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6.完敗

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 そして、それからしばらくして、エリオットにとってたいへん都合の良いシチュエーションがやってきた。

 時は夜。
 エリオットは国王陛下とお妾殿の部屋の前にいた。部屋の中から声がする。

 夜、寝静まっている時間。一人のはずのお妾殿の部屋から『声』。ええ、たいへん不自然です。

 エリオットは覚悟を決めて踏み込んだ。

 真夜中の寝所に急に武装した男が入ってきたので、お妾殿は跳ね起きた。
 お妾殿の隣には若い男が裸で眠っている。裸の男も騒がしくなった空気に目が覚めて真っ青になった。

「どーもー。こんな都合よく浮気してくれるなんてグッジョブです、お妾殿」
 エリオットは渇いた声でお妾殿に声をかける。

「あ、いやこれは違うの!」
 お妾殿は顔を真っ赤にして薄着を恥じながら叫んだ。

 エリオットはあきれた。
「何が違うんです。見たまんまですよ」

「私は陛下の寵愛を受けているわ。この男は知らない。眠り薬でも入れられたのよ。私はめられたのだわ」
 お妾殿は必死で見苦しい言い訳を述べた。

 隣の裸の男が震え上がって、ふるふると首を横に振った。
 この男はしがない演奏家だ。顔だけが良くてしばらく前からお妾殿のサロンに呼ばれるようになっていた。お妾殿のサロンでヴァイオリンを弾くのが仕事。ついでに寝所に入るのも仕事だったらしい。

 エリオットはため息をついてからふふっと笑った。
「よく聞く言い訳ですね。薬を盛られてその薄着ですか。あなたの愚昧ぐまいさに全く笑いが止まりませんよ」

「うっ、確かに妙に嬉しそう」
 お妾殿は苦々しそうな顔をする。

 エリオットは大きくうなずいた。
「ええ。これで国王陛下を別れていただける」

 そして国王がエリオットの後ろからぬっと現れたのでお妾殿は真っ青になった。
「国王陛下、違うの!」

「何が違う……?」
 国王の顔色も青い。確かに、あんなに慕ってくれていた愛妾の浮気現場なんかに踏み込んで、正気を保てというのもこくな話なのかもしれない。

 お妾殿はわッと泣き出した。
「だって、あなたはちっとも私の相手をしてくださらない。私寂しくて。あなたのせいよ」

「俺のせい? わかったわかった、俺のせいでいい。でももう俺とお前はもうおしまいだ。エリオットにもおまえと別れるよう言われていたしな……」
 国王はすっかり意気消沈している。

「ちょっと、私のせいにするのは違うでしょう」
 エリオットは思わず口を挟んだ。

 国王はエリオットの抗議にうつろな目を向けた。
「いいじゃないか、おまえが恨まれてくれ」

 エリオットは少し国王が可哀そうになった。
「ここは素直に『浮気は許せない』でいいんですよ、陛下」

「ああ、そうか……」
 国王は何やら頭が混乱してしまっているようだった。

 お妾殿もしばらく放心したように黙っていたが、やがて気を取り直したようにエリオットに恨みの目を向けた。
「これで、あなたは王妃との約束通り、私と国王陛下を別れさせることができたのね。アルテミア嬢ともさぞかしラブラブなんでしょうね」

 その言葉に、エリオットの方もはああ~と深いため息をついた。
「あ、その件ですが、正確には、今は私は国王派でしてね。王妃様のたくらみを国王陛下にばらした件で、王妃様はカンカンです。アルテミア嬢との約束は煙のように立ち消えました。国王陛下がいくらとりなそうとしてくれても一向に王妃様は許してくれません。あなたと国王陛下を別れさせることが私の最後の望みなのです。これで王妃様が許してくれてアルテミア嬢に口を利いてくれるのを……」

