ以外では、僕に非現実的な体験をさせてくれる素晴らしい相手。しかも宇宙人だ。もっとお近づきになりたい。色々なことを訊きたい。カレーでバリアを張られているような気さえしてくる。
「みーくん、いる?」
声と同時にノックの音。
な、なんだ。みーくんて。この声は青山さんか。
「はい。鍵は開いてます」
電気をつけながら答えると、入ってきた青山さんがぱちぱちと瞬きした。
「もしかして寝てたか?」
「いえ。なんとなく落ち着かなくて、暗くしてみたり……ハハ」
それにしても……。やっぱり綺麗な顔してるなあ。
丸テーブル前の椅子に緩慢な動作で座ったので、僕もそこへ移動した。
「鍵はきちんと閉めておいたほうがいい」
「え? でも普通の客は入ってこないんですよね?」
「狼がいるからな……」
「狼が……!? それはさっきもらったパワードスーツを着れば僕でも倒せますか!?」
戦闘は怖い。でも試してみたくはある。僕に宿った新しい力を……。それが何かはわからないけど。
「いや、その、そういうアレではないから、そんなに目を輝かされても……」
「違う? 敵のことじゃないんですか?」
「赤城のことだ、赤城の」
「赤城さんの……?」
「君はおそらく、ヤツの射程圏内だ。気をつけろ」
僕は男だけど、同性に言い寄られるのも慣れている。赤城さんの行動にも思い当たる節はある。ただ、それを含めても彼はリーダーとして親切だと思ったし、とても無理強いしてくるようなタイプには見えなかった。
「わかりました。気をつけます」
もしかして……。青山さん自身、何か、されたのかな。なんだか生々しい。さっきまで話していた相手同でっていうのが。ここがラブホテルだから余計に変な感じになる。
「あ! お、オレはまだ、な、何も、さ、されてないぞ!」
なんだこの人ちょっと可愛いな。赤城さんがちょっかいをかける気持ちもわかる気がする。
「で、では失礼する。おやすみ、みーくん」
「待ってください! そのみーくんっていうの、やめてほしいんですけど……」
「ああ、そうか。すまない。アイドルっぽい外見だからつい。その年齢で呼ばれるのは恥ずかしいよな。では改めて、おやすみ黄原」
そう言って青山さんはホテルマンのように一礼し、部屋から出て行った。
別に……下の名前で呼んでくれても良かったんだけどな。みーくんはともかく。
気が昂ぶって上手く眠れなさそうだけど、今日のところはもう寝ておくか。いつ戦闘が起こるかわからない。睡眠は大事だ。いざって時に体調が悪くては様にならない。
ああ……。ついに僕の眠れる力が目覚める時が……。
再度電気を消そうとすると、またノックの音が響いた。
……あ。鍵、かけ忘れてる。
「開いてます」
「不用心だな」
今度入ってきたのは狼……もとい、赤城さんだった。青山さんに忠告をされたせいで妙に緊張してしまう。
「どうしたんですか?」
「さっきアオがここに来ただろ。何か聞いたか?」
「いえ、何も……」
何を考えているのか、その表情からは読めない。青山さんのことが好きで牽制をしにきた。もしくは本当に狼になりにきた可能性もある。でも、仲間になったばかりの僕と親交を深めにきたというのが、一番有り得る話。
「ひとつ、お前に訊いておきたいことがあって……」
「答えられることなら」
「童貞か?」
「……………………は?」
あまりにも唐突な質問に、たっぷりと間をあけてしまった。
もし青山さんから何も言われてなければコミュニケーションの範囲と考えていたかもしれないけど、今はどうしても警戒する。
「僕、その手の話、あまり好きではないんですけど」
「そうか。童貞ならここに寝泊まりするのはちょっと刺激が強すぎるんじゃないかと思ってな」
「どっちかっていうと、生理的に嫌だなって感覚ですかね」
あんなに堂々とした下ネタから、僕を心配してるような素振りに。口が上手いのか、本心からか。
「僕より青山さんのほうが、そういうの気にしそうですけど」
「アイツは繊細に見えて妙なとこ鈍いからなあ。家賃タダでラッキーって思ってるくらいじゃねーか? 今は無職らしいし」
「えっ!? た、大変ですね」
それはヒーローしてる場合でもないのでは。いや逆か。
