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【第六部:終わりと始まり】第六章

ティーダの決意

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「どういうこと……?」

 本来ならば、代々守り続けるために体に埋めるかけらが罰だとは、どういうことだろう。

 ティーダはか細い声で話し始めた。

「僕の母さんは、創造の民だったんだ。父さんと三人で、シャクソンで暮らしてた。母さんがパテキアの力でいろいろ創ってくれたから、何の不満もない毎日だった。母さんは、ばれたら嫌われてこの町にいられなくなるから、絶対に秘密だ、っていってた。わかってたつもりだったけど、僕がつい、友達にいっちゃったんだ。そしたら……突然みんな、僕たちを罵り始めた。人殺しとか、何でも楽して手に入れる卑怯者とか、いろいろいわれて、父さんが家を出るといい出した。そしたら、母さんが……僕のせいで父さんがいなくなる、って怒って……」

 小さな声が震え出し、頬を涙が伝った。

「僕が、母さんのいいつけを守らなくて、うっかりばらしちゃったから……母さんが、怒って、かけらを自分から取り出して……僕に、埋めたんだ。父さんは、かけらを捨てないと母さんと別れるっていった。だから母さんは、かけらを僕に埋めた。おまえがすべての責任をとれ、罰としておまえがこのかけらを引き受けろ、って。そうして、母さんは父さんのあとを追って家を出た。だから僕は、家族を不幸にした罰を、今受けているんだ――」

 神のかけらは普通、急所や目立ちにくい部分に埋める。それは、かけらを守ることが目的だからだ。しかし、ティーダは違った。それはまるで見せしめのように、額に、大きな傷跡を残していた。皮膚のすぐ下が骨だから、きれいに埋まることもなく、かけらの分だけ皮膚が盛り上がり、周囲も変色している。
 この少年が必死に隠そうとしていたのは、傷つきやすい本当の心だけではなかった。消えることのない額の傷跡を、懸命に隠して生きてきたのだ。
 人懐こい少年が、時折不自然に他人と距離を置こうとしていた理由が、やっとわかった。

「ね? 僕は、母さんにすら見捨てられるくらいなんだ。だから、誰も僕の味方になってくれるはずはない。僕がパテキアだと知ったら、絶対みんな、離れていく。ナイシェは間違ってる。僕なんかのために、破壊のかけらなんて埋めるべきじゃなかった」

 ティーダが泣きながらナイシェに目を向けた。

「いいえ、間違ってなんかいない! 私はあなたから離れないわよ、その覚悟がなければかけらなんて埋めない」

 懸命に語り掛ける。こんなにも本気なのに、それが伝わらないのが歯がゆかった。

「――ティーダ、おまえには悪いが……」

 それまでずっと口を閉ざしていたコクトーがいった。

「おまえの母親は、クズだ」

 ティーダが振り向く。ナイシェとディオネは呆気にとられた。
 いくら何でもいい過ぎだ。
 止めようとしたが、コクトーはティーダを凝視して続けた。

「母親ってのは、何があっても子供を守ろうとするもんだ。わが子に降りかかる災いからは、自分が身を挺して守る。たとえその原因が子供にあったとしても、丸ごと引き受けて子供を守る。それが母親ってもんだ。それが、なんだ? いいようにかけらの力を利用しておいて、それがばれたら責任を子供になすりつけて自分は男と逃げる。これの、どこが母親なんだ? そいつは人間のクズだ。はなから、母親なんかじゃない」

 ティーダは混乱しているようだった。

「でも……僕のせいには変わりない……」
「だから、母親ならそんなおまえを守ってやるべきだったんだ」

 ティーダは何もいえず、コクトーを見つめたまま黙り込んだ。

「そんな人間に、神のかけらはふさわしくない。ティーダ、おまえのほうがよっぽどその器だよ。そして、おまえがこんなにも純粋で一生懸命生きている人間だからこそ、ナイシェとディオネは、命を懸けてでもおまえを守りたいと思ったんだ。この二人の本気、本当はおまえにも伝わっているんだろう? 保証してやる。この二人は、絶対おまえを裏切らない。おまえの母親なんかより、よっぽど信頼できる。そして、この二人が会わせようとしているエルシャという奴もね、最高に信頼できる人間だ。おまえ、ここで拒否したら、絶対後悔するぞ」

 コクトーの声には、静かだが有無をいわせぬ力があった。いつの間にか、ティーダの涙は止まっていた。ティーダはナイシェとディオネの顔を見た。そしてもう一度、確かめるようにコクトーの顔を見る。

「……今まで、僕の周りには、神の民を認めてくれる人なんていなかった。どうして、あなたたちは……」

 コクトーが肩をすくめる。

「わからん。だが、おまえは幸運だ。ほとんどのサラマ・アンギュースは、理解者など得ることはできずに、ひっそりと生きて、死んでいく。ほんの八歳で、これだけの仲間と理解者に恵まれたおまえは、幸運だよ」
「幸運……僕が……?」

 初めて、コクトーがにやりと笑った。

「そう。この幸運を、手放すな」

 ティーダが涙を拭いてナイシェのほうを見た。

「ナイシェ……僕、できるかな……?」

 ナイシェが笑顔でうなずく。

「もちろんよ。私も姉さんもいる。コクトーも力を貸してくれた。絶対、うまく行くわ」

 コクトーが時計を見た。

「時間がない。もう行け。あたりは薄暗くなってる。今のうちに出るんだ。夜中になると人通りが減って、逆に目立つぞ。地図はこれだ」

 三人は急いで身支度を始めた。

「ティーダ、お願いがあるの。私、護身用の短剣をなくしちゃって……今、創ってもらえるかしら? これくらいの大きさで」

 ティーダがナイシェの両手の上に自分の右手をかざすと、間の空間が発光し、飾り気のない短剣が現れた。

「ありがとう」

 頭を撫でると、ティーダはうれしそうに笑った。コクトーは初めてパテキアの力を見たのか、しきりに感心している。
 酒場の裏口から出るとき、コクトーがティーダにいった。

「いいか、坊主。落ち着いて、頭を使え。相手がどんなにでかくてたくさんいようと、おまえたちには、創造の力と破壊の力がある。力を合わせれば、何とかなるはずだ」

 ティーダは力強くうなずいた。

「わかった。頑張るよ」
 その声に迷いはなかった。
 三人は慎重にあたりを窺いながら、薄暮の街へと滑り出していった。
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