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4.うんざりな日々
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あの日の失言からなんとなくウィルヘルムと気まずくなっていたブランカは、エステル姫とウィルヘルムのおもてなしには努めて客観的に対応するように心がけていた。
もうあの日のような失言はするまい、という自衛の念である。
ウィルヘルムにもブランカの決心は伝わっていたと思う。
最初の日のような雄弁さはもうなくなっていて、なんとなくブランカを避けるような様子で、必要最低限の要求しか口にしなかった。
しかしエステル姫はというと、ブランカとウィルヘルムの余所余所しさがどうも物足りなくて、それに対する不満ばかりをブランカにぶつけてきた。
「ちょっとー! そんなんで肝心なことをウィルヘルム様に伝えられるの?」
肝心なことというのは、『エステル姫にウィルヘルム様は相応しくない』という勧告のことである。
ブランカからしてみれば、『ウィルヘルム様にブランカ姫は相応しくない』と発言してしまってこんな余所余所しいことになってしまっているのに「逆が言えるか」といったところだが、エステル姫の方は、そもそものブランカの失言を知らないので、自分の要求ばっかりぐいぐい押し付けてくる。
エステル姫の要求といえば、ウィルヘルムの一件だけではない。
エステル姫は食事一つとっても何やら意識が高いのか、あーでもないこーでもないと文句をつけてくるのである。いや、本人は文句のつもりではなく、好意で改善点を教えてくれているだけらしいが。
だが、そんな改善の提案は望んでいない者にとってはただの厄介な文句に聞こえる。ブランカはいい加減辟易していた。
何? 魔物の世界でいったい何を食べていたの!? そんな凝ったものが出てくんの?
未開の地では果物ばっかりって言ってたじゃない。(まあでも、見てそれとわかるうさぎ肉にはNG出してたっけ。)
しかし、ブランカがこんな調子で適当にエステル姫の要求をいなしていたら、エステル姫は埒が明かないといった様子で、城のコックに直接言いに行くようになってしまった。残念ながらコックも長年この地に暮らす田舎者で、エステル姫の要求する料理の説明が半分も理解できない。やがてコックも悲鳴を上げ、結局ブランカがエステル姫とコックの仲介に入ることになった。
なので、ブランカは毎食のメニューをコックと相談することになった。
衣装のことも、だ。
エステル姫は長旅でボロボロになった衣装を身に着けていたので、はじめはブランカの服を大急ぎで仕立て直してあり合わせた。しかし、さすがに王女ともあろう方にそんな衣装が続くのも失礼が過ぎると思ったので、並行してそれなりの衣装を急ぎ準備して差し上げた。が、もちろんそんなのでエステル姫が満足するはずもない。エステル姫は、「これは王都の流行に沿ってる?」とか「もう少し素敵な服を」などと遠慮なく言いはじめ、王都の流行などまったく関心が無かったブランカは困ってしまった。
ブランカがしどろもどろなので、エステル姫は町一番の仕立て屋を呼ぶようにブランカに言いつけた。
まあ、それに関しては、ブランカもエステル姫が『王都へのパレード』と口にしていたので、何かしらの衣装を仕立てる必要はあると思っていた。
しかし、ここは未開の地と隣接したいわゆる辺境地。
いったいそんな今風の流行ドレスを誰に頼んだらいいと言うの? 生地はどこで手に入れるの?
そこで、ブランカはあちらこちらの伝手を探り、王都から田舎に引っ込んできたという女を見つけ出した。
その女は、アリアーナという名前だったが、ブランカに探し出されたことを全く喜ばなかった。どうも田舎で静かに慎ましく暮らしたかったらしい。アリアーナは「何で私を見つけた」と言わんがばかりだった。
しかし、ブランカがエステル姫の事情を必死に説明すると、あまりのことに目を見開いた。さらに、ブランカがウィルヘルムから聞いた過酷な旅路の話、なんなら「魔物討伐隊たちの無念」にまで言及すると、急に態度を軟化させた。
そして、「そういう事情でしたら、姫も騎士も国民の祝福を受けるべきだ」と納得し、渋々「自分にできる精一杯のことをいたしましょう」と承知してくれることになった。
アリアーナはまず、王都のレストランに勤めていたことのあるコック見習いを連れてきてくれた。それから王都に暮らしていた頃のよしみなどを辿って、王都暮らしの仕立て屋を呼び寄せてくれた。また、仕立て屋の知り合いで、王都で宝飾品やら雑貨やらを扱っている商店の店主にデイモンド領まで来てくれるように頼み込んでくれた。
ブランカが感謝したのは言うまでもない!
