王子の苦悩

忍野木しか

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第一章

学園七不思議

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 夢なのかと尋ねると、夢だよと答える。
 手を握ると、手を強く握り返してくれる。
 恥ずかしくなってその手を振り払うと、姫宮玲華は可笑しそうに、少し寂しそうに微笑んだ。
 暗い教室に並ぶ椅子。真っ赤な血と炎の残像。過去の夢の中の静寂。見知らぬ上級生たちの声。薄明かりの漏れる窓の向こうに星はない。
 吉田障子は目を瞑って俯いた。胸を押さえ付けられるような圧迫感も、撫で付けられた長い髪の違和感も、全ては夢の中のコントロール出来ない妄想の産物であると意識しないように努める。ただ、左手に伝わる柔らかい手のひらの熱さと、濡れた綿のような切り傷の感触は妙に生々しい。
 無意識に玲華の手を握っていた障子はそれをまた振り払うと、早く夢よ覚めてくれと、祈るように歯を食いしばった。血管を流れる心臓の鼓動。産毛を震わせる振動。徐々に全ての音が遠くなると、声のない校舎の夢の中で、髪の短い女生徒の笑顔が浮かんでは消え始める。

 夜の校舎は相変わらず静かだった。
 夢の中での眠りから目覚めたばかりの鴨川新九郎は、自らの意思で歩いているという実感の湧かない廊下にふわふわと浮かんでいるような感覚で足を動かした。新九郎を先導するように前を歩く小田信長はキョロキョロと空いた教室を見渡しながら宮田風花の名前を呼び続けている。普段の怖がりな彼とは違う勇ましい姿。頼もしい後輩を微笑ましく思う反面、やはり自分はまだ夢の中にいるのではあるまいかと、新九郎の現実感は消失していった。
「先輩、二階と四階、どちらを先に探しますか?」
 振り返った信長のおかっぱ頭。その下でまん丸い目がクリクリと動く。
 腰に手を当てた新九郎は口を横に開いて微笑んだ。
「のぶくんに任せるよ」
「うーん、副会長はいったい何処にいるのでしょうね」
「何処だろうね」
「先輩、副会長とお話しした事はありますか?」
「宮田さんとか……いや、あまり話した事は無いかな。僕は彼女に嫌われていたからね」
「嫌われていた、とは?」
「うんとね、宮田さんは幽霊とかオカルトとか、そう言った類のものを信じない人らしいんだよ。だからね、超研とは相性が悪いんだ」
「そんなんですか? 僕には優しい印象の方でしたが……」
「うん、普段は優しい人なのだろうね、面倒見も良さそうだし。宮田さんは真面目でとても良い人だよ、きっとね」
 足を止めて宮田風花の笑顔を思い出す信長。ほんのりと頬が赤くなった彼は、ぶんぶんと強く頭を振る。そんな後輩の様子を微笑ましく眺めていた新九郎は、何かを思案するように顎に手を当てた。
「もしかしたら、宮田さんは生徒会室にいるのかもしれない」
「生徒会室?」
「うん、副会長だしさ、もしかしたらだけどね」
 現代の校舎と同じ作りならば生徒会室は四階の端に存在する。
「そうかもしれませんね!」
 おかっぱ頭を波立てながら強く頷いた信長は四階を目指して駆け出した。新九郎は呆れたように太い眉をへの字に曲げると、信長の後を追う。
 時代の違う階層。とある怪奇事件と重なった校舎。新九郎と信長は夕焼けに赤く染まった四階の廊下をキョロキョロと見渡した。

「ねぇ、まさかなんだけど」
 睦月花子は暗い廊下の壁に手を当てた。竹定規の木剣を握った田中太郎は振り返る。
「どうしたんすか」
「旧天文部集団失踪事件および神隠しの旧校舎事件ってこれが原因なんじゃないのかしら」
「キュウ……何だって?」
「旧天文部集団失踪事件および神隠しの旧校舎事件よ、我が超自然現象研究部発足のきっかけとなった学園怪奇事件のね。ねぇ、もしもそれがヤナギの幽霊と密接に関わっているとしたら、憂炎、これ、世紀の大発見じゃない!」
「はぁ……?」
「学園七不思議の幾つかも関わっている可能性があるわ。全く、腕がなるじゃないの」
 右腕の肘から先が依然として焼失したままの花子は、黒く焦げた足で廊下を踏みしめた。憂炎こと太郎はなんと返事をすればいいのか分からず、曖昧に首を捻るような仕草で頷いた。
 宮田風花を探しに出た二人の超研部員を追う超研部部長の花子と幽霊部員の太郎。姫宮玲華に逆らえない太郎とヤナギの幽霊が四階にいるという言葉に飛び上がった花子は、玲華の指示で、上を目指して暗い三階の廊下を歩いていた。いつかの時代に花子が破壊した窓とドアは何事も無かったかのように整然と佇んでいる。
「あのさ、東校舎連続怪奇音現象並びに生徒集団発狂現象って、さっきの渡り廊下での音と関係あると思わない?」
「ひが……?」
「七不思議の一つよ、まさか知らないの、アンタ?」
「いや、知らないっすけど」
「放課後の平和と愛の天使像の赤い涙と血の池の謎も絶対に何か関係あるわ……。そう思わない、憂炎?」
「知らねーって、つーかさっきから名称なげーよ」
「名称が長いですって? たく、アンタねぇ、怪奇事件において名称は命よ。夜の舞台に叫び続けるモンペ姿の女生徒の演劇も怪しいわね」
「だから知らねーっつの! つーか、今はそんな七不思議なんてどーでもいいでしょうが! 命掛かってるんすよ、俺らの」
「はあん? アンタ、超研メンバーとしての自覚がちょっと足りて無いんじゃないの? どんな時でも怪奇現象の謎を追い求めるのが我々の宿命でしょーが!」
「今、まさに、怪奇現象の真っ只中じゃないか」
「物事には順序ってもんがあんのよ、たく、いきなり本命解決しちゃったらつまらないじゃない」
「つまんなく無いっすよ、マジでこれで最後にしてくれよな」
 軋む階段の折り返し。四階から差し込む赤い光に目を細める花子と太郎。
 誰かの絶叫が日暮れの廊下を揺らすと、階段を駆け上がった花子は、叫び声のする方向を睨んだ。
 





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