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チルチルミチルは空に行く

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気が付くと、俺は宙に浮いていた。
浮遊感を感じながらも何故か体は安定していて、意識もはっきりしている。
その場ででんぐり返しをしてみても、不思議と見えないマットが敷いてあるかのように綺麗な弧を描いた。
びしっと着地を決めてポーズを決めたところで、視線の先に教室に取り付けられているスピーカーが目に入ってきた。もう少し高い位置にあったような気がする。
思わず下を見ると、クラスメイト達が机に向かっている。等間隔に並んだ机を上から見下ろすということはとても新鮮だった。教壇には担任の芝崎先生が無言で座っている。そして、今日が期末試験の一日目だったことを思い出した。
「え?テスト中?まずいじゃん。早く席につかないと―――」
その場で慌てて泳いでみると、教室内を移動できることが分かった。
「……そういえば、何で俺浮いているんだろう?」
そして、窓際の自分の席には何か置いてあるようだった。近くまで泳いでみると、黄色やピンクの花が飾られている。
ふと、隣の先の小山内さんを見やると、彼女は俯きがちで机を見つめていた。周りを見ると、皆テストをしていなかった。誰一人として視線を上げず、大声を上げず俯いて静まり返っている。
「……え?なにこれ」
教壇の芝崎先生が徐に立ち上がり、ゆっくりとこう言った。
「伊島に、黙祷しよう」
そして、俺を除いたクラスメイト達が目を閉じた。
俺はそこで自分が死んだことを知った。

記憶をたどってみると、俺は昨夜コンビニ前で石黒たちとからあげくんを食べて、そのまま自転車で帰路についたはずだった。次の日はテスト一日目で苦手な世界史と数Ⅱがあったので、急いで漕いでいたような気がする。歩行者信号が青だったので、周りを確認しないのでそのまま突っ切った。そこで右折してきた大型トラックと接触したような、気がする。
気がする、というのはそこで一切の記憶が途切れているからだ。
たくさんの血が流れて痛いとか、体中の骨が折れて苦しいとか、そういう死にかけている状況も体験していないので即死だったのかもしれない。
(俺の体、傷だらけだったのかな。母さん、泣いているだろうなぁ)
怒りっぽいけど、子供のことに関しては人一倍愛を注いでくれる人だった。俺が死んだら人目もはばからず大号泣してるだろう。だけど、弟も妹もいてくれるから大丈夫。一人ぼっちじゃないから、とりあえず安心だ。
クラスで黙祷したの後、体育館に移って全校生徒で一斉に再度黙祷を行った。あまり接点のなかったクラスの女子も何人か泣いてくれていた。ふと、石黒を見ると取り乱すことなく神妙な面持ちで前を見据えている。一年生の頃、出席番号が近くてすぐに仲良くなって二年生になってもつるむことが多かった。
少しは俺の死を悲しんでくれたりするんだろうか。
教室に戻ると、テストは行わず、解散することになった。テストは明日から行われることになったらしい。石黒もクラスの友人たちと会話をしながらいつの間にか教室を出て行った。その横顔はいつもと変わらず笑顔だったので、俺は後を追いかけることなく出入口のあたりを浮かんでいた。
俺の存在に気付かずに、クラスメイト達がすり抜けていく。
「ちょっと通れないからどいてもらえる?」
「え、あ、ごめん……」
後ろを振り返ると、顔面蒼白のまま目を大きく見開いているクラスメイトが立っていた。マズい、という表情を一瞬すると、そのまま顔を伏せて通っていこうとする。
「……深町さん、俺が視えてるの?」
名前を呼ばれると、深町さんはさらに足早に廊下を歩きだした。
