上 下
2 / 10

第二話 呪いの蝋燭(ろうそく)

しおりを挟む
 今の生活に不満はなく、ほとんど会ったことのない祖母に特別何の情も抱かなかった私は、面倒ごとが嫌だったので祖母には「会えない」と淡々と返事を書いた。
 母も私の決断に特別文句を言うことなく、日々は平穏に過ぎていくかに思えた。

 しかし、そんなにはうまくいかなかった。
 祖母から再度連絡が来たからだ。

 無視しても良かった。
 しかしその手紙には「あなたが私のお願いを断るのならば、私は自分の娘あなたの母を呼びつけなければならなくなる。私にあなたの母に頼めと言っているのかしら? 散々娘を無視した私に今更頭を下げるようなみっともない真似をさせる? 私はそれでもいいけどね、私に捨てられたあなたの母はどう思うかしら?」と半分脅しのような言葉が書いてあった。

 私は卑怯な匂いを感じた。

 どんなお願いか知れないが、自分で実の娘との縁を切っておきながら、用があったら自分の都合で呼びつけようとするなんて。娘たちがどんな思いだったか考えもせず。

 私は祖母の言いぐさにたいそう腹が立った。

 無視してしまえ。
 無視したって絶対に大丈夫。私が無視してそれで祖母が母に連絡を取っても、母だって祖母のことは無視するはずだ。
 だって実の親だからってそんな理不尽な頼み事なんて聞く必要ないでしょう? これまで無視されてきたのよ? 調子が良すぎる。

 しかし、私は母の顔を思い浮かべて、自分の考えに自信が持てなくなってきた。
 ……もし母が祖母を見捨てられなかったら?

 母が、理不尽と思いながらそれでも情に流されて、望まずも祖母に会うような事があったら?
 それは母にとってとても気の毒な気がした。

 実の娘よりは孫の私の方が、祖母への感情がほとんどない分マシだと思った。

 だから私は祖母の要求にこたえることにした。
 私は祖母に「よろしいわ。お会いいたします。でもこれっきりにしてください。そして母に連絡を寄越すのは一切やめてくださいますよう」と返事した。

 祖母からは「ありがたい。脅した価値がある」と返事が来た。

 私はイラっときた。
「脅した価値がある」ですって!? 
 なんという開き直り。
 私は祖母が本当に嫌いだと思った。

 それでも私は、言われた期日きっかりに祖母に指定された家を訪れた。

 決して大きくない郊外の家で私を出迎えたのは、よぼよぼの家政婦だった。
 私はその家に家政婦がいることにほんの少しほっとした。
 どんな野蛮な偏屈な独居老人が出迎えるかとハラハラしていたのだ。
 家政婦がいるからには多少の礼儀的なものは持ち合わせているかもしれなかった。

「奥様がお待ちかねですよ」
 口を開いた家政婦はたいへん穏やかな口ぶりだった。
 それも少し意外だった。
 この家政婦が偏屈なはずの老女と良好な関係を築いているかのように思えたからだ。偏屈な老女は多少は人間味があるのかもしれなかった。

 そんな私の当てが外れたような気持ちを知ってか知らずか、家政婦はにこにこしながら私を主の元へ案内してくれた。

「来ましたか、ソフィア」
 2階の日当たりのよい部屋で質素な、しかし造りの良い椅子に腰かけていたのは、整った顔立ちの清潔な老婦人だった。品の良い柔らかな笑顔を浮かべている。

 私は祖母のたたずまいが大きく予想と違っていたので言葉を失った。
 どんな意地悪ばばあかと思っていたのだ。

「ご、ごきげんよう、おばあさま」
 私は戸惑いながら挨拶をした。

 祖母はにっこりと微笑むと、容易に立ち上がれないほど弱った自身の体をび、そうして私を向かいの椅子に座らせた。
 それから無駄な腹の探り合いなど不要とばかりに
「お願いというのね」
と単刀直入に用件を口にした。