仕事が見付かっても地球が滅びたら終わりだもんな。
「さて。それじゃ本題だ。俺は正直、少しシロのことを疑っている。頭の隅にそれだけ留めておいてほしい」
「疑ってるって、シロさんが黒幕かもしれないってことですか?」
「まあ、あからさまに怪しすぎるからな、アイツ」
僕の目には純粋にヒーローごっこを楽しんでるようにしか見えなかったのに。むしろ赤城さんのが黒幕っぽく見える。
「お前、今ちょっと失礼なこと考えたな?」
「なんでわかったんですか!?」
「顔に出すぎだ」
額をコッと柔らかく小突かれた。
「とりあえず、戦うことに乗り気そうなヤツは大歓迎だ。期待してるぞ」
「はい!」
よかった。やっぱり青山さんの考えすぎだ。赤城さんはいい人だ。まだ仲間になったばかりの僕を心配してきてくれたんだ。
ヴァーチャルリアリティのような体験、早く僕もしてみたい。幻覚の中、僕らだけが時を刻む。なんともカッコイイ設定じゃないか。
「ふふっ。いいな。そういう、新しいオモチャを見つけた時のような顔」
おでこに、キスをされた。
「おやすみ、キイ」
「え!? あっ……」
「あ。悪い。去年まで海外で暮らしてたから癖が出た。まあ、気にするなよ」
……なんか。誰をどう信じていいのか、わからなくなってきた。
僕のオアシスは桃くんだけかもしれない。
途中でシロさんがスーパーへ寄って、大量にバナナを買い込んでいた。食わせる気満々だ。あとでコッソリ袋を見ると、レトルトカレーも買い込まれていた。これも食わせる気だ……。
そして秘密基地はラブホテル。これは確かに、すぐには連れてこられない。元よりAVかなんかかもって疑ってかかってたし、いきなりだったら絶対に逃げてた。
従業員とかは洗脳されてて、普通のホテルとして使えるという話に大興奮だ。
赤城さんは仲間のオーラが見えるとか、桃くんはチャームや浄化ができるとか、ブルーである青山さんはシールドと応援が使えるとか……。応援はちょっとしょぼいなって思ったけど、スピリチュアル的なものであるならたまらない。この身に受けてみたい。
「はい、イエロー。これがヒーロースーツですよ」
「こ、これが……!」
身体にあわせただけで装着されるなんて、そんなのもう魔法だ。震える手でそれを受け取って、ドキドキしながらの初、変身!
「……変わらないんですけど」
「変ですね。レッド、この子、本当にイエローであってますか?」
「黄色いオーラは見えてるのは間違いないぞ」
「単に好みだからナンパしてきたんじゃないの?」
桃くんが光って、あっという間に変身した。
「こうなるはずなんだけど」
「す、凄い! なんで僕は……なれないんだろう」
「これは……イエローの心が足りてないのかもな」
「……赤城サン、何、イエローの心って」
「あるんだよ、そういうのが」
そんなことを言われても具体的にどうしていいかわからない。
イエローの心とは……。
「バナナをくわえてみればいいんじゃねーか?」
「いえ、カレーを食べてみるべきですね」
そういう……。いや、でも変身できなかったのは事実だ。桃くんはきちんとできてるんだから、嘘ではないはず。
「俺はほら、レッド的な熱さとか、ピンクは……ピンク的な可愛らしさとか? があるからな……。ブルーはまあ、凄いブルーそうな顔をしてる」
「それでいいなら僕だって、髪が黄色い!」
「いや、ブロンドでしょ、それ。黄色なんて言ったら可哀想だよ」
桃くん優しい……。でもカレーを食べるくらいなら、自分の髪は黄色なのだと言い張りたかった。
「それと、ボクの可愛らしさだけ疑問系なの失礼すぎじゃない?」
「あー、ハイハイ。カワイイカワイイ」
「ムカツク!」
仲いいなあ。赤城さんも棒ながら、桃くんを可愛いと思ってるのがわかる感じ。
ブルーそうな顔をしてるブルーというのも気になるけど、今僕が何より気になるのは、シロさんが電子レンジでレトルトカレーを温め始めたことかな。……ラブホテルって電子レンジあるんだ。
「とりあえずバナナを食べてみろ! さあ!」
「バナナなら好きだから、いいですけど……」
渡されたバナナの皮を剝いて口に頬張る。甘くて美味しい。
でも、本当にこんなことで変身できるようになる? 僕、すっごいマヌケなことしてないか?
