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【第五部:聖なる村】第二章
セイラとエドニクの出会い
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「あなた、本当に……昔のセイラに、そっくり……! またセイラに会うことができたんだって、錯覚しそうなくらいよ」
「あの……では、あなたは僕の……」
フェランの言葉に、女性は大きくうなずいた。
「私はルーナ。あなたの叔母にあたるわね。こうしてセイラの血を引く男の子に会えるなんて、本当に夢のようよ」
フェランは不思議な気持ちに包まれた。父親は、自分が生まれる前に死んでしまった。母との思い出も、自分が五歳になるまでのおぼろげな記憶だけだ。それも、つい半年ほど前までは思い出すこともできなかった。自分が物心ついたときにはもう、家族や親戚なんていなかったのだ。代わりにエルシャが、そしてゼムズやナイシェたちが、家族のような存在になっていた。今、母親の面影のあるひとりの女性を目の前にして、フェランは懐かしさと困惑の織り交ざった不思議な感情でいっぱいだった。
「コクトーには聞いたわ。セイラとエドニクは、もう亡くなってるんですってね。聞いたときはショックだったけど、何となくわかってはいたの……。毎月送られてきた手紙が、十五年くらい前からぱたりと来なくなったから。ああ、何かあったのか、もしかして……って、思ってはいたから。セイラからは、元気な男の子が生まれて、アルセーイと名づけました、エドニクはいなくなってしまったけどセーイと二人で幸せに暮らしています、って聞いていたのよ。手紙がやんで、あなたのことも気にはなっていたんだけど、こんなに元気で立派になって……本当に、うれしいわ。セイラもきっと喜んでいるに違いないわね」
それからルーナは、セイラの話を語った。セイラとルーナはもともとこの村に住んでいたこと。セイラは若くして亡くなった母親のかけらを継ぎ、村でとれた花を毎日エルスライの町まで売りに行って生計を立てていたこと。時期が来たら村の中から結婚相手を見つけようと思っていたこと。
「でもね、そんなときに、エルスライの町でエドニクに会ったのよね」
ルーナは思い出したように笑った。
「国中を旅していた絵描きのエドニクが、花を売りに来た姉に、一目惚れしちゃったのよ。それからというもの、大変だったわ。エドニクはけして売れている絵描きではなかったけど、毎日毎日、なけなしのお金でセイラから花を買い続けてね。セイラもすごく困っていたわ。好意はうれしいけど、町の人と一緒になる気はないのにって。どうやったら諦めてくれるのか悩んでいたある日のこと。エドニクが、村に帰るセイラのあとをこっそりつけて、森の中に入ってきてね。村の入り口のすぐ近くまで来たところで、足を滑らせて崖から落ちてしまって。頭を打つ大怪我をしてしまったの。それに気がついたセイラは、さすがに無視できなくてね。保守的な村の人たちを説得して、家に連れ帰って手当をしたのよ」
フェランは固唾を飲んで話に聞き入っていた。それは、一度も母の口からは語られたことのない話だった。
「幸い体のほうは足の骨を折るくらいで済んだけど、頭を打ったせいかなかなか意識が戻らなくてね。村人たちは、この村は秘密の場所なんだからエドニクの意識が戻る前に町へ返そうっていったの。私もね、姉をそう説得しようとしたわ。でも、普段はおとなしい姉が、あのときだけは絶対にうんとはいわなかった。きっと、彼の怪我は自分のせいだっていう気持ちもあったんでしょうね。自分が責任をもって看病するから、彼を置いてくれっていい続けてね。私も村の人も、本当に反対したのよ。エドニクがうっかり村の存在を話しでもしたら、エドニクがサラマ・アンギュースを忌み嫌っていたら……私たち全員が、危うくなるんですもの。でもね、そうこうしているうちに、エドニクは意識を取り戻して……。セイラは、神の民のことはすべて伏せて看病し続けたの。足を怪我したエドニクが、何とか歩けるようになるまで、ずっと。エドニクは、そんなセイラに心から感謝していたわね。動けない自分にできるのはこれくらいしかないっていって、たくさん絵を描いてくれてね。セイラの肖像画が一番多かったけど、ほかにもね、この村の景色とかをね」