 私は聞き漏らすまいと息を呑んだ。

 祖母はテーブルの上の豪華な箱を指し示した。
「これをね。私が死んだら私のひつぎに入れてほしいということなんですよ」
とゆっくりとはっきりと言った。

 私は拍子抜けした。
「それだけですか?」

「ええ」
 祖母は真面目な顔をした。
「でも決して間違いなく、私のひつぎに入れてもらいたいのです」

 あまりにも念を押すので奇妙な気がした。
「なぜあの家政婦に頼まないのですか? 私よりよっぽど信頼があると思いますけど」

 しかし祖母は悲しそうな顔をして首を振った。
「こればっかりはね。身内に頼まないと」

 私は黙った。
 身内以外に頼めない? 金目のものでも入っているのか? でも死んでまで金目のものにこだわるだろうか。

 祖母は私の怪訝けげんそうな表情などお見通しのように笑った。
「お金なんかじゃありませんよ。それに財産と呼べそうなものはほとんどあの家政婦に譲るつもりですから」

 ではその箱は何だというのか?
 私は箱の中身について聞くべきかどうか迷った。
 正直中身はどうでもよかったのだが、祖母がこうまでして『身内』に頼みたい理由は何なのだろうか。というより、もしひつぎに入れなかったらどうなるのか、そっちの方も気になった。

 しかし、私から聞くのはなんだか祖母のペースに乗せられているようで少し悔しかった。

 とはいえ、ここで今聞かなければ、祖母が死んでしまってからではもう一生理由を聞くことはない。
 何やら祖母にとっての大事な用件に巻き込まれているのに、自分はその役目も何にも知らされずに言いなりになっているのは、それはそれでモヤモヤするのだった。

 私の迷いを祖母は気づいたようだ。急に真面目な顔になった。
 そうして無駄のない動作で優雅にすっと箱のふたを開けた。

 中には、三挺さんちょう蝋燭ろうそくが入っていた。箱の重厚さには似合わない、なんの変哲もない素朴な蝋燭ろうそくだった。

 私は戸惑った。
 なぜこんな古ぼけた蝋燭ろうそくを後生大事にひつぎに入れなければならないのか?

 祖母は私の戸惑った表情をゆっくりと見て、それから覚悟を決めたように息を吐いた。。
「絶対に誰にも言わないで頂戴ちょうだい。これは呪いの蝋燭ろうそくなの」

 呪い?
 私は、急に話が陳腐ちんぷになったので、むっとした。
 そんな子供だましを聞かされて、少し祖母に興味を持ってしまった事を残念に思った。

 しかし祖母はいたって真面目な顔をしていた。
「信じていませんね。ええ。信じないまま、ひつぎに入れてほしいわ。でもよからぬ人の手に渡るとたいへんなことになるでしょうから、絶対に誰にも言わないでほしい。特に日々の生活を回すことで精いっぱいのあの家政婦とかには。どんな悪い考えがよぎるとも知れませんからね」

 どうやら祖母は本気で『呪いの蝋燭ろうそく』だと思っているようだった。
 私はあきれていた。
 しかし頭ごなしに祖母を否定するのも面倒だったので、半分は調子を合わせながら、
「そんな秘密とやらを……一番身近な家政婦には伝えず、私には言ってもよいというのはどんな理屈なのですか」
と冷静に聞いた。

 祖母の目が一瞬光ったような気がした。
ひつぎに入れろという私の言いつけを守らず、あなたがこの蝋燭ろうそくを使って不幸になるならば、それは私の悪い血の星巡ほしめぐりだとあきらめるしかないわ」
 思いのほか強い口調だった。

 私は祖母の考えを探るので精いっぱいだった。
 祖母の『悪い血の星巡ほしめぐり』?
 ……とりあえず、祖母があの善良そうな家政婦を巻き込みたくないと思っているのは確かそうだった。そして私はただ血がつながる身内として何かの後始末をさせられようとしている。
 何やら忠告はしてくれているが、もしこの件で私に何か不幸があっても仕方がないらしい。

 ……しかしいったい『悪い血』とは何なのか。祖母は私に何の責任を取らせようとしているのか。

 私の疑問をよそに祖母は続けた。
「呪いたい人の名前を唱えながら火をともします。でも決まりごとがあります。1ちょうに火をともすだけではダメ。3ちょう同時に火をともさなければだめ。それもね、3ちょうとも同じ人の名前ではダメ。1ちょうずつそれぞれに一人ずつの名前を言うこと。つまり、この蝋燭ろうそくで人を呪うには同時に3人を呪わなければだめなの」