「深町さーん!深町フミノさーん!視えてるよねー返事してよ」
深町さんは一階まで下りると、図書室を通過して人気のないトイレの前でピタッと止まった。勢いよく振り返ると、
「たくさん人のいるところで会話ができるわけないじゃない。頭おかしい人だと思われるでしょう?」
一気にそう口にした。
「あ、そっか。ごめんごめん。何もないところで会話していたら怪しまれるか」
「にしても、ぬかったーつい反応しちゃった」
深町さんは頭をわしゃわしゃと強くかきむしった。
「深町さんは、俺みたいな幽霊が普段から視えてるの?」
「……うん、小さい頃から嫌になるくらいにくっきりと」
「ぼんやりとじゃないんだ」
「私の祖母が東北でイタコやってて、母は霊媒師だから。女系にこういった霊媒体質が如実に出てくるの。だからどうしたって逃れられない」
「へぇーそうなんだ……」
そこで会話が途切れ、しばらく静寂があたりを包んだ。俺は所在無さげに浮かびながらもじもじと体を揺らしていたが、深町さんは我関せずとばかりにあさっての方向を見つめている。
「俺、死んだ感覚なくてさ……気づいたら教室に浮いてたんだよね。死んだらすぐにあの世に行く訳じゃないんだなぁって」
「この世に未練みたいなものがあるから、特にこの学校でやり忘れたこととかあるから成仏出来ないんじゃない?」
そう言いながら深町さんはちらりと俺を見上げた。早く話を切り上げて帰りたいというところだろう。俺は顎に手を当てて考えた。考えて、思い当たる節は一つしかなかった。
「多分、ていうか絶対、これしかないと思う。俺、想い人にちゃんと想いを告げていないんだ!」
深町さんは片眉をあからさまにひそめて、大きくため息をついた。
「まだ、誰かいるの?これで何人目?」
「そんな言い方ないだろう。俺はいつだって全力投球だし、本気だよ」
「死んでもなお、〈散る散るミチル〉の異名を貫き通すの?」
そう、俺は一年の頃からたくさんの女子に告白をしては玉砕をしてきた。惚れては振られる俺を面白がって石黒が名付けたあだ名が〈散る散るミチル〉というわけだ。因みにミチルは俺の下の名前だ。女みたいであまり気に入っていないけれど。
「……石黒くんも、応援しているんだか貶しているんだか分からない異名をつけて楽しんでるけど」
「石黒は、応援してくれていたよ。毎回、俺が好きになった子はどんな子か、彼氏はいないか、どんなものが好きかとか、ちゃんとリサーチしてくれるんだ」
「……そういうのは、自分で調べるものじゃないの?石黒くんのリサーチだって、整合性があるのか分からないまま告白しているんでしょう?」
あまりにも石黒を批判するような意見に、俺はむっとした。
「石黒はいい奴なんだよ。悪く言わないでくれ」
「はいはい」
何で俺が視えているのがよりにもよって深町さんなんだ。クラスでも友達がいないのか一人でいることが多かったし、俺が石黒たちと騒いでいると馬鹿にしたような目つきをよく向けていたことを思い出した。
だけど、他に視えている人がいない以上、しょうがない。
「それで、伊島くんが好きな人って?」
「……二組の里見レナさん」
俺がぼそっと呟くと、深町さんはすぐに首を振った。
「ちょっと!何ですぐに『無いわー』みたいな反応するの?!」
「だって、どう考えたって無理でしょう。不釣り合いだし」
「深町さんに判断されたくない」
「じゃあ一人で里見さんに想いを告げたらどう?」
「それが無理だから深町さんに協力をして欲しいってお願いしているんじゃん」
俺は深町さんの周りをぐるぐると旋回し始めた。
「……普通に考えて、どうやって想いを伝えるの?死んじゃった伊島くんが里見さんが好きだって言っています、とでも言うの?私だって変人扱いされるじゃない」