赤城さんもニヤニヤしながら僕を見てるし、騙されてるようにしか思えない。
「やはりカレーでないとダメなようですね」
「さっきはバナナでもありな気がしてきたって……」
「変身できないのですから、話は別です」
それを言われると確かに弱い。僕はなんとしてでも、仲間になりたい。
辛いのを少し我慢するくらい、どうってことない。どうってこと……。
レンジがチンと無情な音を立てた。
と同時、部屋に男の人が入ってきた。スラリとして、背も高くって、かなり綺麗な顔をしてる。確かにこれは、顔で選ばれた感じがする。ただスーツを着ていて、普通のサラリーマンというか……このメンツの中だと常識人に見えた。そして特にブルーそうな顔をしてるわけでもない。
「ただいま……。あれ、新しい人?」
「黄原サン危ない!」
何故か桃くんが僕を庇った。まさかブルーではなく、敵……!?
「モモくん、安心してくれ。そんなに心配しなくても、オレのアイドルは君だけだから!」
「そこを心配してるわけじゃないけど! でも、それならよかっ……、よくはないか」
敵ではなかったし、あまり常識人というわけでもなさそうだ。というか、桃くんアイドルだったのか。どうりでカワイイ顔をしてると思った。テレビで見たことはないけど、今はネットアイドルとかもあるしな。
「そもそもアイドルっていうのは、顔だけじゃない。その人の持つ輝きというか煌めきが」
「いいから黙れ」
「ハイ……」
とりあえず、2人の力関係は一目でわかった。そうか、この人は残念イケメンというやつか。確かに今は、ブルーそうな顔もしてる。
「黄原サン、これがブルー……。青山サン」
「初めまして。黄原蜜人です」
「ああ……。よろしく」
歳はかなり離れてる気がする。さっきまで桃くんにしていたデレデレの表情は、僕に対してはカケラも見せない。
「それにしても、カレーの匂いが凄いな」
「あっ。これはイエローに食べてもらおうと思って」
「バナナだろ、バナナ」
「……どんな状況?」
青山さんが僕を見たので、胸に抱いていたヒーロースーツを差し出す。
「これ、身体にあてても変身できなくて。イエローとしての力が足りてないんじゃないかって」
「赤城は君がイエローだと?」
「はい」
「それは間違いないぜ」
「ふむ……」
綺麗な眉を寄せて、青山さんがイエロースーツにさわった。
「見た時から違和感があったが、これ……オレたちが着ているものと微妙に布が違うし、デザインにズレがある」
「さすがドルオタ、衣装にはウルサイよね……」
「シロ、アンタ……」
赤城さんがシロさんを呆れた目で見る。
「う、うう、スミマセンー! これが本物です!」
ええー……。じゃあ僕は喜々として偽物で変身しようと頑張っていたのか。恥ずかしい。というか、なんで偽物を用意してるんだよ。試作品とかか?