「アリアーナ! ありがとう! あなたがいなきゃ詰んでたわ」
「……ここまで引っ込んだつもりで、なんで今更そんな王都風なことに関わらなきゃダメなのかって気分ですよ。こういうのが嫌だから田舎に来たのに」
アリアーナはまだ不満たっぷりだ。
「ごめんなさいね。私が流行に疎いばっかりに」
「まあブランカ様が謝る事じゃないですけどね。私が了承したんですし。ところで、今度仕立てるエステル様の外出用? パレード用? の衣装ですけど。やっぱりウィルヘルム様とのお揃いを意識した方がいいですよね?」
アリアーナが事務的とはいえ、そう問いかけるので、ブランカは複雑な顔をした。お揃いだなんて、エステル姫は絶対嫌がるだろう。でもまだウィルヘルムは結婚する気でいる。王様の約束ももちろんまだ健在だ。……というか、エステル姫は自分が悪者になりたくないのかしらないが、結婚の約束を反故にするようには、自分からは王様に伝えていない。
……と、なると。
「お揃い……でしょうねえ?」
ブランカはうーんと唸りながら答えた。
「なんで疑問形なんですか?」
アリアーナが呆れた顔をする。
「まあそれは、エステル姫を見てればそのうち分かると思うわ……」
ブランカはそう言いつつ、少なくともお揃いの衣装が出来上がる前には、自分はウィルヘルムにエステル姫のお気持ちを伝えなければならないのだとげんなりした。
ウィルヘルムの純真さを思うと……言いにくい。
さて、そのアリアーナも、はじめは大人しくエステル姫の話を聞いていたが、だんだん姫の人となりが分かってきて、どんどん態度が悪くなってきた。
アリアーナは初めっからエステル姫仕えには乗り気ではなかったので、我慢などする気はない。
ブランカはアリアーナに共感しつつも、
「アリアーナ、さすがにあなたのエステル姫への態度は最近目に余るわよ」
とそっと窘めた。
しかし、それはアリアーナには逆効果だった。
「だってブランカ様、なんかエステル姫、ひどくないですか? 私はね、騎士たちの献身や奇跡の救出劇に感動してこのお話を引き受けたんです。騎士の忠誠の証があの女ですか? もうエステル姫のウィルヘルム様をないがしろにするのを見ていたら、なんかやるせない気持ちになるんですけど」
「あの女呼ばわりは感心しないわ。あの方は王女。しかもウィルヘルム様の想い人なんだから」
「それも気に入らないんですよ。なんであの実直そうな騎士がわがまま姫と結婚するんですか? 絶対幸せになれなくないですか?」
「でも、ウィルヘルム様が望んでるんだから──」
「でも、あの女は望んでませんよね? 露骨に避けるじゃないですか、ウィルヘルム様のこと」
実際、そうだった。
ウィルヘルムがエステル姫をお茶に誘うと、まずエステル姫はブランカに話を通す。ブランカが同席するならいいわよ、と。おかげでブランカはウィルヘルムのお茶に100%出席している。
かといって、以前のブランカの失言をブランカもウィルヘルムもお互い忘れたわけでもない。ウィルヘルムはブランカの前では相変わらずぎこちないし、ブランカもたいそう気を遣う。
なにより、ウィルヘルムは何かにつけてエステル姫の言動をフォローしようとするのだ。
ウィルヘルムは、ブランカが「あんな女」と言ってしまったことを聞いているので、ブランカがエステル姫を内心快く思っていないことを承知している。だから、エステル姫の言動をフォローすることで、ブランカの中でのエステル姫の評価を上げようとするのだ。
それがエステル姫にとっては逆にストーカーっぽく見えてしまって、エステル姫は余計にウィルヘルムに冷たい態度を取る。
「あなたなんかにフォローされる私じゃありませんわ」「私に追従して本当に情けない方」などなど。
