1 / 7
【1.命を狙われたお飾り妃】
しおりを挟む
その日は創国の英雄を奉る式典だった。
たくさんの要人が神殿に集められ、祭壇のすぐそばに用意された席には若い国王夫妻が座っていた。
厳かな空気の中、国王の正妃であるイベリナ妃は国王の横に控えながら、小声であれこれ国王に助言をしている。
「よろしいですか、陛下。式典のはじめに、まずは神官様により会場をお清めするための言葉が述べられます。陛下は主催者側の一人として起立なさるんですよ」
「次に、陛下。神官様が創国の英雄の像をお迎えいたします。陛下は子孫の代表ですから、神官様と一緒にお迎えに行くことになっています。合図がありましたら神官様にお供されますように」
「その次は、陛下。陛下の冠をしばし創国の英雄にお返しすることになります。口上が述べられましたら神官様がやってきますから、速やかに冠をお渡しくださいますように」
……
……
こういった式典は数多いため一つ一つ手順を覚えておくことは難しいとしても、まだ若い国王は前日に予習することもしないのでいつも行き当たりばったりだ。だからイベリナ妃がいつも横から小声で「次はね、その次はね――」と助言を出している。
国王はその指示に毎度うんともすんとも答えないが、イベリナ妃に言われたとおりに振る舞い、大抵の儀式はきちんとやり過ごしていた。今回も同様だ。
式典は順調に進んでいるように見えた。
しかし、
「陛下、次は神官様のお隣にお並びくださいませ」
というイベリナ妃の指示通りに国王が席を立ち祭壇の方へ歩いて行ったとき、急にガッと音がしたかと思うと、イベリナ妃の席のすぐ目の前に、ガシャッガチャンッと神殿のシャンデリアが落ちてきた。
招待客からキャーっ!と悲鳴が上がり、招待客は皆立ち上がり会場は騒然とした。
少し離れたところで待機していた護衛騎士たちが国王とイベリナ妃に駆け寄り、続く危険がないか目を光らせた。
イベリナ妃は驚いて声を出せないままだ。
飛び散ったシャンデリアの破片を食い入るように見つめている。
祭壇のそばにいた国王も驚いた顔で落ちたシャンデリアを眺め、一歩後ずさったまま絶句している。
国王とイベリナ妃が呆気にとられているところへ神官たちが駆けてきて、「式典は中止です、どうぞお控えの間の方へ」と現場から国王と妃を遠ざけるように二人に退場を促した。
招待客たちも一刻でも早く危険から待避しようと我先にと会場を後にする。
控えの間に入ると、国王の元へ愛人のジャスミンが駆けてきた。
「陛下、大丈夫ですか!? お怪我はありませんでしょうか!?」
そしてべたべたと国王の肩やら腕やらをあちこち撫でさすっている。
イベリア妃はそれを生温かい目でちらりと見た。まあ、いつものことなのだけれども。
そこへ護衛騎士のヘンリックがイベリナ妃の元に駆けてきた。
ヘンリックはイベリナ妃専任の護衛騎士である。先ほどまで式典会場の控えていたが、シャンデリアが落ちたというので原因を調べに行っていたのだった。
ヘンリックはたいへん険しい顔をしていた。
「シャンデリアの綱は刃物で切られたような跡がありましたよ。誰かがわざと落としたのでしょう」
イベリナ妃はため息をついた。
「シャンデリアだって安くはないのに……。でも壊れたままでは困るもの、造り直させるしかないわね」
「いや、そういうことじゃなくてっ! 何者かが命を狙ったんですよ。国王陛下がお席をお立ちになるタイミングでしたからイベリナ妃を狙ったものと思います。犯人を捕まえないと!」
「は、犯人? あ、それはジャスミンさん確定です」
イベリナ妃が小声で、騒ぎ立てようとするヘンリックを止めようと手を差し伸べながら答えるので、ヘンリックは思わず「は?」と聞き返した。
イベリナ妃は頭を掻きながら答える。
「だって数日前に事前視察に来た時、彼女を見たもの。ドレスのあちこちに煤のようなものを付けていたから、シャンデリアに何か細工したんじゃないかしら」
「え? ジャスミン様自ら細工を施したんですか? なんと行動的な……っていうか、細工された時点で言ってくださいよっ!」
「いやだって、シャンデリアは思ったほど危険じゃないじゃない? 概ね真下にしか落ちないから、下に居なきゃいいんだもの。だから今日も座席がシャンデリアの下でないことは確認しました」
