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テスト勉強1
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とうとう目標は達成された。
貯めに貯めた貯金はあの沖合スバルの愛用ギターを買える金額に到達した。
そう、つまりこれ以上、アルバイト生活を続ける理由がなくなったのだ。
辞めるのなら今が一番丁度いい。
変に、辞めて良いか悩むよりも当初の目的は達成されたんだからとスパッと辞めるべきなんだ。
なのに——
「久保田、注文良い?」
「……うん」
当たり前のようにまたカフェに訪れてきた女子。久保さん。
真っすぐな瞳にウェーブ感のある茶髪の髪。そして、少し崩したセーラー服姿。
この時間が失くなると思うと辞めるに辞められない。
最近少しずつカフェで話すようになって分かった事がある。
久保さんはほとんど喋っているところや笑顔になったところを見たことがないせいでクールな雰囲気を感じてしまうけど、割と明るく話している。
いや話しているっていうか、割とお喋りだ。
ただ久保さんは表情に感情を見せない。
でもそれは全然交友のない僕との会話だからであって、久保さんも友達の前だと普通に爆笑したりするのかもしれない。
そうだったら、どんな感じなんだろ?
やっぱり口角を上げて、上品な感じに笑っているのかな。
逆にお腹抑えて声に出して大きく口を開いている感じだったり?
うーん。
「——久保田?」
久保さんは落ち着いた雰囲気でこちらを見ていた。
——あ、いけない、止まっていた。
「あ、注文」
「うん。私、いつもの小豆カフェラテ」
「小豆カフェラテ、以上で……いいですか?」
「うん」
久保さんが僕を見て言う。
何というか現実感がない感じだ。
僕が久保さんと目が合っているなんて。
接客はお客さんの目を見てやらなきゃいけないんだけど、やっぱり久保さんが相手だと難易度が高い。
どうしても直視すると罰が当たる気がして。
——はあ。
決して嫌ではないけども。
「久保田」
「……ん? な、何?」
っていうか、なんで呼び捨てなんだろう。なんか友達って感じに見えてちょっと恥ずかしい。
でもだからって今更、君呼びされたら急に距離を感じて嫌だけど。
——久保さんってほかの人も呼び捨てなのかな。
「久保田?」
久保さんは少し首を傾げてこちらを見ていた。
いけないいけない。余計なことは考えるな。
今は仕事中だ。
店員としての心構えで、久保さんの話を聞くんだ。
「久保田さ、明日のテスト大丈夫?」
「え、テスト? テスト……あ」
そう言えば、明日英語のテストがあったような。
すっかり忘れていた。
「あ、忘れてた系?」
「すっかり忘れてた」
確か一週間前から言われていた英文のやつだったっけ?
うーん。
帰って夜ご飯食べて、それから本気でやって何とかするしかない。
もう今更それしか手段ないし、焦っても遅いや。
「忘れてたのかぁ」
「うん……」
でも、できれば今日はゆっくりとしたかった。やっぱりバイトしながら勉強ってきつい。
余裕なくてギターも買いに行けないし。
お金はたまるのに時間は減るばかり。
思わず、ため息をついてしまった。
ついてから、ハッと気づいた。今は久保さんが近くにいるんだ。変なところは見せたくない。
「でも多分大丈夫だよ。久保さんは?」
久保さんの方を見た。
あれ? なんというか心なしか嬉しそう?
いや、気のせいか。どこがどう嬉しそうなのか分からないし。
「私は大丈夫。今日ここでやろうと思っていたし」
「え、ここで?」
久保さんはカバンから一冊のノートを取り出した。使い込んでいるはずなのに、僕のよりも綺麗だった。
「そうだ久保田。今日って何時にバイト終わるの?」
「今日?」
今日は七時半には終わる予定だけども。どうしてそんなことを聞くんだろう。
「どうせならここで私教えよっかなって思って」
「え」
それって、一緒に勉強しようって誘ってくれている?
久保さんの目は真っすぐと僕を見ていた。
からかっている、とかじゃないのか?
でもそんなからかう必要あるか?
僕だったらそんなことしないけど——っていうか誘うこと自体ができないか。
じゃあどういう意味?
もしかして、そのまんま?
裏なしの純粋な表の言葉だったりするのか?
「今日は……七時半には終わるけど」
「うん」
どうしよう。
いいのか。これ。
だって、僕ら学校では全然話さなくて、カフェでしか会話してないのに、そんな友達みたいなことしても許されるの?
