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【第四部:神の記憶】第五章

一万年前の悪夢

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「ママ、どうなっちゃうの?」

 ディオネのうしろで、ナイシェの服の裾にしがみついてそっと様子を見ているラミが、小さな声で呟いた。ナイシェのラミを抱く腕に力が入る。
 メリナ自身はけして口にしなかったが、夢にうなされる回数が日ごとに増えていることを、ナイシェは知っていた。夢の内容は、いつも決まっていた――タラ・ム・テール。人間のような小さな生き物には想像も及ばないような、善と悪による『すべてを意味する戦い』。想像をも超える情景を実際に目の当たりにしたときの恐怖は、本人にしかわからない。だから、メリナがこの先どうなるのかも、誰にもわからないのだ。

 メリナがうなされ始めたのは、昨夜の遅くからだった。同部屋のディオネとナイシェが呻き声に気づき様子を見たとき、メリナは全身に汗をかいて激しく頭を振っていた。娘のラミが呼びかけても目が覚めず、ディオネが頬を叩いてやっと目を開いたのだ。目を覚ましたメリナは、宙の一点を凝視したまま乱れた息を何とか整えようとしていた。

「大丈夫? ずいぶんうなされていたわよ」

 ディオネの呼びかけに、しばらくしてからメリナは答えた。

「……ああ、いつものことだから」
「いつものことって! あんた、Kantas mei, mon Salamaってずっといって――」
「本当に大丈夫だから!」

 ディオネを遮ってメリナは叫んだ。

「起こして悪かったよ。もう大丈夫だから、あんたたちも寝て」

 メリナはそういって再び布団を目元までかぶり、二度と口をきかなかった。ディオネとナイシェも仕方なく再び床に就いたが、メリナがまたうなされ始めたのはそれから間もなかった。そしてそれが翌日の昼間まで続き、いまだ止まないのだ。

「ママがこんなにうなされることは今までなかったのに」
 ラミがぼそりと呟いた。
「うなされるときはいつも決まって、独り言をいうの。Kantas mei, mon Salama, geeve panse du lavii……いつも、そう。いつも、同じ夢がママを苦しめるの」

「どういう意味なんだ?」

 エルシャの問いに、ディオネが答える。

「『神よ、お助けください。どうかこの地に平和を』。……一万年前のあの戦いの夢を見ているのよ」
「夢じゃないわ。『記憶』よ。夢よりも……現実的で、恐ろしいに違いないわ」

 ナイシェがいう。そのとき、隣の部屋の扉が開く音がした。メリナの寝室を出ると、ちょうどフェランが寝室から出てきたところだった。

「おはよう。珍しく遅いな」

 声をかけたエルシャのほうをちらりと見やると、フェランはうつむいていった。

「ちょっと……昨夜、眠れなくて」
「おまえも具合が悪いのか?」

 フェランは小さく首を振った。

「いえ……誰か、調子が悪いんですか?」
「ああ、メリナがね――」

 そういって説明しようとしたとき、メリナの寝室から突然叫び声が聞こえた。見ると、寝台の上で暴れるメリナをディオネとナイシェが懸命に押さえようとしているところだった。メリナは固く目を閉じたまま何か叫びながら手足を動かしている。ディオネは彼女の体に覆いかぶさるようにして押さえつけると、その頬をはたいた。

「しっかりして! 起きるのよ!」

 次の瞬間、メリナは大きく体を震わせて目を開けた。ディオネが押さえていた腕を離すと、彼女は肩で息をしながらゆっくりと身を起こした。

「……また迷惑かけちゃって、ごめんなさい」
「何いってるの! そんなことより、何かあたしたちにできることはないの?」

 メリナは首を振った。

「ないわ。かけらを持っているのはあたしなの。みんなに迷惑はかけるけど、これはどうしようもないことだから。かけらを埋めたとき、遅かれ早かれこうなることは、覚悟してたから……」
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