「アルテミア嬢ですか……」
 エリオットの言葉を受けるようにして、裸の男が蚊の鳴くような声でつぶやいた。

 エリオットは何か不穏な空気を感じて裸の男に目を向けた。
「なんだ?」

「アルテミア嬢とも寝た事あります……」
 男は申し訳なさそうに白状した。

「!」
 エリオットは頭を殴られたかのような衝撃を感じた。

 そのエリオットの信じられないといった顔に、お妾殿はにやりと笑った。
「ふはは、おまえも不幸せになれっ」

 エリオットはふがふがと口を動かしながらも音が発せられない。
 やがて、どこから声が出たのかふわふわと、
「あ、いや、でもほら一夜の過ち的な? 本当はすみれのように控えめで清く正しく美しい令嬢だから……」
と焦点の定まらない目で言った。

 それに対して裸の男が首を大きく振った。
「彼女はちっとも控えめじゃありません。かなり強引な肉食系です。清いだなんてとんでもない! 私は恋人がいたのに脅されて彼女の寝所に入ったのです」

「ふがーっ!」
 エリオットは耳をふさいだ。
 が、入ってしまった音を追い出すことはできない。

 国王がポンポンとエリオットの肩をいたわるように叩いた。
「俺たち、おんなじクソ男に寝取られてるなあ」

「あんたと一緒とか残念過ぎます」
 脳がバグってエリオットはついついためぐちでツッコんでしまう。

 国王はそれを笑い飛ばした。
「はっはっは。お前の場合は寝取られ以前の問題だったようだが!」

「くうう」
 エリオットは唇をかみしめて涙をこらえている。

 裸の男はここまで話してしまったのならもう一緒とばかりに、
「ちなみにお妾様の寝所に入ったのは王妃様の指図です。それがエリオット様のお耳に入るようにしたのも」
とぶちまけた。

 国王陛下は呆気あっけにとられた。
「王妃の差し金!?」

 エリオットも心臓が止まるかと思ったが、
「王妃様はおまえとアルテミア嬢の関係も知った上でおまえを遣わしたのか?」
と絞り出すように聞いた。

「でしょうね……。『覚悟なさい、エリオット』とかわめいてましたから」
 裸の男は申し訳なさそうに答えた。

 エリオットは首を垂れた。

 そのときお妾殿がおそるおそる、
「私、被害者じゃない?」
つぶやいた。

 国王とエリオットは同時にお妾殿を振り返って一喝いっかつした。
「裸でそれはない!」

 妾はしゅんとする。王妃に完敗だ。

 国王は何だか自暴自棄になっている。
「おしまいだ、おしまい。妾もアルテミア嬢も。今夜は酒だな。王妃の一人勝ちだ」

「そっすね。くそう。酒飲みましょう、陛下。敗北の腐酒を五臓六腑に浸みこましてやる」
 エリオットはようやく自分を取り戻したように呼応した。

「あ、私もご一緒します、陛下。私も女の闘いに負けたのですわ。女が女に負けたときの悔しさと言ったらね。酒で記憶を洗い流すしかありませんわ」
 お妾殿も話に乗って来る。

「よし、飲もう!」
「はい! 朝まで!」
 3人はそのままお妾殿の部屋でしこたま飲んだ。

 夜明けの気配がしてきたころ、お妾殿は言った。
「国王陛下。王妃の差し金に引っかかって浮気なんて情けなくて仕方ありませんから、ちょっと私も冷静になりました。もうこの部屋に来ることはありません」

「そうだね。俺も王妃の差し金とはいえ浮気した君を今まで通り愛人として愛せるとは思えないよ。心の中じゃあ同志だけどね」
 国王は寂しそうに笑った。

 お妾殿は微笑んだ。そして日が昇る前に、国王にあてがわれたこの部屋をそっと出ていった。どこに身を寄せるつもりなのかは分からないが。

 取り残されたエリオットはふと心細さを感じた。
「国王陛下、私はあの王妃を裏切って王宮で生きていけるんですかね?」

「おまえは私の傍にいなくちゃだめだよ。王妃の怒りを分散させる役割だ」

「なんですか、それー!」
 女は怖い。エリオットはこの後の人生にとてつもない不安を感じたのだった。
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