「久保さんは……用事とかはないの?」
「用事は、もうない」
ってことは、勉強会をやれるの?
久保さんと、二人で……。
「一緒にやるって言っても、帰り遅くなるよ?」
「大丈夫」
いや、駄目だ。
緊張して勉強どころじゃなくなる。
それにもしも帰り道、久保さんに何かあったら、僕、多分お腹を切ってしまう。だから駄目だ。
嬉しいけど、一緒にやりたかったけど、断ろう。
「でも、危ないし……」
「だって近所だし」
「え」
近所⁉
近所って言った?
このカフェの近所ってことは、僕んちの近所ってことになるけど……。
「え、久保さんちってこの辺にあるの?」
「うん。だから大丈夫」
「そっか……」
え、じゃあ断る理由がないんだけど。
してもいいのか。一緒に勉強を。僕が。
いや、待て。
もう少し考えるんだ。
「えーと、どう? 勉強、しませんか?」
駄目だ、そんなことを言われて断れるわけがない。
気が付くと僕の頭はうなずいてしまっていた。
「じゃあ、それまで待ってるから終わったら来てね」
「う、うん」
神様、もしかして、僕は今日事故に遭いますか?
僕はなるべく顔に出さないように平然を装って、駆け足でその場を離れた。——しかし、注文を忘れてしまい、すぐに戻ったのだが。
七時半。
予定通り仕事は終わった。
終わってしまった。
長いようで短く、一瞬だったような気がする。ちゃんと仕事できていただろうか。
カフェの制服から学校の制服に着替え、恐る恐る店内を見回す。
やっぱりセーラー服姿の久保さんはいた。途中で帰ったりしないで待っていた。
なんというかクラスでいつも見慣れているはずの後ろ姿なのに、新鮮な気がする。
……話しかけてもいいのだろうか。
よくよく考えてみれば、僕から話しかけたことはない。いつも久保さんから話しかけてもらっていたし。
注文の時だけだけど……。
そうだ、考えてみれば注文の時以外会話したことないんだ。
どうしよう。ものすごく緊張してきた。
変な汗かいている気がする。
……匂ったりしたら嫌だな。
このまま眺めていれば余計に変な汗をかいてしまうかもしれない。その前に早く話しかけたほうがいい。
わかっているんだけど、頭の中で変なストッパーみたいなのが邪魔をして近づけない。
ふと。
——久保さんから話しかけてくれないかな。
そんなことを思ってしまった。
久保さんに見える場所でうろうろすればきっと見つけてくれるはずだし。
でも、それいいのか?
なんか、それってずるくないか。
やっぱり自分から話しかけたほうが……。
「あ、久保田」
「あ」
久保さんはこちらに気が付いたらしく、小さくひじは動かさない程度に手を振っていた。
——僕はホッとした。
だけど、なんか罪悪感っていうか。
いやーに心になんかが残ってしまった気がする。
そんな胸のつっかえを感じながらも、久保さんの席に行くと、久保さんもなんだか目線が泳いでいた。
どうしたんだろう。
「久保さん? あの、どうしたの」
「あの、実は……」
そう言って久保さんはノートを広げた。
「わあ……あ?」
ノートには授業で習ったことが綺麗にまとめられていた。僕のよりも字も上手ければ構成もなんかおしゃれだった。——特にグラフとか図が見やすい。
「……」
これって。数学、だよね?
「あの、間違えてた」
久保さんは窓の先に目線を逸らしたりしてそう言った。
「えーと、いつ気が付いたの?」
「一時間前……」
「え、じゃ、じゃあ先帰ってもよかったのに」
「……いや、そんなん出来ないよ。先に言えばよかったんだけど、なんか注文もしないのに話しかけるっていうのがなんか難しくて」
「え」
「それで時間が経って、久保田がバイト終わる時間になっちゃった」
久保さんは申し訳なさそうにちらちらと下を向いて、そう言っていた。
どうしてかそれを見ていたら、思わず笑ってしまった。
「……ふ」
「ん?」
久保さんも、か。
「久保田?」
「あ、いや、なんでもない」
「あのさ、今度テストあったら教えるからさ。その、ごめんね」
「ううん、こっちもごめん」
今度、もしも今度があれば僕もちゃんと。
こっちから話しかけられるようにしなきゃ。
その後、僕は家に帰って勉強をしようと試みたのだが、ノートを見るたびに久保さんの目線を逸らす姿を思い出してしまって、全然集中出来なかった。
もしも久保さんとテスト勉強出来ていても多分、定着しなかっただろうな、と僕はなんとなく思ったのだった。
貯めに貯めた貯金はあの沖合スバルの愛用ギターを買える金額に到達した。
そう、つまりこれ以上、アルバイト生活を続ける理由がなくなったのだ。
辞めるのなら今が一番丁度いい。
変に、辞めて良いか悩むよりも当初の目的は達成されたんだからとスパッと辞めるべきなんだ。
なのに——
「久保田、注文良い?」
「……うん」
当たり前のようにまたカフェに訪れてきた女子。久保さん。
真っすぐな瞳にウェーブ感のある茶髪の髪。そして、少し崩したセーラー服姿。
この時間が失くなると思うと辞めるに辞められない。
最近少しずつカフェで話すようになって分かった事がある。
久保さんはほとんど喋っているところや笑顔になったところを見たことがないせいでクールな雰囲気を感じてしまうけど、割と明るく話している。
いや話しているっていうか、割とお喋りだ。
ただ久保さんは表情に感情を見せない。
でもそれは全然交友のない僕との会話だからであって、久保さんも友達の前だと普通に爆笑したりするのかもしれない。
そうだったら、どんな感じなんだろ?