 どうやらこの蝋燭ろうそくの使い方らしい。

 私は急に話が具体的になったので困惑した。
 もしかして呪いの蝋燭ろうそくというのは本当なのだろうか。

 祖母はゆっくりとうなずいた。
「疑っていますね。本当かどうかは分からないわ。でもあなたが今から聞く話で、どうぞご自由に判断して頂戴ちょうだい

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】婚約破棄を望む王太子から海に突き落とされた悪役令嬢ですが、真実の愛を手に入れたのは私の方です

幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・獣人・ざまぁモノ】 (HOTランキング女性向け17位 2023/6/9 ありがとうございました!)  メリーウェザー・クーデンベルグ公爵令嬢は、ある日婚約者の王太子によって生きたまま海に沈められてしまう。理由は「真実の愛を見つけたからおまえが邪魔だ」とのこと。  いやいやいや、何も殺すことないじゃないですか!? 殺されるぐらいなら、喜んで婚約破棄に応じますよ! 別に婚約中だって愛されている実感なんかありませんでしたからね、王太子様には何の未練も……って、おいッ聞く耳持たないんですか!?  そんなこんなでメリーウェザーは海に沈められてしまったのだけれど、なんと海竜族のイケメン族長殿下に拾われた。元婚約者のクズ王太子に生きていることが知られたら口封じにまた命を狙われてしまうと思ったメリーウェザーは、身分を隠して一人でひっそりと生きていこうと前向きに決心。そんな逆境にも負けないひたむきなメリーウェザーをほほえましく思う海竜殿下。  しかし、話はそんなにうまくはいかないものだ。メリーウェザーを疎ましく思う者によって、メリーウェザーは誘拐され『夜伽(よとぎ)用の女奴隷』としてヒト族の国へ売られてしまった……。  そしてヒト族の国では、ついに元婚約者のクズ王太子が『真実の愛』と嘯(うそぶ)く異国の令嬢と結婚するという! さらには、その異国の令嬢の『許しがたい身の上』──?  海竜殿下の手を借りてメリーウェザーは立ち上がる。いろいろな理不尽に抗うために──。 異世界恋愛、『獣人』モノです!『ざまぁ』アリです。 短め連載(4万文字程度)です。設定ゆるいです。 お気軽に読みに来ていただけたらありがたいです。 小説家になろう様にも投稿しています。

全てを諦めた令嬢は、化け物と呼ばれた辺境伯の花嫁となる

毛蟹葵葉
恋愛
それは、第一王子の気まぐれで結ばれた縁談だ。 国で一番美しい令嬢と、化け物と呼ばれる辺境伯との婚姻を強制するものだった。 その哀れな美しい令嬢は、アストラの妹ライザだった。 嘆き悲しむライザを慰めるのは、アストラの婚約者のフレディだった。 アストラは、二人が想い合っている事を前々から気がついていた。 次第に距離が近くなっていく二人に、アストラは不安を覚える。 そして、その不安は的中した。 アストラとフレディとの婚約発表の日、ライザは体調を崩した。 フレディは、アストラの制止を振り切りライザに付きそう。 全てを諦めたアストラは、王命の抜け穴を利用して、化け物と呼ばれる辺境伯の所へ向かう。 序盤は胸糞です

婚約解消して次期辺境伯に嫁いでみた

cyaru
恋愛
一目惚れで婚約を申し込まれたキュレット伯爵家のソシャリー。 お相手はボラツク侯爵家の次期当主ケイン。眉目秀麗でこれまで数多くの縁談が女性側から持ち込まれてきたがケインは女性には興味がないようで18歳になっても婚約者は今までいなかった。 婚約をした時は良かったのだが、問題は1か月に起きた。 過去にボラツク侯爵家から放逐された侯爵の妹が亡くなった。放っておけばいいのに侯爵は簡素な葬儀も行ったのだが、亡くなった妹の娘が牧師と共にやってきた。若い頃の妹にそっくりな娘はロザリア。 ボラツク侯爵家はロザリアを引き取り面倒を見ることを決定した。 婚約の時にはなかったがロザリアが独り立ちできる状態までが期間。 明らかにソシャリーが嫁げば、ロザリアがもれなくついてくる。 「マジか…」ソシャリーは心から遠慮したいと願う。 そして婚約者同士の距離を縮め、お互いの考えを語り合う場が月に数回設けられるようになったが、全てにもれなくロザリアがついてくる。 茶会に観劇、誕生日の贈り物もロザリアに買ったものを譲ってあげると謎の善意を押し売り。夜会もケインがエスコートしダンスを踊るのはロザリア。 幾度となく抗議を受け、ケインは考えを改めると誓ってくれたが本当に考えを改めたのか。改めていれば婚約は継続、そうでなければ解消だがソシャリーも年齢的に次を決めておかないと家のお荷物になってしまう。 「こちらは嫁いでくれるならそれに越したことはない」と父が用意をしてくれたのは「自分の責任なので面倒を見ている子の数は35」という次期辺境伯だった?! ★↑例の如く恐ろしく省略してます。 ★9月14日投稿開始、完結は9月16日です。 ★コメントの返信は遅いです。 ★タグが勝手すぎる!と思う方。ごめんなさい。検索してもヒットしないよう工夫してます。 ♡注意事項~この話を読む前に~♡ ※異世界を舞台にした創作話です。時代設定なし、史実に基づいた話ではありません。【妄想史であり世界史ではない】事をご理解ください。登場人物、場所全て架空です。 ※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義なのでリアルな世界の常識と混同されないようお願いします。 ※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。 ※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。 ※話の基幹、伏線に関わる文言についてのご指摘は申し訳ないですが受けられません

