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第六話 王妃を断罪する 前編

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 私の一存で王家に嫁ぐことに決めてから、話はとんとん拍子に進んだ。

 もともと王家からの婚約打診はかなり進んだものだった上に、王家(特に現王妃)が我が家サザーランド公爵家王宮内最大勢力現王妃のハリガン家に屈服したと勘違いしたことからかなり調子に乗っていて、好き勝手にどんどん話を進めていったのだ。
 何でもかんでも現王妃の意向のまま決まっていく。

 私はさすがに嫌な気持ちになった。
 胸に秘める計画がなければとっくに「やっぱ辞めます」って言っていたと思う。
 が、まあ、ここはぐっと我慢した。これは婚約であって婚約ではない……とか何だか禅問答のような念仏のようなものをぶつぶつと唱えて気分を落ち着けていた。

 私の消極的な気持ちはたぶん婚約者になる王太子の息子さん、ダーレイン王子にもしっかりと伝わっていたようだ。
 婚約するというのにダーレイン王子の方からは何一つ言って来はしなかった。
 まあ、それは別に構わない。惚れていない女の強みだ。(※婚約相手だって私に惚れていないけど。)

 まあそんな白々しい婚約であるが、私の婚約のお披露目パーティはたいそう賑やかに行うことになった。(※現王妃の強い意向)

 まあ、一応国王陛下のお孫さんんの婚約だからという立場的なものもあるし、それに何より政治的な意味合いが大変大きかったように思う。

 王妃の一族ハリガン公爵家うちサザーランド公爵家を味方に取り込んだことを大々的に知らしめようというのである。

 もう一つは、王妃が権力を維持したいがためになかなか国王陛下の退位をお認めにならないので、孫が婚約すればさすがに譲位を考えるのではないかという周りの思惑が、王家の世代交代の大々的な演出につながった感はある。

 うちの父や父方の祖父は婚約お披露目パーティがあまり派手に行われそうなので危機感をあらわにしていた。
 現王妃が好き勝手に話を決めていくのにも辟易へきえきしていた。
 しかし私が何やら胸に秘めたものがあると母から聞かされていた父は、私の気が済むようにとあまり口出しはしないでおいてくれた。

 お披露目パーティは王宮の中庭で開かれた。
 一口で中庭とは言っても、中央からではその敷地の端は見えないほどの広さがある。その広い敷地がいっぱいになるほどの招待客が集まった。
 皆、王家の縁談のお披露目ということで目いっぱい着飾っている。

 私は王妃の選んだドレス、王妃の選んだジュエリーに身を包み、政略結婚にうんざり顔をしている婚約相手ダーレイン王子の隣に立つ。
「どうも。ソフィアです。こうしてちゃんとお話するのは初めてですかね」なんて言いながら。

 ダーレイン王子の方も苦笑している。
「僕は立場上そこそこモテてきたけど、こんなに僕に興味のない女性は初めてだよ。それで婚約って言うんだから。君は何をたくらんでいるの」

 私は「ははっ、何も」と笑って答えておいた。

 すると王妃のりんと透き通る声が会場に響いた。
「皆さまっ! 本日はお越しくださってありがとうございます。今日、こうして我が孫の婚約者をご紹介できることをたいへん嬉しく思います」

 私は一応「紹介にあずかりまして」といった様子で、王妃に丁寧にお辞儀をしてみせた。
 招待客がわっと声をあげた。

 王妃は歓声に得意になったようだ。
「ご存知の方も多いかと思いますが、こちらはサザーランド公爵家のソフィア嬢です。サザーランド家と言えば先代のときに宰相を務めた名門中の名門ですわ。こうして王家にお迎えできて嬉しいこと」
 サザーランド公爵家も取り込んだ、もう自分には敵はいない、と高をくくっているような話口はなしくちだった。