やっぱり口角を上げて、上品な感じに笑っているのかな。
逆にお腹抑えて声に出して大きく口を開いている感じだったり?
うーん。
「——久保田?」
久保さんは落ち着いた雰囲気でこちらを見ていた。
——あ、いけない、止まっていた。
「あ、注文」
「うん。私、いつもの小豆カフェラテ」
「小豆カフェラテ、以上で……いいですか?」
「うん」
久保さんが僕を見て言う。
何というか現実感がない感じだ。
僕が久保さんと目が合っているなんて。
接客はお客さんの目を見てやらなきゃいけないんだけど、やっぱり久保さんが相手だと難易度が高い。
どうしても直視すると罰が当たる気がして。
——はあ。
決して嫌ではないけども。
「久保田」
「……ん? な、何?」
っていうか、なんで呼び捨てなんだろう。なんか友達って感じに見えてちょっと恥ずかしい。
でもだからって今更、君呼びされたら急に距離を感じて嫌だけど。
——久保さんってほかの人も呼び捨てなのかな。
「久保田?」
久保さんは少し首を傾げてこちらを見ていた。
いけないいけない。余計なことは考えるな。
今は仕事中だ。
店員としての心構えで、久保さんの話を聞くんだ。
「久保田さ、明日のテスト大丈夫?」
「え、テスト? テスト……あ」
そう言えば、明日英語のテストがあったような。
すっかり忘れていた。
「あ、忘れてた系?」
「すっかり忘れてた」
確か一週間前から言われていた英文のやつだったっけ?
うーん。
帰って夜ご飯食べて、それから本気でやって何とかするしかない。
もう今更それしか手段ないし、焦っても遅いや。
「忘れてたのかぁ」
「うん……」
でも、できれば今日はゆっくりとしたかった。やっぱりバイトしながら勉強ってきつい。
余裕なくてギターも買いに行けないし。
お金はたまるのに時間は減るばかり。
思わず、ため息をついてしまった。
ついてから、ハッと気づいた。今は久保さんが近くにいるんだ。変なところは見せたくない。
「でも多分大丈夫だよ。久保さんは?」
久保さんの方を見た。
あれ? なんというか心なしか嬉しそう?
いや、気のせいか。どこがどう嬉しそうなのか分からないし。
「私は大丈夫。今日ここでやろうと思っていたし」
「え、ここで?」
久保さんはカバンから一冊のノートを取り出した。使い込んでいるはずなのに、僕のよりも綺麗だった。
「そうだ久保田。今日って何時にバイト終わるの?」
「今日?」
今日は七時半には終わる予定だけども。どうしてそんなことを聞くんだろう。
「どうせならここで私教えよっかなって思って」
「え」
それって、一緒に勉強しようって誘ってくれている?
久保さんの目は真っすぐと僕を見ていた。
からかっている、とかじゃないのか?
でもそんなからかう必要あるか?
僕だったらそんなことしないけど——っていうか誘うこと自体ができないか。
じゃあどういう意味?
もしかして、そのまんま?
裏なしの純粋な表の言葉だったりするのか?
「今日は……七時半には終わるけど」
「うん」
どうしよう。
いいのか。これ。
だって、僕ら学校では全然話さなくて、カフェでしか会話してないのに、そんな友達みたいなことしても許されるの?
「久保さんは……用事とかはないの?」
「用事は、もうない」
ってことは、勉強会をやれるの?
