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【第三部:とらわれの舞姫】第一章
急襲
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「ナイシェが屋敷に誘われた?」
エルシャが難しい顔をして椅子に腰を下ろした。
「俺たちを狙っているやつか……?」
「そんな感じじゃなかったけど……。身分も高そうだったし」
ナイシェの言葉にディオネが笑う。
「あんたみたいな子供を召したいなんてもの好きがいるのかねえ?」
途端にナイシェが真っ赤になる。
「べ、別に、そういう意味だとは限らないでしょ」
「なんにしても、彼らは本気のようでしたから、これだけでは済まないかもしれません」
フェランが厳しい顔でいった。エルシャが眉をひそめる。
「なるほど、次は強硬手段を取りかねない、か……? しかし、その辺の賊でもない人間が、強硬手段ねえ……。もう少し相手の意図が読めれば、こちらも応じやすいんだが……」
思案顔のエルシャを見ながら、フェランもまた胸に引っかかるものを感じていた。
ナイシェに話しかけたあの男――短く刈った黒い髪と、感情のこもらない深い青の瞳。どこかで見たことがあると思うのは、気のせいだろうか……?
その日は新月だった。隣で眠っている姉の寝息を聞きながら、ナイシェは紺色の空に散りばめられた小さな星々を窓から眺めていた。月のない空はあまりにも静かだ。が、ナイシェの心は緊張と不安でざわついていた。
今朝の男たちは、私をどうしたいのだろう? 命を狙っているようには見えなかったけど、本当にそういいきれるのだろうか。身なりがよかったからといって、信用していいということにはならない。……そう、夢の中の少年――イシュマ・ニエヴァを閉じ込めている〈あいつ〉というのが宮殿の人間だとするならば、今朝の連中がその回し者である可能性だってないわけではない。
不意に、〈あいつ〉の陰をすぐ近くに感じた気がして、ナイシェは身震いをした。すっかり目が覚めてしまい、仕方なく静かに寝室から抜け出す。真夜中の食堂は真っ暗で、星の明かりがかろうじて食卓と台所を照らすだけだった。音をたてないようそっとコップに水を注ぎ、一口飲む。そのとき、扉の向こうで小さな物音がした。
思わず体が固まる。
……今朝の、男たちだろうか。
よぎる不安を追い払うように頭を振る。
ここは宿屋だ。廊下を通る客だっている。
物音はそれきり聞こえない。が、ナイシェは冷たい木の扉から目を離せなかった。心の隙間に入り込んだ恐怖はなかなか去ろうとしない。
……だめだ、こんなでは安心して眠ることもできない。
ナイシェは意を決すると、護身用の短剣を手に取ってそっと扉に近づいた。誰もいないことを確認したら、今度こそ眠るつもりだった。
扉の取っ手に手をかけ、反対の手でしっかりと短剣を握りしめる。一度大きな深呼吸をすると、ナイシェはすべての神経を総動員して扉を開けた。
目の前の廊下には、誰もいなかった。
……やっぱり、気のせいだったんだ。
そう思いつつ廊下に一歩踏み出したときだった。突然、腹部に強烈な痛みが走った。あまりの衝撃に全身がしびれ、動かなくなる。遠くなる意識の中で、ナイシェは自分の体を支える二本の腕を感じたのだった。
エルシャが難しい顔をして椅子に腰を下ろした。
「俺たちを狙っているやつか……?」
「そんな感じじゃなかったけど……。身分も高そうだったし」
ナイシェの言葉にディオネが笑う。
「あんたみたいな子供を召したいなんてもの好きがいるのかねえ?」
途端にナイシェが真っ赤になる。
「べ、別に、そういう意味だとは限らないでしょ」
「なんにしても、彼らは本気のようでしたから、これだけでは済まないかもしれません」
フェランが厳しい顔でいった。エルシャが眉をひそめる。
「なるほど、次は強硬手段を取りかねない、か……? しかし、その辺の賊でもない人間が、強硬手段ねえ……。もう少し相手の意図が読めれば、こちらも応じやすいんだが……」
思案顔のエルシャを見ながら、フェランもまた胸に引っかかるものを感じていた。
ナイシェに話しかけたあの男――短く刈った黒い髪と、感情のこもらない深い青の瞳。どこかで見たことがあると思うのは、気のせいだろうか……?
その日は新月だった。隣で眠っている姉の寝息を聞きながら、ナイシェは紺色の空に散りばめられた小さな星々を窓から眺めていた。月のない空はあまりにも静かだ。が、ナイシェの心は緊張と不安でざわついていた。
今朝の男たちは、私をどうしたいのだろう? 命を狙っているようには見えなかったけど、本当にそういいきれるのだろうか。身なりがよかったからといって、信用していいということにはならない。……そう、夢の中の少年――イシュマ・ニエヴァを閉じ込めている〈あいつ〉というのが宮殿の人間だとするならば、今朝の連中がその回し者である可能性だってないわけではない。
不意に、〈あいつ〉の陰をすぐ近くに感じた気がして、ナイシェは身震いをした。すっかり目が覚めてしまい、仕方なく静かに寝室から抜け出す。真夜中の食堂は真っ暗で、星の明かりがかろうじて食卓と台所を照らすだけだった。音をたてないようそっとコップに水を注ぎ、一口飲む。そのとき、扉の向こうで小さな物音がした。
思わず体が固まる。
……今朝の、男たちだろうか。
よぎる不安を追い払うように頭を振る。
ここは宿屋だ。廊下を通る客だっている。
物音はそれきり聞こえない。が、ナイシェは冷たい木の扉から目を離せなかった。心の隙間に入り込んだ恐怖はなかなか去ろうとしない。
……だめだ、こんなでは安心して眠ることもできない。
ナイシェは意を決すると、護身用の短剣を手に取ってそっと扉に近づいた。誰もいないことを確認したら、今度こそ眠るつもりだった。
扉の取っ手に手をかけ、反対の手でしっかりと短剣を握りしめる。一度大きな深呼吸をすると、ナイシェはすべての神経を総動員して扉を開けた。
目の前の廊下には、誰もいなかった。
……やっぱり、気のせいだったんだ。
そう思いつつ廊下に一歩踏み出したときだった。突然、腹部に強烈な痛みが走った。あまりの衝撃に全身がしびれ、動かなくなる。遠くなる意識の中で、ナイシェは自分の体を支える二本の腕を感じたのだった。
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