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婚約編

僕が貴方を信じられるか?じゃない。・・・信じたいんだ。

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自室から持ってきた本を机の上に並べる。
それらは『女性保護』について書かれた本だ。
その本の傾向と著者が知りたかった。
幾冊か持ってきたうちの一つの背表紙をめくった

「カスト・ヘインズ子爵か・・・」

その他持ってきた本を拾い上げ裏を見る。
他の貴族もいたが、ヘインズの名前が多かった。

「・・・、」

書きだした名前に見て思わず嫌な予感がしてきた。
だが、浮かび上がったのは3名ほどでまだ結果を出すのは早い。

「ゾル。女性保護を書いてある本の著者と、簡単な内容を至急まとめてくれる?
それと、本だけでなく講演とかそういうのをしている人の一覧が欲しい」
「わかった」

控えていた他の使用人にその伝言をしているときに、カインがやってきた。
少し緊張をした面持ちで視線があった瞬間、頭を下げた。

「・・・っアリアのことは申し訳ありません」
「?あぁ、アリアのことじゃないよ」

リストのことで頭一杯で、一瞬何のことかと思ったが、アリアは義妹としてカインが連れてきた娘である。
今はゾイドス家ではないから他人ではあるが、それを気にしているのだろう。
だが、自分の所為じゃないと言わないところは好ましく笑みを浮かべた。

「今回のことはカインは悪くない。
むしろ、君のおかげで話がうまくいきそうだよ」
「どういうことですか・・・?」

シャリオンは事のあらましを話した。
カインがアリアをゾイドス家から連れてこなければ、アリアはカインの予想通り他家に売られていただろう。

そうしなければ、男爵がアリアにシャリオンを拐うよう依頼を出来なかったかもしれない。
男爵としてはアリアを売って資金源にするつもりだったが、カインの急な展開で男爵は困ったはずだ。

そこで、アリアの赤蜘蛛としての生業を思いついたのだろう。
騎士団のアルベルトは盗賊の特徴を知っていた。
女性を売ることで資金を得ていた男爵も知っていたと思われる。

ただ、それで何故アリアに依頼したのかは分からない。
報酬で動く盗賊ではあるが、自分を捕えた相手の言うことを聞くと、どうしたら考えらるのか。
実際、アリアはゾイドス家からの依頼をキャンセルしたと言っていた。

それも彼等は報酬にカインを提示してきたそうで・・・。
男爵はそろそろ本当に危険なのかもしれない。

それに、男爵がなぜシャリオンを誘拐しようと思ったのか。
身代金・・・?そんなこと貴族がするとは思えないが。
自棄になった人間は怖い。・・・何もしでかさないことを願うしかない。

「それで、カインを呼んだのは、君の家に良く出入りしていた貴族がいたかを知りたいんだ」
「俺の屋敷に・・・ですか?」

そういいながら思い出しているようだったが、残念そうに眉を下げるカイン。

「普通に話ていいよ」

クスクスと笑いながらそういうと、カインはコクリとうなずいた。

「うちは貧乏貴族だし、お茶会とかもあんまりしないから、お客はいなかった。
父上・・・いや。男爵が定期的に出掛けてはいたけど」
「定期的に出掛けていた?」
「ヘインズ子爵の家に。一週間に一回。アリアを連れて出かけていた」
「・・・、女を道具として考えている男爵が、何故女性保護を提唱しているヘインズに会いに行く必要があるんだろうな」
「女性保護・・・?」
「そう。ヘインズは女性保護を訴えている第一人者だよ」
「・・・。それなのに、女であるアリアを買おうと・・・してたのか?」

カインの表情が嫌悪感で歪む。

まぁ実際確かめてみないと分からない。
もしかしたら、ヘインズは本当に善意で女性を保護していた可能性もある。
ゾイドスのようなクズな貴族がいるから、連れてきた女性を金を出して買っていたかもしれない。