イベリナ妃が慌てて謎の弁解をするのでヘンリックは頭を抱えてしまった。
「イベリナ様、アホですか……。それで解決したような顔をされても」
イベリナ妃はヘンリックが困った顔をしているで「え??」といった顔をしている。
しかし、次の瞬間にはイベリナ妃は少し真面目な表情になって、
「でもついに命まで狙いだしたみたいだから、私もさすがに穏やかでいられないと思い始めたところですのよ」
とゆっくりと言った。
その言葉にヘンリックは目を剥いた。
「命まで狙いだしたって、以前から変なことがあったってことですか!? まったく、私は護衛騎士失格ですよ。なんで先に言ってくれないんですか!」
「えっと、だって、ドレスに細工とか、寝室に違和感とか、なんか他人に言うのが憚られるような小さなことばっかりで……」
イベリナ妃がヘンリックの勢いに気圧されて首を竦めながら言い訳すると、ヘンリックはじとっとした目をイベリナ妃に向けて、
「あなたの口ぶりではシャンデリア落とされたことだって『小さなこと』なんでしょう? 一般の感覚では小さなことじゃないので、どうぞ今まで変だなと思ったことを全部恥ずかしがらずに説明してもらえませんかね?」
と大きく深くため息をついた。
たくさんの要人が神殿に集められ、祭壇のすぐそばに用意された席には若い国王夫妻が座っていた。
厳かな空気の中、国王の正妃であるイベリナ妃は国王の横に控えながら、小声であれこれ国王に助言をしている。
「よろしいですか、陛下。式典のはじめに、まずは神官様により会場をお清めするための言葉が述べられます。陛下は主催者側の一人として起立なさるんですよ」
「次に、陛下。神官様が創国の英雄の像をお迎えいたします。陛下は子孫の代表ですから、神官様と一緒にお迎えに行くことになっています。合図がありましたら神官様にお供されますように」
「その次は、陛下。陛下の冠をしばし創国の英雄にお返しすることになります。口上が述べられましたら神官様がやってきますから、速やかに冠をお渡しくださいますように」
……
……
こういった式典は数多いため一つ一つ手順を覚えておくことは難しいとしても、まだ若い国王は前日に予習することもしないのでいつも行き当たりばったりだ。だからイベリナ妃がいつも横から小声で「次はね、その次はね――」と助言を出している。
国王はその指示に毎度うんともすんとも答えないが、イベリナ妃に言われたとおりに振る舞い、大抵の儀式はきちんとやり過ごしていた。今回も同様だ。
式典は順調に進んでいるように見えた。
しかし、
「陛下、次は神官様のお隣にお並びくださいませ」
というイベリナ妃の指示通りに国王が席を立ち祭壇の方へ歩いて行ったとき、急にガッと音がしたかと思うと、イベリナ妃の席のすぐ目の前に、ガシャッガチャンッと神殿のシャンデリアが落ちてきた。
招待客からキャーっ!と悲鳴が上がり、招待客は皆立ち上がり会場は騒然とした。
少し離れたところで待機していた護衛騎士たちが国王とイベリナ妃に駆け寄り、続く危険がないか目を光らせた。
イベリナ妃は驚いて声を出せないままだ。
飛び散ったシャンデリアの破片を食い入るように見つめている。
祭壇のそばにいた国王も驚いた顔で落ちたシャンデリアを眺め、一歩後ずさったまま絶句している。
国王とイベリナ妃が呆気にとられているところへ神官たちが駆けてきて、「式典は中止です、どうぞお控えの間の方へ」と現場から国王と妃を遠ざけるように二人に退場を促した。
招待客たちも一刻でも早く危険から待避しようと我先にと会場を後にする。
控えの間に入ると、国王の元へ愛人のジャスミンが駆けてきた。
「陛下、大丈夫ですか!? お怪我はありませんでしょうか!?」
そしてべたべたと国王の肩やら腕やらをあちこち撫でさすっている。
イベリア妃はそれを生温かい目でちらりと見た。まあ、いつものことなのだけれども。
そこへ護衛騎士のヘンリックがイベリナ妃の元に駆けてきた。
ヘンリックはイベリナ妃専任の護衛騎士である。先ほどまで式典会場の控えていたが、シャンデリアが落ちたというので原因を調べに行っていたのだった。
