4429F

夏川 俊

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6、愛子

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 左右ある門柱。 その右側だ。 この不思議な力を使う『 誰か 』の存在を感じる。 ハッキリと・・・!
「 ・・・・・ 」
 友美は、警戒をしながら、ゆっくりと校門を出た。
 ・・・はたして、そこに立っていたのは、若い女性だった。 襟に、赤い3本線のラインが入った濃紺のセーラー服を着た高校生だ。 両手で通学カバンを前に持ち、じっと、友美を見つめている。
「 友美さんね?  ・・すごい集中力ね。 とても、覚醒まだ間もないとは思えないわ。 弾き飛ばされそうで、私、一歩も動けなかったもの 」
 ノンフレームのメガネを掛け、肩下くらいまでの髪をポニーテールにした、真面目そうな感じの女生徒である。

「 ・・・殺気は無かったけど、怖くて・・・ 」
「 ねえ、もう、気を送るのはやめて。 ・・動けないよ、私 」
 友美は、握った拳を目を瞑りながら、確認するように、少しずつ開いていった。
「 ふうっ・・! 」
 硬直した体がやっと開放され、一息ついた彼女は、メガネを掛け直しながら言った。
「 息が、出来なかったわよ? 自律神経ごと固めるなんて・・ 私には、とても真似出来ないわ。 しかも、そんな力を、まだ使いこなし切れていないなんて・・・ あなたの近くにいると、命がいくつあっても足りないわね 」
 どうやら、昨晩の少年とは違う。 その言葉には、友好的な雰囲気が感じられた。 この不思議な力についても熟知しており、また、それを使いこなしている人物でもあるらしい。
「 私には、まだ分からない事が沢山あります。 あなたは・・ 攻撃的じゃないように思えるんだけど・・・ 」
 警戒を、完全に解いた訳ではない。 何かあったらと、心の中で身構えながら、友美は聞いた。
「 ・・やめて! 私、つ・・ 潰れちゃうよっ・・! 」
 物凄い力で校門の壁に押し付けられながら、彼女はうめいた。 いつの間にか、相手を圧迫しようという気が先行し、知らぬ間に友美は、彼女を拘束していたのだ。
「 え? あ・・ ご、ごめんなさい! 私・・! 」
 『 力 』を解放しようと、友美は目を瞑り、下を向く。 再び、体を開放され、彼女は少しむせながら言った。
「 気構えているあなたと話すのは、命懸けね・・・! 私の名前は、多岐 愛子。 あなたより1つ年下の、高2よ。 でも、堅苦しいのヤメにしない? 友美って呼んでいい? 」
 愛子は、微笑みながら聞いた。 その笑顔にウソはないようである。 友美は、この愛子を信じる事にした。
「 うん、いいよ。 愛子・・ だっけ? 色々と、知ってるみたいね。 教えて 」
 友美は、学校近くにある河川敷の方へと、愛子を誘った。
 サイクリングコースが完備された河川敷の堤防道路を歩きながら、友美は、昨晩、公園で出会った少年の事を話した。
「 そいつは、社 雄司ってヤツよ。 また、友美のところに現われるわ。 あいつら、友美の力が欲しいのよ 」
「 やしろ・・ ゆうじ・・・ あいつらって? 」
「 私たちと同じ力を持った連中よ。 何か、アブナイ事、考えてる 」
「 えっ? 連中って・・ 他にも、まだ沢山いるの? 」
「 全部で9人よ。 ユキが死んだから、8人か・・・  覚醒がうまくいけば、ユキは最大の力を持ったはずなんだけど、私たちが気付くのが遅かったのよ。 助けに行こうとしたんだけど、暴走しちゃってて・・・ 最後は、神経も切れていたはずよ? とてもじゃないけど、取り付く事すら出来なかったわ 」
 友美は、血で胸を真っ赤に染めていた、あの時のユキの姿を思い出していた。
 洋子にナイフで刺されながらも、平然と立っていたユキ・・・ おそらく、あの時、既にユキは死んでいたのだ。 精神だけで体を動かしていたのだ・・・!
( ユキを、そこまでさせる恨みとは、一体何だったのだろう・・・? )
 友美は改めて、ユキの恐ろしさを噛みしめていた。
「 私や愛子が、どうしてこんな力を持つようになったの? 今まで、何ともなかったのよ、私 」
 友美は、最大の謎を愛子に問いかけた。
 歩きながら、愛子は答えた。
「 友美のお義父さんだった笠井社長と、榊原病院の院長との間の事は、知ってるわね? すべては、榊原院長が行なった人体実験にあるわ。 笠井製薬が製造した新薬・・・ 抗がん剤として開発されたものだったらしいけど、遺伝子構造を変化させる、極めて危険な薬品だったのよ。 それが、食品に添加されている様々な化学物質と反応して、脳細胞に影響を与える・・・ 解かっているのは、そこまでね。 つまり、体に蓄積される添加物が、ある一定量にまでになると、この力は覚醒すると考えられるの。 ・・まるで時限爆弾ね 」
「 ・・・・・ 」
 友美は、じっと愛子の説明を聞いている。
 愛子は続けた。
「 副作用がひどくて、満足な臨床結果が得られないと判断されたこの薬は、やがて投薬を中止、開発プロジェクトは閉鎖されたわ。 ついに命名されること無く、製造中止となったこの新薬は、当時の製造ライン番号で『 4429F 』って、呼ばれていたらしいの 」