「手紙は、書いてあるんだ。俺の机の引き出しに入ってる。どうせ、付き合えないのは分かっているからさ、成仏する前に俺が好きだったってことだけでも知ってほしい」
「里見さんが、受け取らなかったら?」
「それはそれで、仕方ないよ」
深町さんはしばらく無言でいると、「分かった」と一言だけ呟いた。
「伊島くんがいつまでも現世にいられると、私の生活に支障が出てきそうだから協力する。ただし、どんな結果になってもきちんと成仏してよ!」
「えーそんなの俺が決められることなの?」
「気合でちゃんと成仏して!」
深町さんの必死の形相に、俺は思わず吹き出してしまった。
「わかったわかった。とりあえず、よろしくお願いします」
俺を見上げる深町さんに安堵の表情が浮かんだ。

深町さんを見送ると、俺はそのまま学校内を浮遊し始めた。
どうやら校舎の外には出られないらしい。
せっかく期間限定の幽霊になれたのだからショッピングモールをうろうろしたり、先生たちの私生活をこっそり覗いてみたりしたかったのだけど、そこは貞節を守る生き方をしなさい?ということなのだろうか。
早々と学校内の生徒たちが帰ってしまったので、先生たちが残る職員室に移動してみることにした。
一生徒が急に死んでしまったことで、おしゃべりに興じることはなく、皆一様に粛々とデスクに向かって仕事をしているようだった。俺はあぐらをかいてぐるぐると回転してみた。幽霊というのはなってみて初めて分かることだが、お腹も空かないし眠くもならない。尿意を感じることもないので、快適といえば快適なのかもしれない。
担任の芝崎先生に隣のクラスの山内先生が何か話しかけていた。恐縮するように一礼すると、そのまま机に向かい合ってふうっと一息ついた。
芝崎先生は生徒一人一人をきちんと見てくれている印象がある先生だった。俺が石黒たちとふざけあっている時はあまり介入してくることはなかったが、〈散る散るミチル〉の異名で盛り上がっている時は、後々に「大丈夫か?」と声を掛けてくれた。
あれは、本心でふざけあっているのかどうか心配してくれたのだろう。
生前の自分の在り方は正しかったのか、色々と悩んでしまいそうだったので考えないように首を振った。
教室に戻ると、そのまま自分の席についた。そして、誰もいない教室を見回した。もうこの教室に自分がいない存在になるとは思いもしなかった。机に触れても木のぬくもりも一切感じられない。俺はそのまま顔を突っ伏してひたすら時間が過ぎるのを待っていた。

次の日、深町さんは窓のあたりに浮かんでいる俺を見つけるとあからさまに眉をひそめた。俺はひらひらと手を振った。
一日目のテストが終わると、深町さんはゆっくりと帰る支度をしていた。クラスの皆が出払う機会を窺っているんだろう。
「……もう、大丈夫そうね。伊島くん、机の引き出しを開けてもいい?」
俺はこくりと頷いた。引き出しを自分では開けられなかったので、深町さんの助けが必要だった。深町さんは俺の机の前まで来ると、ゆっくりと引き出しを開けた。
「……手紙なんて、見当たらないけど?」
「―――え!?」
「テストが始まる前に、大体の教科書やノートは持ち帰るはずだから手紙があるとしたらすぐにわかると思うんだけど……教科書やノートの間に挟まってない?」
「いや、それはない。昨日、帰る前に引き出しに入っているのを確認してから帰ったはずだから」
そういえば昨日昇降口で靴に履き替えている時に、石黒が忘れ物をしたといって一人教室に戻ったのを思い出した。手紙を書いたことは石黒に伝えていたが、里見さんへの手紙を石黒が持ち出す理由も見当たらない。
「何か思い当たる節がありそうだけど?」
「う……ん、思い当たる人がいるとしたら、石黒なんだけど。だけど、俺の手紙を石黒が持って行って里見さんに渡してくれようとしてるのかも」
