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【第四部:神の記憶】第四章

回復

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 ナイシェが次に目覚めたとき、そこには姉のディオネがいた。

「無事でよかった! 寒くない? 怪我は?」

 ナイシェは何か話そうとしたが、疲れ切って何もいえず、ただゆっくりとかぶりを振った。体は相変わらず冷え切っていて、気がつくと目の前の炎は消えていた。

「あなたが落ちたところからここまでずいぶん離れてたわ。火が消える前に何とか見つけられてよかった」

 身を起こすと、ディオネのほかにエルシャがいるのがわかった。彼はナイシェの隣に横たわっているフェランについている。フェランはエルシャの呼びかけにも応じずに目を閉じたままだ。ナイシェはぼんやりとその光景を見ながら、フェランとかわした最後の会話を思い出していた。フェランが目覚めないのはそのせいかもしれないとさえ思った。

「フェランは……少し少し頭を打ったっていってたわ。でもさっきまで私と一緒に起きていたから、大丈夫だと思う……」
「仕方ない、ひとまずフェランを抱えて山を下りるか。ここからなら町もそう遠くないはずだ。ナイシェ、歩けるか?」

 ナイシェは立ち上がろうとして右の足首に激痛を覚えた。エルシャはナイシェの足首にそっと手を当てた。だいぶ腫れて熱をもっている。

「捻ったのか。大丈夫、すぐ治る」

 エルシャが両手で足首を包み込み何かを呟くと、腫れはすぐにとれ、痛みもなくなった。
 三人はナイシェの創ったランプの灯りを頼りに山の麓に向かって歩き出した。

「しかし、あんなところから落ちてよく無事でいられたな。二人が落ちたあと、叫んでみても何の返事もなかったから、本当に焦ったんだぞ」
「……フェランがかばってくれたから、大きな怪我をしないで済んだんだわ」

 いつもと違う声色に感じ、エルシャがナイシェの顔を見る。ナイシェはほとんど無表情で不自然なほどだった。

「……何か、あったのか?」

 エルシャが尋ねたが、ナイシェは少しだけ微笑んで首を振った。

「ううん……何も」





 ハーレルの宿に何とか戻ったときには、空は白んでいた。宿で待機していたメリライナのもとに結局ハルは現れず、宿に残された荷物の少なさからは、彼が戻る可能性も少なく見えた。
 フェランが目を覚ましたのは、朝になってからだった。五人が見守る中、フェランは頭を押さえて起き上がった。

「大丈夫?」

 ディオネの問いかけに、フェランがうなずく。

「少し……頭が痛いけれど」
「崖から落ちたときに打ったらしいわね」

 フェランは眉をひそめた。

「いや……ハルを見つけて、そのとき――」

 あたりを見回しながら、フェランはナイシェを見てふと言葉を止める。

「ナイシェ……?」
「――何?」

 ナイシェもフェランの顔を見つめて答えた。しかし、フェランはしばらくして首を横に振った。

「……いえ、何でも」
「俺たちはハルを追って山へ入ったんだ。覚えてるか? メリナたちにはここで待ってもらっていた」

 エルシャの説明に、フェランがメリナへ目を向ける。

「あなたがメリナ? ……さっきお会いしましたね」

 その言葉を聞いたとき、五人はフェランの記憶が戻ったことに気づいた。そして、記憶を失っていたころのことをすべて忘れてしまったことに。

「もとに戻ったのね、フェラン! あんた、あの夜ハルにぶつかって頭を強く打ったの。それで、ずいぶん記憶を失っていたのよ」

 ディオネが今までの出来事を話して聞かせる。フェランは、ただ迷惑をかけたことをひたすら謝るだけだった。

「あたしのことも忘れちゃったの、フェラン?」

 ラミが泣きそうな顔で問いかけたが、フェランはすまなそうに答えた。

「ごめん、ラミ。でも、今からでも友達になれるよね?」
 そういって手を差し出す。ラミはためらいがちにその手を取った。
「よろしく、ラミ。……ラミ、か。名前のとおりだね。とても愛らしい子だよ」

 フェランがラミに微笑みかけると、沈んでいたラミの顔がみるみる紅潮していった。

「それ、フェランが前にもいってくれた言葉だわ! 覚えていたの?」
「いや、思ったことをいっただけだよ」

 フェランがそういうと、ラミはフェランの胸に抱きついた。

「やっぱりフェランだ!」

 フェランがそんなラミの柔らかい髪をやさしく撫でる。その光景を見て、ディオネがいった。

「やっぱり、もとは同じフェランなのね。気の合う友達は一緒なんだ」

 ナイシェは、複雑な気持ちでうなずいた。エルシャとディオネは、フェランの記憶が戻って安心したようだが、ナイシェの心には、短い時をともに過ごした今井までのフェランも残っていた。
 さっきフェランに名前を呼ばれたときはどきんとしたが、フェランは山の中でのこともすべて忘れているようだった。安心した一方、寂しくもあった。半年間ともに過ごしたはずのフェランが、今は別人に見える気もした。しかし、記憶をなくしたフェランとそうだったように、今のフェランともまた慣れていくのだろうと、ナイシェはぼんやりと思った。
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