新しい衣装を貰って身体にあててみると、まるで魔法みたいに服が変わった。シロさんは科学の力だと言っていたけど、僕の目にはやっぱり魔法のようにしか見えなかった。
現実にこんなことが起こるなんて、信じられない……。
「でも綺麗な顔が隠れちゃうのは、もったいない気もするね」
「そこはまあ、ヒーローの宿命ってやつだな。ってか顔、バレたくねーだろ?」
3人とも深く頷いた。僕も頷く。違う意味でも、僕にとっては容姿なんて隠れていたほうが都合がいい。かといって普段からこんな格好はできないけど、絶対に。
「あ……。そういえば、眼鏡! ないけど、見える……。でも眼鏡は!?」
「ああ、それは変身を解除すれば自然に戻ります」
「そっか、良かった」
なくてもそこまで困らないけど、高かったし、レンズ越しの景色は世界が違って見えるような気がするから。
それから色々な説明を聞いて、一人暮らしならここに住めばいいと言われて……。今日から、ラブホテルで暮らすことになった。情報量が多すぎて環境の変化もあって、頭がついていかない。シロさんやまだ子どもな桃くんはともかく、大人2人はよく馴染んでいられると思う。
ちなみに……すっかり冷めたレトルトカレーは赤城さんが美味しくいただきました。
部屋を一室与えられ、僕は部屋のベッドでひとり溜息をついていた。
欲しいものはルームサービスで頼める、トイレもお風呂もテレビもある。正直僕が住んでいた部屋より、よっぽど立派だ。
でも。でもだよ。ここで暮らすって、どうかと思うんだよ。
言ってしまえば誰かがソウイウコトのために使った部屋なワケで。カラオケついてるーとか言ってのんびり歌う気にはとてもなれない。
健全な男ならむしろ興奮するべきところかもしれないけれど、僕のソコは残念ながらもう一年くらい沈黙を保っている。
原因なら数えきれないくらいある。
僕が気にし過ぎなのかな。他の人は気にならないんだろうか。
……赤城さんや青山さんは、まあ、慣れてる……のかもしれない。桃くんはまだ幼いから意識してないのかも。中1って言ってたけど、それより小さく見えるし。
家賃がタダっていうのは、魅力的なんだけどな。
「セックス……するための部屋で、暮らすのか」
幸いシーツはシミひとつなく、洗いたてのような匂いがする。仰向けに寝転がった視界から見えるのは小型のシャンデリア。電気を消してみると壁がキラキラ光った。下品でない程度の蛍光塗料で星が表現されている。
青山さんも、赤城さんも、桃くんも気の良さそうな人たちだった。シロさんは……とりあえず僕にカレーを食べさせようとするのをやめてほしい。それ以外では、僕に非現実的な体験をさせてくれる素晴らしい相手。しかも宇宙人だ。もっとお近づきになりたい。色々なことを訊きたい。カレーでバリアを張られているような気さえしてくる。
「みーくん、いる?」
声と同時にノックの音。
な、なんだ。みーくんて。この声は青山さんか。
「はい。鍵は開いてます」
電気をつけながら答えると、入ってきた青山さんがぱちぱちと瞬きした。
「もしかして寝てたか?」
「いえ。なんとなく落ち着かなくて、暗くしてみたり……ハハ」
それにしても……。やっぱり綺麗な顔してるなあ。
丸テーブル前の椅子に緩慢な動作で座ったので、僕もそこへ移動した。
「鍵はきちんと閉めておいたほうがいい」
「え? でも普通の客は入ってこないんですよね?」
「狼がいるからな……」
「狼が……!? それはさっきもらったパワードスーツを着れば僕でも倒せますか!?」
戦闘は怖い。でも試してみたくはある。僕に宿った新しい力を……。それが何かはわからないけど。
「いや、その、そういうアレではないから、そんなに目を輝かされても……」
「違う? 敵のことじゃないんですか?」
「赤城のことだ、赤城の」
「赤城さんの……?」
「君はおそらく、ヤツの射程圏内だ。気をつけろ」
僕は男だけど、同性に言い寄られるのも慣れている。赤城さんの行動にも思い当たる節はある。ただ、それを含めても彼はリーダーとして親切だと思ったし、とても無理強いしてくるようなタイプには見えなかった。