「……伊島くん、今までの告白も全部手紙にしたためていたの?」
「え?うん。面と向かって言うとあがっちゃってちゃんと伝えられないかもしれないから手紙にした方がいいんじゃないかって、石黒が」
「それで、相手に手紙を渡していたの?」
「そういえば、封をする前に中身を石黒に読んでもらっていた。俺、文章力ないからさ、自信がなくて。こうした方がいいって、色々と忠告してもらったり―――」
「何でもかんでも石黒くんの言うとおりにするのね。それに、石黒くんの言うとおりに書き直したって結局は玉砕したんでしょう?」
深町さんの遠慮のない言葉に、俺はぐうの音も出なかった。
「好きな人に想いを伝えるのって、誰かの許可や審査が必要なものなの?伊島くんの心の内にある言葉を素直に書き記せばいいじゃない。文章力がなくたって、伊島くんの想いは相手にきちんと伝わると思う」
深町さんはぐっと視線を上げて俺を見据えた。
「伊島くん、今度は伊島くんの言葉だけで手紙を書こう。私が代筆する」
「深町さんが……?だって、明日もテストだし、時間が取れないんじゃ……」
「大丈夫。明日のテストの教科は自信のあるものだけだし、帰ってから見直せばいける」
深町さんの力ある瞳に俺は自然と胸が熱くなっていた。
「あ、ありがとう……」
絞り出すような俺の声に、深町さんは少し困ったように笑った。

教室にずっといると怪しまれそうだったので、人気のない裏庭に続くドアの前に移動した。深町さんはピンク色のノートを取り出し、しゃがんで書く準備をした。
「うん、いいよ」
里見さんは秋の合唱祭の時にピアノの伴奏をしていた。肩にかかるセミロングが鍵盤を弾く度に揺れて、真剣に向き合うその姿に惹かれた。俺は彼女を知りたいがために、こっそりと後をつけたりと若干ストーカーまがいのことをしていた。
昔から、好きになった子のことは何でも知りたいと思ってしまう。
その執着じみた本質を見抜かれて、いつも相手には断られてしまうと思っていた。
俺は里見さんの魅力をたくさん述べた。そして、好きで好きでいつもその姿を目で追ってしまうこと。包み隠さず、言葉にした。
「よし、ちゃんと書きました。あとは家にある便せんに書くから」
「本当にありがとう」
「因みに、過去に伊島くんが告白した子って誰?教えてもらっていいかな?」
「え?聞いてどうするの?」
「……ちょっと調べてみたいことがあって」
深町さんは一瞬表情に影を落としたが、すぐに元の表情に戻した。
「伊島くん、自信を持ちなよ。ちゃんと里見さんを想う言葉が綴られていたよ。改編なんてする必要はない」
俺は深町さんと視線を合わせるように体を降下させた。
「深町さん、何でこんな幽霊になった俺の願いにそんなにきちんと向き合ってくれてるの?」
「だって、聞いてほしいって言ったのは伊島くんじゃない」
拍子抜けをしたように深町さんはため息をついた。
「でも、生前、俺たちはほとんど話したことも関わったこともなかったよね。だけど、俺が死んで幽霊になったことでこうして面と向かって話せるようになった。皮肉だよね。もっと生前から深町さんと話したかった」
深町さんは何も話さなかった。だけど、俺は深町さんを見つめ続けた。幽霊が視えるというだけで、俺の無謀な願いに親身になってくれる彼女に、感謝以外の気持ちがあふれ出ているようだった。
「たまたまよ。私は、誰とも仲良くなろうとは思っていない。仲良くなって、私のこの性質のせいで巻き込んで、傷つけることになったら嫌だから」
深町さんは小さくそう呟いた。彼女の小さい頃に何かあったのかもしれない。だけど、そこまで踏み込めるほどの関係性を俺は築けていなかった。
彼女の目に映る悲しげな色に、俺は何も訊くことは出来なかった。

