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「アリエス~。ちゃんと綺麗な恰好をするんだよ。あなたは綺麗なのだから」

 それは突然のことであった。
 ある日を境に、両親が優しくなったのだ。
 私は両親の変化に唖然とする。
 悪魔が天使に変わったような変化。
 
 二人はニコニコ笑顔を浮かべながら食堂で私を見つめている。

「ほら。椅子にお座り。お前の好きなものを用意しよう」
「あなた、何が好きだったかしら?」

 二人は私の好みなど知らない。
 だってこれまでは私は憂さ晴らしの道具ぐらいにしか思っていなかったのだから。
 私は戸惑いながら、自分の好みを口に出そうとする。
 が、自分でも分からない。
 これまでの辛い人生の中で、自分の好みなど考えたこともなかったからだ。

「あ、温かいスープをいただければ……」
「おお、そうだったな! アリエスはスープが好きだった。おい、いますぐスープを用意せよ!」

 父親はこれまで見せたことないような笑顔を私に向けている。
 母親は私の肩に手を置く。
 私はこれまでの彼女の行為に、ビクッと身体を震わせた。

「私たちの躾のおかげでこんな立派なレディになって……今までのことはごめんなさいね。あなたのことを思ってのことだったのよ。分かるわね、アリエス」
「は、はい」

 気持ちが悪くなるほどの笑み。
 何か打算しているとしか思えないほどの創られた笑顔。
 私は吐き気を催すも、母親ににこりと笑いかける。

 スープを出され、私は二人の視線を気にしながらそれを口に運ぶ。
 二人のことが気になり過ぎて、味が分からない。
 すると父親は、嬉しそうな表情のまま口を開く。

「お前に婚約の話が舞い込んだのだ」
「こ、婚約ですか……」
「ああ。相手はユージン・エミュロット。悪くない相手だろう? いや、悪くないどころか、好条件もいいところではないか!」
「ええ。あなたならよい婚約の話がくるとは思っていたけれど、まさか侯爵家から縁談が舞い込むなんて」

 ああ。なるほど。
 侯爵家の婚約話がきたから、私に優しくしだしたのか。
 きっとエヴェグリーン家に援助させようという考えなのだろう。
 今のうちに媚を売っておこうと……そんなところだと思う。
 つくづく反吐が出そうな両親だ。

 これまで虐げられてきたことを、忘れられるはずもないのに。
 
「…………」

 私は喜ぶ両親の前で作った笑みを浮かべながら思案する。
 ユージン・エミュロット……どんなお方だろうか。
 自分の未来の旦那様の姿を思い浮かべ、私は胸の内を温かくしていた。
 
 どんなお方か分からない。
 だけど、私は幸福になれると思う。
 不幸だけど幸福な私。
 ようやく幸福が舞い込んだのだ。
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