ウィルヘルムをうんざり顔で突き放そうとするエステル姫に、その愛想のない態度を必死でフォローするウィルヘルム。完全に悪手になってしまっている。
だから、ウィルヘルムとエステル姫のお茶は、ブランカにとって地獄のような空気なのだった。
「本当、あんなお茶につき合わされて、ブランカ様が気の毒で仕方がないわ」
アリアーナは吐き捨てるように言った。
「私も、なんであんな苦行を強いられているのかと心の中で嘆いているけれどもね」
「同席、お断りすればいいのに」
「それはアリアーナの言う通りなんだけど、なんか分からないけど完全に巻き込まれちゃってて」
「仮病でも何でも使えるものは使いましょ、ブランカ様」
「でも、ほらウィルヘルム様のお気持ちもあるのよ……」
ブランカとアリアーナは気の毒そうに顔を見合わせ、深々とため息をついた。
さて、アリアーナと別れた後、ブランカは今度はコックと晩御飯の打ち合わせに出向いた。こちらの新しいコックは王都で修業した経験がある……が、そこでもまたブランカはエステル姫への愚痴を聞かされた。ようやくコックを宥めて、くたくたになりながらを自室に帰ろうとしている途中で、ブランカはウィルヘルムにばったりと会った。
よほどブランカがくたびれた顔をしていたのだろう、ウィルヘルムはぎょっとして、いつもの調子を崩し、とても心配した声で
「だいじょうぶですか? 疲れていますね」
と優しく声をかけた。
ブランカは、いつもは余所余所しいウィルヘルムが急に心配そうに話しかけてくれたので、あれ?と思いながらも、
「そうですね」
と短く答えた。
疲れていると聞いてウィルヘルムは申し訳なさそうな顔をした。
「我々のせい、ですよね」
ブランカははっとした。そして言葉を選びながら、
「あ! いえいえ、あなた方のせいだなんて言わないでください。お二人が帰還されたことはめでたいことなんですから。ただ王宮がいまだにはっきりとした日取りや段取りを言ってこないでしょう? パレードをするとか話が大きくなっていますから。エステル姫もこんな田舎に留め置かれて、きっと鬱憤が溜まっているのでしょう」
と言い訳をした。
ウィルヘルムはそのブランカの取り繕った態度に余計に心苦しくなったのか、申し訳なさそうな顔をした。
「いや、やはりこのデイモンド子爵様方には、過剰な心労をおかけしていると心配しているのです。いや、正直私はパレードなんていらないんじゃないかと思っているのですが」
ブランカは苦笑した。
「エステル姫はパフォーマンス重視っぽいですからね」
「そうですね」
ウィルヘルムはため息をついた。
ブランカは、ウィルヘルムのそんな心から望んでいなさそうな仕草を見て、なんだか本当に気の毒になって言ってしまった。
「ねえ、ウィルヘルム様、いいんですか? このままじゃ、あなた人生変わっちゃいますよ? パレードなんかして、大っぴらに凱旋したら、あなたはこの国の英雄で、姫の夫で、たちまち注目の的です。エステル姫の夫になるということも分かっていますか? 一生姫の言いなりですよ? 王宮のしきたりに従って、自分を変えねばなりません。……下手したらもう、幼馴染や田舎の親戚や、そんな人たちと気安くテーブルを囲むことは難しくなるかもしれませんし……」
ウィルヘルムはぎくっとして顔をあげた。
「人生が変わる……?」
ブランカは頷いた。
「あなたは一生を賭けると言いました。エステル姫に一生を賭けると。それならとっくに覚悟済みかもしれませんけど。でも、あなたを見ているとやっぱりエステル姫に一生を賭けるのはウィルヘルム様のためになるのか、私は分からなくなるんです」