次の日から深町さんは俺と目を合わすことなく、すぐに鞄を持って帰るようになってしまった。調べたいことがあると話していたのでそのためかもしれない。ただ、会話が出来る人が深町さんしかいないので、俺は所在なさげにぷかぷかと浮いていることしか出来なかった。
昇降口付近で帰る生徒たちを見下ろしていると、目の端に石黒が入り込んできた。隣で親しげに話しているのは、里見さんだった。生前、石黒は里見さんと全く話したことはないと話していたし、好みじゃないみたいなことを口にしていた。だけど、今の2人は互いに微笑み合っていて、肩に手を置いたり手を繋いだりとても親しげだった。俺が死んでから付き合い始めたのかもしれない。それにしても、間を置かなすぎていないか?とも思える。
切ないけれど、石黒の幸せなら願いたい。そうともなれば、深町さんに代筆をお願いしたのが無駄になってしまったな、と思った。胸はきりきりと痛んだが、すでに死んでしまっている人間より未来ある人間とのこれからを築いていくことが大事だと無理やり言い聞かせた。

「伊島くん、ちょっといい?」
ふよふよと廊下を浮いている時に声をかけられた。見下ろすと深町さんが少し切なそうにこちらを見上げている。
「里見さんのことだよね?知ってるよ、石黒と付き合ってるんだろ?」
「知ってるならあらためて言うけど、石黒くんは伊島くんの想いを知る前から彼女と付き合ってるわよ」
すうっと、体の温度が一気に下がっていく感覚が走った。
「里見さんだけじゃない。島本さん、守川さん、坂下さん、伊島くんがいいなぁと思った子たちに全員石黒くんは交際を申し込んでる。付き合ったとしても短期間ですぐに交際を解消してる。伊島くんが意中の人と交際できないように先回りして妨害していたの」
「何で、そんなこと……石黒は、応援してくれていたかと思っていたのに」
手が震えるのを感じ、俺は自身の体を抱きしめた。そして、自分の体が少しずつ透き通っていることに気がついた。
「これは憶測だけど、石黒くんが伊島くんを応援する振りをしてクラスの中で良い人として確立させたかったと思うの。だけど、それだけじゃ周りの印象も薄い。もっと自分のキャラクターを確固たるものにするためには、伊島くんのためにあれこれ手を尽くしても、確実に好きな人と結ばれない必要がある。だから告白する前に自分が相手と付き合うようにして、打ちひしがれた伊島くんを茶化したりして笑いを取って自分のキャラクターを目立たせようとしたのかもしれない」
「―――俺が、何だって?」
はっと後ろを振り向くと、いつの間にか石黒とその横に青ざめた表情の里見さんが立っていた。
深町さんを見下ろすと、彼女は驚いた表情をしておらず落ち着いていた。わざわざこの話を聞かせるために話していたとしか思えない。
「誰もいないところで俺の悪口をべらべらとまくしたてて、何なのおまえ?」
「石黒くんは伊島くんの好意を利用して最大限に傷つけて周りからの承認欲求を満たそうとしているっていう、独り言?」
「はぁ?!ふざけんな―――」
「ねぇ、トウマ、伊島くんってこの前死んじゃったっていう同級生だよね?私のことを、助けてくれた人でしょう?」
「助けてくれた……?」
深町さんの呟きに、石黒は大きく舌打ちをした。
「伊島くんは、私の元カレが家の前までついてくるようになって、無理やり体を掴まれそうになった時に彼氏の振りをしてくれてその場から連れ出してくれたの。その後も何度か一緒に帰ってくれて、元カレがいつの間にか離れてくれてとても助かった。だけど、トウマから伊島ミチルは善意で私に付き添ってくれたわけじゃないし、元カレとは繋がっていて私を怖がらせようとしていただけだって。絶対に、信用するなって」
「……よくもまぁそんなでたらめがべらべらと口から出るわね。反吐が出るわ。伊島くんの書いた里見さんへの手紙だって、石黒くんが回収したんでしょう?里見さんへの想いが露見しないように」