ルーナは壁にかけられたたくさんの花の絵を指さした。
「エドニクは村中の人たちにお礼をいって、絵を描きながら歩く練習をしていたの。だから、この村のほとんどの家には、彼の絵があるのよ。そうして村の人たちも何となくエドニクを受け入れ始めたころ、エドニクが、もう大丈夫だから町に戻るっていい出したのよ。そこでまた、村の人たちが反対してね。村を出たら、この村のからくりがわかってしまう。サラマ・アンギュースだとばれてしまうってね。それでまたもめたときに、セイラがこういったのよ。だったら私も一緒にエドニクと村を出る。けして村の話が漏れないように責任を持つ。私はエドニクを愛している……ってね」
ルーナは思い出したように笑った。
「びっくりしたわ。穏やかな姉の、あんなに強いまなざしを、初めて見た。それまではまったく気づかなかったけど、姉は、本当にエドニクを愛していたのよ。二人は、私や村人の反対を押し切って、この村を出ていったわ。エドニクは、村のことやセイラが予見の民であることを知っても、まったく気にしなかった。今までどおり絵描きの旅を続け、そしてセイラはそんな彼をしっかりと支えていくことにしたのよ」
フェランは、ルーナの話を聞きながら、顔も知らない父親と記憶の中の母親の姿を想像した。
「あの……父は……どんな人だったんですか?」
ルーナは再び笑い出した。
「そうね、見た目はすごく弱弱しくて、頼りなさそうだったわね。でも、芯はすごく強くて、まっすぐで正直で、心の広い人だった。セイラは最高の人を選んだのね……」
そのとき、不意に家の扉が開き、若い女性が入ってきた。
「母さん! 昼はジャガイモのスープにしよう!」
「あの……では、あなたは僕の……」
フェランの言葉に、女性は大きくうなずいた。
「私はルーナ。あなたの叔母にあたるわね。こうしてセイラの血を引く男の子に会えるなんて、本当に夢のようよ」
フェランは不思議な気持ちに包まれた。父親は、自分が生まれる前に死んでしまった。母との思い出も、自分が五歳になるまでのおぼろげな記憶だけだ。それも、つい半年ほど前までは思い出すこともできなかった。自分が物心ついたときにはもう、家族や親戚なんていなかったのだ。代わりにエルシャが、そしてゼムズやナイシェたちが、家族のような存在になっていた。今、母親の面影のあるひとりの女性を目の前にして、フェランは懐かしさと困惑の織り交ざった不思議な感情でいっぱいだった。
「コクトーには聞いたわ。セイラとエドニクは、もう亡くなってるんですってね。聞いたときはショックだったけど、何となくわかってはいたの……。毎月送られてきた手紙が、十五年くらい前からぱたりと来なくなったから。ああ、何かあったのか、もしかして……って、思ってはいたから。セイラからは、元気な男の子が生まれて、アルセーイと名づけました、エドニクはいなくなってしまったけどセーイと二人で幸せに暮らしています、って聞いていたのよ。手紙がやんで、あなたのことも気にはなっていたんだけど、こんなに元気で立派になって……本当に、うれしいわ。セイラもきっと喜んでいるに違いないわね」
それからルーナは、セイラの話を語った。セイラとルーナはもともとこの村に住んでいたこと。セイラは若くして亡くなった母親のかけらを継ぎ、村でとれた花を毎日エルスライの町まで売りに行って生計を立てていたこと。時期が来たら村の中から結婚相手を見つけようと思っていたこと。
「でもね、そんなときに、エルスライの町でエドニクに会ったのよね」