ただ、シャリオンはやはりヘインズの裏にいる人物から、どうしても善意だけでやっていたとは思えない。
何度もアリアを連れて行っていたというのは、買い取る相手に見せていたということではないか。
これが、アリアの「貴族は可愛くしていればうまく転がされた結果」なのだろうか。

思わず眉間に皺が寄ってしまう。
とりあえず、ヘインズという男が関わっていそうなヒントを得たシャリオンはカインを仕事に戻した。


☆☆☆


その日の夕方にはゾルから『女性保護』を訴える著者のリストを渡された。
その面々を見ると苦々しい気分になる。
皆が・・・思った通り同じ派閥に所属していたからだ。

「レオン様達がお帰りになりました」

テレパシーで連絡が来たのかそういうゾルに返事をする。
でも心ここにあらずと言った形で、シャリオンが考えている最中だった。
机の上をノックされてようやく気付き顔をあげる。

「ガリウス!・・・おかえり、ごめん気付かなかった」

部屋から出られないから、せめて部屋に入ってきた時は迎えようと思っていたのだが。
立ち上がり、ガリウスの前に立った。

「ガリウスに話したいことが」
「できればいち早く連絡いただけませんか?」

間髪入れずに言ってきたことに、そういえば昼間のことをガリウスに連絡を入れる指示をしてなかったと思い出す。
しかし、今までシャリオンが言わなくたってガリウスには筒抜けであることが多かった。
城に居るレオンにハイシア家で抱える影達が、何かあればすぐに報告していたはずなのだが。

「!・・・影からは・・・」
「着ていますが、貴方から欲しいんです。・・・忘れてましたね?今みたいに」
「っ・・・、ごめん」
「次からは私にちゃんと連絡してください。貴方に何かあったときにすぐ動けなかったら困るでしょう?」
「・・・うん」
「それに、今回の件はレオン様には秘密にしてありますから、墓穴掘らないようにしてくださいね」
「!」
「ゾルにもそう言ってあります」

ガリウスが起点を利かせてくれて良かった。
レオンに報告をする影達は、包み隠さずシャリオンが赤蜘蛛と対面したことを、そのまま伝えてしまっただろう。
盗賊であるし、悪事をしていることもあるが、赤蜘蛛のことは自分にまかせてほしかった。
レオンの耳に入る前にガリウスが回収してくれてよかった。

「ガリウス・・・ありがとう。・・・あの、これのことも」

昼間、ゾルにつけているように言われたタリスマンを服の中から取り出す。
首から下げるタイプのもので、通常時服から隠れる。

「貴方の性格を考えれば、その者の前に出ることは想像できましたよ」

そういって苦笑を浮かべるガリウス。だからタリスマンも用意してくれたのだ。

「ありがとう」
「いいえ。でも、一つ提案させてください。
レオン様が屋敷にいらっしゃるときは、赤蜘蛛は牢に入ってもらいます。
それと、見張りには2名交代でつけることにし、アリアは隣の牢で付き添いという形で入れてください。
レオン様を一時的に欺くにはこれくらいしておくことが必要です。
・・・それと念のため彼女に手を出させないためにです」
「・・・そう・・・だね」

クロエがアリアを傷つけるということは想定してなかったから、そんな采配をしたシャリオンは驚いた。
武器を持っていないとは言え、10歳の子供を拘束するのはたやすいだろう。

「レオン様はおそらく陛下との懇談が終わり、私が書きつけたメモに気づき、赤蜘蛛を捕えたことを知るころです」
「!」
「急いでください。シャリオン」
「わかった・・・っ」

それから、ゾルにもう1人のゾルと2人がどこにいるのか聞くと、事のあらましを説明した。
クロエは肯定もしないが、暴れることもしなかった。
先ほどよりも落ち着いたようにも見えるが、相変わらずシャリオンを見る目は冷たい。

一時的に牢に入れてしまうことを謝罪すると、アリアから『私達は盗賊ですよ?』と、笑われてしまった。


☆☆☆



一難去ってまた一難。
今日は少し・・・いや、大分忙しい日になりそうだ。
ガリウスの部屋に広げたままの仕事道具を片付けに行った。
赤蜘蛛であるクロエを捕えたのだ。
今日からは自室に戻る。



