上 下
362 / 371
【第六部:終わりと始まり】第十章

急襲

しおりを挟む
 庭に続くガラス戸を開け放し、そこに背中を預けるようにして、ジュノレは外を見ていた。腕を組んだまま、微動だにしない。視線は、林の向こうにあるだろう青玉宮へ向けられていた。木が邪魔で建物そのものは見えないが、そこから水晶宮に続く渡り廊下は、隙間からかろうじて覗いている。

 耳を澄まし、神経を研ぎ澄ませる。まだ、異変はない。

 大丈夫だ。あらゆる事態を想定してある。彼らなら、できるはずだ。

 そう自分にいい聞かせる。
 室内では、ディオネが落ち着きなく歩き回っていた。それを、ソファに小さく座ったラミが不安げな表情で見つめている。

「……おい。少しは座ったらどうだ。動物じゃあるまいし」

 壁に寄り掛かって立つテュリスがうんざりした様子でいう。ディオネは噛みつくようにいった。

「これが座ってられるかってのよ。あぁ、エルシャもナイシェも、無事かしら……ティーダはまだほんの小さな子供なんだよ……」

 何の異変もないのは、万事うまくいっているからかもしれない。だが、ただ静かに待つこの時間が、逆に焦燥感を駆り立てる。

「仕方がない。かけらを持たないおまえが行ったところで所詮足手まといになるだけだ。おまえは待つことしかできない」
「だからこそ、じっとしていられないんだよ! あぁ、手足がもっと自由になれば、あたしだってもう少し役に立ったのに」
「手足が不自由なおまえでも役に立てることを考えたらどうだ」

 テュリスがそういって顎をしゃくった。ディオネがはっとしてラミを見る。ラミは今にも泣き出しそうな目で震えながらディオネを見つめていた。

「ああ、ラミ……ごめん。あたしがしっかりしなきゃね」

 そういって小さな体を抱きしめる。ラミは消え入るような声でいった。

「かけらが……かけらがママを苦しめた理由は、この戦いに勝つためなんだよね? この戦いに勝たないと、ママが何のために頑張ったのか……」

 ディオネはラミを抱く腕に力を込めた。

「絶対勝つよ。大丈夫、みんなで力を合わせれば」

 息が詰まるような静寂の中、ただいたずらに時が過ぎていく。

 不意に、それまでずっと動かなかったジュノレが、つと背中を伸ばした。

「――何の音だ」

 ジュノレの声に、室内にいた三人も庭へ出る。

「何か……崩れるような、音がした」

 ジュノレの視線の先――青玉宮の上空に、土煙が舞った。ジュノレは注意深く目を凝らした。やがて、渡り廊下にひとりの衛兵の走る姿を目撃した。その後ろに、さらに多くの兵士が続く。はっとして反対方向を見ると、水晶宮から黄昏宮へと繋がる長い回廊にも、複数の兵士が集まっている。えんじ色の軍服に身を包んだその姿は、国王直属の近衛兵と王宮所属兵であることを物語っていた。

 ジュノレはすぐさま踵を返して室内へ戻った。

「どうやらおまえの当たりだ、テュリス」

 いいながら、用意しておいた長剣を手に取る。テュリスが短く口笛を吹いた。

「誰かに俺の功績を認めてほしいものだね」
「無駄口を叩いている暇はない。私たちにもすべきことがある」
「それって、つまり……」

 切迫した声でディオネが問う。ジュノレはうなずいた。

「リキュスの私兵が大勢こちらに向かっている。恐らく、私たちが残りのかけらを持っていることに感づいたに違いない。これが敵の手に渡れば、私たちの負けだ。勝つためには、すべてのかけらをエルシャのもとに集め、奪われる前にイシュマ・ニエヴァを解放しなくてはならない」
「つまり、それって……」
「――そういうことだ」

 震えるディオネの目を見ながら、ジュノレはあえて感情を殺して短くいった。
 唯一イシュマ・ニエヴァを解放できるはずのリキュスが悪魔の手先ならば、彼を解放するには、リキュスから封印のかけらを奪って誰かが埋めなければならない。それはつまり、リキュスの命を奪うことになるかもしれない、ということだ。
 ジュノレは懐にしまった小さな布袋を、上着の上から握りしめた。