ルーナは思い出したように笑った。
「国中を旅していた絵描きのエドニクが、花を売りに来た姉に、一目惚れしちゃったのよ。それからというもの、大変だったわ。エドニクはけして売れている絵描きではなかったけど、毎日毎日、なけなしのお金でセイラから花を買い続けてね。セイラもすごく困っていたわ。好意はうれしいけど、町の人と一緒になる気はないのにって。どうやったら諦めてくれるのか悩んでいたある日のこと。エドニクが、村に帰るセイラのあとをこっそりつけて、森の中に入ってきてね。村の入り口のすぐ近くまで来たところで、足を滑らせて崖から落ちてしまって。頭を打つ大怪我をしてしまったの。それに気がついたセイラは、さすがに無視できなくてね。保守的な村の人たちを説得して、家に連れ帰って手当をしたのよ」
フェランは固唾を飲んで話に聞き入っていた。それは、一度も母の口からは語られたことのない話だった。
「幸い体のほうは足の骨を折るくらいで済んだけど、頭を打ったせいかなかなか意識が戻らなくてね。村人たちは、この村は秘密の場所なんだからエドニクの意識が戻る前に町へ返そうっていったの。私もね、姉をそう説得しようとしたわ。でも、普段はおとなしい姉が、あのときだけは絶対にうんとはいわなかった。きっと、彼の怪我は自分のせいだっていう気持ちもあったんでしょうね。自分が責任をもって看病するから、彼を置いてくれっていい続けてね。私も村の人も、本当に反対したのよ。エドニクがうっかり村の存在を話しでもしたら、エドニクがサラマ・アンギュースを忌み嫌っていたら……私たち全員が、危うくなるんですもの。でもね、そうこうしているうちに、エドニクは意識を取り戻して……。セイラは、神の民のことはすべて伏せて看病し続けたの。足を怪我したエドニクが、何とか歩けるようになるまで、ずっと。エドニクは、そんなセイラに心から感謝していたわね。動けない自分にできるのはこれくらいしかないっていって、たくさん絵を描いてくれてね。セイラの肖像画が一番多かったけど、ほかにもね、この村の景色とかをね」
ルーナは壁にかけられたたくさんの花の絵を指さした。
「エドニクは村中の人たちにお礼をいって、絵を描きながら歩く練習をしていたの。だから、この村のほとんどの家には、彼の絵があるのよ。そうして村の人たちも何となくエドニクを受け入れ始めたころ、エドニクが、もう大丈夫だから町に戻るっていい出したのよ。そこでまた、村の人たちが反対してね。村を出たら、この村のからくりがわかってしまう。サラマ・アンギュースだとばれてしまうってね。それでまたもめたときに、セイラがこういったのよ。だったら私も一緒にエドニクと村を出る。けして村の話が漏れないように責任を持つ。私はエドニクを愛している……ってね」
ルーナは思い出したように笑った。
「びっくりしたわ。穏やかな姉の、あんなに強いまなざしを、初めて見た。それまではまったく気づかなかったけど、姉は、本当にエドニクを愛していたのよ。二人は、私や村人の反対を押し切って、この村を出ていったわ。エドニクは、村のことやセイラが予見の民であることを知っても、まったく気にしなかった。今までどおり絵描きの旅を続け、そしてセイラはそんな彼をしっかりと支えていくことにしたのよ」
フェランは、ルーナの話を聞きながら、顔も知らない父親と記憶の中の母親の姿を想像した。
「あの……父は……どんな人だったんですか?」
ルーナは再び笑い出した。
「そうね、見た目はすごく弱弱しくて、頼りなさそうだったわね。でも、芯はすごく強くて、まっすぐで正直で、心の広い人だった。セイラは最高の人を選んだのね……」
そのとき、不意に家の扉が開き、若い女性が入ってきた。
「母さん! 昼はジャガイモのスープにしよう!」
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