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第二章
京師長安 その4
しおりを挟むあのころすでに、マシャンは自らを罰することを考えていた。そうなればルコンの連座も免れぬとわかっていたはずだ。
このいくさでルコンを早期に政界復帰させる。
そこまで考えていたのか。
--京師を攻めて、新しい唐主を立てるんだ。
--そのために小父さんは必要だから、すぐに許しが出るよ。
ニャムサンは単なる慰めを言ったのではない。それがマシャンの意志だったのだ。
「なんだ、いま気が付いたのか。おまえはそういう鈍いところがあるのだな」
その後も吐蕃の風俗、ツェンポのひととなりなど、問われたことにルコンは素直に答えていった。
「なるほど。まだ年若いのに英明な君主であるようだな。だが、われらの主上も決して暗愚なわけではないぞ。ご即位以前は意欲的に反乱の平定に臨まれていたのだ。これを契機にもとのおひとに戻って下さればよいのだが」
「わたしもそう思っております」
「ほお?」
「わたし自身は、唐とまことの友好が結べればと思っております。確かにツェンポは領土の拡張を望んでおられますが、同時に文化の向上も望んでおいでです。そのために戦よりも唐との和平的な交流が有効であるとご納得されれば、唐への軍事進出はお取りやめになるかもしれません」
「主上を滅ぼすつもりはないのか。ならば広武王さまはどうするのだ」
「お連れいたします。伯父君として丁重にお迎えすることが、ツェンポのお望みです」
「どういうことだ」
「陛下は御父君である先の陛下を十三で亡くし、つい先年は先ほど申しあげた叔父である摂政もいなくなってしまいました。血のつながりはございませんが広武王さまは数少ない陛下の御親類にございます。おそらく、なに不自由のない老後を過ごしていただきたいとの思し召しかと推察いたしております」
「孝行の真似事でもするつもりか。しかし広武王さまはあの館を捨てることを望んではいらっしゃらないよ」
「守銭奴との評は聞き及んでおりますが、それほどに溜め込んでいる銭がおしゅうございますか」
「それは世間の誤解だ。あの方はお父上やご兄弟との思い出を大切にされているのだ。残ると仰せならば、死罪は免れるようわたしが主上にお口添えしよう。お望みの通りにしてやってはいただけぬか」
しばし思案する。
確かに、李承宏の意思に反して無理やり連れ帰るのは気が進まなかった。低地に生まれ育った人間が、高地の空気に慣れるのには時間がかかる。老齢の李承宏が耐えられるかどうかという懸念もあった。筋道を立てて説明すれば、ツェンポも納得してくれるだろう。
「承知いたしました。広武王さまのご意向に従います」
「そなたには悪人になってもらうぞ。広武王さまを宮城に拉致して刃で脅し、無理やり帝位につくよう強いたとでも申すか」
苗晋卿は喉の奥で笑いながら、ゆっくりと横になって枕に頭を預けた。
「お疲れにございましょう。失礼をいたしました」
「なにを言う。わたしが呼んだのだ。敵の総大将から話が聞けるなどめったにないことだからな。それによき時代の京師を思い出させてくれる者が年々少なくなっていってな、寂しいものだ」
苗晋卿は再び目をあげてルコンの顔を眺めた。もう、二度と再び会うことはないだろう。ルコンも苗晋卿の顔を見つめて記憶に留めようとした。苗晋卿は目を細めて問うた。
「おっと、大事なことを聞きそびれるところであった。そなた、まことの名はなんという」
「諾羅にございます」
「どういう意味だ」
「虎嘯、とでも申しましょうか」
「虎嘯けば谷風至る。よい名ではないか。次に入京するときにはちゃんとその名を名乗りなさい」
「もう参ることはございますまい」
「二度目があったのだ。三度目もあろう。そのときにはもう、わたしはおらぬだろうが」
苗晋卿は目を閉じた。
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