ヘンリックはたいへん険しい顔をしていた。
「シャンデリアの綱は刃物で切られたような跡がありましたよ。誰かがわざと落としたのでしょう」
イベリナ妃はため息をついた。
「シャンデリアだって安くはないのに……。でも壊れたままでは困るもの、造り直させるしかないわね」
「いや、そういうことじゃなくてっ! 何者かが命を狙ったんですよ。国王陛下がお席をお立ちになるタイミングでしたからイベリナ妃を狙ったものと思います。犯人を捕まえないと!」
「は、犯人? あ、それはジャスミンさん確定です」
イベリナ妃が小声で、騒ぎ立てようとするヘンリックを止めようと手を差し伸べながら答えるので、ヘンリックは思わず「は?」と聞き返した。
イベリナ妃は頭を掻きながら答える。
「だって数日前に事前視察に来た時、彼女を見たもの。ドレスのあちこちに煤のようなものを付けていたから、シャンデリアに何か細工したんじゃないかしら」
「え? ジャスミン様自ら細工を施したんですか? なんと行動的な……っていうか、細工された時点で言ってくださいよっ!」
「いやだって、シャンデリアは思ったほど危険じゃないじゃない? 概ね真下にしか落ちないから、下に居なきゃいいんだもの。だから今日も座席がシャンデリアの下でないことは確認しました」
イベリナ妃が慌てて謎の弁解をするのでヘンリックは頭を抱えてしまった。
「イベリナ様、アホですか……。それで解決したような顔をされても」
イベリナ妃はヘンリックが困った顔をしているで「え??」といった顔をしている。
しかし、次の瞬間にはイベリナ妃は少し真面目な表情になって、
「でもついに命まで狙いだしたみたいだから、私もさすがに穏やかでいられないと思い始めたところですのよ」
とゆっくりと言った。
その言葉にヘンリックは目を剥いた。
「命まで狙いだしたって、以前から変なことがあったってことですか!? まったく、私は護衛騎士失格ですよ。なんで先に言ってくれないんですか!」
「えっと、だって、ドレスに細工とか、寝室に違和感とか、なんか他人に言うのが憚られるような小さなことばっかりで……」
イベリナ妃がヘンリックの勢いに気圧されて首を竦めながら言い訳すると、ヘンリックはじとっとした目をイベリナ妃に向けて、
「あなたの口ぶりではシャンデリア落とされたことだって『小さなこと』なんでしょう? 一般の感覚では小さなことじゃないので、どうぞ今まで変だなと思ったことを全部恥ずかしがらずに説明してもらえませんかね?」
と大きく深くため息をついた。
0
お気に入りに追加
13
あなたにおすすめの小説
旦那様は私より幼馴染みを溺愛しています。
香取鞠里
恋愛
旦那様はいつも幼馴染みばかり優遇している。
疑いの目では見ていたが、違うと思い込んでいた。
そんな時、二人きりで激しく愛し合っているところを目にしてしまった!?
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
夫の幼馴染が毎晩のように遊びにくる
ヘロディア
恋愛
数年前、主人公は結婚した。夫とは大学時代から知り合いで、五年ほど付き合った後に結婚を決めた。
正直結構ラブラブな方だと思っている。喧嘩の一つや二つはあるけれど、仲直りも早いし、お互いの嫌なところも受け入れられるくらいには愛しているつもりだ。
そう、あの女が私の前に立ちはだかるまでは…
幼馴染みとの間に子どもをつくった夫に、離縁を言い渡されました。
ふまさ
恋愛
「シンディーのことは、恋愛対象としては見てないよ。それだけは信じてくれ」
夫のランドルは、そう言って笑った。けれどある日、ランドルの幼馴染みであるシンディーが、ランドルの子を妊娠したと知ってしまうセシリア。それを問うと、ランドルは急に激怒した。そして、離縁を言い渡されると同時に、屋敷を追い出されてしまう。
──数年後。
ランドルの一言にぷつんとキレてしまったセシリアは、殺意を宿した双眸で、ランドルにこう言いはなった。
「あなたの息の根は、わたしが止めます」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる