消えた蛍火

忍野木しか

文字の大きさ
上 下
1 / 1

消えた蛍火

しおりを挟む

 新月の静寂。街灯のない道。
 山から流れる小川の冷水が暗闇を色づける。
 懐中電灯を消す小宮天音。隣に立つ吉川海斗はジッと夜に目を凝らした。
「おお、いた!」
 はしゃぐ海斗。天音の細い手をギュッと握ると、闇の向こうに指をさす。天音は一瞬ドギマギするも、彼の声を追うように小川の暗闇に目を細めた。一点の光。ふっと視界の隅に現れて消えた。
「本当だ、こんな所にホタルっていたんだね?」
「うん、すげぇ、ケイの言った通りだな」
 二人は暗闇の中で顔を見合わせた。クラスメイトの大栗田ケイが「ホタルを見た」と騒いでいたのは今朝の事だ。テレビの中でしかホタルを見たことが無かった海斗は半信半疑で、家の近い幼馴染の天音と確かめに来たのだった。
 浮かんでは消える光。淡い黄色の点は明かりとは呼べないほどに儚い。
 ホタルの光で勉強は無理じゃない?
 天音はそんな事を思いながら、僅かに視界に映る海斗の横顔を眺めた。彼女の右手を握る彼の温かさ。蛍火よりもそちらに意識を取られてしまう天音。
「おい小宮、後ろ後ろ」
 海斗の声。振り向いた天音は悲鳴を上げた。目の前で光るホタルの足が見えたのだ。慌てて腕を振ると小さな何かが袖に当たる。同時に消える眼前の光。天音の荒い息遣いだけが後に残った。
「あはは、ビビリ過ぎだろ」
 海斗は腹を抱えて笑った。「もうっ」と憤慨する天音。ニットの袖にホタルが付いていないことを確かめると、消えたホタルを探した。だが蛍火は遠くに見えるばかりで、先ほど目の前を飛んでいたホタルは見当たらない。
「どうしよう、ホタル殺しちゃったかも……」
 天音は懐中電灯の光で地面を照らす。だが、雑草の生い茂る道でホタルの光を見つけ出すことは出来なかった。

 天音は痛む腰を叩いた。
 浅い水の流れは緩やかだ。コンクリートに囲まれた小川の底。溜まる泥を掻き分けた天音は空き缶を拾い上げた。ゴム手袋越しに伝わるヌメリ。天音は川に浮かばせてある青い箱を引き寄せると空き缶を捨てた。岸からは見えない小川の底にはゴミが多い。一時間もしないうちに、川に浮かぶ青い箱は全て満杯に近い状態となった。
「そろそろ休憩にしましょうか!」
 町内会長のシバタの声。天音はふうっと息を吐くと岸に上がった。
「なあ、昔この川でホタル見たよな?」
 天音の横に腰掛ける海斗。汗まみれの夫の顔を見上げた天音は小さく頷く。
「そうだね」
「もう、流石にいないか?」
「うーん、いないと思うよ」
「残念だな、綺麗だったのに」
「うん、残念だね」
 虫嫌いの天音。ただ、どういうわけか彼女はホタルが好きだった。川掃除のボランティアを引き受けたのも「ホタルの里を取り戻そう!」という謳い文句に惹かれたからだ。
「上流なら、いるのかもな」
 海斗は水筒のお茶を飲みながら川の向こうの山を見上げた。頷く天音。上流で舞うホタルを想像する。
「ここは汚いからね」
「綺麗になれば、また戻ってくるさ」
「……どうだろうね?」
 いつか見た眼前に光る蛍火。灯るよりも消えるイメージの強いホタルの光。
 もう一度、見たいな。
 天音は川岸に生い茂る雑草を眺めながら立ち上がった。
 
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

小川のモミジ

忍野木しか
現代文学
大介は小川の向こうの小さなモミジの木が心配だった。

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。

矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。 女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。 取って付けたようなバレンタインネタあり。 カクヨムでも同内容で公開しています。

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

エロ・ファンタジー

フルーツパフェ
大衆娯楽
 物事は上手くいかない。  それは異世界でも同じこと。  夢と好奇心に溢れる異世界の少女達は、恥辱に塗れた現実を味わうことになる。

肌が白くて女の子みたいに綺麗な先輩。本当におしっこするのか気になり過ぎて…?

こじらせた処女
BL
槍本シュン(やりもとしゅん)の所属している部活、機器操作部は2つ上の先輩、白井瑞稀(しらいみずき)しか居ない。 自分より身長の高い大男のはずなのに、足の先まで綺麗な先輩。彼が近くに来ると、何故か落ち着かない槍本は、これが何なのか分からないでいた。 ある日の冬、大雪で帰れなくなった槍本は、一人暮らしをしている白井の家に泊まることになる。帰り道、おしっこしたいと呟く白井に、本当にトイレするのかと何故か疑問に思ってしまい…?

徹夜でレポート間に合わせて寝落ちしたら……

紫藤百零
大衆娯楽
トイレに間に合いませんでしたorz 徹夜で書き上げたレポートを提出し、そのまま眠りについた澪理。目覚めた時には尿意が限界ギリギリに。少しでも動けば漏らしてしまう大ピンチ! 望む場所はすぐ側なのになかなか辿り着けないジレンマ。 刻一刻と高まる尿意と戦う澪理の結末はいかに。

壁の薄いアパートで、隣の部屋から喘ぎ声がする

サドラ
恋愛
最近付き合い始めた彼女とアパートにいる主人公。しかし、隣の部屋からの喘ぎ声が壁が薄いせいで聞こえてくる。そのせいで欲情が刺激された両者はー

処理中です...