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プロローグ
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ボトン……ボトン……
地をたたく水音を腹の底で感じていたら、コクンと頭が落ちた。
ハッとして、周りを見回す。
先程まで散々ぐずって若い乳母の手を焼いていた若君は、穏やかな寝息をたてていた。
なんて美しい赤さまだろう。お館さまにソックリ。
主人の顔が思い浮かんで、頬に血がのぼった。
まだ、お帰りにならないのだろうか。
だいぶ暗くなってから、雨のなかを外出した主の身を案じながら、乳母はそっと若君の頬を撫でた。
ふっと、空気が動いて、ふたたび眠りに落ちかかっていた乳母の意識が清明になる。顔をあげた乳母はギョッとした。戸口にユラリと黒い影が立ち塞がっている。その全身から、ポタポタと雫が垂れて、床に水たまりを作っていた。
「寝ているのか」
いつもどおりの優しい、主の声。でも、乳母には彼がまるで幽鬼のような禍々しい者であるように思えた。
影がスルスルと近づいて来る。灯りが、青ざめた主の端正な顔を浮かびあがらせる。煌めく黄玉のようなしずくがあごの先から垂れて、若君の枕元にころがった。
安らかな寝顔を、愛おしそうに眺めていた主は、右手の人差し指にはめていた鮮やかな血色の紅玉髄の指輪をゆっくりと外して、若君の小さな手に握らせる。
主は顔をあげると、乳母に薄く笑んだ。
「この子のことを、これからも頼むよ」
なぜ、改めてそのようなことを言うのか。いやな予感に胸を締め付けられて声を失った乳母に背を向けた主は、スルリと部屋を出ていく。
気づかわしげな顔をした従者が、そっと扉を閉めた。
地をたたく水音を腹の底で感じていたら、コクンと頭が落ちた。
ハッとして、周りを見回す。
先程まで散々ぐずって若い乳母の手を焼いていた若君は、穏やかな寝息をたてていた。
なんて美しい赤さまだろう。お館さまにソックリ。
主人の顔が思い浮かんで、頬に血がのぼった。
まだ、お帰りにならないのだろうか。
だいぶ暗くなってから、雨のなかを外出した主の身を案じながら、乳母はそっと若君の頬を撫でた。
ふっと、空気が動いて、ふたたび眠りに落ちかかっていた乳母の意識が清明になる。顔をあげた乳母はギョッとした。戸口にユラリと黒い影が立ち塞がっている。その全身から、ポタポタと雫が垂れて、床に水たまりを作っていた。
「寝ているのか」
いつもどおりの優しい、主の声。でも、乳母には彼がまるで幽鬼のような禍々しい者であるように思えた。
影がスルスルと近づいて来る。灯りが、青ざめた主の端正な顔を浮かびあがらせる。煌めく黄玉のようなしずくがあごの先から垂れて、若君の枕元にころがった。
安らかな寝顔を、愛おしそうに眺めていた主は、右手の人差し指にはめていた鮮やかな血色の紅玉髄の指輪をゆっくりと外して、若君の小さな手に握らせる。
主は顔をあげると、乳母に薄く笑んだ。
「この子のことを、これからも頼むよ」
なぜ、改めてそのようなことを言うのか。いやな予感に胸を締め付けられて声を失った乳母に背を向けた主は、スルリと部屋を出ていく。
気づかわしげな顔をした従者が、そっと扉を閉めた。
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