「 ・・4429F・・・ 」
「 極秘だったみたいね。 データ上にも、この番号しか記載されていないわ 」
「 ・・・そんな恐ろしい人体実験が行なわれていたなんて・・・」
 ため息をつきながら、友美は言った。
 愛子は、更に続けた。
「 秘密裏に薬品を投与され、人体実験された人たちは、副作用で、2年以内に全て死んでるの。 その死亡者の中には、妊娠していた人もいた・・ その人たちが、亡くなる前に出産した子供が、私たちなのよ 」
 ・・つまり、自分たちは『 造られた人種 』なのだ。 人の私欲と身勝手な行動から造り出された、欲望の産物なのだ。 その結果、友美は普通の高校生活すら剥奪され、バケモノ呼ばわりされかねない、数奇な運命に翻弄されている・・・
 友美は心の中に、ぶつけようの無い憤りが、沸々と沸いて来るのを感じた。
「 ちょっと、ショックだった? 」
 愛子は、友美の心境を汲み取り、聞いた。
「 ・・ううん、いいの。 続けて 」
「 病院の記録リストによると、産まれた子供は11人。 うち2人は、幼児期に覚醒してるの。 1人は、育児ノイローゼになった父親と無理心中。 もう1人は暴走して、神経を切っちゃって死んだわ。 この事を調べたのは、大館 隆志という、私たちと同じ、4429Fによって覚醒した人よ。 少し、透視能力があるだけの人なんだけど、すごく頭が良い人なのよ? 私たちのリーダーなの。 ・・でも、さっき言った、社ってヤツと組んで、何か企んでるのよ 」
「 企んでるって・・ 何を? 」
「 詳しい事は、わかんない。 政治家と組んで、どうこうって・・・ 他の子たちも、一緒にやらないかって誘われたらしいけど、断ったみたい。 だから私たちも、あまり最近は、あいつらとは会ってないわ 」
 ジョギング中の老人が前から走って来て、友美たち2人の横を通り過ぎて行く。
「 ねえ、愛子・・ 個人的な質問、していい? 」
 友美は気になる疑問を、ある意味、期待しながら聞いた。
「 なあに? 」
「 ・・私・・ お母さんの事が知りたい・・ 」
「 友美の? 」
「 うん・・・ 」
「 そっか・・・ ん・・ そうよね 」
 愛子は歩きながら、足元に視線を落とす。 しばらくして顔を上げると、前を見ながら友美の問いに答えた。
「 私も、お母さんの事は、遺影でしか見た事ないな。 私には、まだお父さんがいるからいいけど、友美は、1人だもんね・・・ でも、さすがに入院していた患者の明細なデータまでは、調査出来なかったみたい。 大舘さんが、そう言ってたわ。 他の仲間たちの中でも、母親の顔を知らない子、沢山いるよ? 」
「 ・・そう 」
 寂しそうに、友美は言った。
「 ごめんね。 力になれなくて 」
 申しわけなさそうに、愛子が言う。
「 ううん、いいの・・ 」
 気持ちを振り払うかのように、友美は顔を上げると続けて言った。
「 ・・そっか、私は・・ 最後に覚醒したのね 」
「 そう。 力を使うと、波動が出るのよ。 あまり遠くまでは届かないけど、友美のは、大きかったなあ。 だから判ったのよ。 あ、覚醒した! って。 だって、私の自宅、本町の公園から5キロは離れてるのよ? びっくりしちゃった。 でも、良かったわ。 まともそうな新しい仲間で。 ・・あの社ってヤツは、普通じゃないよ。 友美も気を付けてね? 」
 どうやらこの一件は、奥が深そうである。 少しずつではあるが、自分の過去と現在の状況も、段々と解明されようとしていた。
 『 あいつら 』と、愛子が言う雰囲気から推察して、この力を使う仲間たちの間では、構想の違いから、どうやら対立的な状況があるようだ。 おそらく、昨晩の社という少年と、この愛子は、お互いに不仲な立場なのだろう。 確かに、昨晩の社の態度は高慢で乱暴だった。 しかし、まだ中学生だ。 お互いに話し合えば、協調性も見出せるかもしれない。
 友美は、まずは、友好的な愛子との交流から情報を求める事にした。 いずれは、大館という人物にも会わねばならないだろう。
 散策路に設置された木製のベンチに、2人は腰を降ろした。 河川敷に広がる芝生の上では、若い主婦が、幼児を遊ばせている。
「 愛子は、どんな感じで、この力と共存してるの? 」
 無邪気に遊ぶ幼児の姿を眺めながら、友美が聞いた。
「 べつに? 普通よ。 力を使わなければ、私だって普通の高校生よ? テレビだって見るし、宿題だってやんなくちゃ。 ヘンに力を意識するから、ダメなのよ。 ・・でもね、力を使うと、それだけ神経や脳細胞を酷使する事になるの。 大館さんの話だと、1回、最大限で力を使うと、寿命が半年縮まるんだって。 私なんか、もうオバさんよ 」
 友美は、今日の体調不良の原因が判ったような気がした。
「 私・・・ 覚醒した時、以前に顔見知りだった仲間を・・・ 」
 友美は、俯きながらポツリと言った。
「 知ってる・・ だけど、事故だと思って。 警察も説明つけれないわよ。 悪いのは、友美じゃないわ 」
 もう、顔も見たくもない不良連中だとしても、かつては仲間だった人間を、いとも簡単に殺してしまった友美。 殺意は無かったとしても、殺人者には違いない。 複雑な心境の友美であった。
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