ウィルヘルムの目が鋭くなった。
「こないだの、アレですか?」
ブランカの『やめたらいいのに、あんな女……』の失言のことを言っている。
ブランカは開き直った。
「ええ、それです。無礼を承知で言いますけど。あなたは私が毎回同席するあのお茶会を本音ではどう思っているんです?」
その言葉はウィルヘルムの心にぶっ刺さったに違いなかった。ウィルヘルムは咄嗟に顔を背けた。
「それは……」
「けっして楽しい空気とは言えないわ。あなただってお気づきでしょ? 姫のお気持ちは、本当はあなただって分かっているのではなくて? それを無視してこのまま進むと、私はあなたが王宮で……いずれ一人ぼっちを嘆くことになるんじゃないかと……」
ブランカは感情が高ぶり、思わず目が潤んだ。
決してこの騎士が悪いわけではないのだけど。でも彼の未来に幸せが待っているような気にはなれない。
ウィルヘルムはブランカの涙を驚いたように見つめている。
「……そんなに心配してくださっていたとは」
「そりゃ、しますよ! あの日の失言から、私はだいぶだいぶ気にしてたんですからね。ウィルヘルム様だってずいぶん気にしてたじゃないですか。だからずっと余所余所しく、ぎこちなく、処かしこで私やエステル姫に気を遣って。それがまた痛々しくて。あなたこそ疲れていませんか?」
ブランカは言い返した。
ウィルヘルムは項垂れた。
「疲れて……。ああ、そうかもしれない」
ブランカは、ウィルヘルムの完全に気を落とした様子に、はっとなった。
「……あ、すみません。言い過ぎました。でも……あ、いえ、やめておきます。すみません、これで失礼します……」
ブランカは言いたいことだけ言って逃げるのは卑怯と分かりつつも、これ以上ウィルヘルムと話していてはウィルヘルムをどんどん傷つけるだけだということもよく分かっていたので、ぶちっと話を切り上げて、ウィルヘルムを顧みずに、ただ背を向けて立ち去った。
ウィルヘルムも言い返したいことがあったが、逃げるように去っていくブランカを追う気にもなれない。
ただ、自分のことでブランカに心痛を与えていたことだけはよく理解して、そしてブランカの後ろ姿をじっと見ていた。
もうあの日のような失言はするまい、という自衛の念である。
ウィルヘルムにもブランカの決心は伝わっていたと思う。
最初の日のような雄弁さはもうなくなっていて、なんとなくブランカを避けるような様子で、必要最低限の要求しか口にしなかった。
しかしエステル姫はというと、ブランカとウィルヘルムの余所余所しさがどうも物足りなくて、それに対する不満ばかりをブランカにぶつけてきた。
「ちょっとー! そんなんで肝心なことをウィルヘルム様に伝えられるの?」
肝心なことというのは、『エステル姫にウィルヘルム様は相応しくない』という勧告のことである。
ブランカからしてみれば、『ウィルヘルム様にブランカ姫は相応しくない』と発言してしまってこんな余所余所しいことになってしまっているのに「逆が言えるか」といったところだが、エステル姫の方は、そもそものブランカの失言を知らないので、自分の要求ばっかりぐいぐい押し付けてくる。
エステル姫の要求といえば、ウィルヘルムの一件だけではない。
エステル姫は食事一つとっても何やら意識が高いのか、あーでもないこーでもないと文句をつけてくるのである。いや、本人は文句のつもりではなく、好意で改善点を教えてくれているだけらしいが。
だが、そんな改善の提案は望んでいない者にとってはただの厄介な文句に聞こえる。ブランカはいい加減辟易していた。
何? 魔物の世界でいったい何を食べていたの!? そんな凝ったものが出てくんの?