里見さんは口を押えながら、ゆっくりと石黒から離れていった。
「……何で、手紙のことをおまえが知っているんだよ」
「聞いたからよ。伊島くん、本人からね」
「はぁ?!そんなわけないだろ。あいつは事故で死んだんだよ!」
「伊島くん、聞こえてるよね?」
深町さんが見上げながら呟いた。俺はゆっくりと頷いた。深町さんは目を閉じて、両手を大きく広げた。
「これからは、本人たちできちんと話し合って。少しの間なら大丈夫だから、伊島くん、私の体に降りてきて」
「そんなこと、可能なの?」
「悪意ある霊だと乗っ取られそうになるけど、伊島くんなら安心して任せられる」
「―――うん、分かった」
俺はそのまま深町さんの背中めがけて飛び込んだ。目の前を青い光の粒子がばちばちと弾けたかと思うと、俺はいつの間にか怯えた顔をした石黒と対峙していた。
「……何なんだよ、伊島って。ここにいるわけないだろう!気持ち悪いこと言うなよ!」
『石黒、俺はここにいるよ』
石黒はびくっと体を震わせると、あからさまに口元を歪めた。
「深町、ふざけたことしてんじゃねぇよ。伊島の振りをしたってな、分かるんだよ」
『一年の時、二人で自転車二けつした時に河川敷で思いっきりすっころんで左膝と右肘に大きな切り傷作ったよな。あと、一年の担任の下川先生の弁当に消しゴムの消しカス詰めたり、横山の上履きに校庭の小石敷き詰めたりして陰で笑ったりしてたっけ。色々なこと、石黒とはやったよなぁ……石黒は、俺が嫌いだった?』
石黒は体の力が抜けたように呆然と俺、いや深町さんを凝視した。そして、ぽつりと呟いた。
「……伊島は、めちゃくちゃ良い奴で、手紙なんか渡さなくても十分にもててたよ。だからこそ、すべてを持ってる伊島が憎くて嫌いだった」
『俺は、石黒と仲良くできて本当に嬉しかったよ。苦しめて、本当にごめん』
石黒はそのまま床に座り込んだ。そして、嗚咽を漏らしながら突っ伏した。里見さんは遠巻きにその姿を見つめているだけだった。
俺は深町さんから飛び出すと、深町さんはその場に崩れ落ちた。
「深町さん!」
「……大丈夫よ。ちょっと消耗しただけ。にしても伊島くん、今ので良かったの?散々石黒くんに酷いことされたんだから霊障でも引き起こしてやればいいのに」
「……いや、石黒は俺のことが本当は好きだったんだなって、分かったから」
俺は手のひらを見つめると、床が透けて見えた。そろそろ時間切れなのかもしれない。
「深町さん、短い時間だったけど、本当にありがとう。そろそろ、行かなきゃならないみたいだ」
「―――そう、あの世でも元気で」
「……チルチルミチルはさ、幸せの青い鳥を探してるじゃん。俺もずっと青い鳥を探していたのかもしれないけど、結局は心の内に正直な気持ちがあったんだなって」
深町さんは不可解そうに首をかしげた。
「生きている内は、気づくことは出来なかった。だけど、死んだからこそ、深町さんの優しさや思いやりに気付くことができた。死んでからだったから、遅かったのかもしれないけど。深町さん、好きです。この想いはあっちの世界に持っていくね」
深町さんはぶわっと顔を赤らめた。その正直な反応に、俺はけらけらと笑い声を上げた。
俺はそのまま勢いよく校舎の外へ投げ出された。自分が短い間過ごした校舎が下に見える。上を見上げると白い筋のようなものが空にまで続いていた。あの世への道を示してくれているのだろう。
俺は上りながらとても満足していた。やっと、好きな人に自分の口から想いを告げることができた。
俺はくるくると回りながら煌々と光を発している大きな穴の中に飛び込んでいった。
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