私とお母さんとお好み焼き

white love it
経済・企業
義理の母と二人暮らしの垣谷操。貧しいと思っていたが、義母、京子の経営手腕はなかなかのものだった。 シングルマザーの織りなす経営方法とは?

エンドロールを巻き戻せ

T
恋愛
25歳の幼稚園教諭の立花 瑞稀(たちばな みずき)は高校生の時から付き合っている、相沢 一彩(あいざわ いっさ)との結婚を夢みていた。 25歳の誕生日、ついにプロポーズされるかと期待していたが「好きな子ができた」と振られてしまう。 失恋のショックで立ち直れない瑞稀は、毎日飲み歩いていた。 ある日初めて入ったバーの、老人のマスターに、 「こんな思いをするくらいなら、はじめから恋なんてしなければ良かった。」 と愚痴ると、マスターが 「その願いを叶えてあげよう。」 と言ってくる、、、。

趣味を極めて自由に生きろ! ただし、神々は愛し子に異世界改革をお望みです

紫南
ファンタジー
魔法が衰退し、魔導具の補助なしに扱うことが出来なくなった世界。 公爵家の第二子として生まれたフィルズは、幼い頃から断片的に前世の記憶を夢で見ていた。 そのため、精神的にも早熟で、正妻とフィルズの母である第二夫人との折り合いの悪さに辟易する毎日。 ストレス解消のため、趣味だったパズル、プラモなどなど、細かい工作がしたいと、密かな不満が募っていく。 そこで、変身セットで身分を隠して活動開始。 自立心が高く、早々に冒険者の身分を手に入れ、コソコソと独自の魔導具を開発して、日々の暮らしに便利さを追加していく。 そんな中、この世界の神々から使命を与えられてーーー? 口は悪いが、見た目は母親似の美少女!? ハイスペックな少年が世界を変えていく! 異世界改革ファンタジー! 息抜きに始めた作品です。 みなさんも息抜きにどうぞ◎ 肩肘張らずに気楽に楽しんでほしい作品です!

幼馴染と両想いなんだけど、私には十歳上の婚約者がいて…。

ほったげな
恋愛
幼馴染のジーンと私は両想いである。しかし、私には親に決められた婚約者がいた。婚約者とは結婚したくない私にジーンは…?!

王太子様には優秀な妹の方がお似合いですから、いつまでも私にこだわる必要なんてありませんよ?

木山楽斗
恋愛
公爵令嬢であるラルリアは、優秀な妹に比べて平凡な人間であった。 これといって秀でた点がない彼女は、いつも妹と比較されて、時には罵倒されていたのである。 しかしそんなラルリアはある時、王太子の婚約者に選ばれた。 それに誰よりも驚いたのは、彼女自身である。仮に公爵家と王家の婚約がなされるとしても、その対象となるのは妹だと思っていたからだ。 事実として、社交界ではその婚約は非難されていた。 妹の方を王家に嫁がせる方が有益であると、有力者達は考えていたのだ。 故にラルリアも、婚約者である王太子アドルヴに婚約を変更するように進言した。しかし彼は、頑なにラルリアとの婚約を望んでいた。どうやらこの婚約自体、彼が提案したものであるようなのだ。

処理中です...