未開の地では果物ばっかりって言ってたじゃない。(まあでも、見てそれとわかるうさぎ肉にはNG出してたっけ。)
しかし、ブランカがこんな調子で適当にエステル姫の要求をいなしていたら、エステル姫は埒が明かないといった様子で、城のコックに直接言いに行くようになってしまった。残念ながらコックも長年この地に暮らす田舎者で、エステル姫の要求する料理の説明が半分も理解できない。やがてコックも悲鳴を上げ、結局ブランカがエステル姫とコックの仲介に入ることになった。
なので、ブランカは毎食のメニューをコックと相談することになった。
衣装のことも、だ。
エステル姫は長旅でボロボロになった衣装を身に着けていたので、はじめはブランカの服を大急ぎで仕立て直してあり合わせた。しかし、さすがに王女ともあろう方にそんな衣装が続くのも失礼が過ぎると思ったので、並行してそれなりの衣装を急ぎ準備して差し上げた。が、もちろんそんなのでエステル姫が満足するはずもない。エステル姫は、「これは王都の流行に沿ってる?」とか「もう少し素敵な服を」などと遠慮なく言いはじめ、王都の流行などまったく関心が無かったブランカは困ってしまった。
ブランカがしどろもどろなので、エステル姫は町一番の仕立て屋を呼ぶようにブランカに言いつけた。
まあ、それに関しては、ブランカもエステル姫が『王都へのパレード』と口にしていたので、何かしらの衣装を仕立てる必要はあると思っていた。
しかし、ここは未開の地と隣接したいわゆる辺境地。
いったいそんな今風の流行ドレスを誰に頼んだらいいと言うの? 生地はどこで手に入れるの?
そこで、ブランカはあちらこちらの伝手を探り、王都から田舎に引っ込んできたという女を見つけ出した。
その女は、アリアーナという名前だったが、ブランカに探し出されたことを全く喜ばなかった。どうも田舎で静かに慎ましく暮らしたかったらしい。アリアーナは「何で私を見つけた」と言わんがばかりだった。
しかし、ブランカがエステル姫の事情を必死に説明すると、あまりのことに目を見開いた。さらに、ブランカがウィルヘルムから聞いた過酷な旅路の話、なんなら「魔物討伐隊たちの無念」にまで言及すると、急に態度を軟化させた。
そして、「そういう事情でしたら、姫も騎士も国民の祝福を受けるべきだ」と納得し、渋々「自分にできる精一杯のことをいたしましょう」と承知してくれることになった。
アリアーナはまず、王都のレストランに勤めていたことのあるコック見習いを連れてきてくれた。それから王都に暮らしていた頃のよしみなどを辿って、王都暮らしの仕立て屋を呼び寄せてくれた。また、仕立て屋の知り合いで、王都で宝飾品やら雑貨やらを扱っている商店の店主にデイモンド領まで来てくれるように頼み込んでくれた。
ブランカが感謝したのは言うまでもない!
「アリアーナ! ありがとう! あなたがいなきゃ詰んでたわ」
「……ここまで引っ込んだつもりで、なんで今更そんな王都風なことに関わらなきゃダメなのかって気分ですよ。こういうのが嫌だから田舎に来たのに」
アリアーナはまだ不満たっぷりだ。
「ごめんなさいね。私が流行に疎いばっかりに」
「まあブランカ様が謝る事じゃないですけどね。私が了承したんですし。ところで、今度仕立てるエステル様の外出用? パレード用? の衣装ですけど。やっぱりウィルヘルム様とのお揃いを意識した方がいいですよね?」
アリアーナが事務的とはいえ、そう問いかけるので、ブランカは複雑な顔をした。お揃いだなんて、エステル姫は絶対嫌がるだろう。でもまだウィルヘルムは結婚する気でいる。王様の約束ももちろんまだ健在だ。……というか、エステル姫は自分が悪者になりたくないのかしらないが、結婚の約束を反故にするようには、自分からは王様に伝えていない。
……と、なると。
「お揃い……でしょうねえ?」
ブランカはうーんと唸りながら答えた。
「なんで疑問形なんですか?」
アリアーナが呆れた顔をする。
「まあそれは、エステル姫を見てればそのうち分かると思うわ……」
ブランカはそう言いつつ、少なくともお揃いの衣装が出来上がる前には、自分はウィルヘルムにエステル姫のお気持ちを伝えなければならないのだとげんなりした。
