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なだめるはずだったのに、なだめられた。

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港を管理している者からルボミールが来航したことを報告を聞いたときには驚いた。
ラージャで京がいるところに突然現れることはあるのだが、トシマ区に来たことは初めてだったからである。

ピアスに向かって話しかけてはいるが、本気で怒らせてしまっているのか一切返答がなかった。
おまけに距離が近くなるほどに、ルボミールの怒気を感じる。

「キョウ様、あまり動かないほうが」

Ω歴の長いニコの言葉は正しいのかもしれない。
それでもそわそわする。

「っ・・・でも、ルルがなんか荒れてる」

連絡が来てから30分は立っている。
もうこちらに向かっていることとはおもうのだが・・・。
気配を追いながら、ようやく姿を見るとルボミールからブワッとオーラが飛ばされガクリと腰から崩れ落ちた。
しかし、京が床に膝をつくことはなくルボミールに抱きあげられていた。
周りを見れば全員床に倒れこみ、如月やニコは顔面蒼白で動けなくなっている。
そんな中で動けるのルボミールだけで、思わずその顔を見上げる。

「・・・、ルル・・・?」

その表情は能面のようで息を飲む。
力が入らない体できるのは、ただ身を任せる事とこの部屋から離れることが一番だ。

「部屋に連れててくれ。ルル」




☆☆☆




ラージャにある恐らく城の中にある、ルボミールの部屋にたどり着く。
見慣れた部屋で半日前にも居た部屋だ。
連れて行かれたのはベッドの上で、その上に転がされて体を覆い被された。
見上げるとガーネットが燃えるよう揺らめいている。
なんで怒らせているのかは分からないし、聞いてみようとは思うのだが。

「少し、弱めてくれないか?これじゃ触ることも出来ない」

しかし、その言葉に反応してくれないルボミールに苦笑した。

「・・・トイレ行くまでには機嫌直してくれよ」

その言葉にルボミールはただ京の体をきつく抱きしめるだけだった。




☆☆☆



窓から入ってくる光が無くなり、夜になりかかっている頃。
いまだにルボミールの機嫌は直らなかった。
人の怒りの継続時間は2時間程度と言われているが、こんなに時間がかかるとは思わなかった。

あれから見下ろしていたルボミールは抱きしめたり、撫でたり、口づけたりと止まらなかった。
体に匂いをこすりつけるように、すり寄らせてくる。
なんだか、猫や犬が毛づくろいをしているようなことを連想しながらも甘受していた。
一日仕事が出来なかったわけで、進めなきゃいけなかったことが頭に浮かんだが、怒りよりも肌に触れる熱になぜか安心してしまう。
それなのに仏頂面で無言のままである。
いまだにピアスを介した返事もしてくれないのは困ってしまうが。
そんなことを繰り返し、もう半日はたっているのではないだろうか。

「ルル」
「・・・トイレか」
「やっと返事をした」
「・・・、・・・キョウ」

そういうと苦虫を潰したような表情をするルボミール。
京の胸にすり寄り再び顔をうずめてしまった。

「漏らしてもいい」
「・・・本気?・・・俺はそのベッドで寝たくない」

京が心底嫌そうな声を出すと、クスクスと笑う声が漏れてきた。
その拍子にルボミールのオーラの支配がぬける。
自由になった腕を動かし胸の上のルボミールを撫でると、自分よりも体格のいい大きい男がビクッと動く。
でも嫌ではないようだ。

「聞いてもいい?」
「なんだ?」
「何か怒らせることをした?」
「・・・」
「なぜそんなに怒っているんだ」

のそりと顔をあげたルボミールの表情はとても辛そうな面持ちだった。

「・・・キョウにはわからないのか」
「わからない。ルルが言ってくれなきゃ」
「っ・・・」

京には感じていない何かを、ルボミールは感じているのは分かった。
それが分からないのは異世界から来たイレギュラーな自分だからだろうか。
何もわからないのに、ルボミールにこんな顔をさせているのはつらかった。

「教えてくれ。ルル。何が不満なんだ」

上半身を起こして額に口づける。

「俺が・・・昨日何かしてしまった・・・?」

その問いかけに何も答えてくれないのが、肯定されているようだ。
昨日、ルボミールに嫌悪している様子はなかったがそれくらいしか、いつもと違うことがないのだ。
この世界の人間にはあれはふしだらで良くないとされている行為なのかもしれない。
嫌そうに見えなかったのは京のフェロモンに充てられてしまったからなのかもしれない。

「・・・っ・・・ごめん」

そう思ったら後悔が止まらなくなってしまう。
この世界でαはΩのフェロモンに耐えられないということを教えられていたというのに。
薬が切れかかっていたのは感じていた。
けど、名前を呼べることに喜ぶルボミールは可愛くて・・・そう。愛しさに似た何かがこみ上げていた。
だから、自分も止められなくなってしまったのだが。