「わかりました。気をつけます」
もしかして……。青山さん自身、何か、されたのかな。なんだか生々しい。さっきまで話していた相手同でっていうのが。ここがラブホテルだから余計に変な感じになる。
「あ! お、オレはまだ、な、何も、さ、されてないぞ!」
なんだこの人ちょっと可愛いな。赤城さんがちょっかいをかける気持ちもわかる気がする。
「で、では失礼する。おやすみ、みーくん」
「待ってください! そのみーくんっていうの、やめてほしいんですけど……」
「ああ、そうか。すまない。アイドルっぽい外見だからつい。その年齢で呼ばれるのは恥ずかしいよな。では改めて、おやすみ黄原」
そう言って青山さんはホテルマンのように一礼し、部屋から出て行った。
別に……下の名前で呼んでくれても良かったんだけどな。みーくんはともかく。
気が昂ぶって上手く眠れなさそうだけど、今日のところはもう寝ておくか。いつ戦闘が起こるかわからない。睡眠は大事だ。いざって時に体調が悪くては様にならない。
ああ……。ついに僕の眠れる力が目覚める時が……。
再度電気を消そうとすると、またノックの音が響いた。
……あ。鍵、かけ忘れてる。
「開いてます」
「不用心だな」
今度入ってきたのは狼……もとい、赤城さんだった。青山さんに忠告をされたせいで妙に緊張してしまう。
「どうしたんですか?」
「さっきアオがここに来ただろ。何か聞いたか?」
「いえ、何も……」
何を考えているのか、その表情からは読めない。青山さんのことが好きで牽制をしにきた。もしくは本当に狼になりにきた可能性もある。でも、仲間になったばかりの僕と親交を深めにきたというのが、一番有り得る話。
「ひとつ、お前に訊いておきたいことがあって……」
「答えられることなら」
「童貞か?」
「……………………は?」
あまりにも唐突な質問に、たっぷりと間をあけてしまった。
もし青山さんから何も言われてなければコミュニケーションの範囲と考えていたかもしれないけど、今はどうしても警戒する。
「僕、その手の話、あまり好きではないんですけど」
「そうか。童貞ならここに寝泊まりするのはちょっと刺激が強すぎるんじゃないかと思ってな」
「どっちかっていうと、生理的に嫌だなって感覚ですかね」
あんなに堂々とした下ネタから、僕を心配してるような素振りに。口が上手いのか、本心からか。
「僕より青山さんのほうが、そういうの気にしそうですけど」
「アイツは繊細に見えて妙なとこ鈍いからなあ。家賃タダでラッキーって思ってるくらいじゃねーか? 今は無職らしいし」
「えっ!? た、大変ですね」
それはヒーローしてる場合でもないのでは。いや逆か。
仕事が見付かっても地球が滅びたら終わりだもんな。
「さて。それじゃ本題だ。俺は正直、少しシロのことを疑っている。頭の隅にそれだけ留めておいてほしい」
「疑ってるって、シロさんが黒幕かもしれないってことですか?」
「まあ、あからさまに怪しすぎるからな、アイツ」
僕の目には純粋にヒーローごっこを楽しんでるようにしか見えなかったのに。むしろ赤城さんのが黒幕っぽく見える。
「お前、今ちょっと失礼なこと考えたな?」
「なんでわかったんですか!?」
「顔に出すぎだ」
額をコッと柔らかく小突かれた。
「とりあえず、戦うことに乗り気そうなヤツは大歓迎だ。期待してるぞ」
「はい!」
よかった。やっぱり青山さんの考えすぎだ。赤城さんはいい人だ。まだ仲間になったばかりの僕を心配してきてくれたんだ。
ヴァーチャルリアリティのような体験、早く僕もしてみたい。幻覚の中、僕らだけが時を刻む。なんともカッコイイ設定じゃないか。
「ふふっ。いいな。そういう、新しいオモチャを見つけた時のような顔」
おでこに、キスをされた。
「おやすみ、キイ」
「え!? あっ……」
「あ。悪い。去年まで海外で暮らしてたから癖が出た。まあ、気にするなよ」
……なんか。誰をどう信じていいのか、わからなくなってきた。
僕のオアシスは桃くんだけかもしれない。
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