ウィルヘルムの純真さを思うと……言いにくい。
さて、そのアリアーナも、はじめは大人しくエステル姫の話を聞いていたが、だんだん姫の人となりが分かってきて、どんどん態度が悪くなってきた。
アリアーナは初めっからエステル姫仕えには乗り気ではなかったので、我慢などする気はない。
ブランカはアリアーナに共感しつつも、
「アリアーナ、さすがにあなたのエステル姫への態度は最近目に余るわよ」
とそっと窘めた。
しかし、それはアリアーナには逆効果だった。
「だってブランカ様、なんかエステル姫、ひどくないですか? 私はね、騎士たちの献身や奇跡の救出劇に感動してこのお話を引き受けたんです。騎士の忠誠の証があの女ですか? もうエステル姫のウィルヘルム様をないがしろにするのを見ていたら、なんかやるせない気持ちになるんですけど」
「あの女呼ばわりは感心しないわ。あの方は王女。しかもウィルヘルム様の想い人なんだから」
「それも気に入らないんですよ。なんであの実直そうな騎士がわがまま姫と結婚するんですか? 絶対幸せになれなくないですか?」
「でも、ウィルヘルム様が望んでるんだから──」
「でも、あの女は望んでませんよね? 露骨に避けるじゃないですか、ウィルヘルム様のこと」
実際、そうだった。
ウィルヘルムがエステル姫をお茶に誘うと、まずエステル姫はブランカに話を通す。ブランカが同席するならいいわよ、と。おかげでブランカはウィルヘルムのお茶に100%出席している。
かといって、以前のブランカの失言をブランカもウィルヘルムもお互い忘れたわけでもない。ウィルヘルムはブランカの前では相変わらずぎこちないし、ブランカもたいそう気を遣う。
なにより、ウィルヘルムは何かにつけてエステル姫の言動をフォローしようとするのだ。
ウィルヘルムは、ブランカが「あんな女」と言ってしまったことを聞いているので、ブランカがエステル姫を内心快く思っていないことを承知している。だから、エステル姫の言動をフォローすることで、ブランカの中でのエステル姫の評価を上げようとするのだ。
それがエステル姫にとっては逆にストーカーっぽく見えてしまって、エステル姫は余計にウィルヘルムに冷たい態度を取る。
「あなたなんかにフォローされる私じゃありませんわ」「私に追従して本当に情けない方」などなど。
ウィルヘルムをうんざり顔で突き放そうとするエステル姫に、その愛想のない態度を必死でフォローするウィルヘルム。完全に悪手になってしまっている。
だから、ウィルヘルムとエステル姫のお茶は、ブランカにとって地獄のような空気なのだった。
「本当、あんなお茶につき合わされて、ブランカ様が気の毒で仕方がないわ」
アリアーナは吐き捨てるように言った。
「私も、なんであんな苦行を強いられているのかと心の中で嘆いているけれどもね」
「同席、お断りすればいいのに」
「それはアリアーナの言う通りなんだけど、なんか分からないけど完全に巻き込まれちゃってて」
「仮病でも何でも使えるものは使いましょ、ブランカ様」
「でも、ほらウィルヘルム様のお気持ちもあるのよ……」
ブランカとアリアーナは気の毒そうに顔を見合わせ、深々とため息をついた。
さて、アリアーナと別れた後、ブランカは今度はコックと晩御飯の打ち合わせに出向いた。こちらの新しいコックは王都で修業した経験がある……が、そこでもまたブランカはエステル姫への愚痴を聞かされた。ようやくコックを宥めて、くたくたになりながらを自室に帰ろうとしている途中で、ブランカはウィルヘルムにばったりと会った。
よほどブランカがくたびれた顔をしていたのだろう、ウィルヘルムはぎょっとして、いつもの調子を崩し、とても心配した声で
「だいじょうぶですか? 疲れていますね」
と優しく声をかけた。
ブランカは、いつもは余所余所しいウィルヘルムが急に心配そうに話しかけてくれたので、あれ?と思いながらも、
「そうですね」
と短く答えた。
疲れていると聞いてウィルヘルムは申し訳なさそうな顔をした。
「我々のせい、ですよね」
ブランカははっとした。そして言葉を選びながら、
