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【第三部:とらわれの舞姫】第一章
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突然のことに、ナイシェは眉をひそめた。この男のことも知らないし、迎えに来られるような覚えもない。フェランの不思議そうなまなざしに、ナイシェは首を振った。
「し……知らないわ、私。人違いじゃないかしら」
しかし男は表情ひとつ変えない。
「いえ、ぜひともナイシェ・ネイランド様をお招きするよう仰せつかっておりますので」
ナイシェは困惑した。何が何だかさっぱりわからない。神の民を狙う輩が、こんな手の込んだことをするとも思えない。
「あの……誰がそんなことを? どういうことですか?」
「いらしていただければおわかりになりますよ」
そのいい方に、ナイシェはいささか気分を害した。冷たい目をしたその男は、態度こそ慇懃だがどこか人を馬鹿にしているような気がする。
「ナイシェ様にとっても、悪い話ではございません。私どもの主人は、ナイシェ様が屋敷に住まわれることを望んでおります。私どもとともにいらしてくだされば、お暮しのほうも、困るようなことはなくなります」
それを聞いて、ナイシェはますます憤りを覚えた。
「そんな気遣いは結構です。私、今の生活で別に困っていませんから」
鋭い口調できっぱりいい切ると、ナイシェは背を向けようとした。すると男が再び頭を下げた。
「これは失礼いたしました。そういうつもりではなかったのですが……。いらしてくだされば、こちらとしてもささやかながら謝礼はいたします。いかがでしょうか……?」
そして男はフェランのほうへ目をやった。
「大したものではありませんが」
いいながら、男が懐へ手を伸ばす。フェランが警戒して胸元の短剣にそっと手をあてた。が、男が取り出したものは小さな革袋だった。彼はそれを無言でフェランのほうへ差し出した。
「?」
フェランはとりあえずそれを受け取り、紐を解いた。大きさのわりにはかなり重い。慎重に袋の口を開け、中身を見た途端に、フェランの表情が一変した。射るような目つきで中身を凝視すると、乱暴に袋を縛って男の胸元へ突き返した。男が不思議そうな顔をしてそれを受け取る。ナイシェは今までにないほど怒りに満ちたフェランの顔に戸惑いを覚えた。
「フェ……フェラン?」
これほど怒りをあらわにしたフェランを見るのは初めてで、どう対処したらいいのかわからない。ナイシェの呼びかけも聞こえないのか、フェランは男の目を見つめたままいった。
「……最低の行為ですね」
そして踵を返すと、呆然としているナイシェの手を引いた。
「行きましょう、ナイシェ」
「あ……あの、でも……」
男のほうを気にしつつ、ナイシェはフェランに引かれて歩き出した。こんなに強引なフェランは初めてだ。握る手は強すぎて痛みを覚えるほどだし、足早に立ち去ろうとするフェランに、ナイシェは小走りでないとついていけないくらいだ。男たちの姿が見えなくなったころ、ナイシェは恐る恐る彼に話しかけた。
「……ねえフェラン、あの、もう……」
ナイシェの声にフェランははっと我に返り、あわててきつく握りしめていた手を放した。
「すみません……つい、頭に来てしまって」
恥ずかしそうに顔を赤らめて横を向くフェランの様子に、ナイシェは控えめに尋ねた。
「ねえ……袋の中に、何があったの?」
それを聞いて、フェランは不自然に目を逸らす。
「それは――別に、何も」
抑揚のない口調に、ナイシェは彼が何を見たのかわかったような気がした。
「もしかして……お金?」
フェランがぎくりとした顔をする。そんな様子を見て、ナイシェは小さく笑った。
「……別に私、気にしないわよ。ありがとう、フェラン」
それから口を閉ざしうつむいたナイシェを、フェランはただ困惑した面持ちで見つめるしかなかった。
「し……知らないわ、私。人違いじゃないかしら」
しかし男は表情ひとつ変えない。
「いえ、ぜひともナイシェ・ネイランド様をお招きするよう仰せつかっておりますので」
ナイシェは困惑した。何が何だかさっぱりわからない。神の民を狙う輩が、こんな手の込んだことをするとも思えない。
「あの……誰がそんなことを? どういうことですか?」
「いらしていただければおわかりになりますよ」
そのいい方に、ナイシェはいささか気分を害した。冷たい目をしたその男は、態度こそ慇懃だがどこか人を馬鹿にしているような気がする。
「ナイシェ様にとっても、悪い話ではございません。私どもの主人は、ナイシェ様が屋敷に住まわれることを望んでおります。私どもとともにいらしてくだされば、お暮しのほうも、困るようなことはなくなります」
それを聞いて、ナイシェはますます憤りを覚えた。
「そんな気遣いは結構です。私、今の生活で別に困っていませんから」
鋭い口調できっぱりいい切ると、ナイシェは背を向けようとした。すると男が再び頭を下げた。
「これは失礼いたしました。そういうつもりではなかったのですが……。いらしてくだされば、こちらとしてもささやかながら謝礼はいたします。いかがでしょうか……?」
そして男はフェランのほうへ目をやった。
「大したものではありませんが」
いいながら、男が懐へ手を伸ばす。フェランが警戒して胸元の短剣にそっと手をあてた。が、男が取り出したものは小さな革袋だった。彼はそれを無言でフェランのほうへ差し出した。
「?」
フェランはとりあえずそれを受け取り、紐を解いた。大きさのわりにはかなり重い。慎重に袋の口を開け、中身を見た途端に、フェランの表情が一変した。射るような目つきで中身を凝視すると、乱暴に袋を縛って男の胸元へ突き返した。男が不思議そうな顔をしてそれを受け取る。ナイシェは今までにないほど怒りに満ちたフェランの顔に戸惑いを覚えた。
「フェ……フェラン?」
これほど怒りをあらわにしたフェランを見るのは初めてで、どう対処したらいいのかわからない。ナイシェの呼びかけも聞こえないのか、フェランは男の目を見つめたままいった。
「……最低の行為ですね」
そして踵を返すと、呆然としているナイシェの手を引いた。
「行きましょう、ナイシェ」
「あ……あの、でも……」
男のほうを気にしつつ、ナイシェはフェランに引かれて歩き出した。こんなに強引なフェランは初めてだ。握る手は強すぎて痛みを覚えるほどだし、足早に立ち去ろうとするフェランに、ナイシェは小走りでないとついていけないくらいだ。男たちの姿が見えなくなったころ、ナイシェは恐る恐る彼に話しかけた。
「……ねえフェラン、あの、もう……」
ナイシェの声にフェランははっと我に返り、あわててきつく握りしめていた手を放した。
「すみません……つい、頭に来てしまって」
恥ずかしそうに顔を赤らめて横を向くフェランの様子に、ナイシェは控えめに尋ねた。
「ねえ……袋の中に、何があったの?」
それを聞いて、フェランは不自然に目を逸らす。
「それは――別に、何も」
抑揚のない口調に、ナイシェは彼が何を見たのかわかったような気がした。
「もしかして……お金?」
フェランがぎくりとした顔をする。そんな様子を見て、ナイシェは小さく笑った。
「……別に私、気にしないわよ。ありがとう、フェラン」
それから口を閉ざしうつむいたナイシェを、フェランはただ困惑した面持ちで見つめるしかなかった。
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