 ここに、残る六個すべてのかけらが入っている。命に代えても、これをエルシャのもとへ届けるのだ。

 遠くのほうが騒がしくなってきた。

 時間がない。

 ジュノレはテュリスにいった。

「ここはもう危険だ。転移の術で、ラミとディオネを安全なところへ連れていってくれ」
「ちょっと待って、あたしもジュノレと行く!」

 突然ディオネが叫んだ。

「だめだ、あなたは戦闘訓練を積んでいないし、体だって本調子じゃない。テュリスと一緒に避難しろ」

 すぐさまジュノレが告げる。しかしディオネは食い下がった。

「ナイシェを置いてあたしだけ逃げるなんてできない! あの子と約束したんだ、最後まで付き合うって。体だって大丈夫、今なら少しは走れるし、物だって持てる。戦える!」

 ディオネはテーブルに置いてあった小ぶりの短剣を手に取り、射るような目つきでジュノレを見据えた。
 騒ぎが徐々に近づいてくる。男たちのもめるような声に、時折雄たけびのような悲鳴が混ざっている。
 一瞬の間のあと、ジュノレは厳しい顔つきで決断した。

「テュリス、ラミを頼む」

 テュリスは肩をすくめた。

「というわけだ。お嬢ちゃん、行くぞ」

 テュリスにぐいと腕を引かれた途端、ラミが泣き叫んだ。

「いやだ! ディオネと一緒にいる! ディオネ!!」

 すがりつこうとするラミに、ディオネが笑っていった。

「大丈夫。こいつ、口は悪いけど、絶対ラミを守ってくれるから」

 そしてテュリスの肩に、軽く拳を当てる。

「頼むよ。あんたを信用してるからね」

 テュリスの口元に笑みが浮かんだ。

「……死ぬなよ」

 ディオネも笑った。泣きながら暴れるラミを押さえ込んで、テュリスが呪文を唱え始める。二人の姿が薄れていき、やがて消え去った。

 次の瞬間、前触れもなく部屋の扉が破れんばかりの勢いで開いた。

「ジュノレ様!! 衛兵が――王宮の衛兵たちが、攻めて参ります!!」

 直属の近衛小隊長アルストーリが血相を変えて飛び込んできた。

「いったいどういうわけなのか……ジュノレ様のお命を、狙っています! 今すぐ退避を!」

 ジュノレはうなずいた。

「事情はだいたい把握している。青玉宮で、何かあったんだ。私は今からディオネと青玉宮へ向かう。敵は国王直属の近衛兵と王国付きの兵士、恐らくそのすべてだろう」

「青玉宮で……!? 謀反ですか!? 国王陛下はご無事なのでしょうか……!」

 ジュノレは言葉を濁した。

「わからない。それも、確かめねばならない。青玉宮にはエルシャもいる。とにかく私たちは青玉宮に向かう。おまえたちはできるだけここで食い止めてくれ。だが……」

 一瞬の躊躇のあと、続けた。

「敵が多すぎる。彼らの狙いは私だけだ。おまえたちは戦況を判断し、無駄な死者は出ないようにしてほしい」
「恐れながら……」

 アルストーリが敬礼をしていった。

「我々はジュノレ様直属の兵士であります。命に代えてもジュノレ様をお守りするのが任務。全兵士の総力をもって、ジュノレ様をお守りし、援護いたします」

 その真摯なまなざしを受け、ジュノレはかすかに微笑んだ。

「――ありがとう。では、私の背中を預ける。頼んだぞ」
「御意!」

 アルストーリは剣を抜くと、すぐさま退室し部下への指示を飛ばした。喧騒はすぐそこまで来ている。激しい金属音も聞こえる。
 ジュノレは再び鋭い目をディオネへ向けた。

「もう後戻りはできない。覚悟はいいな?」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

かつてダンジョン配信者として成功することを夢見たダンジョン配信者マネージャー、S級ダンジョンで休暇中に人気配信者に凸られた結果バズる

竜頭蛇
ファンタジー
伊藤淳は都内の某所にあるダンジョン配信者事務所のマネージャーをしており、かつて人気配信者を目指していた時の憧憬を抱えつつも、忙しない日々を送っていた。 ある時、ワーカーホリックになりかねていた淳を心配した社長から休暇を取らせられることになり、特に休日に何もすることがなく、暇になった淳は半年先にあるS級ダンジョン『破滅の扉』の配信プロジェクトの下見をすることで時間を潰すことにする. モンスターの攻撃を利用していたウォータースライダーを息抜きで満喫していると、日本発のS級ダンジョン配信という箔に目が眩んだ事務所のNO.1配信者最上ヒカリとそのマネージャーの大口大火と鉢合わせする. その配信で姿を晒すことになった淳は、さまざまな実力者から一目を置かれる様になり、世界に名を轟かす配信者となる.

