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【第五部:聖なる村】第三章

男の決意

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「姉さん! 今そんなことを訊くなんて!」

 驚いたナイシェが割って入ったが、ルイは笑って首を振った。

「いいんだよ。僕もね、彼女の形見が欲しくてね……。悩んだ末に……取り出したんだ。彼女の、かけらを。思った以上に、きつかったよ……愛する人間の体を、死してなお傷つけるなんてね。自分の体が、引き裂かれるようだった。『死んだ肉親の体を切り裂く悪魔』、だっけ? おかしいよね、神の民なのに悪魔だなんて。でもね……僕は、カイラが死んで初めて……神の民の痛みが、少しだけわかったんだ。……本当に、皮肉なもんだ」

 口元はかすかに笑っていたが、その目には涙が浮かんでいた。さすがのディオネも、これ以上ルイに話をすることはできなかった。

 その形見のかけらを、あたしたちに譲ってくれない? あたしたち、かけらを集めてるからさ。

 そんなことは、口が裂けてもいえなかった。エルシャのほうへ目を向けると、彼は小さくうなずいてルイの肩に手をかけた。

「ルイ……辛い出来事を思い出させて悪かったな。さっきもいったように、俺たちは神の民を探している。だが……君の大事な形見を、奪う気はない。ただ、ひょっとしたら、今後君の力が必要になるときが来るかもしれない。よければ、君の住んでいるところを教えてほしい。ここは宿屋だ、家は別にあるんだろう? 俺たちはもうしばらくこの町にいるが、もし君の気持ちの整理がついたら……連絡先を、宿の主人に預けておいてくれないか。無理強いはしないが」

 ルイは悲しみを湛えたまなざしのままエルシャを見上げたが、何もいわなかった。エルシャは小さくため息をついた。

「……邪魔をしたな。話してくれてありがとう」

 そういうと、部屋を出ようと踵を返した。

 これで、サリ、ハーレルに続いて三人目か……。かけらを持っていながら、様々な事情で同行できない者たち。神は、サラマ・アンギュースを全員集めろとおっしゃった。なのに俺は、彼らの感情を優先している。俺は、無理にでも彼らやかけらを手に入れるべきなのか? 俺は、神に逆らっているのだろうか。これが正しい道だと信じながら、本当は身勝手に行動しているだけなのか。

 自問しても、答えは出なかった。エルシャはかぶりを振った。

 力ずくで人を動かすなんて、間違っている。俺は、俺が正しいと信じた道を行くんだ。

 部屋を出ようと扉に手をかけたとき、背後からルイが呼び止めた。

「待って」

 振り返ると、ルイが初めて見る強いまなざしでこちらを見ていた。

「僕も……僕も、一緒に行かせてくれないか」

 エルシャは耳を疑った。

「何のために? 俺たちと一緒にいても、君の望みは叶わないと思うぞ。カイラを取り戻すことができるわけでもないし、むしろ危険すぎる」

 しかしルイは立ち上がってエルシャのほうへにじり寄った。

「どうして止めるんだい? 君たちは、サラマ・アンギュースを探しているんだろう? 僕はかけらを持っている。君たちに損はないはずだ」

 エルシャは言葉に詰まった。

 ルイのいうとおりだ。かけらを集める旅をしているのに、なぜ俺は反対してしまったのだろう。

「それは……君には、旅の目的を話していない。とても危険な旅だから、恋人への感傷とか罪滅ぼしとか、そんな理由では受け入れることはできない。ルイ、君がついてきたいというのは、そういうことなんだろう?」

 今度はルイがいい淀んだ。ルイは視線を床に落とすと、小さくこぶしを握りしめた。

「それじゃあ、だめなのかい? 愛した女が、どんな苦しみを背負って生きてきたのか、彼女がもし生き続けていたらどんな運命が待っていたのか。それを、確かめたい。僕が、彼女の代わりに引き受けたい。そう思うのは、悪いことなのか? 僕にはもう、そうすることしか彼女への愛を示す道はないんだ……。このままでは、僕は立ち直れる気がしない」

 最後は絞り出すような声だった。周囲を重苦しい空気が包む。皆、エルシャを見ている。神から指名を託された者として、彼がどのような判断をするのか、待っているのだ。
 エルシャはため息をついた。

 この男の決意は固い。ならば……こちらも、話すしかあるまい。

 言葉を選びながら、エルシャはゆっくりと話し始めた。
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