「今度からちゃんとくすり」
「違うっ」
「・・・ルル?っ・・・?」

ぎゅっと抱きしめられる、頭だけ動かして見上げる。
その時の事を思い出していてうれしそうにしているルボミールと視線が混じる。

「昨日のことは最高に嬉しかった。良かった。
普段清楚で清廉潔白のようなキョウが淫らに可愛く誘ってきてくれたのは幸せだった」
「みっ!?・・・淫らって・・・」

否定されるよりはいいのだが恥ずかしくて視線を逸らす。
しかし、両頬を抑えられて覗き込まれた。

「欲情が掻き立てられてたまらなかった」
「っ・・・」

なぜそんなに恥ずかしいことを言うのだろうか。

「俺が薬を飲んでほしい理由を忘れたのか?」
「・・・俺がやりたいことをするため」
「そうだ。俺としては早く番になって俺以外のαを振りまいてほしくないんだ。
フェロモンに関係なく、・・・あんな風に誘ってくれて嬉しかった」
「・・・ちょっとフェロモンに煽られてたよ」
「俺がキョウのフェロモンに煽られてたら止まらない。
キョウの意識を無視して噛み跡を作って子が孕むまで抱いてる」
「っ~・・・嫌じゃないのは分かったよ。・・・でもなんで怒ってるんだ」

そういと不機嫌そうにするルボミールに困ってしまう。
しかし、小さくため息をついたのちに耳元をピアスごとに撫でられる。

「キョウには怒っていない。・・・だが、俺に余裕がないだけだ」
「本当に怒っていないのか?」
「あぁ」
「・・・でも、ならなんで応えてくれないんだ」
「どういうことだ」
「ピアスに・・・問いかけても・・・」
「!」
「・・・っ・・・それが、だんだん不安になってくるし」
「キョウも感じていたのか・・・」
「・・・怒っていた理由はそれだったの?」

その言葉にコクリと頷くルボミール。
理由が分かったのは良かったのだが・・・。

「俺が・・・普通のΩじゃないから・・・?」
「そういう言い方は止めろ。俺はキョウのことを」
「でも、『運命の番』じゃなかったら、ルルは俺のことを歯牙にも留めなかっ」
「!!」

京が発した途端ブワっと溢れたオーラに息を止めた。
その瞳は怒りに満ちている。
だが、それに怖気づくような質ではない。

「・・・俺はこの世界に来てルルの『運命の番』でよかったと思ってるよ。
ルルじゃなかったらきっと俺達は滅んでた。
・・・ただのΩには興味を示さないだろう?」
「っ・・・そんなことは、ない」

苦しそうに顔をゆがめて言うルボミールに、胸が痛む。
だが『運命の番』だから愛されるというのは、思いこまされているようなそんな風に感じてしまう。
こんなに愛しいと思っている感情は偽物なんじゃないかと怖くなる。

この気持ちがいつか溶けてしまうのじゃないかと、・・・それも自分だけ残されるのじゃないかと思ってしまうのだ。

でも・・・今ならまだ会って一年も経っていない。
それも番っていないからダメージは少なくないのかもしれない。・・・などと思ってしまう。
外したくないが、外したい。

「なら『運命の番』を外してみるか?」
「!・・・、そんなこと、できるのか」
「わからない。・・・けど、研究」

そう言った途端冷えた空気に地に這うような声でルボミールはこちらを見てくる。

「そんなに外したいのか」

研究を始めたのはハカセの独断であり、少なくとも話を聞いた時は反対だった。
しかし、このままでいることも怖かった。

「っ・・・怖いんだ。『運命の番』が」
「・・・」
「『運命の番』だから愛されているというのが」
「俺はそれだけで愛しているわけではない」
「でも、俺が異世界に来たのだってイレギュラーだ。
だったら、ルルの気持ちが俺から気持ちが離れてしまう可能性だってあるじゃないか!」

ルボミールはそう以前もそう言ってくれていた。でもその言葉は信じるのは難しかった。
恋人同士の感情が次第に離れていくのとはわけが違う。
ある日突然興味を失せられたらと思うと恐怖を感じてしまうのは仕方がなかった。

「・・・。『運命の番』が外せたならキョウのその不安はなくなるのか」
「・・・、」
「俺は『運命の番』でなくなったとしても、キョウを愛すことを止めないし、番にしたい気持ちは変わらない」

そう言い切ってくれるのは嬉しい。
だが、不安はぬぐいされない。
その表情から京の考えを読み取ったのか、ルボミールはしばらく無言だったが頷いた。

「わかった。その研究に俺も協力しよう。金額面も必要な物資もすべてそろえよう」
「・・・ルル」
「それで、『運命の番』じゃなくなったら、俺と番ってもらう。
キョウがバースすらも怖いというなら番わなくてもいい。
薬を飲んだままフェロモンを抑えて結婚しよう」
「!」

そう言いながらルボミールに抱きしめられ強く抱きしめられる腕の中で、京はしがみつくように抱き着き返した。

『運命の番』だけで愛されるのが怖い。
けど、『運命の番』を取るのも不安で。
・・・そんな風に考えが矛盾することに、自己嫌悪してしまうのだった。
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