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第二章

64 ウィードside

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 バルバライルの町。
 聖堂の中にいた人間たちは、ワーウルフのウィードに捕らえられていた。

 その中から一日二人。
 ウィードは生き残りのチャンスと言って解放してしまう。
 だがそれは殺しを愉しむため。

 逃げ惑う人間を、一欠けらの希望を持った人間を、だが絶望に満ちた人間を、まるで極上のステーキを味わうかのように殺すのだ。
 
 まずは逃がし、町の中を走らせる。
 しかし逃げる人は早々と気づく。
 逃げる場所などどこにもないと。

 町の入り口はワーウルフに囲まれおり、脱出は不可能。
 今逃げているのは中年の男。
 入り口を張っているワーウルフたちの姿を見て絶望に寒気を覚える。
 
 だが、彼は一つの可能性を抱く。
 
 あの場所・・・・からなら逃げられるかもしれない。

 男は町を徘徊するワーウルフを避け、一軒の酒場へと足を踏み入れる。
 カウンター奧、酒が並べられている物置に入り、重たい酒ダルを動かす。

「へへへ……ここからなら逃げられそうだ」

 男はこの酒場の店主であり、そこは彼以外の町の人間が知らない場所。
 床の板が外れるようになっており、中には秘密の通路が伸びている。
 ここは昔、彼の祖父が秘密裏の取引をしている時に、物品を運び込むために作られた物だ。

 道は暗く、背の高さは子供が通り抜けるのに丁度いいぐらい。
 大人は腰を低くしてでなければ通れない。

 男はもう大丈夫だと思いながらも、息を殺して道を進んで行く。
 遠くに外の光が見え、希望に胸を高鳴らせる。

 俺は生きて出られる。
 町の皆には悪いが、俺だけ逃げさせてもらう。

 だがすぐ助けを呼びに行くから待っていてくれ。

 男は光に満ち溢れる外へ、暗い闇の中から飛び出した。

「はーい。鬼さん見-っけぇ」
「……え?」

 町の外――町の横に面した森に出る男。
 だが外に出たその場所には、ウィードがニヤニヤ笑いながら待ち構えていた。

「ぬはははは! 生き残れると思ったかぁ? 自分なら死なないと思ったかぁ?」
「ちょ、ちょっと待って――」

 男が命乞いをしようとする前に、ウィードは顔面を爪で切り裂いてしまった。
 一撃で絶命する男。
 
 ウィードは気色の悪い笑い声を上げながら町の方へと戻って行く。

「ん? どうしたぁ?」

 町の入り口へ戻ると、息を切らせた部下がいた。
 奴らは顔色を青くしており、ウィードを見るなり彼の前に膝まづく。

「た、隊長……同士が殺されてしまいました……」
「……なんだとぉ!!」

 部下に黒い霧に近づく人間たちを殺すように命じておいたウィード。
 だがそのほとんどがこの場へ帰還していない。
 
 全員殺されたってのか……

 ウィードは仲間が帰って来なかったことよりも、仲間が殺されたことに激しい怒りを覚えていた。

 人間をオモチャのように壊して回るのを趣味にしているウィード。 
 だが仲間思いで、部下からは絶大な信頼を得ているのだ。

 仲間を殺されたことに激情し、目を見開いて近くにあった大木を拳でズタボロにしてしまう。

「ちくしょうちくしょう! 誰だ!? 俺様の仲間をやったのは誰だぁあああ!!」
「わ、若い男と女……両方人間だと思います」
「人間!? 俺様の仲間たちに勝てる人間がいると言うのか!?」

 少なくとも、これまでにワーウルフの大群に抵抗できる者を見たことが無かったウィード。
 だと言うのに、自分の仲間たちを殺した人間がいることに驚きを隠せないでいた。
 
 だが次の瞬間には驚きは激しい恨みに転換される。

「どこの誰だかか知らねえが……絶対にぶっ殺してやる」
「おい、ウィード」
「……ゼロス」

 怒り狂うウィードの前に現れる一人の魔族。
 バルバライルへ到着したばかりらしく、町の凄惨な光景を見て顔を歪めている。

「相変わらず趣味の悪いことをしているな」
「……てめえには関係ねえだろ」

 ゼロスと呼ばれた魔族。
 彼はオーガと呼ばれる種族で、頭には二本の角が生えている。
 髪は海のように青く、瞳は炎のように赤い。
 顔は人間の美的感覚から見れば、十分美形に入る部類だ。
 背は二メートルほどある巨体であるが……その背中には自身よりも大きな斧を背負っている。

 一見人間と見間違えてしまう容姿のゼロス。
 そんなゼロスを見てウィードは怒りを激しくさせていた。

「人間みたいな見た目しやがって……今は虫の居所が悪いんだよぉ。魔族王の側近である俺様に軽々しく話かけてんじゃねえ」
「お前の感情などどうでもいい。そんなことより緊急事態だ」

 炎のような熱い瞳のゼロスは、冷めた目でウィードを見据える。

「クロズライズが殺された」
「な……クロズライズが!?」
「ああ。人間を圧倒していたはずのクロズライズが、前触れもなく突然殺されてしまったようだ。敵はいなかったはずだ……だが、事実として奴を殺してしまった者がいる」
「…………」

 仲間を殺された怒りが収まっていくウィード。
 自分の仲間も大事ではあるが、魔族王の側近である一人が殺されたことに驚きを隠せないでいた。
 それは仲間が倒された驚きの比ではなく、驚愕と言っていいほどのものだ。

「……俺様の仲間も殺された」
「ワーウルフが? ワーウルフに対抗できる人間がそうそういるとは思えんがな」
「だが、それもまた事実ってやつだ……」
「……匂うな。仲間はどこで殺されたんだ?」
「ここより西に発生している黒い霧付近だ」

 ゼロスは西の方角を眺め、ウィードに告げる。

「では、次は俺が行くとしよう」
「……てめえ楽しんでやがるな」
「……何のことだ?」

 ゼロスの横顔を見て、ウィードは笑みを浮かべる。

 戦闘狂の多いオーガの中で最強の男……
 そんなゼロスが強い相手を見据え、楽しまないわけがない。

「だが相手はクロズライズを殺したかも知れねえ相手だぞ?」
「その可能性は大いにあるだろうな。人間にそう強い相手がいるとは考えにくい」
「ならさっさと済ませて来い。【獣族】の【獣王】が動き出すかも知れねえって噂も聞いてるからな」
「何故【獣王】が動き出す?」
「そんなの知るかよ。同じ獣でも、俺は魔族だ。【獣族】のことなんて知りようもねえ」

 ゼロスはなるほどと一つ頷き、そして西に向かって歩き出す。
 ウィードはそんなゼロスの背中を見つめ、ニヤッと笑う。

 クロズライズは側近の中では最弱の男だった。
 そしてゼロスは、実力だけならクロズライズを超えているはず。
 例え相手がクロズライズよりも強かったとしても……ゼロスが勝つはずだ。
 奴ならクロズライズを倒した相手だろうが、部下の敵だろうが勝てる。
 その時はそう信じてやまなかった。
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