久保さんと、二人で……。
「一緒にやるって言っても、帰り遅くなるよ?」
「大丈夫」
いや、駄目だ。
緊張して勉強どころじゃなくなる。
それにもしも帰り道、久保さんに何かあったら、僕、多分お腹を切ってしまう。だから駄目だ。
嬉しいけど、一緒にやりたかったけど、断ろう。
「でも、危ないし……」
「だって近所だし」
「え」
近所⁉
近所って言った?
このカフェの近所ってことは、僕んちの近所ってことになるけど……。
「え、久保さんちってこの辺にあるの?」
「うん。だから大丈夫」
「そっか……」
え、じゃあ断る理由がないんだけど。
してもいいのか。一緒に勉強を。僕が。
いや、待て。
もう少し考えるんだ。
「えーと、どう? 勉強、しませんか?」
駄目だ、そんなことを言われて断れるわけがない。
気が付くと僕の頭はうなずいてしまっていた。
「じゃあ、それまで待ってるから終わったら来てね」
「う、うん」
神様、もしかして、僕は今日事故に遭いますか?
僕はなるべく顔に出さないように平然を装って、駆け足でその場を離れた。——しかし、注文を忘れてしまい、すぐに戻ったのだが。
七時半。
予定通り仕事は終わった。
終わってしまった。
長いようで短く、一瞬だったような気がする。ちゃんと仕事できていただろうか。
カフェの制服から学校の制服に着替え、恐る恐る店内を見回す。
やっぱりセーラー服姿の久保さんはいた。途中で帰ったりしないで待っていた。
なんというかクラスでいつも見慣れているはずの後ろ姿なのに、新鮮な気がする。
……話しかけてもいいのだろうか。
よくよく考えてみれば、僕から話しかけたことはない。いつも久保さんから話しかけてもらっていたし。
注文の時だけだけど……。
そうだ、考えてみれば注文の時以外会話したことないんだ。
どうしよう。ものすごく緊張してきた。
変な汗かいている気がする。
……匂ったりしたら嫌だな。
このまま眺めていれば余計に変な汗をかいてしまうかもしれない。その前に早く話しかけたほうがいい。
わかっているんだけど、頭の中で変なストッパーみたいなのが邪魔をして近づけない。
ふと。
——久保さんから話しかけてくれないかな。
そんなことを思ってしまった。
久保さんに見える場所でうろうろすればきっと見つけてくれるはずだし。
でも、それいいのか?
なんか、それってずるくないか。
やっぱり自分から話しかけたほうが……。
「あ、久保田」
「あ」
久保さんはこちらに気が付いたらしく、小さくひじは動かさない程度に手を振っていた。
——僕はホッとした。
だけど、なんか罪悪感っていうか。
いやーに心になんかが残ってしまった気がする。
そんな胸のつっかえを感じながらも、久保さんの席に行くと、久保さんもなんだか目線が泳いでいた。
どうしたんだろう。
「久保さん? あの、どうしたの」
「あの、実は……」
そう言って久保さんはノートを広げた。
「わあ……あ?」
ノートには授業で習ったことが綺麗にまとめられていた。僕のよりも字も上手ければ構成もなんかおしゃれだった。——特にグラフとか図が見やすい。
「……」
これって。数学、だよね?
「あの、間違えてた」
久保さんは窓の先に目線を逸らしたりしてそう言った。
「えーと、いつ気が付いたの?」
「一時間前……」
「え、じゃ、じゃあ先帰ってもよかったのに」
「……いや、そんなん出来ないよ。先に言えばよかったんだけど、なんか注文もしないのに話しかけるっていうのがなんか難しくて」
「え」
「それで時間が経って、久保田がバイト終わる時間になっちゃった」
久保さんは申し訳なさそうにちらちらと下を向いて、そう言っていた。
どうしてかそれを見ていたら、思わず笑ってしまった。
「……ふ」
「ん?」
久保さんも、か。
「久保田?」
「あ、いや、なんでもない」
「あのさ、今度テストあったら教えるからさ。その、ごめんね」
「ううん、こっちもごめん」
今度、もしも今度があれば僕もちゃんと。
こっちから話しかけられるようにしなきゃ。
その後、僕は家に帰って勉強をしようと試みたのだが、ノートを見るたびに久保さんの目線を逸らす姿を思い出してしまって、全然集中出来なかった。
もしも久保さんとテスト勉強出来ていても多分、定着しなかっただろうな、と僕はなんとなく思ったのだった。
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