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5変わる日

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 最初から……生まれた時から決まっていた運命だったのか。
 それとも波奈が何かできていたなら、運命は変わっていたのか。

 高校生として最後に迎えた冬。
 その年、初めて雪が降った日のことだ。
 波奈は両親を、いっぺんに失った。

 波奈はあの事件の日から、ずっと。
 自分は何かできていたのだろうか、と考えている。けれど、いくら考えても、あの時の波奈には、できることなどなかったように思う。

 父親のことは尊敬していたし、母親のことは憧れていた。
 季節ごとのイベントのある日には必ず、忙しい中、ふたりとも時間を作ってくれ、家族三人で食事に行った。

 結婚記念日には、波奈を置いて、ふたりで食事に行く。
 腕を組み、視線を交わす両親は、夫婦というより恋人、といった感じだった。

 二人とも多忙だから、普通の夫婦より会う機会が少ない。
 そのため、付き合ったばかりの恋人のようにイチャイチャしているのかもしれないけれど、波奈は年齢を重ねても仲良しな両親の姿を微笑ましく思っていた。
 波奈にとって両親は、まるで見本のカタログに出てくるような、お似合いの夫婦だった。

 波奈と両親は、普通の親子とは違い、たまにしか顔を合わせない。
 たまに会う両親は、立派な大人の姿をしていて。波奈の前では、怒ったり悲しんだり。感情的な姿を見せることは一度もなかった。

 だから波奈は――彼らが自分と同じ、普通の、どこにでもあるような感情を持っていると思わなかった。
 愚かしい感情のままに、取り返しがつかない間違いを起こすなど、想像もしていなかった。


 きっかけは、父の過ちだったという。
 大学教授だった父は、当時二十代だった院生と恋仲になった。
 五年ほど、愛人関係を続けていたが、日陰の身の立場に我慢できなくなった女性が、母に父の浮気を教えた。
 父は愛人ではなく母を選び、赦しを乞い、話し合いで、解決をした。
 けれど――解決したと思っていたのは、父だけだった。

 その一件の後、母はあてつけのように男遊びを始め、金遣いも荒くなった。
 次から次へと男を変え、若い男に湯水のように金を貢いだ。

 最初は自らのせいだと我慢していた父だったが、母が波奈の学費にまで手をつけたのが許せなかったようで、母と離婚をすることを決めたらしい。

 そこで、事件が起こった。
 言い争いの最中、母が刃物を取り出した。
 もみ合っているうちに、父は母を刺した。
 そして――。
 父は事の経緯を書いた遺書を残し、自らもその場で生命を絶ったのだ。


 雪が降り積もった朝。
 水月家に数人の刑事が訪れた。
 波奈は彼らから、母の別宅として所有していたマンションの一室で、両親が冷たくなっていたことを教えられた。

 詳しい経緯を教えてくれたのは、テレビや雑誌だった。
 母は美人ヴァイオリニストとしてそれなりに有名で、父も名のある学者。
 マスコミは、お粗末な不倫の末の悲劇、として事件を連日、取り上げた。

 
 父方の祖父母はすでに他界していて、母方の祖母は存命だが体を悪くし、入院中だった。
 父の妹、叔母が葬式の手配や、もろもろの手続きをしてくれたのだが、二人が亡くなった経緯のせいもあり、波奈によそよそしかった。
 そして葬式の後、叔母から、波奈は水月家に借金があることを知らされた。
 そのすべてが母の散財のせいだという。

 波奈は叔母の雇った弁護士と相談し、相続放棄することにした。
 借金はなくなったけれど――波奈は何もかも、失うことになった。

 慌ただしく日々が過ぎていく中で、彩人が何度か訪ねてきてくれた。

『大丈夫だよ、ハナ。ハナには僕がいる』

 そういって、彩人は慰め、波奈の心を癒そうとしてくれた。
 けれど――。

 彩人がいくら波奈に同情をしてくれたって、どうにもならないことがある。
 彩人に寄りかかりながらも、波奈は『大丈夫』ではないことに、気づいていた。


 家を引き払い、引っ越すことが決まった。
 保証人には叔母がなってくれ、当面の生活費を貸してくれた。
 波奈のことを心配して、親身になってくれたハウスキーパーの女性が、アルバイト先を紹介してくれることになっていた。

 波奈は受験生だったが、大学入試は受けなかった。
 事件以来、学校も欠席していた。
 卒業扱いにはなるらしいが、卒業式に行くつもりはなかった。
 友人が心配してくれているのも知っていた。でも、好奇や同情の目を向けられるのは嫌で、会わなかった。


 まるで何もかもが、夢のように過ぎ去っていった。
 そんなある日。
 荷物を整理していると、来訪者があった。
 彩人の母だった。

 聞く前から、何を言われるかはわかっていた。

『ハナちゃん。あなたは何も悪くないし、可哀想だと思うの。出来ることは、してあげようって、夫とも相談したのよ。でもね……彩人との婚約は解消して欲しいの』

 たとえば。両親が事故死とかならば、婚約は続けられていたかもしれない。
 けれど――醜聞まみれの心中事件だ。
 多岐川家が波奈を後継者の妻としてふさわしくないと判断するのは当然だった。
 多岐川家でなくとも、結婚を反対する家もあるだろう。

 彩人は納得しないだろうから、黙っていなくなって欲しい、と。
 当分は働かなくても困らないくらいのお金を渡され、当面の住む場所も紹介してくれた。

 波奈は彩人の母の言葉に、わかりました、と答えた。
 お金は受け取るの断ったけれど――、彩人の母は、あなたがお金を受け取ってくれる方が安心するの、と言った。
 それが波奈の将来を案じてのことなのか、お金を受け取ったら彩人に会わないという約束を守るだろうと思ってのことか。たぶん、後者だろうと思った波奈は、お金を受け取った。
 
 波奈はハウスキーパーの女性に、叔母の世話になることが決まったと嘘を吐き、アルバイトを紹介してもらわなくても良くなった、とお礼と謝罪の連絡をした。
 叔母にも適当に嘘を吐く。
 叔母は口では心配していたが、波奈と縁が切れ安堵しているようだった。

 誰にも、これからどこに行くのは話すつもりはなかった。

 少しでもお金になるようなものは、業者に頼みお金に変えていた。
 写真や思い出の品もたくさんあった。けれど――。波奈はお金にならないものは、すべて、処分することにした。
 いつか後悔するかもしれない。
 そう思いもしたが、両親の思い出をあの時は、捨ててしまいたかった。
 捨てないと、この先、前を向いて生きていけないような気がしたのだ。

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 ちょうど、明日は――高校の卒業式だった。
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