シャリオンの入室に気づき、こちらに視線を合わせてきた。
そこには無表情で、シャリオンの作った一覧を見ているガリウス。
机の上にそのままだったのだ。気づかれても仕方がない。
隠すつもりもないし、むしろ見せる気でいた。


だが、そのガリウスの反応は・・・嫌だった。


「『女性保護』を訴えている人のリスト。・・・どう思う?」
「・・・」

そう尋ねるも、相変わらずガリウスは読み取れない表情でこちらを見たままだ。
そのリストに居る人物をシャリオンに知られたくなかったから、・・・なのか。

「彼等は・・・赤蜘蛛の団員を・・・いや。
女性を誘拐してい人身売買をしている可能性が・・・出てきたんだ。
まだ、予測の域を出ないものだけど調査してみないとなにも言えない」
「・・・」

結構な内容なのに、ガリウスは何も言わなかった。

「どうしてそんな表情をしているのかな?」
「・・・、」
「・・・『この人達』が抑えられて・・・ガリウスは困ることがあるのかな?」

シャリオンの質問には2つの意味があった。
一つは純粋にそのままの意味。
もう一つは・・・。
確かめたかったけど、確かめられなかったシャリオンの心のしこりだ。

「ありませんよ。この者達が何か不正を行ったとしたならば取り締まるべきです。
ただ、その時は彼等だけではありません。・・・暗躍しているものを引きずり下ろします」

その言葉に笑みを浮かべるシャリオン。
だけどガリウスの表情は厳しいままだ。

「どんな結果でも、貴方を離したりはしません」
「・・・彼等が捕まることで、どうしてそこに行きつくのか、ちょっと意味が分からないけど。
・・・それは元王妃派の人間だからということ?」
「・・・」

そのリストに名前を連ねている人々は、・・・亡き王妃派の人間達だった。

今は形を変え『女性保護団体』と言ったところだろうか。
その中に、王妃の生家であるファングス家の名前はないが、王妃の生家が女性をないがしろにするとは思えない。・・・あくまでもそれは表向きはだが。
ライガーの出生や王妃があばかれるときのファングス家の、対応を知っているシャリオンは失笑してしまうが。

ライガーの伴侶にシャリオンが選ばれたとき、ある団体が活性化された。

この『女性保護団体』である。

シャリオンが婚約した当時まだ12歳。
そのため、今のシャリオンには『女性保護』は当たり前のことであり、何にも気にしなかった。
その団体が王妃派の人間で構成されたものだと認識はしていたが、問題あるとは思えなかったのだ。

勿論、ライガーが可笑しくなったのは、ファングス家が接触してきてからだと思うが、今強い怨恨などがあるわけではない。

・・・だが。

『貴方に婚約者がいると知った時、本当に絶望を感じましたよ。
でも、・・・何がなんでも手に入れようと思いました』

この言葉に引っかかっている。
その結果・・・変わらない。
例え、ガリウスが『関係していた』としても、シャリオンとの婚約はそのままだ。
関係していた度合いにもよるが、何かに手を染めていたらならレオンがそれを止めていると思うのだ。


貴族だし策略的婚約である。婚約に何か利があるのは普通である。
そうは分かっている。

・・・わかった上で、ガリウスの身の潔白を願ってしまうのは行き過ぎた望みなのだろう。

でも、・・・信じたかった。


ガリウスの双方を見つめる。
すると、ガリウスがゆっくりと口を開いた。

「貴方が、提示した誓約書の内容と関係ありますか?」
「・・・、少し、ある。
僕は・・・ガリウスに気になっていることがずっとあったんだ」

そう言って目をつむる。
否定してほしい。
ガリウスがライガーとの婚約破棄に携わってたとして・・・そしたら・・・。


怖くて、どうしようもなかったが、上げた視線。

どうか・・・。

自分に言い聞かせるように唱える。

「貴方はライガー殿下の婚約破棄に関係あるの・・・?」


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