異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします

Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。 相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。 現在、第三章フェレスト王国エルフ編

転生令嬢の食いしん坊万罪!

ねこたま本店
ファンタジー
   訳も分からないまま命を落とし、訳の分からない神様の手によって、別の世界の公爵令嬢・プリムローズとして転生した、美味しい物好きな元ヤンアラサー女は、自分に無関心なバカ父が後妻に迎えた、典型的なシンデレラ系継母と、我が儘で性格の悪い妹にイビられたり、事故物件王太子の中継ぎ婚約者にされたりつつも、しぶとく図太く生きていた。  そんなある日、プリムローズは王侯貴族の子女が6~10歳の間に受ける『スキル鑑定の儀』の際、邪悪とされる大罪系スキルの所有者であると判定されてしまう。  プリムローズはその日のうちに、同じ判定を受けた唯一の友人、美少女と見まごうばかりの気弱な第二王子・リトス共々捕えられた挙句、国境近くの山中に捨てられてしまうのだった。  しかし、中身が元ヤンアラサー女の図太い少女は諦めない。  プリムローズは時に気弱な友の手を引き、時に引いたその手を勢い余ってブン回しながらも、邪悪と断じられたスキルを駆使して生き残りを図っていく。  これは、図太くて口の悪い、ちょっと(?)食いしん坊な転生令嬢が、自分なりの幸せを自分の力で掴み取るまでの物語。  こちらの作品は、2023年12月28日から、カクヨム様でも掲載を開始しました。  今後、カクヨム様掲載用にほんのちょっとだけ内容を手直しし、1話ごとの文章量を増やす事でトータルの話数を減らした改訂版を、1日に2回のペースで投稿していく予定です。多量の加筆修正はしておりませんが、もしよろしければ、カクヨム版の方もご笑覧下さい。 ※作者が適当にでっち上げた、完全ご都合主義的世界です。細かいツッコミはご遠慮頂ければ幸いです。もし、目に余るような誤字脱字を発見された際には、コメント欄などで優しく教えてやって下さい。 ※検討の結果、「ざまぁ要素あり」タグを追加しました。

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈 
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

神の手違い転生。悪と理不尽と運命を無双します!

yoshikazu
ファンタジー
橘 涼太。高校1年生。突然の交通事故で命を落としてしまう。 しかしそれは神のミスによるものだった。 神は橘 涼太の魂を神界に呼び謝罪する。その時、神は橘 涼太を気に入ってしまう。 そして橘 涼太に提案をする。 『魔法と剣の世界に転生してみないか?』と。 橘 涼太は快く承諾して記憶を消されて転生先へと旅立ちミハエルとなる。 しかし神は転生先のステータスの平均設定を勘違いして気付いた時には100倍の設定になっていた。 さらにミハエルは〈光の加護〉を受けておりステータスが合わせて1000倍になりスキルも数と質がパワーアップしていたのだ。 これは神の手違いでミハエルがとてつもないステータスとスキルを提げて世の中の悪と理不尽と運命に立ち向かう物語である。

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

婚約破棄されたので暗殺される前に国を出ます。

なつめ猫
ファンタジー
公爵家令嬢のアリーシャは、我儘で傲慢な妹のアンネに婚約者であるカイル王太子を寝取られ学院卒業パーティの席で婚約破棄されてしまう。 そして失意の内に王都を去ったアリーシャは行方不明になってしまう。 そんなアリーシャをラッセル王国は、総力を挙げて捜索するが何の成果も得られずに頓挫してしまうのであった。 彼女――、アリーシャには王国の重鎮しか知らない才能があった。 それは、世界でも稀な大魔導士と、世界で唯一の聖女としての力が備わっていた事であった。

未来人が未開惑星に行ったら無敵だった件

藤岡 フジオ
ファンタジー
四十一世紀の地球。殆どの地球人が遺伝子操作で超人的な能力を有する。 日本地区で科学者として生きるヒジリ(19)は転送装置の事故でアンドロイドのウメボシと共にとある未開惑星に飛ばされてしまった。 そこはファンタジー世界そのままの星で、魔法が存在していた。 魔法の存在を感知できず見ることも出来ないヒジリではあったが、パワードスーツやアンドロイドの力のお陰で圧倒的な力を惑星の住人に見せつける!

処理中です...