 私は、さてと始めるか、と思った。変に場が温まる前に、婚約お披露目パーティの出鼻をくじくつもり満々だった。

 私はにこやかに微笑んだ。
「王妃様。わたくしはダーレイン様との婚約は承諾いたしましたけど、王家にお迎えされる気はさらさらございませんよ」

 王妃の顔が冷徹なまでに引きつった。
「は? 臣下の分際ぶんざいで何を言い出すの。どういう意味? ダーレインは私の孫、王太子の息子です。正当な王位継承権を持つ者よ」

 私は王妃の不興を買った事なんか少しも怖くない。
「そういうことになっていますけど、本当は違いますわよね?」

 私が挑発的な態度なので、傍に控えていた私の母の方が面食らってしまった。
「ソフィア! 何を言い出すの!?」
 父もとても驚いていたけれど、何やら私のことを信頼してくれているようで、父は黙っていてくれた。

 王妃は目を吊り上げている。怒りでわなわな震え出した。
「なんて不敬なことを言いだすのだ、この娘は! 投獄するわよっ!」

 投獄!
 大きな中庭にひしめき合っている招待客たちもしんと静まり返った。

 しかし私はひるまない。
「不敬だなんてとんでもない。ダーレイン様は王家の血筋ではございませんので、王妃様が怒るようなことではございますまい」

 ここまで聞いて、どうやら王妃はようやく私の言いたいことに気付いたようだ。王妃が死産した子に身代わりを立てたこと……。

 王妃は私に対抗するべく冷静になった。
 怒りで取り乱していた態度を急に改めた。
「何を言い出すのかしらね。ダーレインは間違いなく王太子と王太子妃のお子だし。ねえ、王太子妃?」
 王妃は王太子妃に話を振った。

 王太子妃の方はまさか息子の婚約相手にこんなことを言いだされるとは思っていなかったようで、目を丸くして騒ぎを見ていたのだが、王妃に話を振られて、慌ててうんうんと大きくうなずいた。
「間違いなく私が腹を痛めて産んだ子ですわ。そんな明白なこと……今まで誰にも疑われたことはありませんでしたよ、何を急に言い出すのかびっくりですわ」

 私はゆっくりと首を横に振った。
「違いますでしょう、王妃様? 王太子様が王妃様のお子ではございませんのでしょう?」

 王太子妃は目を見張った。
「まあぁ、そんなばかなことがございますでしょうか!」

 王妃の方はもちろん分かっているから、驚きもせずに黙って私を睨んでいる。

 私は続けた。
「私とダーレイン様の婚約のお披露目ということですので、私も自分の晴れ舞台、きちんと家族になる方々に祝っていただきたいと思いましてね。ダーレイン様の本当の祖父母様をお呼びさせていただきました」

「は?」
 王妃の眉がぴくりと動いた。

 誰が現れるのかと会場中が息を呑んだように静まり返った。
 こんな状況で出ていくのはよほどの勇気がいる。
 誰も出てこないのではないかと皆が思った。

 しかし私は自信があった。

 しばし沈黙が流れたが、はたして一組の老夫婦がおずおずと私とダーレイン殿下の前に姿を現した。
 すっかり恐縮して背中を丸めている。
 しかもあまり身分が高くないのだろうか、晴れ着を身に着けてはいるが他の人と見比べると少々みすぼらしい感じがした。

 老夫婦は蚊の鳴くような声で
「ダーレイン様。ご婚約おめでとうございます。会えて嬉しく思います」
とささやかながらお祝いの言葉を述べた。

 私は、老夫婦がちゃんと予定通りに現れたことにこっそり胸をなでおろしながら、ダーレイン殿下の方を向いて、
「こちらは王太子様の実のご両親のエグルストン夫妻であられます。ダーレイン様の本当の祖父母でございます。こちらの奥様の方が王妃様の再従姉妹はとこに当たる方。エグルストン様はハリガン公爵領の中心都市の市長を任されておいでだとか」
と説明した。

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