「あ! いえいえ、あなた方のせいだなんて言わないでください。お二人が帰還されたことはめでたいことなんですから。ただ王宮がいまだにはっきりとした日取りや段取りを言ってこないでしょう? パレードをするとか話が大きくなっていますから。エステル姫もこんな田舎に留め置かれて、きっと鬱憤が溜まっているのでしょう」
と言い訳をした。
ウィルヘルムはそのブランカの取り繕った態度に余計に心苦しくなったのか、申し訳なさそうな顔をした。
「いや、やはりこのデイモンド子爵様方には、過剰な心労をおかけしていると心配しているのです。いや、正直私はパレードなんていらないんじゃないかと思っているのですが」
ブランカは苦笑した。
「エステル姫はパフォーマンス重視っぽいですからね」
「そうですね」
ウィルヘルムはため息をついた。
ブランカは、ウィルヘルムのそんな心から望んでいなさそうな仕草を見て、なんだか本当に気の毒になって言ってしまった。
「ねえ、ウィルヘルム様、いいんですか? このままじゃ、あなた人生変わっちゃいますよ? パレードなんかして、大っぴらに凱旋したら、あなたはこの国の英雄で、姫の夫で、たちまち注目の的です。エステル姫の夫になるということも分かっていますか? 一生姫の言いなりですよ? 王宮のしきたりに従って、自分を変えねばなりません。……下手したらもう、幼馴染や田舎の親戚や、そんな人たちと気安くテーブルを囲むことは難しくなるかもしれませんし……」
ウィルヘルムはぎくっとして顔をあげた。
「人生が変わる……?」
ブランカは頷いた。
「あなたは一生を賭けると言いました。エステル姫に一生を賭けると。それならとっくに覚悟済みかもしれませんけど。でも、あなたを見ているとやっぱりエステル姫に一生を賭けるのはウィルヘルム様のためになるのか、私は分からなくなるんです」
ウィルヘルムの目が鋭くなった。
「こないだの、アレですか?」
ブランカの『やめたらいいのに、あんな女……』の失言のことを言っている。
ブランカは開き直った。
「ええ、それです。無礼を承知で言いますけど。あなたは私が毎回同席するあのお茶会を本音ではどう思っているんです?」
その言葉はウィルヘルムの心にぶっ刺さったに違いなかった。ウィルヘルムは咄嗟に顔を背けた。
「それは……」
「けっして楽しい空気とは言えないわ。あなただってお気づきでしょ? 姫のお気持ちは、本当はあなただって分かっているのではなくて? それを無視してこのまま進むと、私はあなたが王宮で……いずれ一人ぼっちを嘆くことになるんじゃないかと……」
ブランカは感情が高ぶり、思わず目が潤んだ。
決してこの騎士が悪いわけではないのだけど。でも彼の未来に幸せが待っているような気にはなれない。
ウィルヘルムはブランカの涙を驚いたように見つめている。
「……そんなに心配してくださっていたとは」
「そりゃ、しますよ! あの日の失言から、私はだいぶだいぶ気にしてたんですからね。ウィルヘルム様だってずいぶん気にしてたじゃないですか。だからずっと余所余所しく、ぎこちなく、処かしこで私やエステル姫に気を遣って。それがまた痛々しくて。あなたこそ疲れていませんか?」
ブランカは言い返した。
ウィルヘルムは項垂れた。
「疲れて……。ああ、そうかもしれない」
ブランカは、ウィルヘルムの完全に気を落とした様子に、はっとなった。
「……あ、すみません。言い過ぎました。でも……あ、いえ、やめておきます。すみません、これで失礼します……」
ブランカは言いたいことだけ言って逃げるのは卑怯と分かりつつも、これ以上ウィルヘルムと話していてはウィルヘルムをどんどん傷つけるだけだということもよく分かっていたので、ぶちっと話を切り上げて、ウィルヘルムを顧みずに、ただ背を向けて立ち去った。
ウィルヘルムも言い返したいことがあったが、逃げるように去っていくブランカを追う気にもなれない。
ただ、自分のことでブランカに心痛を与えていたことだけはよく理解して、そしてブランカの後ろ姿をじっと見ていた。
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