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【第一部:王位継承者】第九章

最期の瞬間

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 ディオネがエルシャのほうを振り返る。

「なにいって……」
「ディオネ! お願いします!」

 フェランも叫ぶ。ディオネは動揺した表情で二人の顔を見た。ディオネの様子を見て、ナイシェの鼓動が速くなる。二人が何のことをいっているのか、まったくわからない。出会ったばかりの二人と姉との間に、自分の知らない何かがあるということか。

「早く! もうやつらはそこまで来てる!」

 射手は攻撃の手を緩めない。矢が次々と彼らの腕や体を傷つけていっても、ディオネはまだためらっていた。

「ディオネ! 信じてください! 何があっても、僕たちは変わりません!」

 いったい何の話をしているのか、皆目わからない。次の瞬間、一本の矢がフェランめがけて放たれた。コマ送りのように、ナイシェの目には見えた。矢が、彼の額を射抜こうとしている。逃れる暇もない。目を覆うような瞬間だった。が、刹那。

 ぱん、と小さな破裂音がして、矢が粉々に砕けた。

 ナイシェは息を呑んだ。似たような光景を、以前にどこかで見た気がする。徐々に彼女の脳裏に蘇ったのは、あの出来事――あの、トモロスでの。姉との再会の直前に起きた、思い出したくもない、あの出来事。

 最初に振り下ろされた大きな剣が音を立てて粉々に砕けて……そのあと、今度は振り下ろした男自身が、だんだんと、粉々に……。

 混乱していた。体中で何かが渦巻きだす。混乱、恐怖、不安、嫌悪。それらのすべてが、ナイシェを支配した。姉のほうを振り返ったが、ディオネは顔を背けたままだ。

 今のは……姉さんが?

 しかし、深く考える余裕もなく矢がどんどん飛んでくる。五人はやっとの思いで森の中へと逃げこんだ。
 木の生い茂る森ならば、弓矢はそうそう使えまい。
 事実、男たちは今度は剣を携えて突進してきた。その一人ひとりを、エルシャが相手にする。しかし多勢に無勢、ひとつの剣を受け止めたエルシャの背後から、別の男が剣を振り下ろす。が、剣はエルシャの体に達する前に、ぱあんと砕け散った。

 まただ。

 しかし、それどころではなかった。ディオネの不思議な力をもってしても、男たちすべてを退けることはできなかった。五人の視界に入っていなかった男が、猛然とジュベールを狙って剣を繰り出してきた。

「ジュベール様……!」

 目の前の光景が、昨夜の悪夢を彷彿とさせる。フェランは無我夢中でジュベールの前に飛び出した。次の瞬間、繰り出された剣がフェランの腹部を串刺しにしていた。反射的に押さえた腹から真っ赤な鮮血がどくどくと流れ出す。フェランは力なくその場に倒れこんだ。

「おまえ……!」

 ディオネが殺気を帯びた目を男に向けると同時に、ぐちゃりと音を立てて、剣を持つ男の右腕が肉塊と化した。男の悲鳴が森に響き渡る。思わず、ナイシェは目を背けた。

「フェラン! おまえ、どうして……!」

 ジュベールがもうろうとしたフェランを抱きかかえる。エルシャが駆け寄って傷をふさぎ始めた。その間に向かってくる男たちを、今度はディオネが相手にする。ディオネのひとにらみで、男たちはそれぞれに体の一部を失いのた打ち回った。しかし、ディオネもその力を幾度となく発動し、すでに体力は底を尽きていた。エルシャもフェランの手当てでもはや力は残っていない。残る敵はあと四人――ナイシェとジュベールだけでさばくには多すぎる。それでも二人は諦めずに戦った。もともとなんの鍛錬も受けていないナイシェが持ち前の身の軽さで何とか一人を倒したとき、残りの三人は我こそ手柄をといわんばかりにジュベールに攻撃を仕掛けていた。そのうちの一人を力任せに斬り倒し、別の剣をかろうじて受け止めたときだった。四人は、見ていながら止めることができなかった。背後から迫る男の手に握られた槍が、ジュベールを突こうとしていた。気配に気づいたジュベールが他方をすばやく斬り捨てると、男のほうへ振り返る。

「死ね!」

 嬉々として、男が叫んだ。ジュベールはかすむ目を見開き、最後の力を振り絞って剣を繰り出した。

 ほぼ同時に、互いの鋭い刃が互いを貫いた――心臓の位置を、正確に。
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