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第一章
繰り返す悪夢
しおりを挟む誰もいない広場、赤いボール、暗い空。
同じ夢だった。
黒い人が障子を追いかける。
同じ悪夢にうなされた。
前に進めない、砂地に転ぶ、耳元の声。
同じ夢だった。
ただ、黒い人の髪の長さが違った。
宙に浮かぶ黒い頭。
その揺れる髪は短かった。
吉田障子は飛び起きた。
見慣れた薄暗い部屋。カーテンから漏れる朝日。
障子は汗だくの胸に手を当てた。飛び出そうと暴れる心臓。悪寒がいっこうに治らない障子は、強い恐怖と疲労感から、なかなか布団から出れなかった。
ふと、部屋の隅に誰かの気配を感じた。そっと視線を上げた障子は小さい悲鳴をあげる。足が見えたのだ。細い、黒い、二本の足が部屋の隅に立っていた。障子は目を瞬いた。すると、黒い足はスッと消える。
み、見間違いだ。
そう頷くも、障子の体の震えは止まらない。時計は六時三十二分を指している。昨晩、遅くに帰ってきた障子は三時間も寝ていなかった。だが、もう眠る気にはなれない。次に眠ったら、何かに襲われそうな気がしたのだ。
カーテンを全開にした障子は、意を決してベッドから飛び降りた。制服とリュックを引っ掴むと部屋を飛び出す。階段を転げ落ちるようにして一階に辿り着いた障子は、リビングに飛び込んだ。
「おお、今日は随分と早起きだな」
ワイシャツ姿の父、健二は驚いた顔をした。前髪はきっちりと七三に分けられている。
父を無視した障子は台所に向かう。フライパンを洗う手を止めた母の真智子が振り返った。
「お母さん、弁当ある?」
「……あれ? 今日は早起きね、あんまり寝てないんじゃないの?」
「お母さんだって、いっつもあんまり寝てないじゃん」
「うふふ、お母さんは大丈夫なのよ」
「ねぇ、弁当は?」
「弁当ならもう作ってあるけど、何よ、そんなに慌てて?」
障子は、戸惑う母から弁当を受け取ると、すぐに制服に着替えて家を飛び出した。
悪夢も、奇妙な出来事も、全部アイツのせいだ!
障子は、とにかく玲華と合って話をしようと、朝の通学路を走った。
超自然現象研究部の朝は早い。
部長の睦月花子、副部長の鴨川新九郎、一年の小田信長。皆一様に眉を顰めて口を紡いでいる。
張り詰める空気。理科室という名の部室は重い静寂に包まれていた。
「……どうやら、これまでのようね」
部長の花子は理科用実験台の黒い机を指先でコツンと叩いた。新入部員の信長は小柄な背をビクンと伸ばす。
「まさか、これほど早くに奴らが動き出すとは……」
副部長の新九郎は太い眉を曲げて、額の汗を拭う。花子は「クソッ」と机を叩いた。
信長は、苦渋に満ちた表情で丸椅子に項垂れる二人の先輩を見つめながら、ギュッと小さな手を握りしめる。
「……た、戦いましょう!」
立ち上がった信長は丸い目を見開いて叫んだ。
「……無理よ」
花子は諦めたように笑うと窓の外を見る。
「む、無理ではありません!」
「だから無理なのよ、戦ったって勝ち目は無いわ」
「あります! 我々なら勝てます! 我々は、偉大なる超自然現象研究部の部員です! 連綿と続いてきた先人たちの意思を、想いを、熱き血を、途絶えさせてはいけません! 絶対に諦めちゃダメです、先輩!」
信長は小さな身体を大きく反らした。その瞳から大粒の涙が溢れる。
花子と新九郎は、はっと息を呑んだ。
大いなる謎に挑まんとする先輩たちの汗。破れては散っていった先輩たちの涙。死屍累々の果てに自分たちが立っていることを彼らは思い出したのだ。
「……ふふふ、右も左も分からない新入生が、一丁前に言ってくれるじゃないの?」
「はっは、部長、悲観するのは少し早かったようですね?」
花子と新九郎は、ギラギラと漲る瞳を見つめ合う。二人の決意は固まった。
「超研の底力、生徒会の阿呆どもに見せつけてやろうじゃない!」
花子と新九郎は立ち上がった。信長は歓声を上げる。
花子は右腕を天に掲げた。新九郎と信長もそれに続く。ここに第二次シダレヤナギの戦いの火蓋が切って落とされた。
この第二次合戦、事の次第は、昨日の放課後にある。
シダレヤナギの霊を見たという目撃情報を得た超研メンバーは、更なる聞き込みと実施調査を開始した。だが、すぐにそれは生徒会メンバーの耳に伝わる。激怒した生徒会長の足田太志は、もう温情の必要なしと、いきなり三人を集めて廃部を言い渡したのだ。流石にそれは可哀想では、と横槍を入れたのは、生徒会メンバーの穏健派、書記の徳山吾郎である。吾郎の説得で執行猶予を言い渡された三人は、今後、無意味な活動を控えるように厳重注意されたのちに解放されたのだった。
戦況は絶望的だ。それでも花子は勝利への活路を見出していた。
シダレヤナギの霊の存在さえ証明出来れば、逆転勝利だ。
花子はその一点に勝負をかける事を決意する。
昨日の聞き込みの結果、確かにヤナギの霊を見たという生徒の存在を確認出来たのだった。
ヤナギの霊は存在する。ならば後はそれを生徒会メンバーに見せつけるのみ。
前回の敗北から半年、先輩たちの無念を晴らすために、新生超自然現象研究部は躍進する。
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