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第三章

宴の終わり その1

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 マシャンとツェテンが肩を並べて手を振っている。
 ツェンポの命を受け唐へ向かうルコンを、都の入り口まで見送りに来たのだ。ルコンも、兄弟も、まだあどけなさが残る十七歳の顔だった。
 異母兄弟でありながら双子のようによく似た兄弟を一目で見分けられるのはルコンだけだ。マシャンよりツェテンの方がわずかに唇が厚い。それが兄よりも柔らかな表情をもたらしていた。
 やはりニャムサンはどちらかといえば父に似ているのだな。
 思ってから、ルコンは違和感を感じる。
 ニャムサンはまだ生まれていないだろう。
 いや、それどころか、自分で自分の顔を見ているではないか。
 ああ、これは夢なのだ。
 ふたりとも、もう、この世にはいないのだから。
 ふたりが背中を見せて立ち去って行く。
 おいて行かないでくれ。
 手を伸ばしかけたとき、盛大な鐘と鬨の声がルコンを現世に引き戻した。

 長安に到着してから十五日目の真夜中だった。
 ルコンが宿所から飛び出すと、同じく騒音にたたき起こされた都人たちが通りを右往左往していた。住人のひとりを捕まえてなにが起こっているのかと聞くと、震える声が答えた。
「郭令公の軍が到着したとみんな言っています。ものすごい大軍だそうです」
 ゲルシクの宿所に駆け付けると、ゲルシクは門前で馬を引いてルコンを待ち構えていた。すでに兵たちはいつでも動けるよう、城外に集合させている。ふたりが到着すればすぐに出発することが出来るだろう。
 郭子儀の夜襲だという噂を話すと、ゲルシクはカカと大笑した。
「夜襲の前に、わざわざ鳴り物で起こしてくれるのか。郭子儀というのは親切な男だな」
 ルコンは肩をすくめた。
「まったくですな。まあ、少ない人数でわれわれを追い出そうと苦心して考えたのでしょう。トンツェンとツェンワもだいぶ進んでいることだろうし、お望みどおり帰ってやるとしますか」
「唐主はどうされる」
「お覚悟を決めてらっしゃるのです。このままお別れいたしましょう。陛下には広武王さまのお気持ちを尊重した旨釈明いたします」
「無理にでもお連れした方がよいのではないか。殺されてしまってはあまりにもお気の毒だ」
 性根の優しいゲルシクは、興化坊での一件以来、李承宏にひどく同情していた。
「侍中の苗晋卿さまが、助命の口添えをしてくださります。あとは運を天に任せるしかござらん」
「いつの間に苗晋卿とそんな約束を交わしてらしたのだ」
 ふたりは大明宮の方向に深々と礼をして、馬を走らせた。
 軍が出発すると、長安城のうちに火の手があるのが見えた。
「なんと、自分たちで自分たちの都を焼くのか」
 ゲルシクがあきれた声を上げる。
 追撃はなかった。ルコンとゲルシクの率いる一千騎の精鋭騎馬隊を含む三万の軍は、ゆうゆうと西に向かって進軍して行った。
 背中を朝日が照らしだしたとき、ルコンはハッとして声をあげた。
「そういえば、高暉どのはどうされたかな」
 しばらく顔を見ていなかったので、うっかりその存在を忘れていたのだ。ゲルシクは眉を上下させた。
「先の唐主を捕らえ宦官どもを皆殺しにするなどと身の程知らずのことを申して、何日か前に勝手に出て行きましたぞ。今頃は捕まって殺されているのではありませんか。自業自得にござろう。ルコンどのが気に掛けることはない」
 ゲルシクは高暉のことが嫌いだった。
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