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【第三部:とらわれの舞姫】第三章

テイジー

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「ナイシェ様、いらっしゃいますか?」

 あわてて窓を閉める。

 夕食にはまだ早いのに、やはり見張っているのだろうか。

 しかし現れたのは、先ほどの侍女とは違う、そばかす顔のお下げ髪の少女だった。歳のころはナイシェと同じくらいかもっと幼く見える。

「あの……何か、用かしら」

 冷たく洗練された雰囲気の使用人ばかりが目立つこの屋敷にはあまり似つかわしくないその風貌に戸惑いながら、ナイシェは話しかけた。不思議なことに、少女のほうもとまどっているようだった。

「あの……私、お節介なんですけど、お屋敷の中をご案内しようと思って。あの、使い勝手とかわからないと、大変ですものね」
「え……え、そうね……」

 まさかそんなことをいわれるとは思わず、ナイシェはとりあえずうなずいた。そんな彼女の様子を見て、そばかすの少女は付け足すようにいった。

「ごめんなさい、私、テイジーっていいます。アンナは、本当は食事の係なので、ナイシェ様の身の回りのお世話は、これからは私がさせていただきます」

 どうやら先ほどの侍女はアンナというらしい。ナイシェはほっとした。

「よかったわ、あなたで」
「アンナはああいう性格だから、お客様の接待とかには向いていないんですよね」

 テイジーが愛嬌のある笑顔を浮かべる。

「さ、こちらです」

 導かれるままに、ナイシェは部屋を出た。

「さっきのお部屋はカイル様の書斎です。そちらの突き当たりには小広間があって、ちょっとした催しとか舞踏会に使うんです。左側には食事の間があって、来客のときカイル様がよく一緒に召し上がります。右手に曲がると階段で、その先に正面玄関が……」

 常に笑顔を絶やさず一生懸命説明してくれるテイジーに、ナイシェは親しみを覚えた。

「あなたって、ここの人たちとは全然違うのね」
「え?」

 テイジーがきょとんと見返している。

「アルマニアの町で会った男の人たちと違って、偏見がないみたい」

 するとテイジーが笑って答えた。

「それ、きっと執事のザイク様です。あの方は小さいころからここにお仕えしているようですから、貴族の生活以外ご存じないんです。ザイク様と違って私は庶民の出だから、ナイシェ様はそうお感じになるんですね」
「庶民の……?」

 彼女が庶民だったことではなく、そんな彼女がここにいることのほうにナイシェは驚いた。周りから蔑まれずに、ちゃんと働けているのだろうか。

「私、ニコルの町でカイル様に拾われたんです。……というより、私の両親が宿屋を経営していて、偶然カイル様が私を見つけて引き取ってくださったんです。私の家族、食べていくのも大変な状況だったので……」

 そういって、テイジーははにかんだ笑顔を浮かべた。

「だから私、ナイシェ様のお気持ちもわかります」
 やはり、彼女も苦労してきたのだ。
「でも、たとえ同等に扱ってもらえなくても、私と私の家族を助けてくれたのがカイル様だってことに変わりはありませんし、生活だって申し分ないし……ここで一生お仕えしていくのが私の義務だと思うんです。カイル様はほんの気まぐれで私を引き取ったのかもしれないけれど、私にとっては恩人なんです」

 そこまでいうと、テイジーははっとしたように口をつぐんだ。

「ご、ごめんなさい。今の話、気にしないでください。これでナイシェ様を引き留めようなんて思っていないですし、あ、もちろんいてくださったらすごくうれしいですけど……」

 しどろもどろになるテイジーを見て、自然に頬が緩む。

「いいのよ、わかってるわ。……でもね、私、ここにいられない理由があるのよ。しなきゃいけないことがあるの」

 するとテイジーは寂しそうな顔をした。

「あの、逃がしてあげたいんですけど……私、カイル様に背くわけにはいかないし、ひとりで逃げるのも無理だと思います。見張りが昼も夜もたくさんいるし、周りの塀だってすごく高いし……」
 そして黙り込む。やがてつけ足すように再び口を開いた。
「でも、ここの生活は本当にすてきだと思いますよ。仕えるといっても、踊り子だったら一番いい待遇を受けますし、それに悪い人たちばかりでもないですよ。シルフィール様なんて本当にすてきな方だし」
「シルフィ……?」

 初めて聞く名前だ。

「あ、まだお会いしていないんですね。シルフィール様は小さいころからカイル様と一緒に育ってきた方で、きれいな長い金の髪をお持ちなの。見ればすぐわかりますよ。すごくおやさしい方で、きっとナイシェ様ももうすぐお会いになるはず――」

「お客様を案内しているのか? 気の利いたことだ」

 突然、背後で男の声がした。振り返ると、テイジーがあわてて頭を下げた。

「こんにちは、ザイク様」

 ザイクと聞いて、ナイシェは男の顔を見つめた。初めて会ったときと服装こそ異なるが、冷たく透きとおった青の瞳は、確かにあのときのものだ。彼はナイシェの顔を一瞥すると再びテイジーへ目を向けた。

「ほどほどにしておきなさい――妙な気を起こされると困るから」

 『妙な気』――それが何を意味するのか、ナイシェにはすぐわかった。もちろん彼のいうとおり、どうすればここから逃げ出せるかばかり考えていたのは事実だ。だが、それとテイジーとは関係ない。
 ナイシェがむっとしてザイクをにらみつけると、彼は意味ありげな笑みを浮かべて去っていった。

「ごめんなさい、私、余計なことしたみたいで……」

 か細い声でテイジーが謝る。そのあとすぐに、別の侍女から声がかかった。

「テイジー! ザイク様が、台所の手伝いをしなさいって」
「わかりました、すぐ行きます」

 そういうと、テイジーはナイシェに頭を下げた。

「すみません、最後までご案内できなくて。用事があるときはお気軽に声をかけてくださいね」

 そして廊下の向こうへと姿を消した。
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