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【第一部:王位継承者】第九章

四人目

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「全然期待してなかったんだけど、探してみたら意外といいのがあったよ」

 そういうとディオネは円形に座った四人の真ん中にどさりときのこを置いた。

「近くの小川で洗ってきた。ちょっと苦いかもしれないけど毒はないから安心して」

 五人は朝陽の光る森の中で朝食をとった。かろうじて残っていた数枚のパンと、ディオネが見つけてきたきのこで、空腹が多少は満たされる。数日前のことが嘘のようなのどかさだ。しかし、エルシャとフェランは違った――二人とも、深刻な顔で黙々ときのこを口に運んでいる。いや、フェランのほうは不安げな表情、といったほうが適切だろうか。

 そういえば……。

 ナイシェとディオネは、無口な二人の様子を見て思い返していた。

 ジュベールが殺されたとき、フェランの言葉にエルシャがとても憤慨していた。まるで、ジュベールが死んでしまうことを知っていたかのようなフェランの口ぶりに……。

 二人の思考をエルシャの低い声が遮った。

「別に……怒っているわけじゃない。あのときは俺も必死だったからな、すまなかった」

 フェランがかすかに震えた。

「僕は……ただの夢だと思っていたんです……」

 消え入りそうな声でそういうと、ついとうつむく。

「といっても……言い訳ですね」

「いや」
 エルシャがいった。
「うすうす気づいてはいたんだが、確かめる方法がなくてね……」

 一行が何のことかといぶかしんでいると、エルシャが顔をあげた。

「俺は、サラマ・アンギュースを見つけ出せ、という神託を受けた。そして、神に導かれるかのように、予見の民であるゼムズに出会った。ナイシェの夢の中の少年がいっていた、旅は順調だというあの言葉……俺も、ゼムズとの出会いをいっているのかと思っていた。だが、俺はゼムズと出会う前に、すでに創造の民のナイシェと出会っていたんだ。それは必然的に、破壊の民であるディオネにつながる。……両親揃ってサラマ・アンギュースというのも珍しいとは思うがね」

 ディオネがうなずく。

「あんたがサラマ・アンギュースを探しているっていったとき、本当は飛び上がるほど驚いたんだよ。あんたたちがあたしたち姉妹のことを知っていて、わざとしらをきっているのか、本当に知らないで話しているのか、どっちなんだろうって思ってた」

「実をいうと……。トモロスでナイシェが襲われたとき、俺たちはもう少し早くあの場所にいた。あの暴漢の腕が潰れ、体が潰れたとき――すぐ近くの物陰に、ディオネがいるのが見えたんだ。あのときから、ひょっとすると……とは思っていた」

 ディオネが肩をすくめる。

「見られたのがあんたたちでよかったわ。町の人に見つかったら、二十年ひた隠しにして住み続けてきたトモロスの町を追われるところだった」

「これで、すでに、出会ったサラマ・アンギュースが三人。……だが、それだけではなかったんだ」

「え……?」

 エルシャの発言に、全員が怪訝な顔をした。エルシャは、ただひとり怯えたような表情をしているフェランを見た。

「フェラン。おまえはヘルマークに入る直前、森でジュベールが殺される夢を見た。あまりにも生々しい夢だったからずっと気になっていたが、誰にもいえずにいた――そうだろう? だが……おまえが見た夢は、偶然なんかじゃない。あれは、予見だったんだ」

 フェランはごくりと唾を飲んだ。

「でも僕は……今まで、それらしい予見は……」
「いや、おまえは予見の民シレノスだ。傷だって、あるだろう」
「そんなものは――」

 ない、といおうとして、ふと思い出す。無意識に、フェランは右手首を押さえた。小さな傷ではあるが、確かにある。怪我をした覚えもないのに、右手首に、筋に沿ってきれいな切り傷が。

「思うに」

 エルシャは続けた。

「ルインに向かう途中、普通でない輩に襲われただろう。あいつらは、おまえの右腕を異常に狙っていた」

 それを聞いて、ナイシェがこわばった笑みを浮かべる。

「嘘……気づくはずがないわ、本人だって気づいていなかったのに」
「しかし、知っていたとしか思えない。でないと、なぜ左手に武器を持った男の右腕なんかを狙うんだ。フェラン、おまえは五歳より前の記憶がないだろう。その間にかけらが埋めこまれ、そしてそれを知っていた人物がいるのなら、あり得る話だ」

 誰も否定はできなかった。

「……例えば、サラマ・アンギュースを殺そうとする、何かの組織かもしれない。ナイシェやディオネは今まで無事だったが、もしフェランの素性を知っている人間が今もしつこくおまえを付け狙っているとしたら、サラマ・アンギュースを探して旅をしている俺たちは、そいつのかっこうの標的になるわけだ……」

 重たい沈黙が流れる。
 フェランが襲われてから、だいぶ経つ。そのあとそれらしい襲撃は受けていないが、例えば敵が、続々と集まるサラマ・アンギュースを一気に始末する時期を虎視眈々と狙っているとしたら? それとも、ヘルマークの住人はなんとかかわしたが、その見えない敵も、かわすことができたのだろうか。
 エルシャが深くため息をつき、黙って聞いていたジュベールに目を向けた。

「……そういうわけで、俺たちはこれからも危険な旅を続けなければならない。ジュベール……おまえは本当に、戻らないのか」

 ジュベールはうなずいた。

「戻らない。けれど、そちらの状況はだいたいわかった。私のせいで旅を中断させ、みなの命を危険に曝してしまったな……。私はもう行くよ。これ以上迷惑をかけるわけにはいかないから」
「ひとりで?」
「ああ」
「それはだめだ」

 エルシャが鋭くいう。

「一人で行くなんて危なすぎる。戻ったほうがいい」
「なぜ危ないんだ。大丈夫、私はエマのほうへ向かうから。危険なのはこのあたりだけだ。エマなら安全――」
「だめだ! だっておまえは……!」

 一瞬感情的になり、エルシャははっとして口をつぐんだ。

「とにかく……どうしても戻らないのなら、トスタリカまでは一緒に行こう。おまえは屈強な大男とは違うんだ。俺たちといて安全ということはないが、おまえ一人よりはましだろう」

 ジュベールは思案の末答えた。

「……そうだな。トスタリカに手配書が配られていなければ……そこで、別れることにしよう」
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